日の出と旅のアイリス   作:ゼネラル・ラピ

22 / 24
[滅びの片鱗]〜[止まらない刃]

[滅びの片鱗]

 

マリアの身体から、膨大な魔力が溢れ出した。

 

それは、これまで彼女が見せてきたものとはまるで違っていた。

 

周囲の空気が重くなり、地面に散らばった枯れ葉が音もなく浮かび上がる。森を満たしていた不気味な気配さえ、押し退けられていく。

 

そして、その魔力には明確な意思があった。

 

ロザンナに向けられた、凄まじい殺意。

 

「…………」

 

盗賊の男は思わず息を止めた。

 

先ほどまで自分たちを追い詰めていたゴーレムも、マリアの変化を察したかのように動きを止めている。

 

ロザンナは目を見開いた。

 

そして、次第にその口元が大きく弧を描いていく。

 

「ああ……!」

 

彼女は嬉しそうに声を漏らした。

 

「ようやくですわね。ようやく、本気を出してくださるのですね!」

 

マリアは答えない。

 

ただ、ロザンナだけを見つめていた。

 

そのとき、マリアの指先から黒い何かが滲み出した。

 

煙のようであり、液体のようでもある。それは手のひらを覆い、腕へと這い上がるように広がっていく。

 

やがて黒い物質は形を変え始めた。

 

柄が生まれ、長い刀身が伸びる。

 

それは剣だった。

 

しかし、通常の鍛造された剣とは明らかに違っていた。刀身には生物のような脈動があり、表面は不規則にうねっている。刃先は鋭く、それでいてノコギリのような凹凸を持っていた。

 

まるで、生き物の一部をそのまま武器に変えたかのようだった。

 

マリアはそれを片手で握る。

 

「……返して」

 

小さく、低い声だった。

 

次の瞬間。

 

(空気を切り裂く音)

 

マリアの姿が消えた。

 

「っ!?」

 

ロザンナが反応したときには、すでに目の前に黒い刃が迫っていた。

 

(刃が空を切る音)

 

ロザンナは身を翻し、間一髪でその一撃をかわす。

 

しかし、マリアは止まらない。

 

一撃を振り抜いた勢いを利用して身体を回転させ、間髪入れずに二撃目を繰り出す。

 

ロザンナは周囲の木々を動かし、幹を盾のように割り込ませた。

 

(木が断ち切られる音)

 

黒い剣が幹を切り裂く。

 

太い木が倒れるよりも早く、マリアは次の位置へ移動していた。

 

その動きには、これまでのような余裕も遊び心もない。

 

無駄な動作が一つもなかった。

 

剣を振るう軌道にも、踏み込む角度にも、次の攻撃へ移る動きにも隙がない。

 

ただロザンナを仕留めるためだけに、最短の動きを繰り返していた。

 

「あら……!」

 

ロザンナの笑顔が、初めてわずかに強張る。

 

彼女はツタを操り、複数の方向からマリアを迎撃しようとする。

 

だが、マリアはそれらを避けるだけでなく、剣で切り払いながらロザンナとの距離を詰めていく。

 

(ツタが切り裂かれる音)

 

「ふふっ……素晴らしいですわ!」

 

ロザンナは笑っていた。

 

恐怖ではない。

 

目の前に現れた予想以上の力に、心から歓喜しているのだ。

 

その一方で、盗賊の男は戦いの様子を見つめたまま、呆然としていた。

 

「……なんなんだ、あの姉ちゃんは……」

 

先ほどまで自分たちを守っていた女性と、今目の前でロザンナに斬りかかっている存在。

 

同じ人物だとは、にわかには信じられなかった。

 

そして、男の視線はロザンナのそばに吊り下げられたアイリスへと移る。

 

「……あの子を、助けねえと」

 

男は短剣を握り直した。

 

マリアの剣が、再びロザンナへと迫る。

 

森を支配する魔女と、妹を奪われた悪魔。

 

その戦いは、もはや先ほどまでのものとはまったく違う段階へと移っていた。

 

 

 

[止まらない刃]

ロザンナは後方へ飛び退いた。

 

木々の枝を足場にし、マリアとの距離を取る。普通の相手であれば、それだけで攻撃の手を止めさせることができただろう。

 

しかし、マリアには通用しなかった。

 

(空気を切り裂く音)

 

ロザンナが距離を離した直後、マリアはすでにその間合いへ飛び込んでいた。

 

黒い剣が横一文字に振るわれる。

 

ロザンナは身体を反らしてかわし、さらに後方へ退く。

 

だが、次の瞬間には再びマリアが迫っていた。

 

まるで一撃離脱を繰り返すかのように、瞬く間に距離を詰め、斬撃を繰り出す。攻撃を終えた瞬間には次の踏み込みへ移り、ロザンナに反撃の機会を与えない。

 

「まあ……!」

 

ロザンナは楽しげに目を細めた。

 

「ずいぶんとせっかちですこと」

 

彼女はあえて大きく距離を取った。

 

マリアが追ってくることを確信しているかのように。

 

そして、自分とマリアの間に両手を広げる。

 

「でしたら、こちらはいかが?」

 

(木々が激しく軋む音)

 

地面から黒いツタが大量に伸び上がった。

 

それらは互いに絡み合い、幾重にも重なりながら、瞬く間に巨大な壁を形成する。表面には無数の鋭い棘が並び、向こう側を見通すことすらできない。

 

ロザンナはその壁の向こうで微笑んでいた。

 

「さあ、どうなさいます?」

 

マリアは止まらなかった。

 

黒い剣を握り直すことすらなく、そのままツタの壁へと突っ込んでいく。

 

(無数の棘が身体を傷つける音)

 

鋭い棘が腕や肩、頬をかすめ、黒い衣服を裂いていく。

 

しかし、マリアの表情は一切変わらなかった。

 

痛みを感じていないのか、それとも、そんなものに構っている余裕すらないのか。

 

彼女はただ前だけを見ていた。

 

「…………」

 

そして、黒い剣を振り上げる。

 

(巨大なツタの壁が切り裂かれる音)

 

剣が通った軌道に沿って、幾重にも絡み合ったツタがまとめて断ち切られた。

 

壁に大きな裂け目が生まれる。

 

マリアはそこを抜け、再びロザンナへと迫った。

 

「……っ!」

 

ロザンナの表情に、初めて明確な驚きが浮かぶ。

 

距離を取っても意味がない。

 

障害物を作っても意味がない。

 

傷を負わせても、彼女の足は止まらない。

 

マリアの赤い瞳は、ただロザンナだけを捉えていた。

 

「アイリスを……」

 

その唇が、かすかに動く。

 

「返してって、言ってるでしょ」

 

黒い剣が再び振り抜かれる。

 

ロザンナは身を翻し、間一髪でその刃を避けた。

 

(刃が木々を切り裂く音)

 

背後にあった大木が、音を立てて倒れる。

 

それでもマリアは攻撃を緩めない。

 

ロザンナはようやく理解し始めていた。

 

自分が相手にしているのは、単に妹を傷つけられて怒っている悪魔ではない。

 

その妹を取り戻すためなら、自分の身体がどうなろうと構わない。

 

そんな存在だった。




次、ちょいエロが出ます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。