[解き放たれる悪魔の力]
ソウルレスの身体から、いくつもの魂が光となって抜け出していく。
しかし、その速度はあまりにも遅かった。
アイリスは詠唱を続けていたが、ソウルレスは激しく抵抗し、マリアの拘束を何度も振りほどこうとしていた。
「くっ……! もう少しなのに!」
「アイリス、まだ時間がかかりそう?」
「うん! でも、このままだと魂を全部救い出す前に逃げられちゃう!」
ソウルレスの身体から黒い魔力が噴き出した。
マリアの拘束が大きく揺らぐ。
「……そっか」
マリアは小さく息を吐いた。
「これは、ちょっと本気を出さないと駄目みたいだね」
「お姉ちゃん?」
「アイリス、少しだけ離れてて」
その声はいつもの明るいものとは違っていた。
マリアの赤い瞳が怪しく輝く。
首筋から腕へと、赤黒い紋様がゆっくり広がっていった。
彼女の周囲に、今までとは比べものにならないほど濃い魔力が集まり始める。
空気が震え、地面の草花が風もないのに大きく揺れた。
「な、なんだ……あれは……」
町の男たちが思わず後ずさる。
彼らは理解していた。
目の前にいる悪魔は、今まで遊び半分で子供たちと空を飛んでいた存在とは違う。
その力の一端を、今まさに見せようとしていた。
「お姉ちゃん、力を使いすぎないで!」
アイリスが叫ぶ。
「分かってるよ。でも、みんなを助けるにはこれしかないでしょ?」
マリアはソウルレスを見据えた。
「ごめんね。ちょっとだけ我慢してね」
次の瞬間、ソウルレスの身体が空中で完全に停止した。
先ほどまで激しく暴れていた怪物が、まるで見えない手に握りつぶされるように動きを封じられている。
「今だよ、アイリス!」
「うん!」
[姉妹の共闘]
アイリスは再び本を開いた。
「聖なる光よ、迷える魂を導きたまえ!」
銀色の十字架が輝き、地面に巨大な魔法陣が広がる。
マリアがソウルレスを拘束し、その間にアイリスが魂を引き剥がしていく。
今度は先ほどとは違った。
ソウルレスは身動き一つ取れず、身体の奥に蓄えられていた魂が次々と光になって浮かび上がっていく。
一つ、二つ、三つ。
やがて、林の中に無数の光が漂い始めた。
「すごい……」
町の男の一人が呟く。
それは、これまで失踪した人々の魂だった。
しかし、ソウルレスは最後の抵抗を始めた。
身体の奥から黒い魔力が噴き出し、マリアの拘束に亀裂が走る。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫! まだいけるよ!」
マリアは両腕を広げた。
赤黒い紋様がさらに強く輝き、ソウルレスの身体を押さえ込む。
「アイリス! あとどれくらい?」
「もう少し! 最後の魂を引き剥がす!」
アイリスは十字架を両手で握りしめた。
「どうか、みんなを返して……!」
魔法陣が一段と強く輝いた。
そして最後の光が、ソウルレスの身体から解き放たれる。
「……全部、出た!」
アイリスが叫んだ。
「よしっ!」
マリアはソウルレスを空中から地面へ押さえつけた。
「アイリス! 今なら封印できるよ!」
「うん!」
アイリスは本の最後のページを開いた。
そこには、悪魔を封じるための古い詠唱が記されている。
彼女は深く息を吸い、十字架をソウルレスへ向けた。
「邪なる存在よ。これ以上、人の世を脅かすことは許されない」
足元に新たな魔法陣が浮かび上がる。
「聖なる鎖よ、その身を縛り、深き眠りへと導け!」
光の鎖が四方から伸び、ソウルレスの身体を包み込んだ。
怪物は最後の力を振り絞って抵抗したが、マリアの拘束とアイリスの封印術によって、徐々に動きを失っていく。
そして――
「《封印》!」
眩い光が林を包み込んだ。
光が収まった時、そこには黒い魔力の残滓だけが残されていた。
ソウルレスは、ついに封印されたのだった。
[救われた魂]
林に静寂が戻った。
空中を漂っていた魂たちは、ゆっくりと地面へ降りていく。
アイリスは本を閉じ、周囲を見渡した。
「……終わった」
「うん。お疲れさま、アイリス!」
マリアはいつもの調子に戻り、妹の頭を撫でた。
「えへへ、よく頑張りました!」
「もう……子供扱いしないでよ」
「だって、頑張ったんだもん!」
アイリスは苦笑した。
その時、町の男たちが二人のもとへ駆け寄ってきた。
「おい! あの光は一体……!」
「失踪した人たちはどうなったんだ!?」
アイリスは地面に降りた魂を見つめた。
「この魂が、ソウルレスに取り込まれていた人たちのものです。無事に救い出せました」
「じゃあ、みんな助かるのか!?」
「魂は取り戻せました。でも、身体の状態を確認しないと、まだ何とも言えません」
その時だった。
林の奥から、かすかな声が聞こえた。
「……だれか……」
「!」
アイリスはすぐに振り返った。
声のした方向へ駆け寄ると、木の根元に一人の女性が倒れていた。
「エミリアさん!」
町の男が叫ぶ。
そこにいたのは、町の看板娘エミリアだった。
彼女は弱々しく目を開けた。
「……みんな……?」
「エミリア! よかった、無事だったんだな!」
男たちは安堵の声を上げた。
アイリスはエミリアのそばに膝をつき、容体を確認する。
「大丈夫。まだ意識があるよ」
「よかったぁ……」
マリアもほっとしたように笑った。
やがて、救出された人々の魂は、それぞれの身体へ戻っていった。
完全に回復するまでには時間がかかるだろうが、彼らは再び生きる機会を得たのだった。
[戦いのあと]
町へ戻る頃には、東の空が少しずつ明るくなり始めていた。
町長は救出された住人たちの報告を受け、何度も姉妹に礼を述べた。
「本当にありがとう。君たちがいなければ、町はどうなっていたことか……」
「いえ。助けられてよかったです」
アイリスは少し疲れた様子で微笑んだ。
町の人々も二人を取り囲み、感謝の言葉を口々に伝えていた。
その中には、以前マリアと広場で遊んでいた子供たちもいた。
「悪魔のお姉ちゃん! すごかったよ!」
「また空を飛ばして!」
「えへへ、いいよ! 今度はもっと高く飛んでみる?」
「お姉ちゃん、今は駄目!」
アイリスがすかさず止める。
「えーっ!」
周囲から笑い声が起こった。
最初はマリアを恐れていた町の人々も、今ではすっかり打ち解けていた。
そんな様子を見て、町長は改めて二人に頭を下げた。
「約束通り、報酬を用意しよう。宿代もこちらで負担させてもらう」
「ありがとうございます」
アイリスが答える。
マリアはというと、すでに町の食堂から漂ってくる朝食の匂いに気を取られていた。
「ねえ、アイリス。お腹空いた!」
「……そうだね。昨日から何も食べてないし」
「やった! 朝ごはん!」
「その前に、ちゃんと休もうね」
「あはは! 分かってるって!」
姉妹は町の人々に見送られながら、宿屋へと戻っていった。
その背中を見つめる町長は、ふとマリアの姿を思い返していた。
あれほど強大な力を持つ悪魔が、どうして人間の少女と一緒にいるのだろうか。
その答えを、彼はまだ知らない。
そして姉妹もまた、まだ知らなかった。
マリアが先ほど解放した力が、彼女自身の中に眠る『滅びの悪魔』の素質を、わずかながら呼び覚ましていたことを。
ただ今は、二人とも無事に事件を解決できたことを喜んでいた。