[商業都市]
モーセルタニアへ向かう道中、三人は大きな商業都市へ立ち寄ることにした。
街には多くの商人や旅人が集まり、通りには露店が並んでいた。食料品から衣服、日用品、装飾品、武具に至るまで、あらゆるものが売買されている。これまで訪れた小さな町とは違い、活気に満ちた賑やかな場所だった。
「わあ、結構大きな街だね!」
マリアは空中に浮かびながら、通りを見渡した。
「ここなら必要なものは大体揃いそうだね。私は食料と日用品を買ってくるから、二人は自由にしてていいよ」
アイリスは買い物袋を手に、商店街の方へ歩いていった。
「はーい!いってらっしゃーい!」
マリアは軽く手を振って見送る。
その後、マリアは特に目的もなく街をぶらぶらと浮遊していた。店先の商品を眺めたり、露店の人々を観察したり、時折気になったものを手に取ってみたり。
一方、ロザンナは少し違っていた。
「では、わたくしは少し用事を済ませてまいりますわ」
そう言うと、彼女は街の奥にある職人街へと向かっていった。
「用事?」
「ええ。少々、立ち寄りたい場所がございますの」
ロザンナはそれ以上詳しく説明せず、ひらひらと手を振って歩き去った。
「ふーん……?」
マリアは首を傾げた。
[ロザンナの行き先]
しばらくして、マリアはあることに気づいた。
ロザンナが向かったのは、武器や防具を扱う職人街だった。
「……あれ?」
魔法使いであるロザンナが、武器職人のところへ何をしに行くのだろう。
自然を操り、眠りや治癒の魔法まで使いこなす彼女が、わざわざ武器を必要とするとは思えなかった。
もちろん、魔法使いが武器を持ってはいけないという決まりはない。しかし、これまでの旅でロザンナが武器を使うところなど見たことがない。
「何か企んでるのかな……」
マリアは少し考えたあと、口元に指を当てた。
「よし、ちょっと見てこよっと」
ロザンナに気づかれないよう、少し距離を空けて後を追うことにした。
普段は暇を持て余しているマリアだったが、こういうときの好奇心だけは人一倍だった。
ロザンナは職人街の一角にある、年季の入った武器鍛冶屋へ入っていった。
マリアは店の外にある木箱の陰に身を隠し、店内の様子をうかがう。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
店の奥から、腕の太い職人が顔を出した。
「武器を一本、注文したいのですけれど」
「ほう。どんな武器だ?」
「槍をお願いしたいですわ」
「槍か。長さや重さに希望はあるか?」
ロザンナは少し考えるように顎に手を添えた。
「そうですわね……わたくしの体格に合う、扱いやすいものを。あまり大きすぎず、軽すぎもしないものがよろしいですわ」
「なるほど。実際に使う本人のための注文ってわけだな」
「ええ。そういうことですわ」
職人は頷き、いくつかの槍を持ち出して見せた。
ロザンナはそれらを手に取り、重さや長さを確かめている。普段の優雅な振る舞いとは違い、武器を見る目は意外なほど真剣だった。
「穂先はこちらの形がよろしいですわね。柄の長さは、もう少し短くしていただけますか?」
「分かった。細かい調整はできる。仕上がりまで少し時間をもらうがいいか?」
「もちろんですわ。よろしくお願いいたします」
注文を済ませたロザンナは、職人に代金の一部を支払い、店を後にした。
その様子を木箱の陰から見ていたマリアは、目を丸くしていた。
「……槍?」
ロザンナが槍を注文した。
その事実が、どうにも意外だった。
「あの人、槍なんて使えたんだ……?」
マリアはロザンナが歩いていった方向を見つめる。
自然を操る魔法使いが、なぜ今になって武器を注文したのか。
それに、あの真剣な表情。
ただの気まぐれとは思えなかった。
[ロザンナの槍]
武器鍛冶屋を後にしたロザンナは、完成したばかりの槍を手に街の通りを歩いていた。
そのまま大通りへ戻るのかと思いきや、彼女は人通りの少ない細い路地へと入っていく。
周囲に人影がないことを確認すると、さらに奥へ進み、ほとんど人目につかない場所で足を止めた。
「さて……」
ロザンナは手にした槍を眺める。
そして、ゆっくりと両手で柄を握った。
すると、彼女の手元から黒いものが伸び始めた。
それは細いツタだった。
黒いツタは槍の柄に絡みつくように広がり、やがて艶やかな赤色のバラがいくつも咲き始める。さらに、細かな葉や蔓が複雑に絡み合い、装飾品のような美しい姿を形作っていった。
変化は柄だけにとどまらない。
穂先を除いた槍全体が、黒いツタと赤いバラによって覆われていく。まるで槍そのものが植物に包み込まれ、ロザンナの魔法によって新たな姿へと生まれ変わったかのようだった。
やがて変化が収まる。
そこには、先ほどまでの武骨な槍とはまるで違う一本の武器があった。
黒い蔓が柄を覆い、鮮やかな赤いバラが咲き誇る。金属の穂先だけが植物の装飾から解放され、鋭く輝いていた。
ロザンナは槍を軽く持ち上げ、何度か手の中で回してみる。
「ふふっ……なかなか良い仕上がりですわね」
その表情には満足げな笑みが浮かんでいた。
彼女は槍を眺めたあと、何事もなかったかのように路地裏を出ていった。
少し離れた建物の陰。
その一部始終を見ていたマリアは、目を丸くしていた。
「……え?」
ただの槍だったはずなのに、ロザンナが触れただけで姿が変わってしまった。
しかも、その装飾は彼女が森で操っていた植物によく似ている。
「やっぱり、普通の槍じゃないんだ……」
マリアは槍を持って歩いていくロザンナの背中を見つめた。
そして、ひとつの疑問が浮かぶ。
――あの人、いったい何をするつもりなんだろう?