[森の思惑]
盗賊の男を加えた三人は、再び森の奥へと進み始めた。
相変わらず、周囲には不気味な静寂が広がっている。
木々の間を吹き抜ける風の音すら聞こえず、足元には湿った落ち葉が積もっていた。
アイリスは歩きながら、先ほどの出来事を思い返していた。
突然襲いかかってきた黒いツタ。
どこからともなく響いた女の笑い声。
そして、こちらを明確に敵視しているかのような森の気配。
(……やっぱり、偶然じゃない)
アイリスは考える。
この森には意思がある。
少なくとも、こちらの存在を認識し、敵意を向けていることは間違いない。
ならば、森はこれからも自分たちを罠に誘い込むだろう。あるいは、先ほどのように直接襲ってくるかもしれない。
(だったら……)
アイリスはふと足を止めた。
(こちらから探し回る必要はない。向こうから仕掛けてくるのなら、それを利用すればいい)
森が攻撃してくる瞬間を待つ。
その攻撃の出どころを見極め、森の正体に近づく。
危険な賭けではあるが、今の状況ではそれが最も確実な方法に思えた。
「……アイリス?」
隣を浮遊していたマリアが、妹の顔を覗き込む。
「どうしたの? また傷が痛む?」
「ううん、ちょっと考え事」
「本当に? さっきの傷、まだちゃんと治ってないんだからね」
マリアはアイリスの腕に巻かれた布を気にするように見つめた。
「無理して歩かなくてもいいんだよ。私が運んであげるから」
「ありがとう。でも、今は自分で歩けるよ」
「……痛くなったらすぐ言ってね」
「分かってる」
マリアは頷いたものの、周囲への警戒を解こうとはしなかった。
妹を傷つけたツタが、いつまた襲ってくるか分からない。
赤い瞳が木々の隙間を注意深く追っている。
一方、盗賊の男は二人の後ろを歩いていた。
「なあ……本当にこっちで合ってるのか?」
「分からないよ。とにかく進むしかないね」
アイリスが答える。
「そ、そうか……」
男は不安そうに周囲を見回した。
その時だった。
「……おい」
男が突然足を止めた。
「どうしたの?」
「あれを見てみろ……」
男が指差した先。
木々の根元に、白いものが散らばっていた。
最初は枯れ枝か何かに見えた。
しかし、近づいてみると、それが何なのかすぐに分かった。
「……骨?」
アイリスの表情が険しくなる。
そこには、いくつもの白骨遺体が転がっていた。
一体だけではない。
木の根元に寄りかかるもの。
地面に横たわるもの。
少し離れた場所で、衣服の残骸とともに埋もれているもの。
どれも長い年月を経ているようで、身につけていた衣服はほとんど朽ち果てていた。
「うっ……なんだよ、これ……」
盗賊の男は顔をしかめた。
「こんなに人が死んでるのか……?」
だが、アイリスとマリアが見ていたものは、それだけではなかった。
[帰れなかった者たち]
白骨遺体の周囲。
そこには、無数の淡い光が漂っていた。
人の形をしたもの。
輪郭が曖昧で、光の粒子だけが集まったようなもの。
地面すれすれを漂い、木々の間をゆっくりと移動するもの。
魂だった。
アイリスには、それがはっきりと見えていた。
「……こんなに」
思わず声が漏れる。
マリアもまた、赤い瞳で周囲を見渡していた。
「アイリス。あれ、全部……」
「うん。魂だと思う」
盗賊の男は二人の視線を追ったが、何も見つけられなかった。
「おい、何を見てるんだ?」
「あなたには見えないの?」
「何がだよ?」
アイリスは答えず、白骨遺体の周囲に漂う魂を見つめた。
そのうちの一つが、ふらふらとアイリスの方へ近づいてくる。
しかし、何かを伝えようとするように揺れたあと、再び遺体のそばへ戻っていった。
「……この人たち、ずっとここにいるのかな」
「そうかもしれないね」
マリアの声は、いつになく静かだった。
「森から出られなかった人たち……?」
アイリスは周囲の骨を見回す。
この森で失踪した人々。
旅人や商人、犯罪者、そして悪魔。
噂にあった犠牲者たちが、ここに集められているのだろうか。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「この魂たち、どうして消えずに残っているんだろう」
マリアはしばらく考え込んだ。
「普通なら、時間が経てば魂はこの世界から離れていくはずだよね」
「うん。なのに、ここに留まっている」
アイリスは腰の銀の十字架に手を添えた。
「もしかしたら……この森が魂を捕まえているのかもしれない」
その言葉に、盗賊の男が不安そうに振り返った。
「おいおい……やめてくれよ。そんな話を聞かされたら、ますます怖くなるじゃねぇか」
マリアは男を一瞥する。
「怖いなら、私たちから離れないことだね」
「そ、そうさせてもらうよ……」
マリアは再び森の奥へ視線を戻した。
そして、妹の肩にそっと手を置く。
「アイリス。あんまり無理しないでね」
「うん」
その時。
(……くすっ)
どこからか、小さな笑い声が聞こえた。
三人の動きが止まる。
先ほどと同じ、女の声。
しかし今度は、ずっと近くに感じられた。
まるで、白骨遺体のすぐそばから聞こえてきたかのように。
(くすくす……)
漂っていた魂たちが、一斉に揺れた。
そして、そのすべてが森の奥へ向かって動き始める。
アイリスは息を呑んだ。
「……お姉ちゃん。今の見た?」
「うん」
マリアの赤い瞳が鋭く細まる。
森は、確かに二人の存在を認識している。
そして今、何かを見せようとしているかのようだった。
次に期待してくれ