[保安官の詰所]
呼ばれずの森を後にした一行は、保安官たちに同行する形で、近隣の町へと向かうことになった。
森が消滅したことで周辺の道も見通しがよくなり、馬での移動は思いのほか順調だった。
町に到着すると、二人は保安官の詰所へ案内された。
「それでは、改めて事情を聞かせてもらおう」
詰所の机を挟んで、年配の保安官が二人に向き合う。
アイリスはこれまでの経緯を説明した。
森に入った理由、途中で遭遇したライルという男、そして森の支配者であるロザンナとの戦闘。ロザンナが操る木々やツタ、巨大なゴーレム、そして最後に魔封じの籠を発動させたことまで、覚えている限り詳しく話した。
マリアも時折補足しながら、最後まで説明を続けた。
保安官は二人の話を聞き終えると、深く息を吐いた。
「なるほど……あの森が消えた理由も、おおよそ理解できた」
「ロザンナについて、何か知っているんですか?」
アイリスが尋ねると、保安官は机の引き出しから古びた書類を取り出した。
「彼女の名前は、昔からこの地域に残っている記録にも出てくる。もっとも、知っている者はほとんどいないがな」
保安官は書類に目を落とした。
「ロザンナは、元々ある町に住んでいた魔女だった」
[魔女狩りの時代]
その町は、今から何十年も昔に存在していた。
当時のロザンナは、非常に優れた魔法の使い手だったという。
彼女は植物を育て、枯れた土地を蘇らせ、病に苦しむ人々を魔法で助けていた。
その才能は町の人々からも認められ、彼女は多くの者に慕われていた。
「人々にとって、彼女は頼れる存在だったそうだ」
保安官は静かに語り続ける。
「だが、ある年を境に状況が一変した」
世界各地で、原因のわからない疫病が蔓延した。
人々は次々と病に倒れ、町から町へと恐怖が広がっていった。
原因を特定できない人々は、やがてその責任を魔法使いたちに求め始めた。
魔女が疫病をばらまいた。
魔法使いたちが人々に呪いをかけた。
そんな根拠のない噂が広がり、いつしか人々の不安は魔女たちへの憎悪へと変わっていった。
そして始まったのが、魔女狩りだった。
魔法を使うというだけで疑われ、捕らえられ、裁かれる。
かつて人々を助けていた魔女たちも、次々と追われる身となった。
「ロザンナも例外ではなかった。彼女は自分の住んでいた町を追われ、命からがら逃げ延びたらしい」
「……そんなことが」
アイリスは思わず呟いた。
「その後、彼女は人里から遠く離れた場所に身を隠した。そして、誰も近づけないように魔法で森を作り上げた。それが、呼ばれずの森だったというわけだ」
マリアは腕を組み、少し考え込んでいた。
「じゃあ、あの森は……ロザンナが自分を守るために作ったものだったの?」
「そう考えられている」
「でも、あそこにはたくさんの遺体があったよね?」
アイリスの問いに、保安官は頷いた。
「それについても調べがついている」
[森に眠る者たち]
保安官によれば、森の中で発見された遺体は、いずれも過去に周辺地域で確認されていた凶悪犯罪者や盗賊たちのものだった。
強盗、殺人、略奪。
彼らは人目につかない森を隠れ場所として利用しようとし、ロザンナの領域へ足を踏み入れていたのだ。
そして、二度と戻ってこなかった。
「つまり、森で命を落とした者たちは、ほとんどが犯罪者だったということですか?」
「確認できた遺体についてはな。全員がどういう経緯で命を落としたのかまでは分からないが、少なくとも無差別に人々を襲っていたわけではなさそうだ」
アイリスは、森で見た無数の骸骨を思い出した。
あの場所には、長い年月の間に多くの人間が入り込んでいた。
そして、そのほとんどが帰ることはなかった。
「……ライルも、あの森で仲間を失ったと言っていましたね」
「その男についても、こちらで確認する必要がある。元盗賊だという話だったな?」
「はい。でも、私たちを助けてくれました」
アイリスはそう答えた。
保安官は少し考えた後、書類に何かを書き込んだ。
「分かった。彼については別途調べよう」
マリアは窓の外に目を向けた。
朝日が町の建物を照らしている。
あの不気味な森も、ロザンナという魔女も、そしてライルという男も、ほんの数時間前までは自分たちの目の前にいた。
「ねえ、アイリス」
「なに?」
「ロザンナって、最初から悪い人だったわけじゃなかったんだね」
「……うん」
アイリスは静かに頷いた。
人々を助けていた魔女が、いつしか人々から恐れられ、追われる存在になった。
彼女があの森で何を思い、どれほどの年月を過ごしてきたのか。
二人には、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、あの森が消えたことで、長い間閉ざされていた過去がようやく明るみに出たということだった。
呼ばれずの森編、ここに幕を閉じる。