[万全の備え]
ロザンナが路地裏から出てくると、少し離れた場所で待っていたマリアがすぐに合流した。
「ねえ、ロザンナ!」
「あら、マリアさん。どうかなさいました?」
「さっきの槍、見てたよ」
ロザンナの表情がわずかに変わる。
「……見ていた?」
「うん。武器鍛冶屋に入っていくところから、路地裏で槍を変身させたところまでね!」
マリアは得意げに胸を張った。
「ふふっ。ずいぶんと暇を持て余していらっしゃるようですわね」
「暇だったんだから仕方ないでしょ!それより、あの槍は何なの?」
マリアはロザンナの手にある槍を指差した。
黒いツタが柄を覆い、鮮やかな赤いバラが咲き誇る。先ほど見たときと同じく、どこか生き物のような雰囲気を漂わせていた。
ロザンナは槍を軽く持ち上げる。
「これは、わたくしの新しい武器ですわ」
「武器?でも、ロザンナって魔法使いでしょ?」
「あら。魔法使いが武器を持ってはいけない理由でもありますかしら?」
「そういうわけじゃないけど……」
マリアは少し不思議そうに槍を眺めた。
ロザンナは穂先を傷つけないように手を添えながら、説明を始めた。
「以前の戦いで、わたくしはひとつ重要なことを学びましたの」
「重要なこと?」
「ええ。魔法を封じられた場合、わたくしは本来の力を十分に発揮できなくなるということですわ」
呼ばれずの森での戦い。
ライルがアイリスの銀の十字架と祓魔の書を使い、魔封じの籠を発動させたときのことだ。
ロザンナの植物を操る魔法も、眠りの魔法も封じられた。普段なら自在に扱えるはずの力を失い、マリアと直接戦わざるを得なくなった。
「もちろん、魔法を封じられる状況などそう何度もあるものではありませんわ。ですが、対策をしておくに越したことはありませんもの」
「それで槍を買ったの?」
「正確には、槍を買ったあとに魔術を吹き込んだのですわ」
ロザンナは柄を握り直した。
「この槍は、単なる武器ではありません。わたくしの魔術を宿した、大杖でもあるのです」
「大杖……?」
「ええ。杖として魔術を扱うための媒体であり、同時に槍としても使える。魔法だけに頼らず、必要であれば直接戦うこともできますわ」
マリアは改めて槍を見つめた。
黒いツタと赤いバラの装飾は、単なる飾りではない。ロザンナの魔術そのものが、武器に根付いているのだ。
「なるほどね……。魔法が使えなくなっても戦えるようにしたんだ」
「そういうことですわ」
「でも、ロザンナが槍を持って戦うなんて、ちょっと想像できないなぁ」
「あら。わたくしだって、必要とあらば武器を扱いますわよ?」
ロザンナは槍を片手で軽く回し、穂先を地面に向けて構えた。
その所作は優雅でありながら、妙に様になっていた。
「……へえ。意外と似合ってるじゃん」
「ありがとうございます。あなたに褒めていただけるとは思いませんでしたわ」
「別に褒めてないし!」
マリアはぷいっと顔を背けた。
ロザンナは楽しそうに微笑み、槍を持って歩き始める。
その後ろ姿を見ながら、マリアはふと思った。
呼ばれずの森での戦いを経て、ロザンナもまた自分の弱点と向き合い、次の戦いに備えているのだ。
「……私も、もっと強くならなきゃ」
小さく呟いたマリアの声は、賑やかな商業都市の喧騒に紛れて消えていった。
[マリアに似合う武器]
「そういえば、マリアさん」
槍を手にしたロザンナが、ふと思い出したように声をかけた。
「あなたも何か武器を持ってみてはいかがかしら?」
「えっ、私?」
「ええ。わたくしだけ武器を新調するというのも、少々不公平でしょう?」
「うーん……でも、私に武器って必要かなぁ?」
マリアは宙に浮いたまま、自分の手を眺めた。
これまで彼女は、ほとんど武器を使ってこなかった。邪眼による遠隔攻撃や魔力を利用した戦い方が中心であり、必要とあれば自分の手から魔力を刃のような形に変えることもできた。
それでも、ロザンナの言う通り、魔法を封じられた場合の備えを考えるなら、武器を持つこと自体は悪くない。
「せっかくだし、ちょっと見てみようかな」
二人は武器屋を何軒か巡ることにした。
しかし、マリアに合う武器はなかなか見つからなかった。
大きな斧やクレイモアのような刃物は、浮遊しながら軽快に動くマリアには重すぎる。空中での機動性を損なううえ、取り回しも難しい。
一方、短剣やアームサックスのような軽量な武器は扱いやすそうではあったが、マリアの好みではなかった。
「うーん、なんか違うんだよね」
「短剣なら、あなたの動きにも合いそうですけれど」
「でも、これだと相手に近づかなきゃいけないでしょ? 私、あんまりそういうの好きじゃないんだよね」
マリアは短剣を棚に戻した。
「できれば、今までみたいに自由に動けるものがいいな」
「なるほど……」
ロザンナは腕を組み、マリアの姿をじっと観察した。
頭部の二本の角、細い腕、そして背後でゆらゆらと揺れる黒い尻尾。
しばらくして、ロザンナの視線が尻尾の先端で止まった。
「……あら?」
「ん? どうしたの?」
「マリアさん、少しこちらを向いてくださる?」
「なになに?」
ロザンナはマリアの周囲を回りながら、改めて全身を確認する。
そして、ある考えに至った。
「あなたの尻尾、とても興味深いですわね」
「尻尾? これがどうかしたの?」
マリアが尻尾を軽く動かす。
それはまるで生き物のようにしなやかに伸び、縮み、自在に形を変えることができた。
「長さを自由に変えられるのでしょう?」
「うん。これくらいなら簡単だよ」
マリアは尻尾を少し伸ばし、ロザンナの目の前で揺らしてみせた。
ロザンナはその動きを見て、楽しそうに微笑んだ。
「でしたら、尻尾そのものを武器として活用するのはいかがかしら」
「尻尾を?」
「ええ。それに、もうひとつ」
ロザンナはマリアの両手へ視線を移した。
「あなたには、クロウグローブのような武器も似合うと思いますわ」
「クロウグローブ?」
「手に装着する爪状の武器ですわ。あなたの手の動きを邪魔せず、接近戦にも対応できるでしょう」
マリアは自分の手を開いたり閉じたりしてみる。
「なるほど……。それなら、飛び回るときにも邪魔にならなそうだね」
「そうでしょう? 尻尾と組み合わせれば、あなた独自の戦い方ができるかもしれませんわ」
「へえー! それ、ちょっと面白そう!」
マリアの表情が明るくなった。
ただ、ロザンナはまだ考え込んでいる。
「もっとも、尻尾の武装については、あなたの身体に合わせて考える必要がありますわね。普通の武器をそのまま取り付けるわけにもいきませんし」
「じゃあ、私専用ってこと?」
「そうなりますわね」
「いいじゃん! なんか特別な感じがする!」
マリアは嬉しそうに尻尾を揺らした。
そのとき、買い物を終えたアイリスが武器屋の入口から顔を出した。
「二人とも、こんなところにいたんだ。買い物は終わったよ」
「あっ、アイリス! 聞いて聞いて! 私も武器を持つことになりそう!」
「えっ、お姉ちゃんが?」
アイリスは少し驚いてロザンナを見る。
ロザンナは槍を肩に担ぎ、満足そうに答えた。
「ええ。マリアさんには、なかなか面白い武装が似合いそうですわ」