[ロザンナ]
「そういえば、まだ名乗っておりませんでしたわね」
女はふと思い出したように口元へ手を添えた。
「私の名前はロザンナ。ロザンナと申します」
優雅に一礼する。
「悪魔ではありませんわ。私は魔女。人間の身でありながら、魔術を極めた者ですの」
「魔女……!」
アイリスは思わず声を漏らした。
先ほどから感じていた違和感の正体が分かった。
悪魔の魔力ではない。ロザンナが扱っているのは、術式によって組み上げられた人工的な魔力だったのだ。
「なるほど……だから、あんな魔力の性質をしていたんだ」
「あら、気づいてくださったのね。嬉しいですわ」
ロザンナは微笑むと、足元へ視線を落とした。
(ミシミシ……)
彼女の立っていた場所から、黒いツタが勢いよく伸びる。
棘だらけのツタは彼女の足元を包み込むように絡み合い、やがて太い幹のような形を作り上げた。
ロザンナはその上へ軽やかに乗る。
(ゴゴゴ……)
ツタが地面から浮き上がり、彼女を乗せたままゆっくりと移動を始めた。
さらに別の木々からもツタが伸び、彼女の進路に合わせて足場を作っていく。
まるで森全体が、ロザンナのために動いているかのようだった。
その足元から、黒い棘付きのツタが三人へ向けられる。
「ふふっ……」
ロザンナは楽しげに笑った。
「それでは皆様。せっかくの出会いですもの」
両手を広げ、妖艶な声で告げる。
「宴を楽しみましょう?」
[魔女の宴]
(バシュンッ!!)
ロザンナの言葉と同時に、無数のツタが三人へ襲いかかった。
「来るよ!」
アイリスはすぐさま銀の十字架を掲げる。
「聖なる光よ、我らを守る壁となれ――!」
(キィィィン……!)
詠唱とともに、アイリスの目の前に白い光が広がった。
光は半円状の壁となって三人の前方を覆う。
(ドガガガガッ!!)
黒いツタが次々と聖壁へ激突する。
棘が光の表面を削り、何本ものツタが壁を押し込もうとする。
「くっ……!」
アイリスは両手で十字架を握り、術式を維持する。
「この壁、そんなに長くは持たないよ!」
「分かった!」
マリアはアイリスの横から飛び出した。
(ヒュンッ!)
頭上から振り下ろされるツタを、身体を横へ傾けてかわす。
続いて左右から迫る二本のツタ。
マリアは空中で身体をひねり、片足を優雅に振り上げるようにしてその間をすり抜けた。
(シュッ!)
さらに背後から伸びてきたツタを、宙返りするように避ける。
その動きは、まるで舞台の上でバレエを踊っているかのようだった。
黒いツタが次々と彼女の身体をかすめていく。
しかし、マリアは一度も地面に足をつけることなく、軽やかに空中を移動していた。
「ふふっ。そんなに急いでどこへ行くの?」
余裕のある声で笑うマリア。
その一方で、彼女の赤い瞳はロザンナを決して見失っていなかった。
[盗賊の生存本能]
「うわああああっ!!」
盗賊の男にも、容赦なくツタが襲いかかる。
(バシュッ!)
「ひぃっ!!」
男は反射的に身体を投げ出した。
頭上を通り過ぎるツタ。
地面を転がった直後、今度は足元から別のツタが突き上がる。
(ズバッ!)
「うおおおっ!!」
男は飛び退いた。
さらに横から伸びるツタを見て、今度は倒れ込むように身を低くする。
(ブンッ!)
棘が髪をかすめて通り過ぎた。
「なんなんだよ、くそっ!!」
男は必死だった。
先ほどまで何日も食べていなかった男とは思えないほど、身体が俊敏に動いている。
考える余裕などない。
迫ってくるものを避ける。
次に来るものから逃げる。
それだけを繰り返していた。
恐怖心と、死を目前にした防衛本能。
その二つが、男の身体に眠っていた生存能力を無理やり呼び覚ましていた。
(バキッ!)
男のすぐ横にツタが突き刺さる。
「ひっ……!」
男は一瞬固まったが、すぐさま横へ転がって難を逃れた。
そして、なんとか立ち上がる。
「お、俺はまだ死にたくねぇぞ!!」
[宴の幕開け]
一連の攻撃を、ロザンナは高い位置から眺めていた。
アイリスは聖壁を維持し、マリアは空中を舞うようにツタを避け、盗賊の男は必死に逃げ回っている。
三者三様の反応が、彼女には愉快で仕方がないらしい。
「まあ……皆様、なかなか楽しませてくださいますのね」
ロザンナは片手を頬に添えた。
「悪魔のお嬢さんは優雅ですし、人間のお嬢さんは健気ですし……殿方も、思ったよりしぶといこと」
「余裕そうだね……!」
マリアがロザンナを睨む。
「当然ですわ。ここは私の森ですもの」
ロザンナが指先を軽く振る。
(ゴゴゴゴゴ……!)
地面が大きく揺れた。
聖壁に叩きつけられていたツタが一斉に引き戻され、今度は周囲の木々そのものが動き始める。
アイリスは聖壁を維持したまま、表情を引き締めた。
「お姉ちゃん、気をつけて! まだ本気じゃない!」
「うん。分かってるよ」
マリアの赤い瞳がロザンナを捉える。
ロザンナは優雅に微笑んだ。
「さあ……まだまだ宴は始まったばかりですわよ」
(ザワザワザワザワ……)
森全体が、三人へ向かって動き始めた。