黒き終末がセイバーオルタになるのは間違っているだろうか 作:蛇鬼鬼畜外道
遥か北の最果て。
人々と魔なるモンスターが混然する領域すら抜け、遥かなる古より今だ破壊と構築を繰り返し、完成を見ない壁すら越えたその先──。
嵐だ。
大地も風も魔物もあらゆるものを巻き込んで渦を巻き荒れ狂う暴威。
しかし天候によって齎されるそれとは違い消失もせず留まり続ける。
まるでその嵐の中心にこの世に解き放ってはならない、希望の一切を無為に帰す絶望しかつまっていない災厄を閉じ込める蓋であるかのように。
風印。
かつて大いなる大精霊が数多の強大なる竜と、その竜を遥かに凌駕する王を自らを楔として封じた証。
三大クエスト。
今はオラリオと呼ばれる英雄の地。
その中心にそびえるバベルのその下。
奈落のようにどこまでも続くモンスターの巣窟。
そのダンジョンが赫怒の咆哮と共に生み出したモンスターの王。
その身はダンジョンの怒りの具現そのものであるかのように黒く染まり。
あらゆる生命への怒りを滲ませる災厄。
その中においても数多の英雄を殺戮した英雄殺し。
それこそが三大クエストのモンスター。
一なる獣の名をベヒーモス。
一歩踏みしめるだけで大地を溶かし、万物を黒く染め上げ、犯し殺す劇毒を生み出す大地の獣。
しかしてその身はその肉を喰らい、強大な力を得た一人の獣の如き英雄に割断された。
二なる獣の名をリヴァイアサン。
海という広大極まる領域を支配し、その領域において無敵とも言えるような巨体を誇った海の獣。
しかしてその身は自らを憎み怒り、万物を引き裂くような福音を操る英雄によって滅せられた。
そして残るは三つ目。
かつて神々が大地へと降りる神代以前。
恩恵あらざる時において、ただ一振りの剣を振るった傭兵王に片眼を奪われた一匹の竜。
しかして前者二つの獣を遥かに凌駕する黒き終末。
前者二つの獣を滅した者達ですら敵わなかった、今だ下界に色濃く影を落としている最後の漆黒。
黒竜。
名は無くともその名だけであらゆる恐怖を集めるモンスターの真なる王。
ならば何故下界が今だモンスターの時代になっていないのか。
下界を守る真なる盾となっているもの。
それこそが風印。
風印は強大である。
しかしそれも長き年月を経て弱まりつつある。
時折上げる黒竜の鼾によってその中より配下たるエンシャントドラゴンが這い出てくるのがその証拠。
タイムリミットはすぐそこだ。
急がなければ、今度こそ全てが無為へと帰してしまう。
「今日は随分と穏やかですね」
「えぇ、レオン先生。竜の鼾も三か月ほどは一切上がっておりません」
後ろから聞こえてきた声に意識を沈める。
良いことなのだろう。
しかし何か心がざわつくのは自らが焦っているからだろうか。
目の前の刻一刻と進む終末時計を見ながらレオンは内心ため息をつく。
かつて黒竜に挑んだゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアを中心とした大連合。
レベル7へと至り、その影を踏んだ己ですらもその二つのファミリアの先頭に立つ二人には敵わないだろう。
だと言うのにレベル9どころかレベル8にすら今だ至らぬ未熟の身でどうして焦れようか。
いや、焦りは必要だ。
だが無為に焦ってもしょうがないだろう。
次に挑むときはレベルが幾つだろうと関係ない。
使えるものは何であろうと使い、あの終末の竜を討たなければ未来は無いのだから。
「レオン先生。一旦戻りましょう」
「えぇ、そうしましょう」
レオンは踵を返そうとする。
その一瞬だった。
「ん?」
「レオン先生?」
何かレオンの瞳に風印へと向かって飛翔するものが見えた気がした。
モンスターというには不安定でふわふわとした何か。
「あぁ、すまない」
しかしレオンはそれを見ても何もしなかった。
敵意といったものは無かったし、巻き込まれた哀れな鳥だと断じたのである。
レオンはそれを一瞬で思考の彼方へと押し流し。
自身を待つ強くとも弱い若芽の生徒たちを如何にして導くべきかと頭を悩ませながら、その顔ぶれを思い浮かべて僅かに微笑んだのである。
竜の鼾。
今だ封印の中に住まう黒き竜の咆哮。
それによって齎される歪より這い出るエンシェントドラゴン。
しかし出ることができるのならば入ることも可能なのでは無いだろうか?
歪とすら言いようの無い。
エンシェントドラゴンなど一匹たりとも出られないだろう小さな小さな穴。
その穴を通ってふよふよと漂う小さな丸いもの。
神々が見れば一瞬で断じるだろう。
あれは魂であると。
ハデスか閻魔か。
どこの冥府に所縁のある神の仕業か。
本来なら例外なく天界へと向かう魂。
しかし此処に一つのイレギュラー。
いやハデスも閻魔も、何だったら下界に降りてるタナトスも。
良くも悪くも自らの役割に真面目であり、死した者の魂で遊ぶなどしないだろう。
もしかしたらそう言った死に関する神々であればこう断じるかもしれない。
この魂は存在するレイヤーそのものが違うと。
漂うそれは異界の魂。
この世ならざる世界よりカオスのいたずらか迷い込み、幾宛すらわからないからこそ下界において最も今強い引力を発する魂に哀れにも引き寄せられてしまった。
数多に飛び交うエンシェントドラゴン。
それすらもすり抜けて今だ地で微睡む巨大な黒き竜の魔石。
その深奥にある漆黒の魂に触れる。
とぷり。
一瞬だった。
漆黒の魂の輪郭が騒めき、絡み取るようにして触れた魂を飲み込む。
それもそうだろう。
黒竜の強大に過ぎる魂と凡百な人の魂一つ。
抗いようが無い。
しかしそれが最大の過ちである。
黒竜の魂はその凡百な魂を取り込んだことにより、それに付随した記憶まで得てしまった。
ほとんどは黒竜の在り方を変えようもない記憶。
しかしその中において黒竜の在り方と同一と言っても良いほどに似通ったものがあった。
それは一人の騎士にして王。
正しきばかりを求め、女でありながら男であると偽らざるを得なかった者。
けれど黒竜が同調したのはその姿ではない。
正しきばかりを求めた王は反転する。
その身は暴威の化身にして、自らの性を偽ることなく晒し、己の我を世界に示さんとするワイルドハント。
荒れ狂う暴威の化身にして、黒き終末の竜の王。
その姿に、その記憶に黒竜は照応する。
パキリッ!
微睡む黒き竜の胸。
幾層にも重なり、今だ下界において誰一人切り裂くことの敵わない鱗が罅割れる。
パキリッ。パキリ。
罅割れは広がり。
ついに。
バリンッ!
硝子が割れて地面に落ちるように。
その胸から小さな白い手が淵を掴む。
「む」
這い出る。
抜け殻となった巨大な体が灰となって散り、一人の少女が姿を見せた。
死人のように色の無い肌。
片眼を欠いた黄金の瞳とシニヨンに纏められた髪。
瞳孔は縦一本に裂けた竜のそれ。
その身を包むのは鱗ならざる黒一色のドレス。
美を司る神々にすら比肩し、あるいは超越するであろう少女。
彼女はその視線を渦を巻く嵐へと向け、煩わし気に目を細める。
「邪魔だな」
第一声。
彼女の声に応え、手の平の空間が歪み、一振りの
赤い線の走る悍ましい剣。
清廉なるそれとは違う魔を凝縮した魔剣。
彼女は魔剣の柄を両手で掴み、腰だめに構える。
名を叫ばず、彼女は冷徹にその暴威を示す。
「失せろ」
彼女の威が極光となって一直線に進む。
一瞬何もかもが白飛びした世界。
それが晴れたその先にもう嵐は無い。
あるのは暗雲を切り裂いた先に見える青い空。
そしてどこまでも続く荒廃した大地。
その奥に微かに見える緑。
エンシェントドラゴンは歓喜する。
忌々しき嵐は晴れた。
ならばこんどこそ蹂躙しつくそう。
生まれた時よりそれ以外は無いのだから。
無数の咆哮が飛び交う。
人の時代はついに滅びる。
下界は間に合わなかった。
誰もが知らぬところで滅びが始まろうとする。
その刹那。
「黙れ」
それを止めたのは黒き終末より生まれた者。
絶対なる王の冷徹な圧に咆哮が鎮まる。
遥かなる昔より定められた支配。
竜は彼女に従わざるを得ない。
「貴様らは贄だ。私の無くした目」
彼女は髪をかき上げ。
その虚ろな穴を見せる。
「ただ一人私を傷つけた人間。あれに付けられた傷を埋めるための餌にしか過ぎない」
竜たちがその身を震わせる。
遍くモンスターの中において最強と謳われる種が。
「餌が吠えるな。私の糧になって散れ」
バクンッ!
まるで空間そのものが削り取られたかのように。
透明な竜の顎が、冒険者のポテンシャルに変えれば、レベル9に匹敵するだろう竜の群れを易々と抉り食らう。
「む。不味いな」
彼女は顔を顰め、そう言いながらも食らう。
パクパクと。
処刑台に立たされた囚人のように。
一切身動ぎせず迫り来るギロチンを竜たちは受け入れる。
絶望に染まる竜たちの内心をつゆ知らず。
上質な魔石を取り込み、癒えていく片目に満足している彼女。
その時だった。
「ん?」
上空よりふわふわと降りてくる影。
自らと似通った黄金の髪を揺らめかせる女。
半透明で今にも消えそうなほど弱っている。
彼女はその女の姿を見て目を見開く。
自らの片目を奪った男の後ろに居た。
忌々しい神々の現身たる精霊。
そして先程まで己をこの地に縛り付けていた嵐の楔そのもの。
一瞬でそれに近づくと両手で抱える。
極光で消し飛ばしてやろうかと一瞬考えもした。
しかしこの身が扱えるはずの力に風があることを己は知っている。
ならば利用しない手は無い。
逆らうならば食らってその力を手に入れるだけである。
「あなたは?」
虚ろな黄金の目を開き、女は問うてくる。
己を覚えていないのだろうか。
いや、姿が変わっているのだ。
覚えていないのも当たり前だろう。
好都合である。
「私の名か。アルトリア。アルトリアとでも呼ぶが良い」
記憶の中において呼ばれていたこの肉体の名前。
名も無い己にとってそれこそが今の名である。
女はその名を聞くと僅かに微笑み。
頬に手を添えてくる。
「アルトリア。そう。綺麗な名前」
女はそう言うと気を失う。
見れば魔力のほとんどが消失している。
存在を保つための最低限の魔力しか残っていないあり様だ。
己が魔力を分け与えれば自然と回復するだろうが、それまでは話も儘ならないだろう。
まぁ、それはそれとして。
「続きと行こう」
その一言にビクリと様子を伺っていた竜が身震いする。
彼女はじっと周りの竜を見渡したのちに、一匹の竜を指差した。
「貴様が良い。貴様が一番安定してそうだ」
丸く背中に僅かな凹凸がある以外は平らな竜。
ポテンシャルに換算すればレベル8には届くだろう屈指の実力を持つ竜が、きょろきょろと周りを見渡しながら、えっ俺っすかと言わんばかりに目を見開いている。
その滑稽な反応を一切気に留めず。
彼女は高く跳び、竜の背に乗る。
「やはりな。貴様が一番乗り心地が良い」
しばらくその背を足で摩ったのち。
彼女はチラリと周りの竜を見る。
「あとは要らないな」
バクンッ!
万物を食らう顎が円形に広がり。
エンシェントドラゴンが全て食われる。
それと同時に片目が完全に形成される。
ペロっ。
「やはり不味いな。もっと上手いものが食いたい」
だというのに彼女は顔を顰める。
記憶の中においてこの肉体が美味だと感じていたもの。
ジャンクフードと呼ばれていたそれ。
この世界にあるかどうかは知らない。
しかし記憶の中では山のように積み重なったそれを食べているのだ。
それほど美味しいのなら、探す価値はあるのだろう。
「行け」
足下の竜に命じる。
翼を羽ばたかせながら空へと飛び、一瞬で遠く影となる。
この日。
終末の時計は勢い良く横殴りにされた。
壊れた時計は部屋の片隅でその秒針を止めたのである。