第二節
[新しい朝]
「……ん」
アイリスが目を覚ました。
身体が軽い。
昨日まで感じていた苦しさも、身体の重さもない。
不思議に思いながら起き上がると、ベッドの横にマリアが座っていた。
「おはよう、アイリス」
「お姉ちゃん……?」
「具合はどう?」
「えっと……」
アイリスは自分の身体を確かめる。
そして、驚いたように目を見開いた。
「苦しくない……」
「うん」
「身体も、全然痛くないよ……!」
マリアは嬉しそうに微笑んだ。
「よかったねぇ」
アイリスは姉の顔を見つめた。
しかし、すぐに違和感に気づいた。
「……お姉ちゃん?」
「なあに?」
「その……頭……」
マリアの頭には、黒く湾曲した二本の角が生えていた。
髪の間から伸びるそれは、まるで悪魔そのものを象徴するかのようだった。
そして、瞳も以前とはまるで違っていた。
白目の部分は漆黒に染まり、瞳孔は鮮やかな赤色に輝いている。
さらに、首筋や腕には赤黒い紋様が浮かび、背後では細長い悪魔の尻尾がゆらゆらと揺れていた。
どう見ても人間ではない。
一目見ただけで、誰もが悪魔だと理解する姿だった。
それでも、マリアの表情はいつもと変わらない。
「ふふっ。どう? 似合ってる?」
「……お姉ちゃん、それ……」
「角がねぇ、ちょっと邪魔なのよ。寝るときも枕に当たっちゃうし」
「そういう問題じゃないよ!」
アイリスは思わず声を上げた。
マリアは楽しそうに笑った。
「あはは、ごめんごめん」
そして、妹の頬に優しく手を添える。
「でも、これでアイリスは元気になったでしょう?」
「……うん」
「なら、いいじゃない」
マリアは妹を抱きしめた。
アイリスも姉の背中に腕を回す。
二人はしばらく、そのままでいた。
マリアは嬉しかった。
本当に嬉しかった。
妹が生きている。
それだけで十分だった。
ただ一つ。
もう以前の自分には戻れないということを除けば。
それから数日後。
叔父が町に帰ってきた。
玄関でマリアを見た瞬間、叔父は言葉を失った。
そこにいたのは、いつもと変わらない笑顔を浮かべた姪だった。
しかし、その姿は明らかに人間のものではなかった。
「……マリア、お前……」
「あ、おじさん! おかえりなさい!」
マリアはいつもどおり明るく手を振った。
叔父はすぐに理解した。
彼女は悪魔になっている。
しかも、ただの悪魔ではない。
第三節
[滅びの素質]
「……マリア、お前、いったい何をした?」
叔父の声は震えていた。
マリアは少し困ったように頬を掻いた。
「ええっと……ちょっと悪魔と契約を?」
「契約だと?」
「うん。アイリスの病気を治してもらったの」
マリアは何でもないことのように答えた。
叔父は妹の方へ視線を移した。
アイリスはベッドの上に座り、以前とは見違えるほど元気になっている。
顔色もよく、呼吸も落ち着いている。
長い間、彼女を苦しめていた病が完全に消えていることは明らかだった。
「……そうか。アイリスを救うために」
「そういうこと!」
マリアは明るく答えた。
しかし、叔父の表情は晴れなかった。
「マリア。少しこちらへ来なさい」
「えー? 怒られるの?」
「いいから」
叔父はマリアを別室へ連れていった。
扉が閉まる。
残されたアイリスは、二人の会話を聞こうと耳を澄ませた。
「お前、自分が何になったのか理解しているのか?」
「悪魔でしょ?」
「そういう意味ではない」
叔父は深く息を吐いた。
「お前の身体から感じる魔力は尋常ではない。普通の悪魔とは根本的に違う」
「へえ、そうなの?」
「自分の力を感じないのか?」
「うーん……あんまり?」
マリアは首を傾げた。
悪魔になったという自覚はある。
角も生えたし、瞳も変わった。尻尾まで生えている。
だが、身体の調子はむしろ以前より良かった。
「……マリア。お前は悪魔として、とてつもない素質を持っている」
叔父は慎重に言葉を選んだ。
「このまま成長すれば、いずれ一つの災厄になるかもしれない」
「災厄?」
「ああ。私も詳しいことは分からない。だが、古い悪魔祓いの記録にある存在と、お前の魔力の性質がよく似ている」
叔父は棚から一冊の古い本を取り出した。
表紙には、長い年月によって色褪せた文字が刻まれている。
そこには、ある悪魔について記されていた。
『滅びの悪魔』
かつて存在したとされる、世界に終焉をもたらす悪魔。
その記録は断片的で、実在したかどうかさえ定かではない。
しかし、叔父はマリアの魔力を感じたとき、その名を思い出さずにはいられなかった。
「お前がその存在になると決まったわけではない。だが、可能性は十分にある」
「……ふうん」
マリアは本を覗き込んだ。
「なんだか大層な名前ねぇ」
「笑い事ではない」
「ごめんごめん」
マリアは少しだけ真面目な顔になった。
「でも、私は私よ。アイリスを助けられたんだから、それでいいわ」
叔父は何も言えなかった。
マリアの言葉に後悔はなかった。
むしろ、彼女は自分の選択を誇りに思っているようだった。
だが、それこそが叔父にとって最も恐ろしいことだった。
身内ノリで書いてる小説ですので、深いことは気にせずに