[罠]
マリアはロザンナとの距離を一気に詰めた。
「もう逃がさない!」
拳を握り、真正面から飛び込む。
ロザンナはその姿を見つめながら、わずかに口元を緩めた。
「あら……本当に素直な方ですこと」
マリアが拳を振り抜こうとした、その瞬間だった。
ロザンナの足元には、先ほどまでマリアが切り裂いてきた黒いツタが散乱していた。
彼女はその一本を素早く拾い上げ、両手で握りしめる。
そして、マリアが攻撃を繰り出すよりも早く、ツタを彼女の首へと巻きつけた。
「――っ!?」
(ツタが首に巻きつく音)
ロザンナは後方へ身体を引いた。
ツタが強く張り詰め、マリアの首を締め上げる。
「ぐっ……あ……!」
マリアの突進が止まった。
拳を振るうこともできず、首に巻きついたツタを両手で掴む。だが、魔封じの籠の中では邪眼も魔術も使えない。
「ふふっ……捕まえましたわ」
ロザンナはマリアの苦しむ姿を見上げた。
「魔術が使えないからといって、私が何もできないと思っていらしたの?」
「……くっ……!」
マリアは必死にツタを引き剥がそうとする。
しかし、ロザンナは両手でツタを握り、さらに距離を取って締め上げた。
「あなたは強い。ええ、本当に強いですわ。でも、少々感情に流されすぎましたわね」
マリアの足元がふらつく。
先ほどまでロザンナを圧倒していた彼女が、今は呼吸すらままならず、膝をつきかけていた。
「お姉ちゃん……!」
遠くから、かすかな声が響いた。
アイリスだった。
まだ身体を起こすことも難しい彼女は、マリアの姿を見て必死に声を絞り出す。
「お姉ちゃん……!」
その声に、マリアの赤い瞳がわずかに動いた。
ロザンナはそれに気づき、楽しげに微笑む。
「あら。妹さんが呼んでいますわよ?」
マリアは答えられない。
ただ、アイリスの方へ手を伸ばそうとする。
[悪魔の抵抗]
「……っ、ぐ……!」
首に巻きついたツタが、マリアの動きを封じようとする。
ロザンナは余裕の笑みを浮かべ、さらにツタを引いた。
「もう諦めてはいかが? 先ほどまでの威勢はどうなさったの?」
しかし、マリアの瞳から闘志は消えていなかった。
彼女はツタを掴んだまま、必死に身体を起こそうとする。
「……誰が……諦めるもんか……!」
そして、ロザンナとの距離が縮まった瞬間だった。
(膝が脇腹に打ち込まれる音)
「ぐっ……!?」
マリアの膝が、ロザンナの脇腹に深く入った。
予想外の反撃に、ロザンナの身体が折れ曲がる。
「この……!」
マリアはその隙を逃さなかった。
もう一度、膝を振り上げようとする。
しかし、ロザンナもすぐに体勢を立て直し、ツタを握る手に力を込めた。
「っ……本当に、しぶとい悪魔ですこと!」
「うるさい……!」
マリアは苦しそうに息をしながらも、抵抗を続ける。
ツタを掴む指に力を込め、身体を捻り、少しでも首への圧迫を緩めようとする。
普段の彼女なら、こんな状況になる前に魔術で切り抜けていただろう。
だが今は違う。
魔力は封じられ、頼れるものは自分の身体だけだった。
それでも、マリアは倒れようとしなかった。
アイリスのもとへ戻る。
その一心だけで、彼女はロザンナに食らいついていた。
「……アイリスのところに……帰るんだから……!」
その言葉に、ロザンナの笑みがわずかに消えた。
[青い目]
「……アイリスのところに……帰るんだから……!」
マリアは首に巻きついたツタを両手で掴み、必死に抵抗していた。
ロザンナはそんな彼女を見下ろし、再びツタを引き絞ろうとする。
「ふふっ、まだそんなことをおっしゃるの?」
そのときだった。
マリアの赤い瞳に、異変が起きた。
片目が、ゆっくりと青く輝き始めたのだ。
「……え?」
ロザンナの表情から笑みが消える。
魔封じの籠の中では、あらゆる魔力が封じられている。悪魔であるマリアも例外ではない。邪眼を使うことなど、本来できるはずがなかった。
だが、マリアの瞳は確かに輝いていた。
それは、これまでの赤い光とは違う。
危機に瀕した彼女の内側から、何かが目覚めようとしていた。
「……離して」
マリアの声が低く響く。
(ツタが引き裂かれる音)
次の瞬間、首に巻きついていた黒いツタが、内側から引きちぎられた。
「なっ……!?」
ロザンナが目を見開く。
マリアは首元を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。
青く輝く邪眼が、ロザンナを真っ直ぐに捉えている。
「私のことは……どうだっていい」
彼女は一歩踏み込んだ。
「でも、アイリスには……もう手を出させない!」
ロザンナが身構えるより早く、マリアの身体が回転する。
(蹴りが腹部に打ち込まれる音)
強烈な回し蹴りが、ロザンナの腹部を捉えた。
「ぐあっ……!!」
ロザンナの身体が大きく浮き上がり、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
(地面に身体が叩きつけられる音)
彼女は地面を転がり、ようやく木の根元で止まった。
「……っ、は……!」
マリアは荒い呼吸を繰り返しながら、ロザンナを見据えていた。
首にはツタで締められた痕が残り、身体にも傷がある。
それでも、彼女は立っていた。
遠くからその光景を見ていたライルは呆然とする。
「おいおい……魔力を封じられてるんじゃなかったのかよ……」
そして、地面に横たわっていたアイリスも、姉の声を聞いていた。
「……お姉ちゃん……?」
マリアは一度だけ妹の方を振り返る。
青い光を宿した瞳が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「大丈夫……アイリス。すぐに終わらせるからね」
そう言って、再びロザンナへ向き直った。