[絶えない火種]
モーセルタニアの遺跡を目指す旅は、思いのほか賑やかなものになっていた。
その理由は、もちろんロザンナとマリアである。
「まあ、マリアさん。まだそんなところを飛んでいらっしゃるの? 少しは歩いたらいかが?」
「悪魔なんだから飛んでて当然でしょ!」
「あら、そうでしたわね。では、せっかくの足を使わないなんてもったいないこと」
「あなたに言われたくない!」
ロザンナは楽しそうに笑いながら、木の枝を指先で軽く撫でた。
すると、道端の草花が彼女の足元から伸び、まるで絨毯のように道を彩った。
「ほら、自然というものは実に便利ですわ」
「それ、いちいち見せつけなくていいから!」
「ふふっ。羨ましいのかしら?」
「全然!」
アイリスは二人の少し後ろを歩きながら、呆れたように息を吐いた。
「お姉ちゃんもロザンナさんも、もう少し静かにできないの?」
「だって、この人が!」
「あらあら、私は何もしていませんわよ?」
「絶対わざとでしょ!」
こんなやり取りが、旅の間ずっと続いていた。
ロザンナが余裕たっぷりにマリアを煽り、マリアがそれに反応して怒る。アイリスが間に入ってなだめるものの、数分もすればまた同じことの繰り返しだった。
そして、ある日のこと。
とうとう二人の我慢が限界に達した。
[実力勝負]
「もういい! そんなに偉そうにするなら、直接勝負しようよ!」
マリアがロザンナを指差した。
「あら、勝負ですの?」
「そう! 魔法は禁止! 近接格闘だけで決着をつける!」
「ふふっ……面白そうですわね」
ロザンナは少しも躊躇せずに応じた。
アイリスは嫌な予感を覚えた。
「ちょっと、二人とも……本当にやるつもり?」
「もちろん!」
「ええ。せっかくのお誘いですもの」
「怪我しないでよね……」
二人は少し開けた場所へ移動した。
マリアは地面に降り立ち、軽く肩を回す。普段は空中を漂っている彼女だが、今回は地上で戦うつもりらしい。
対するロザンナも、余裕のある笑みを浮かべながら向かい合った。
「それでは、始めましょうか」
「今度こそ負けないからね!」
マリアが先に踏み込んだ。
鋭い踏み込みから拳を繰り出す。
しかし、ロザンナはわずかに身体を傾けただけで、その拳をかわした。
続く蹴りも、身を引いて簡単に避ける。
「……っ!」
マリアは間髪入れずに攻撃を重ねた。
拳、蹴り、体勢を変えての連続攻撃。
だが、ロザンナには一発も届かない。
「あらあら、ずいぶんと分かりやすい攻撃ですこと」
「うるさい!」
マリアが再び距離を詰める。
その瞬間、ロザンナはマリアの踏み込みに合わせて身体をずらし、彼女の腕を軽くいなした。
マリアの身体がわずかに流れる。
そこへロザンナの足が入り、マリアの体勢を崩した。
「わっ!」
マリアが踏ん張ろうとするより早く、ロザンナはその動きを利用して彼女を地面へと転がした。
(地面に身体が触れる音)
「……あれ?」
マリアは地面に座り込んだまま、目を丸くした。
「もう終わりですの?」
「まだまだ!」
マリアはすぐに立ち上がった。
しかし、再び攻め込んでも結果は変わらなかった。
ロザンナはマリアの間合いを把握していた。
前回の森での戦いで、彼女はマリアの動きを何度も観察していたのだ。
どの距離から踏み込むのか。攻撃の後にどちらへ重心が移るのか。どのような動きで次の攻撃へ繋げるのか。
マリアの戦い方を、ほとんど完璧に学習していた。
そして、その知識を今の勝負で存分に活用していた。
マリアが攻撃を繰り出すたび、ロザンナは最小限の動きでかわし、マリアの体勢を崩していく。
やがて、マリアは何度も地面に転がされることになった。
「ちょっと! なんで当たらないのよ!」
「あら。前回の戦いで、あなたの動きは十分に拝見しましたもの」
「だからって!」
「力強く、速く、そして真っすぐ。素晴らしい才能ですわ。ただ、少々素直すぎますわね」
ロザンナは微笑みながら、マリアの拳を軽く受け流した。
そして、マリアの懐に入り込むと、肩を押して簡単にバランスを崩させた。
マリアは再び尻餅をついた。
「……もう!」
[最後の勝負]
「最後にもう一度だけお相手いたしますわ」
二人は再び向かい合った。
「今度こそ捕まえてやるんだから!」
マリアは両手を構え、ロザンナの動きを警戒する。
「ふふっ。楽しみにしておりますわ」
アイリスが二人の間に立つ。
「それじゃあ、始め!」
その瞬間だった。
マリアが動き出そうとした、ほんの一瞬。
ロザンナの姿が目の前から消えた。
「えっ――?」
マリアがそれを認識したときには、すでにロザンナは彼女の後方に回り込んでいた。
マリアが振り返るよりも早く、ロザンナはその耳元へ顔を近づける。
そして、艶やかな声で囁いた。
「勝負ありですわ」
「……え?」
マリアの動きが止まる。
あまりにも一瞬の出来事だった。
先ほどまでの勝負では、マリアの攻撃を受け流すことに徹していたロザンナが、今度は開始の合図と同時にマリアの背後を取ったのである。
「はい、そこまで!」
アイリスが勝負の終了を告げた。
ロザンナはマリアから離れ、優雅に一礼する。
「これでわたくしの勝ちですわね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!今の何!?」
マリアは振り返り、納得のいかない様子で声を上げた。
「何、と申されましても。後ろに回り込んだだけですわ」
「それができなかったんだってば!」
「あら。でしたら、これが実力の差というものですわね」
「むーっ!」
マリアは悔しそうに頬を膨らませた。