[慌てる男]
教会の入口で退屈そうに浮かんでいたマリア。
そのとき、町の大通りの向こうから、一人の男性が必死の形相で走ってくるのが見えた。
額には大量の汗が浮かび、息もかなり上がっている。何度も周囲を見回しながら、まっすぐ町の診療所へ向かっていた。
「はぁっ……はぁっ……先生! 先生はいませんか!」
男性は診療所の扉を勢いよく開けた。
その様子に、近くにいた町人たちも何事かと振り返る。
マリアは興味を持ち、ふわりと男性の後を追った。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「あ、悪魔……!?」
男性は一瞬ぎょっとしたが、今はそれどころではなかった。
「頼む、先生を呼んでくれ! 妻が……妻がもう産まれそうなんだ!」
「奥さんが?」
「町から少し離れた家に住んでるんだ。さっきから陣痛がひどくて、町まで連れてこようとしたんだが、とても動かせる状態じゃなくて……!」
男性は再び息を切らしながら説明した。
自宅には出産を控えた妻が一人で残っている。医者を呼びに来たものの、家まで戻るには時間がかかる。
「お願いだ! 早く来てくれ!」
その声を聞いたマリアは、すぐに状況を理解した。
「そっか。じゃあ、私が連れていってあげる!」
「え……?」
「先生はどこ?」
「診察室に……」
マリアは診療所の中へふわりと入っていった。
[慌てる男]
教会の入口で退屈そうに浮かんでいたマリア。
そのとき、町の大通りの向こうから、一人の男性が必死の形相で走ってくるのが見えた。
額には大量の汗が浮かび、息も絶え絶えだ。男性は周囲を気にする余裕もなく、診療所へ駆け込んだ。
「先生! 先生はいますか!」
その声に、診療所の奥から白衣を着た医者が顔を出す。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「妻が……妻が大変なんです!」
男性は膝に手をつき、荒い息を整えようとする。
「陣痛が始まったんです! さっきから間隔も短くなっていて、もう産まれそうで……!」
「落ち着いてくれ。奥さんはどこにいる?」
「町から少し離れた自宅です! 最初は馬車で連れてこようとしたんですが、あまりの痛みに動かすこともできなくなって……! それで、先生を呼びに来たんです!」
「なるほど……それは急がなければ」
医者が医療道具を準備しようとした、そのときだった。
「ねえねえ、どうしたの?」
突然、背後から明るい声がした。
振り返ると、黒い角を生やし、赤い瞳をした少女が宙に浮いている。
医者は思わず手を止めた。
「……ふぁ?!?!…あ、悪魔?!」
一瞬、診療所に沈黙が流れる。
しかし、目の前の男性が今にも泣き出しそうな顔で医者を見つめているのを見て、医者はすぐに我に返った。
今は驚いている場合ではない。
「……失礼。今はそれどころではないな…」
医者は気を取り直し、道具をまとめ始めた。
マリアは男性の方へ顔を向ける。
「奥さんが赤ちゃんを産みそうなの?」
「ああ! そうなんだ! お願いだ、早く先生を連れていかないと……!」
「そっか! じゃあ、私が二人を運んであげる!」
「え?」
男性と医者が同時に声を上げた。
[空飛ぶ救援隊]
「運ぶって……君が?」
医者はマリアの角と尻尾を見ながら、少し警戒した様子で尋ねた。
「うん! 私、空を飛べるんだよ!」
マリアは得意げにその場でくるりと回ってみせた。
「しかし、患者の家までは歩いて二十分ほどある。君に任せて大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫! こう見えても結構力持ちなんだから!」
「先生、お願いします! 妻が待ってるんです!」
男性の必死な声に、医者は決断した。
「……分かった。頼む。だが、揺らさないように慎重に運んでくれ」
「はーい!」
マリアは二人の身体を魔力で包み込んだ。
すると、男性の足がゆっくりと地面から離れる。
「うわっ!? な、なんだこれ!」
「暴れないでね。落としたりしないから!」
医者も驚いた表情を浮かべたが、すぐに落ち着いて医療道具を抱え直した。
「よし、準備はできた。案内してくれ!」
「それじゃあ、出発!」
マリアは二人を連れて空へと浮かび上がった。
「うおおおおっ!?」
「ちょ、ちょっと待て! もう少しゆっくり……!」
「大丈夫だよー!」
町の建物を越え、丘の向こうへ。
男性は必死に自宅の方向を指差した。
「あっちだ! 森を越えた先にある家だ!」
「分かった!」
マリアは二人の様子を確認しながら、速度を調整して飛んでいく。
やがて、木々の向こうに小さな家が見えてきた。
「着いたよ!」
マリアは家の前にゆっくりと降下し、二人を地面へ降ろした。
男性は着地するなり、すぐに玄関へ駆け出す。
「あなた!?」
「医者を連れてきたぞ! もう大丈夫だからな!」
家の中から女性の苦しそうな声が聞こえた。
医者はすぐさま表情を引き締め、医療道具を手に取る。
「奥さんの様子を診せてください。ご主人、あなたもそばにいてあげてください」
「はい!」
医者と男性は急いで家の中へ入っていった。
マリアは玄関の外で、邪魔にならないように待つことにした。
「ふぅ……間に合ったみたい」
窓の向こうでは、男性が妻の手を握り、必死に声をかけている。
先ほどまで慌てふためいていた彼も、今は妻を支えようと懸命だった。
マリアはその様子を眺めながら、ふと呟いた。
「赤ちゃんかぁ……」
そして、妹のことを思い出す。
「アイリスにも、こんな頃があったんだよね」
懐かしそうに目を細めるマリア。
今ごろアイリスは、教会の書庫で本を読み漁っているだろう。
「早く終わらないかなぁ……」
そう言いながらも、マリアは家の前から離れず、新しい命が無事に生まれてくるのを待ち続けた。
こういうのがいいと思わん?