[林の中の怪物]
夜の林は静まり返っていた。
松明の明かりだけが、木々の間を不規則に照らしている。
男たちは互いに声を掛け合いながら、慎重に周囲を探していた。
「エミリア! どこだ!」
「おーい! 返事をしてくれ!」
しかし、返事はない。
アイリスは銀色の十字架を握り、周囲に意識を集中させていた。
すると、林の奥から妙な気配を感じた。
「……待って」
アイリスが足を止める。
「何かいる」
マリアも表情を変えた。
「うん。あっちだね」
二人が視線を向けた先。
木々の隙間に、人影のようなものが立っていた。
だが、それは人間ではなかった。
歪んだ身体。異様に長い腕。人間だった頃の面影をわずかに残しながらも、その姿は明らかに異形だった。
皮膚は不自然に変色し、顔には生気がない。
そして、その口元には赤黒い痕跡が残っていた。
「……あれが」
アイリスの脳裏に、叔父の言葉が蘇る。
正式な契約を経ず、強制的に悪魔にされた存在。
ソウルレス。
「まさか、本当に……」
その怪物はゆっくりと首を傾けた。
次の瞬間、木々の間から人間離れした速さで飛び出してきた。
「うわああっ!!」
男たちが一斉に後ずさる。
「撃て!!」
猟銃の音が林に響いた。
だが、ソウルレスは倒れない。
銃声に怯むどころか、さらに激しく身体を揺らしながら男たちへ迫ってきた。
「みんな、下がって!」
アイリスは前へ出た。
腰の銀色の十字架を掲げ、もう片方の手で悪魔祓いの本を開く。
「聖なる光よ、邪なるものを退けよ!」
彼女の足元に淡い光の魔法陣が浮かび上がった。
「《聖鎖》!」
地面から光の鎖が伸び、ソウルレスの身体へと絡みつく。
怪物は激しく暴れ、鎖を引きちぎろうとした。
「くっ……!」
アイリスは歯を食いしばる。
まだ修行中の身である彼女にとって、ソウルレスを一人で抑え込むのは容易ではなかった。
「アイリス!」
マリアが声を上げる。
「大丈夫! お姉ちゃんは町の人たちを守って!」
「分かった!」
マリアは男たちの前へ移動し、迫ってくるソウルレスの進路を塞いだ。
そのまま片手を軽く掲げる。
すると、怪物の身体がふわりと宙に浮いた。
「えっ……!?」
男たちが驚く。
マリアはそのままソウルレスを木々から引き離し、アイリスのいる場所へと押し戻した。
「アイリス! 今だよ!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
アイリスは本のページをめくり、次の詠唱へ移る。
「聖なる光よ、我が祈りに応え、邪悪なる魂を縛れ!」
十字架が強く輝き、魔法陣が広がっていく。
しかし、ソウルレスは突然身体を大きく震わせた。
絡みついていた聖鎖が次々と弾け飛ぶ。
「そんな……!」
怪物は地面に着地すると、アイリスへ向かって突進した。
「危ない!」
マリアが叫ぶ。
アイリスはとっさに十字架を前へ突き出した。
「《聖壁》!」
目の前に光の障壁が展開される。
ソウルレスの身体が衝突し、激しい光が林を照らした。
それでも怪物は止まらなかった。
障壁に亀裂が走る。
アイリスは必死に詠唱を続けた。
「お願い……持ちこたえて!」
背後では町の男たちが息を呑んでいた。
彼らにとって、目の前の光景はあまりにも現実離れしていた。
悪魔と戦う少女。
そして、その隣で浮遊する悪魔。
町の人々はまだ知らない。
この姉妹が、どれほど複雑な事情を抱えて旅をしているのかを。
「アイリス!」
マリアが再び声を上げた。
「無理しないで! 私がやろうか?」
「大丈夫! 私がやる!」
アイリスは本を握り直した。
まだマリアの力に頼るわけにはいかない。
自分の力で、姉を守れるようにならなければならないのだから。
「今度こそ……!」
アイリスの十字架が、ひときわ強い光を放った。
夜の林に、姉妹とソウルレスの激しい戦いが続いていた。
深い技名とか考えようかと思ったけど、割とシンプルな方がわかりやすいよねぇ。