[次なる目的地]
呼ばれずの森での一件が落ち着き、数日が経過した。
アイリスたちは町に滞在しながら、保安官たちから提供された資料や古い記録を調べていた。
しかし、肝心の悪魔に関する情報はほとんど得られなかった。
ロザンナが長年暮らしていた森には、古い魔法の痕跡こそ残っていたものの、悪魔の起源や契約に関する手掛かりは見つからなかった。
「うーん……結局、空振りだったね」
宿の部屋で、アイリスは調べ終えた書物を閉じた。
「せっかくあんなに大変な思いをしたのにねぇ」
マリアは椅子に腰掛け、退屈そうに尻尾を揺らしていた。
「でも、ロザンナさんと出会えたことは無駄じゃなかったと思うよ」
「そうだね。まあ、あの人が一緒に来ることになったのは、ちょっと予想外だったけど」
その視線の先には、窓辺で外を眺めているロザンナがいた。
「ふふ。私としても、まさか森の外を旅することになるとは思いませんでしたわ」
「……変なことしないでよね」
「あらあら、信用がありませんこと」
マリアはまだロザンナを完全には信用していないようだった。
一方、アイリスは新しい資料を取り出した。
「実は、次に行ってみたい場所があるんだ」
「どこ?」
「古代文明モーセルタニアの遺跡」
その名前を聞くと、ロザンナが窓辺から振り返った。
「……モーセルタニアですって?」
「知っているんですか?」
「ええ。ずいぶんと古い文明ですわね」
アイリスは資料を広げ、二人に見せた。
そこには、崩れた神殿や巨大な石柱、そして奇妙な装飾が施された建造物の絵が描かれていた。
[追憶の地]
古代文明モーセルタニア。
現在の人類が築いた文明よりも遥か昔に栄え、今ではその多くが遺跡として大地に埋もれている。
この文明について、特に興味深い記録が残されていた。
それは、悪魔が初めて大地に降り立った場所だという伝承だった。
そのため、遺跡の一帯は一部の研究者や歴史家から、こう呼ばれている。
『追憶の地』
悪魔がこの世界に現れた最初の場所。
そう信じられてきた土地だった。
「古代モーセルタニア人は、天から降り立つ黒い上位存在を崇めていたらしいの」
アイリスは資料の一節を指でなぞった。
「彼らにとって悪魔は恐れる対象ではなく、崇拝する対象だった。悪魔を神聖な存在として扱い、その力を讃えることで文明を築いていったみたい」
「悪魔を崇拝する文明、ですか……」
ロザンナが興味深そうに資料を覗き込む。
「今では考えられないことですわね。人間と悪魔が共存している地域はあっても、文明そのものが悪魔を信仰していたというのは珍しいですもの」
「それだけ昔の人たちにとって、悪魔は特別な存在だったんだろうね」
マリアは資料に描かれた黒い影のような壁画を眺めていた。
「ねえ、アイリス。そこに行けば、私のことも何か分かるかな?」
「うん。悪魔が初めて現れた場所なら、契約や悪魔の種類についても古い記録が残っているかもしれない」
アイリスは少しだけ表情を引き締めた。
自分たちが探しているのは、悪魔になった人間を元に戻す方法。
その手掛かりが本当に存在するのかは分からない。
それでも、悪魔の歴史を知ることは、きっと無駄にはならないはずだった。
「決まりだね!」
マリアは椅子から立ち上がり、楽しそうに両手を広げた。
「次は古代遺跡探検! なんだか冒険らしくなってきたじゃん!」
「お姉ちゃん、遊びに行くわけじゃないんだからね」
「分かってるってば!」
「あら、私は少し楽しみですわ。古代モーセルタニア……一度はこの目で見てみたいと思っていましたもの」
こうして、三人の次なる目的地が決まった。
悪魔が初めて大地に降り立ったとされる場所。
かつて黒い上位存在を崇め、繁栄を遂げた古代文明の遺跡。
そこには、人間と悪魔が歩んできた長い歴史の始まりが眠っているのかもしれない。
そして三人は、追憶の地を目指して旅立つことになった。
新章 [追憶の地]編 開幕