[新たな遊び相手]
(ツタが地面を這う音)
三人を取り囲んでいた黒いツタが、突然その動きを止めた。
そして、まるで意思を持っているかのように、一本、また一本と地面へ沈み込むように引いていく。
「……攻撃をやめた?」
アイリスは聖壁を維持したまま、周囲を警戒した。
マリアも空中で動きを止め、赤い瞳をロザンナへ向ける。
「なーんだ、もう終わり? まだ全然遊べるんだけど」
「ふふっ……」
ロザンナは口元に手を添え、楽しそうに笑った。
「同じ遊びばかりでは、飽きてしまいますもの」
彼女が片手をゆっくりと持ち上げる。
すると、周囲の空気がわずかに震えた。
「さあ……森よ。新しい姿を見せてちょうだい」
ロザンナの唇から、聞き慣れない魔術の詠唱が紡がれていく。
その声に呼応するように、周囲の木々が動き始めた。
(木々が軋む音)
一本の大木が根を引き抜き、隣の木へと近づいていく。さらに別の木々も地面を揺らしながら集まり、互いの幹を絡ませるように融合していった。
枝は腕のように組み合わさり、幹は巨大な胴体を形成する。地面に張り巡らされた根は、やがて二本の巨大な脚へと変わっていった。
そして、その頭部にあたる部分で枝が複雑に折り重なり、二つの暗い穴が目のように浮かび上がる。
(大地が震える音)
完成したのは、周囲の木々を見下ろすほどの巨体を持つ、木製の巨人だった。
その巨人がゆっくりと上半身を起こす。
枝が擦れ合い、幹が軋み、森全体がその誕生を歓迎するかのように揺れていた。
「な、なんだよ……あれ……」
盗賊の男は短剣を握ったまま、呆然と巨人を見上げた。
アイリスも思わず息を呑む。
「木々を融合させて……あんなものまで作れるの……?」
一方、ロザンナは巨人の肩に腰掛けるようにして、三人を見下ろしていた。
そして、まるで新しい玩具を披露する子供のように、満面の笑みを浮かべる。
「ゴーレムですわ♪」
彼女は楽しげに両手を広げた。
「あなた方のちょうどいい遊び相手だと思いましてよ?」
「……ちょうどいい、ねぇ」
マリアは巨人を見上げ、少しだけ目を細めた。
「ずいぶん大きなお友達を連れてきたじゃない」
「お姉ちゃん、冗談を言ってる場合じゃないよ……」
「えーっ、だって向こうは楽しそうだし?」
そう言いながらも、マリアの視線はアイリスの傷へと一瞬向けられた。
その表情から、先ほどまでの軽さが少しずつ消えていく。
アイリスは聖壁を解かず、男の方へ声をかけた。
「あなた、無理はしないで。あれは私たちが何とかするから」
「そ、そう言われてもな……」
男は巨人を見上げたまま、乾いた笑いを漏らした。
そのとき。
(巨人が足を踏み出す音)
ゴーレムが、三人に向かって一歩を踏み出した。
地面が大きく揺れ、枯れ葉が周囲へ舞い上がる。
ロザンナはその光景を眺めながら、ますます愉快そうに微笑んでいた。
「さあ、皆様。今度はどんな踊りを見せてくださるのかしら?」
[奪われた妹]
ゴーレムが巨大な腕を振り上げた。
その動きを見たアイリスは、すぐさま詠唱を強める。
「《聖壁》!」
三人の前方に、幾重もの光が重なった防壁が展開される。
しかし、ゴーレムはそんなものなど意に介さなかった。
(巨大な腕が壁に叩きつけられる音)
「っ……!」
轟音とともに、聖壁に無数の亀裂が走る。
そして次の瞬間。
(光の壁が砕け散る音)
聖壁は、いとも簡単に崩壊した。
「きゃあっ!」
凄まじい衝撃が三人を襲う。
アイリスと盗賊の男は地面から足を離され、そのまま後方へと吹き飛ばされた。
「アイリス!」
マリアは即座に二人のもとへ飛ぶ。
空中でアイリスを抱き留め、もう片方の手で盗賊の男も魔術によって受け止めた。
「もうっ! 危ないじゃない!」
二人を抱えたまま空中を滑るように移動し、マリアは少し離れた場所へと安全に降ろした。
「だ、大丈夫か……?」
盗賊の男が体勢を整えながら尋ねる。
「うん、私は平気。お姉ちゃん、ありがとう」
アイリスはマリアに礼を言い、再びロザンナたちへ向き直ろうとした。
その瞬間だった。
(地面が裂ける音)
「えっ……?」
アイリスの足元の地面に亀裂が走る。
そこから黒い棘を持つツタが一斉に飛び出した。
「アイリス!!」
マリアが叫ぶ。
ツタはアイリスの身体に絡みつき、逃げる間も与えず、その表面を鋭い棘で傷つけていく。
「いやあああああっ!!」
これまで聞いたことのない、悲痛な悲鳴だった。
「アイリス! 返事して!!」
マリアが飛び出そうとする。
だが、ツタはすでにアイリスの身体を完全に拘束していた。
抵抗する力を失ったアイリスの頭が、力なく傾く。
やがて彼女は意識を失った。
ツタは傷ついたアイリスを持ち上げると、まるで獲物を献上するかのように、ロザンナのもとへ運んでいく。
「……あらあら」
ロザンナは目の前まで運ばれてきたアイリスを見下ろし、楽しげに微笑んだ。
「ようやく、こちらに来てくださいましたわね」
「…………」
マリアは動かなかった。
いや、正確には動けなかった。
目の前で起きたことを理解した瞬間、彼女の表情から一切の笑みが消えていた。
赤い瞳が、ロザンナを捉える。
黒い瞳の奥で、何かが激しく燃え上がっていた。
「……返して」
その声は、先ほどまでの明るいマリアとはまるで別人のものだった。
「アイリスを……返してよ」
「ふふっ。そんなに怖いお顔をなさらないで?」
ロザンナはアイリスの身体をツタに支えさせたまま、マリアを見つめる。
「どうして、こんなことをしたと思います?」
「……黙って」
「あなたの本気が見たかったのですわ」
ロザンナはまるで秘密を打ち明けるように、楽しげに続けた。
「先ほどから、あなたはずっと力を抑えていらっしゃる。妹さんを守るために戦っているのに、その妹さんが傷つけられたら……あなたはいったい、どれほどの力を見せてくださるのかしら?」
「黙れ」
マリアの尾が、ゆっくりと揺れた。
その周囲の空気が、目に見えて歪み始める。
一方、盗賊の男は別のツタに囲まれていた。
「くそっ、またかよ!」
(短剣がツタを切り払う音)
男は短剣を振るい、迫ってくるツタを次々と捌いていた。
最初はただ必死に逃げ回っていただけだった。だが、何度も襲撃を受けるうちに、ツタの動きにわずかな癖があることを掴み始めていた。
「こいつら……動き出す前に、ほんの少しだけ間がある!」
男は息を切らしながらも、短剣を構え直す。
しかし、彼の視線はすぐにアイリスへ向いた。
「おい! あの子を助けねえと……!」
そして、マリアを見る。
その姿に、男は思わず息を呑んだ。
マリアの周囲から、先ほどまでとは比べものにならないほど濃密な魔力が溢れ始めていた。
彼女の赤い瞳は、ただ一人を見据えている。
妹を傷つけた魔女、ロザンナを。
「……あなた」
マリアが静かに口を開く。
「私の妹に、何をしたの?」
その問いに、ロザンナは微笑んだまま答えなかった。
ただ、心から待ち望んでいたものを目の前にしたかのように、両腕を広げる。
「さあ……見せてくださいませ」
森の木々が、再び大きく揺れ始めた。