[滅びの片鱗]
マリアの身体から、膨大な魔力が溢れ出した。
それは、これまで彼女が見せてきたものとはまるで違っていた。
周囲の空気が重くなり、地面に散らばった枯れ葉が音もなく浮かび上がる。森を満たしていた不気味な気配さえ、押し退けられていく。
そして、その魔力には明確な意思があった。
ロザンナに向けられた、凄まじい殺意。
「…………」
盗賊の男は思わず息を止めた。
先ほどまで自分たちを追い詰めていたゴーレムも、マリアの変化を察したかのように動きを止めている。
ロザンナは目を見開いた。
そして、次第にその口元が大きく弧を描いていく。
「ああ……!」
彼女は嬉しそうに声を漏らした。
「ようやくですわね。ようやく、本気を出してくださるのですね!」
マリアは答えない。
ただ、ロザンナだけを見つめていた。
そのとき、マリアの指先から黒い何かが滲み出した。
煙のようであり、液体のようでもある。それは手のひらを覆い、腕へと這い上がるように広がっていく。
やがて黒い物質は形を変え始めた。
柄が生まれ、長い刀身が伸びる。
それは剣だった。
しかし、通常の鍛造された剣とは明らかに違っていた。刀身には生物のような脈動があり、表面は不規則にうねっている。刃先は鋭く、それでいてノコギリのような凹凸を持っていた。
まるで、生き物の一部をそのまま武器に変えたかのようだった。
マリアはそれを片手で握る。
「……返して」
小さく、低い声だった。
次の瞬間。
(空気を切り裂く音)
マリアの姿が消えた。
「っ!?」
ロザンナが反応したときには、すでに目の前に黒い刃が迫っていた。
(刃が空を切る音)
ロザンナは身を翻し、間一髪でその一撃をかわす。
しかし、マリアは止まらない。
一撃を振り抜いた勢いを利用して身体を回転させ、間髪入れずに二撃目を繰り出す。
ロザンナは周囲の木々を動かし、幹を盾のように割り込ませた。
(木が断ち切られる音)
黒い剣が幹を切り裂く。
太い木が倒れるよりも早く、マリアは次の位置へ移動していた。
その動きには、これまでのような余裕も遊び心もない。
無駄な動作が一つもなかった。
剣を振るう軌道にも、踏み込む角度にも、次の攻撃へ移る動きにも隙がない。
ただロザンナを仕留めるためだけに、最短の動きを繰り返していた。
「あら……!」
ロザンナの笑顔が、初めてわずかに強張る。
彼女はツタを操り、複数の方向からマリアを迎撃しようとする。
だが、マリアはそれらを避けるだけでなく、剣で切り払いながらロザンナとの距離を詰めていく。
(ツタが切り裂かれる音)
「ふふっ……素晴らしいですわ!」
ロザンナは笑っていた。
恐怖ではない。
目の前に現れた予想以上の力に、心から歓喜しているのだ。
その一方で、盗賊の男は戦いの様子を見つめたまま、呆然としていた。
「……なんなんだ、あの姉ちゃんは……」
先ほどまで自分たちを守っていた女性と、今目の前でロザンナに斬りかかっている存在。
同じ人物だとは、にわかには信じられなかった。
そして、男の視線はロザンナのそばに吊り下げられたアイリスへと移る。
「……あの子を、助けねえと」
男は短剣を握り直した。
マリアの剣が、再びロザンナへと迫る。
森を支配する魔女と、妹を奪われた悪魔。
その戦いは、もはや先ほどまでのものとはまったく違う段階へと移っていた。
[止まらない刃]
ロザンナは後方へ飛び退いた。
木々の枝を足場にし、マリアとの距離を取る。普通の相手であれば、それだけで攻撃の手を止めさせることができただろう。
しかし、マリアには通用しなかった。
(空気を切り裂く音)
ロザンナが距離を離した直後、マリアはすでにその間合いへ飛び込んでいた。
黒い剣が横一文字に振るわれる。
ロザンナは身体を反らしてかわし、さらに後方へ退く。
だが、次の瞬間には再びマリアが迫っていた。
まるで一撃離脱を繰り返すかのように、瞬く間に距離を詰め、斬撃を繰り出す。攻撃を終えた瞬間には次の踏み込みへ移り、ロザンナに反撃の機会を与えない。
「まあ……!」
ロザンナは楽しげに目を細めた。
「ずいぶんとせっかちですこと」
彼女はあえて大きく距離を取った。
マリアが追ってくることを確信しているかのように。
そして、自分とマリアの間に両手を広げる。
「でしたら、こちらはいかが?」
(木々が激しく軋む音)
地面から黒いツタが大量に伸び上がった。
それらは互いに絡み合い、幾重にも重なりながら、瞬く間に巨大な壁を形成する。表面には無数の鋭い棘が並び、向こう側を見通すことすらできない。
ロザンナはその壁の向こうで微笑んでいた。
「さあ、どうなさいます?」
マリアは止まらなかった。
黒い剣を握り直すことすらなく、そのままツタの壁へと突っ込んでいく。
(無数の棘が身体を傷つける音)
鋭い棘が腕や肩、頬をかすめ、黒い衣服を裂いていく。
しかし、マリアの表情は一切変わらなかった。
痛みを感じていないのか、それとも、そんなものに構っている余裕すらないのか。
彼女はただ前だけを見ていた。
「…………」
そして、黒い剣を振り上げる。
(巨大なツタの壁が切り裂かれる音)
剣が通った軌道に沿って、幾重にも絡み合ったツタがまとめて断ち切られた。
壁に大きな裂け目が生まれる。
マリアはそこを抜け、再びロザンナへと迫った。
「……っ!」
ロザンナの表情に、初めて明確な驚きが浮かぶ。
距離を取っても意味がない。
障害物を作っても意味がない。
傷を負わせても、彼女の足は止まらない。
マリアの赤い瞳は、ただロザンナだけを捉えていた。
「アイリスを……」
その唇が、かすかに動く。
「返してって、言ってるでしょ」
黒い剣が再び振り抜かれる。
ロザンナは身を翻し、間一髪でその刃を避けた。
(刃が木々を切り裂く音)
背後にあった大木が、音を立てて倒れる。
それでもマリアは攻撃を緩めない。
ロザンナはようやく理解し始めていた。
自分が相手にしているのは、単に妹を傷つけられて怒っている悪魔ではない。
その妹を取り戻すためなら、自分の身体がどうなろうと構わない。
そんな存在だった。
次、ちょいエロが出ます