隣の苦労人JKと電柱から生まれた赤ん坊を育てることになりました 作:みたらし団子!!
息抜き用です。
なんかすごい重いですが気にしないでください
これからもちょくちょく出すと思います
「よし、戸締まりヨシ、と」
アパートの自室を出て、鍵をかける。
これから俺は、いつも通りファストフード店でのアルバイトだ。
ここ最近は二人に振り回されてばかりだったから、久しぶりの日常業務になぜか少しホッとしていた。
「行ってきます」
誰に言うでもなく呟いて、アパートの階段を降りる。
……だが俺は、この時まったく気づいていなかったのだ。
背後の角の陰から、俺をじっと見つめる「二つの影」があったことに。
「……彩葉、なんで私たち、電柱に隠れて旭をこっそりつけてるの?」
「当然でしょ。あのバカ、私達と『ずっと一緒にいる』って約束したのに、フラフラと外に出て変な虫がついたらどうするの。監視は必須よ」
「ええー……かぐや、普通にお店に入って旭のハンバーガー食べたいんだけどなぁ……」
そんな二人の不穏な会話など知る由もなく、俺はバイト先への道のりを歩いていた。
ただ、道中――。
(……ん?)
ふと、背中をチクチクと刺されるような気配を感じた。
立ち止まり、振り返る。
しかしそこには、風で揺れる街路樹と、自動販売機の影があるだけだった。
「……気のせいか。最近、酒寄のプレッシャーに当てられすぎて神経過敏になってんのかな」
軽く首を振って、俺は再び歩き出す。
その後も何度か「誰かに見られているような気配」や「ヒソヒソ声」が聞こえた気がしたが、振り返っても誰もいない。結局、気のせいだと自分を納得させ、俺は無事にバイト先へと到着した。
——そして、数時間後。
「……はい、かしこまりました。セットでご用意いたします」
ピークタイムを過ぎて少し落ち着いた店内。カウンターの中には、穏やかな空気が流れていた。……はずだったのだ。
「ねえ旭くん、この後のシフト入る?」
「あ、はい。今日はクローズまで入ってますよ」
先輩店員の吹雪さんが、シフト表を見ながら俺の横に並び立つ。彼女はフレンドリーで距離感が近い人だ。今は少し肩が触れそうな距離で、俺の顔を横から覗き込んでニコニコしている。
いつも通りの、他愛のないバイト中の光景。
しかしその時、道中で感じていた『背中を刺すような気配』が、比較にならないほど巨大な悪寒となって俺の全身を貫いた。
(……なんだ、これ……っ!?)
本能が警鐘を鳴らす。
恐る恐る視線を上げた先、客席の隅。
そこには、見慣れた二人の少女が座っていた。
「…………」
なぜここにいるのか、という疑問は、酒寄の顔を見た瞬間に吹き飛んだ。
彼女の両目から、光が完全に消え失せている。
漆黒の瞳が、俺と吹雪さんを微動だにせず見据えていた。
その手にはMサイズのドリンクカップが握られているが――ベコッ、という鈍い音と共に、カップは無惨にも握り潰され、中身がテーブルにぶちまけられた。
隣に座るかぐやが「ひぃっ!?」と小さく悲鳴を上げ、慌てて紙ナプキンで拭いているが、酒寄は微塵も動かない。ただただ、ガンギマリの目でこちらを凝視している。
俺は生まれて初めて、心の底から震え上がった。
本能が告げる真の恐怖、そして決定的な挫折。どう足掻いても逃れられないという絶望に、泣いたことすらないこの俺が、恐怖で涙すら流しそうになった。これも初めてのことだった。
俺が向いた方につられて視線を向けた吹雪さんも、次の瞬間、ビクッと肩を震わせた。
彼女もまた、生まれて初めて心の底から震え上がっていた。
これまで多くのお客様の相手をしてきた。悪質なクレーマー、すぐに怒鳴る老人、理不尽な上司。だが、その誰よりも、目線の先にいるたった一人の少女の放つ殺気が恐ろしかったのだろう。
「……すみませんね、吹雪さん。友人が来ているみたいです」
声が震えないように必死に取り繕う。
(怖すぎだろ……目ガン開きなんだけど……。てかなんでいるんだよ……帰るの嫌だな……)
「……う、ううん!! 全然大丈夫だよ!!」
吹雪さんが引きつった笑顔を向けてくるが、ガクガクと小刻みに震えている。
(めっちゃ震えてますやん。まあ、その気持ち痛いほどわかるけど)
「か、可愛い彼女さんだね!!」
「え? 違いますよ。ただの同級生ですよ」
俺がそう言い切った、まさにその途端だった。
さっきまで客席の奥に座っていたはずの酒寄が、カウンターの真ん前に立っていた。
「……は?」
待て待て待て。さっきまであそこの席に座ってたよな?
どんなステップを踏んだ? 縮地法でも使ったのか?
俺じゃなくても見逃しちゃうね、これは。
「ヒッ……!」
(ほら吹雪さんめっちゃビビってますやん)
カウンター越しに、ハイライトの消えた瞳が俺を至近距離で覗き込む。
「旭? 私達って、ただの『同級生』なの?」
地を這うような、恐ろしく低い声。
「え? そうだろ?」
事実をありのままに答えた俺。だが、その一言が完全な地雷だったらしい。
酒寄はフッ、と暗い笑みを浮かべた。
「そう。ただの同級生が、毎日私達の部屋でご飯を作って、一緒に朝まで過ごして、着替えまで共有するのね?」
「ちょ、待て! 言い方がものすごく語弊があるぞ!?って着替えを共有した覚えはない!!」
吹雪さんがまた「ヒッ……!」と息を呑み、俺を『そういう目』で見た。
「毎日ご飯……朝まで……着替えを……旭くん、まさか同級生にそんな……」
「違います吹雪さん! ご飯は俺が作らされてて、朝までってのは健全な作戦会議で、着替えは不可抗力でパジャマを貸そうとしてきただけで——!」
「それに、吹雪さんだっけ?」
酒寄の漆黒の瞳が、横にいる吹雪さんを射抜く。
「ひやぁっ!?」
「旭は私達のなの。所有権はこちらにあるから、あんまり馴れ馴れしく距離を詰めないでくれる? 次触れたら消毒液ぶっかけるわよ」
「しょ、所有権!? しょ、消毒液……! ご、ごめんなさいぃぃっ!」
「酒寄、ストップ! 吹雪さんが泣きそうだろ! てか俺のバイトがクビになる!」
「か...かぐやー!!!助けてー!!」
客席からようやくかぐやがすっ飛んできて、酒寄の背中にしがみついた。
「ちょ......彩葉ストップストップ!!旭がバイトクビになっちゃったら、かぐやたちのご飯代がなくなっちゃうでしょ!」
「止める理由そこかよ!!」
「でもかぐや、この女、旭に体をすり寄せて——」
「すり寄せてない! 狭いから肩が触れそうだっただけだ!」
「とにかく、旭は私達のものなんだから、他の女に愛想よくする必要ないわ。今すぐバイト辞めなさい。私が養ってあげるから」
「極論すぎるだろ! ヒモになる気はねえよ!」
カウンター前で繰り広げられる、完全に客と店員の枠を超えた修羅場。
怯えてバックヤードに逃げ込もうとする吹雪さん。
ガンギマリの目で俺の退路を断とうとする酒寄。
そして「旭、バイト終わったらオムライス作って!」と無邪気に要求してくるかぐや。
俺の平穏な日常は、この日を境に完全に終わりを告げたのだった。
(・`ω´・)