合鍵渡したらPの部屋にアイドルが入り浸るようになった話   作:マロンex

3 / 3
ことね編

「……今月はこれでどうにか」

 

事務所の一角から、そんな声が聞こえてきた。

声の主は、私の担当プロデューサー。

机に向かっている彼の手元には、お弁当らしきものが置かれている。

 

……いや、あれはお弁当なのかな?

 

気になって近づいてみる。

 

「プロデューサー、何食べてるんですか?」

 

「ああ、藤田さん。お昼ご飯ですよ」

 

「それは見ればわかりますけど……」

 

私は彼の手元を覗き込んだ。

白いご飯の上に、山盛りのもやし。

それだけだった。

 

「…………」

 

「どうかしましたか?」

 

「どうかしましたか、じゃないですよ! これがお昼ご飯なんですか!?」

 

「はい。もやしご飯です」

 

「いや、名前を聞いてるんじゃないです!」

 

思わず声が大きくなる。

もやしは安い。

安いけど、いくらなんでもこれはないでしょ!

 

「ちょっと今月お金がピンチでして...少し節約しようと思いまして」

 

「だからって、もやしだけで済ませようとしないでください!」

 

「もやしごはん、ですよ。炭水化物、ビタミンもとれるバランスの良いお弁当だと思うのですが」

 

「もやしだけで栄養を考えたつもりにならないでください!」

 

私は呆れながら、プロデューサーの隣に座った。

 

「そもそも、どうしてそんなにお金がないんですか?」

 

「最近、出費が重なってしまって。少し生活費を抑えようと思っているんです」

 

「...それでこの有様ですか……」

 

「はい」

 

「はいって……」

 

私は大きくため息をついた。

 

(この人、Pとしては優秀で、仕事は完璧なんだけどなぁ...)

 

「プロデューサー、家計簿ってつけてます?」

 

「え? ま、まあ一応...」

 

「じゃあ、見せてください」

 

「いや...でも」

 

「いいから!」

 

少し渋るプロデューサーから家計簿を奪いとり、中身を確認した。

 

……うわ。

 

コンビニでの買い物

自動販売機での飲み物。

外食や弁当での夕食。

 

絵にかいたような浪費の数々に寒気がした。

 

「プロデューサー...こんな生活してたらそりゃ苦しくなりますよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうですよ! 飲み物なんて毎日買わなくても、家から持ってくればいいじゃないですか。食材だって、安いスーパーでまとめて買えばもっと抑えられるし!」

 

「なるほど……」

 

「それに、食材をちゃんと保存すれば、無駄にすることも減ります。献立を先に考えてから買い物すれば、余計なものも買わなくて済みますし!」

 

「藤田さんは詳しいんですね」

 

「当然です!節約は生活の基本ですから!」

 

私は家計簿を指でなぞりながら、改善できそうなところを次々と説明していった。

プロデューサーは真剣に聞いている。

 

……うん。こういうところは素直なんだよね。

 

「よし。決めました!」

 

「何をですか?」

 

「今度、一緒に買い物に行きましょう!安いスーパーを教えてあげますし、食材の選び方も教えます!」

 

「そこまでしてもらっていいんですか?」

 

「もちろんです!プロデューサーの生活が改善されれば、私も安心できますから!」

 

「ありがとうございます。藤田さんがいてくれると心強いですね」

 

「ふふん! 私に任せておけば安心ですから!」

 

……えへへ。

頼りにされるのって、悪くないかも。

 

ー日曜日

 

約束どおり、私はプロデューサーと一緒にスーパーへ買い物に来ていた。

 

「このお肉、安いです。こっちの野菜も今日は特売です!買っておきましょう」

 

「本当ですね。どれも普段買っているものより、かなり安いです」

 

「でしょ~? 買い物はこういう小さな工夫が大事なんですよ」

 

私はスマホに買うものをメモしながら、商品をカゴに入れていく。

 

必要なものを必要な分だけ。

余計なものは買わない。

 

「プロデューサー、これも買っておきましょう。日持ちしますし、いろんな料理に使えますから」

 

「わかりました。お願いします」

 

順調、順調。

 

そう思っていたところで、私はスマホに届いたチラシを確認した。

 

「あっ!」

 

「どうしました?」

 

「別のスーパーでタイムセールをやってるみたいです! この時間ならこっちで勝った方がやすいものも!」

 

「それはいいですね」

 

「うーん...でも、既に買ったお肉と牛乳は、早く冷蔵庫に入れないといけませんね……ミスったなぁ」

 

買い物袋の中には、すでに冷蔵が必要な食材が入っている。

しかし一旦家まで帰るとなるとタイムセールには間に合わないだろう。

 

どうしようかと考えていると、プロデューサーが口を開いた。

 

「では、私がタイムセールをやっているもう一つのスーパーに行ってきます」

 

「えっ?」

 

「すみませんが、藤田さんは先に私の家に戻って、こちらの食材を冷蔵庫にしまっておいてもらえませんか?」

 

「あ、え? まあ、別にいいですが...」

 

「ありがとうございます。では、こちらの荷物をお願いします」

 

そう言って、プロデューサーはポケットから鍵を取り出した。

 

「はい、これを使ってください」

 

「えっ……でも……」

 

私は差し出された鍵を見つめた。

 

これって、プロデューサーの家の鍵だよね?

そんなものを私が受け取っていいのかな。

 

「鍵、私が受け取っていいんですか?」

 

「ええ、大丈夫です。合鍵ですし、それ」

 

「…………」

 

そっちの方がやばいでしょ!?

合鍵ってことは、プロデューサーがいなくても家に入れるってことだよね?

つまり、今から私一人でプロデューサーの家に行って、誰もいない部屋に入って...

 

…………。

な、なんかすごいことになってない?

 

「藤田さん?」

 

「あっ!い、いえ!何でもありません!」

 

どうしよう。

 

困惑している様子を気にもせず、プロデューサーは本当に何でもないことみたいに鍵を渡してきた。

それだけ私を信用してくれているってことなのかな。

 

……いや。

 

ここで変に意識して断るのは、もったいない気がする。

こんなチャンス、そうそうないよね。

 

「そ、そうですか……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

私はなるべく平静を装って、鍵を受け取った。

 

「ええ、藤田さんなら安心して任せられますから。よろしくお願いしますね」

 

「……っ」

 

...邪念をいだいてすみません

 

「わ、わかりました! ちゃんと食材を冷蔵庫にしまっておきますね!」

 

「お願いします。こちらも買い物が終わったら連絡します」

 

「はい!」

 

プロデューサーはタイムセールのスーパーへ向かい、私は買い物袋を持って彼の家へ向かった。

 

……合鍵。合鍵かぁ...ふへへ

 

私はポケットの中の鍵をそっと確かめる。

これがあれば、プロデューサーがいないときでも、あの家に入れる。

 

「…………」

 

なんだろう。

ちょっと、嬉しいかも。

 

ウキウキでプロデューサーの家に向かう。

家に着き、私は受け取った合鍵を鍵穴に差し込んだ。

 

カチャリ。

 

ドアが開く。

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

誰もいない部屋に、自分の声だけが響いた。

もちろん、プロデューサーの家に来るのは初めてではない。

 

でも、いつもは本人がいる。

こうして一人で入るのは初めてだった。

 

私は買い物袋をキッチンに運び、食材を一つずつ冷蔵庫にしまっていく。

 

「お肉はこっちで、牛乳はこっち……。野菜は傷まないように分けて……」

 

一通り片付けが終わる。

これで頼まれたことは完了。

 

……のはずなのに、私はすぐに帰ろうとはしなかった。

 

「…………これは、チャンスだ」

 

部屋を見回す。

 

いつもプロデューサーが仕事をしている机。

ソファ。

食器棚。

 

どれも見慣れたものなのに、今は少し違って見える。

 

だって、今ここには私しかいない。

 

「私、今……プロデューサーの家に一人でいるんだ」

 

口に出してみると、急に恥ずかしくなってきた。

 

「……私、もしかしてすごいことしてる?」

 

そのとき、スマホが震えた。

 

プロデューサーからのメッセージだ。

 

『食材の方は大丈夫そうですか? こちらはもう少しで買い物が終わりそうです』

 

私はすぐに返信した。

 

『はい! ちゃんと冷蔵庫にしまいました!』

 

少し考えてから、もう一通送る。

 

『気をつけて帰ってきてくださいね!』

 

送信してから、私は画面を見つめた。

 

……あれ?これって、なんだかプロデューサーが帰ってくるのを待っているみたいじゃない?

 

「…………」

 

私はスマホを胸元に寄せた。

 

いや、実際に待ってるんだけど。

でも、そう考えると、なんだか落ち着かない。

プロデューサーが帰ってくるまで、もう少しここにいたい。

 

そんなことを思ってしまった。

 

……まあ、食材がちゃんと冷えているか確認する必要もあるし?

 

そういうことにしておこう。

 

ーこの日以降、私はプロデューサーの家に通うようになった。

 

最初は買い物の手伝いだけだった。

けれど、その後は何かと理由をつけて通うのが癖になってしまった。

 

家計簿を確認するために寄る

食材の保存方法を教えるために寄る

痛みそうな食材の作り置きをするために寄る

 

いつの間にか、プロデューサーの家に行くことそのものが、当たり前になっていた。

 

「プロデューサー、冷蔵庫の牛乳、そろそろなくなりますよね?」

 

「そうですね。明日あたり買っておきます」

 

「明日じゃなくて、今日の帰りに買ってきます。どうせ私も買い物に行くので」

 

「ありがとうございます。代金は後でお渡ししますね」

 

「はい。レシートもちゃんと取っておきますから!」

 

「助かります」

 

こういうやり取りも、すっかり自然になった。

 

「あと、洗剤も残り少なかったと思います。冷凍庫のお肉は古いものから使ってくださいね」

 

「よく覚えていますね」

 

「当たり前です。家計管理を任されているんですから!」

 

……任されている。

そう。私はプロデューサーの家計管理を手伝っているだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

でも、実際には家計管理以外にも、少しずつ変化が起きていた。

 

「プロデューサー、これ、置いておきますね」

 

「これはエプロンですか?」

 

「そうです。毎回持ってくるのも面倒ですし、ここに置いておいた方が効率的じゃないですか」

 

「確かにそうですね」

 

よし。

まずはエプロン。

 

これは必要経費。

 

また別の日には、ヘアゴムを置いた。

 

「料理するときに髪をまとめるので、ここに置いておきます」

 

「わかりました」

 

その次はヘアブラシ。

 

「毎回持ってくると忘れそうですから」

 

さらに別の日には、歯ブラシを一本。

 

「長時間お邪魔することもありますし、あった方が便利ですよね?」

 

「そうですね。ただ、あまり無理に荷物を置かなくても大丈夫ですよ」

 

「無理なんてしてません!毎回持ってくる方が面倒なだけです!」

 

「そうですか?」

 

「そうです!」

 

もちろん、一度に全部持ち込んだりはしない。

それだと、さすがに不自然だから。

 

少しずつ。

必要なものから。

自然な理由をつけて。

 

そうやって、私のテリトリーを増やしていく。

合鍵を持っているんだから、こういうこともできる。

 

プロデューサーが仕事でいない間に荷物を置いておくことだってできるし、必要なものを買い足しておくこともできる。

 

……我ながら、なかなかずる賢いやり方だと思う。

 

「藤田さん、最近この家に置いてあるものが増えましたね」

 

「そ、そうですか?」

 

「はい。毎回持ってくるのも大変でしょうし、専用の収納場所を作っておきましょうか?」

 

「えっ?」

 

思わず顔を上げた。

 

専用の収納場所?それってつまり……。

 

「藤田さんが使うものをまとめて置ける場所があった方が便利だと思いまして」

 

「……いいんですか?」

 

「もちろんです。ただ、あくまで必要なものを置いておくためですよ。私たちはプロデューサーとアイドルですから、そこはきちんと意識しておきたいですし」

 

「あ、はい。もちろんです!」

 

……いまさら感。まあ、でもプロデューサーらしいか。

 

私のことを信頼してくれているから、家に入ることも、荷物を置くことも許してくれている。

 

でも、それとこれとは別。

そう考えているんだろう。

 

……まあ、いいけど。

 

今はそれで十分。

だって、専用の場所を作ってくれるんだから。

 

「じゃあ、遠慮なく使わせてもらいますね!」

 

「ええ。使いやすいようにしてください」

 

私は笑顔で頷いた。

心の中では、こっそりガッツポーズをする。

 

……ふふん。これで、もっと通いやすくなっちゃった。

 

ある日、プロデューサーが小さな紙袋を差し出してきた。

 

「藤田さん、これ、よかったら使ってください」

 

「え? 何ですか?」

 

「前に、使っていたマグカップを割ってしまったと言っていたでしょう? それで、似たものを見つけたので」

 

「……覚えてたんですか?」

 

「はい。藤田さんが気に入っていたものだったので」

 

紙袋を開けると、淡い色合いのマグカップが入っていた。

 

手に馴染む大きさで、前に使っていたものと少し似ている。

 

「ありがとうございます。大事に使いますね」

 

「どういたしまして」

 

……なんだろう。こういうの、ずるい。

 

私が何気なく話したことを覚えていてくれて、わざわざ用意してくれるなんて。

 

別に、高いものじゃない。

でも、私のことを考えて選んでくれたんだと思うと、それだけで嬉しくなる。

 

「藤田さんの分は、そちらに置いておきますね」

 

「私の分?」

 

「はい。いつも使っているでしょう?」

 

プロデューサーが指したのは、食器棚の一角だった。

そこには、私のマグカップを置けるだけの小さなスペースが空いている。

 

「……ここ、私専用ですか?」

 

「そうですね。藤田さんが来たときに、すぐ使えるようにしておこうと思いまして」

 

「そ、そうですか」

 

なんだか、そこだけ自分の場所みたいに見える。

 

「じゃあ、遠慮なく使わせてもらいますね!」

 

「ええ。いつでも使ってください」

 

いつでも。

その言葉が、少しだけ胸に残った。

 

ーそれからも私はプロデューサーの家に通い続けた。

 

家計簿の確認、食材の買い出し、作り置きの準備。

 

理由はいくらでも作れる。

それに、言い訳をするわけじゃないが、実際、プロデューサーの生活は少しずつ改善していた。

 

コンビニで買う食事は減り、冷蔵庫には食材がきちんと整理され、食費も以前より抑えられている。

 

「プロデューサー、今月の食費、先月よりかなり減ってますよ!」

 

「本当ですね。藤田さんのおかげです」

 

「ふふん! これだけ結果が出れば、私の指導料をもらってもいいくらいですね!」

 

「そうですね。何かお礼を考えないといけませんね」

 

「えっ、いいんですか?」

 

思わず食いついてしまった。

 

「もちろんです。何か欲しいものはありますか?」

 

「そ、それは……」

 

欲しいもの。

そう言われて、すぐに思い浮かんだのは高価なものでも、特別なプレゼントでもなかった。

 

明日もここに来ていいこと。

これからも、こうして一緒に食事をしたり、話をしたりできること。

 

……なんて、言えるわけないでしょ!

 

「べ、別に何もいりませんよ! 今のところ、十分満足してますから!」

 

「そうですか? 遠慮しなくてもいいんですよ」

 

「遠慮じゃありません!」

 

私は家計簿を閉じて、プロデューサーに向き直った。

 

「それより、今日は夕食を作りますから。ちゃんと食べてくださいね」

 

「ありがとうございます。楽しみにしています」

 

その言葉が嬉しくて、私はつい笑ってしまった。

夕食の準備をしていると、プロデューサーがキッチンを覗き込んできた。

 

「何か手伝いましょうか?」

 

「じゃあ、お皿を並べてください」

 

「わかりました」

 

プロデューサーが食器棚を開ける。

 

「あれ? このマグカップ、藤田さんのものですよね」

 

「そうですよ。私がいつも使ってるじゃないですか」

 

「そうでしたね。もうすっかり馴染んでいるので、うちの食器みたいに感じていました」

 

「……っ!」

 

それ、どういう意味?

私のものがここにあるのが当たり前になっているってこと?

いや、単に食器棚に置いてあるからそう思っただけかもしれない。

 

「ま、まあ、よく使ってますからね!」

 

「ええ。いつも大切に使ってくれてありがとうございます」

 

プロデューサーは何気なくそう言って、食器を並べていく。

私はその背中を見つめた。

 

……もう。

 

そういうところなんだから。

 

ーある日の夕方

 

私はプロデューサーの家で、夕食の準備をしていた。

冷蔵庫に入っている食材を確認して、余りものを使いながら献立を考える。

 

「よし。今日はこれでいこうっと」

 

鍋に火をかけ、野菜を切る。

 

プロデューサーが帰ってくるまでには、ちょうど完成するはずだ。

テーブルには二人分の食器。

 

食器棚には私のマグカップ。

洗面所には歯ブラシとヘアブラシ。

棚には着替えとエプロン。

 

キッチンには、私が使いやすいように選んだ調味料まで置いてある。

 

……あれ?

 

気が付けば私の家より、私のものが揃っている状態になっていた。

 

「…………」

 

いやいやいや!

 

必要だから置いているだけ!

毎回持ってくるのは面倒だし、節約のためにも合理的でしょ!

そう自分に言い聞かせながら、私は鍋の中をかき混ぜた。

 

そのとき、玄関のドアが開く音がした。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえりなさい、プロデューサー!」

 

自然と声が出る。

プロデューサーが少し驚いたようにこちらを見た。

 

「もう夕食の準備をしてくれていたんですね」

 

「はい。今日は冷蔵庫に残っていた食材を使ってみました。無駄なく使えてますよ!」

 

「ありがとうございます。いい匂いですね」

 

「ふふん。楽しみにしていてください!」

 

プロデューサーが手を洗いに行く。

その背中を見送りながら、私は小さく笑った。

 

……おかえりなさい、か。

 

いつの間にか、ここでプロデューサーを迎えるのが当たり前になっている。

 

最初は、無駄な出費を減らすために付き合ってあげただけだった。

でも、こうして帰ってくる時間を考えて夕食を作っている。

帰ってきたときに、温かいご飯を食べてもらいたいと思っている。

 

「……ま、まあ!」

 

私は一人で小さく首を振った。

 

「これも家計管理の一環ですから!」

 

大きな独り言を言いながら、私は二人分の食器をテーブルに並べた。

 

ーそうした日が続いていたある日。

 

私は妹たちと一緒に過ごしていた。

何気ない会話の中で、最近の生活について話題になった。

 

「そういえば、お姉。最近、帰りが遅い日が多くない?」

 

「え? そうかな?」

 

「うん。なんか、楽しそうに出かけていく日もあるし」

 

「そ、それは仕事の関係で...!」

 

「仕事の関係って、どこに行ってるの?」

 

「どこって...プロデューサーの家、だけど」

 

何気なく答えた瞬間、妹たちの視線が一斉に集まった。

 

「……え?」

 

「プロデューサーの家ぇぇぇ!?」

 

「ちょ、ちょっと! そんなに驚かなくてもいいでしょ!」

 

「お姉、プロデューサーの家に行ってるの?」

 

「だからぁ、そういってんじゃんかよ。家計管理を手伝ってるんだよ」

 

「家計管理?」

 

「そう!あの人、生活費の使い方が下手なの!放っておいたら、またもやしご飯とか食べ始めちゃうし!...だから」

 

「へえー……」

 

妹たちは顔を見合わせる。

 

なんだろう。

その反応。

 

「それで、どれくらい行ってるの?」

 

「えっと……週に何回か?」

 

「何回かって?」

 

「……5~6回?」

 

「ほとんど毎日じゃん!」

 

しまった。

つい正直に答えてしまった。

 

「ち、違うからね!毎日行ってるわけじゃないから!」

 

「週5~6回はほとんど毎日だよ...」

 

「も、もしかして...プロデューサーの家に何か置いてたりするの?」

 

「……置いてるけど」

 

「何を?」

 

「エプロンとか、歯ブラシとか、ヘアブラシとか……あと、着替えも少し」

 

妹たちは、今度こそ完全に黙り込んだ。

そして。

 

「すごい!通い妻みたい!」

 

「ヒューヒュー!」

 

「なっ……!?」

 

思わず声が裏返った。

 

「ち、違うから!」

 

「だって、毎日みたいに家に行って、ご飯を作って、荷物まで置いてるんでしょ?」

 

「平たく言えばそうだけど!でも違うし!」

 

「ふーん?違うんだ」

 

妹の一人が、にやにやしながら顔を覗き込んでくる。

 

「てっきりプロデューサーのこと狙ってると思ったのに」

 

「…………」

 

言葉が出なかった。

頭の中にプロデューサーの顔が浮かんでしまった。

 

帰ってきたときの優しい笑顔。

私の作った料理をおいしいと言ってくれる声。

何気なく話したことを覚えていてくれるところ。

そして、私が来るのを楽しみにしてくれていること。

 

「……っ!」

 

「お姉?」

 

「な、何でもない!」

 

私は顔を背けた。

 

「とにかく! あの人の生活を改善するのが私の仕事なの! 変な勘違いしないでよね!」

 

「でも、顔赤いよ?」

 

「うるさーい!」

 

妹たちの笑い声が部屋に響く。

 

……好き、か。

そんなこと、まじめに考えたこともなかった。

 

いや。

本当は、ずっと考えないようにしていただけなのかもしれない。

 

その日の夜。

私はいつものようにプロデューサーの家にいた。

夕食を作って、食器を並べて、帰りを待つ。

今日は少し遅くなると連絡があった。

 

時計を見る。

そろそろ帰ってくる頃かな。

そんなことを考えていると、玄関の鍵が開く音がした。

 

「ただいま戻りました……」

 

「おかえりなさい、プロデューサー!」

 

玄関まで出迎える。

 

すると、プロデューサーは少し疲れた顔で笑った。

 

「ただいまです。藤田さん、今日もありがとうございます」

 

「お疲れみたいですね。今日は仕事、大変だったんですか?」

 

「少し立て込んでしまって。思ったより時間がかかりました」

 

「そうですか……。じゃあ、夕食を食べてゆっくり休んでください。今日はプロデューサーの好きなものも作ってありますから!」

 

「本当ですか?楽しみです」

 

食卓に夕食を並べる。

 

プロデューサーは温かい料理を口に運び、ほっとしたように息を吐いた。

 

「おいしいです。疲れているときに、こういう食事を用意してもらえるのは嬉しいですね」

 

「えへへ……そうでしょう?」

 

「藤田さんには、いつも助けてもらってばかりですね」

 

「いいんですよ。私も好きでやってますから」

 

そう答えると、プロデューサーは少し申し訳なさそうに笑った。

 

「ですが、無理はしないでくださいね。藤田さんも忙しいでしょうし」

 

「大丈夫ですって! ちゃんと自分の予定も考えてますから!」

 

本当は、予定を調整してここに来ている日もある。

 

でも、それは言わない。

私が来たいから来ている。

それだけは、間違いないから。

 

食事を終え、二人で片付けを済ませる。

その後、私はソファに座った。

プロデューサーも隣に腰を下ろす。

 

「今日は少しゆっくりできそうですね」

 

「そうですね。明日の準備も終わっていますし」

 

「それならよかったです」

 

テレビをつけて、何気ない番組を見る。

しばらくして、私は少しずつプロデューサーとの距離を詰めた。

 

肩が触れる。

もう少し寄る。

今度は、そっと肩に寄りかかってみる。

 

「……藤田さん?」

 

「な、何ですか?」

 

「眠いんですか?」

 

「違います!」

 

慌てて顔を上げる。

 

「ちょっと疲れただけです!」

 

「そうですか。無理しないでくださいね」

 

プロデューサーはそう言って、私の頭に手を置いた。

 

ぽん、ぽん。

優しく撫でられる。

 

「……っ」

 

何これ。

 

ずるい。

そんなことされたら、離れたくなくなるじゃん。

 

「藤田さん、今日は甘えん坊ですね」

 

「ち、違います! これは、その……座る位置が近かっただけです!」

 

「そうですか?」

 

「そうです!」

 

私は否定しながらも、肩を離さなかった。

プロデューサーも、それ以上何も言わずにいてくれる。

しばらくして、私は彼の袖をつまんだ。

 

「……プロデューサー」

 

「はい?」

 

「もう少しだけ、こうしててもいいですか?」

 

口にしてから、急に恥ずかしくなった。

こんなことを言うつもりじゃなかったのに。

けれど、プロデューサーは困ったように笑いながら、私の頭をもう一度撫でてくれた。

 

「もちろんです。藤田さんが落ち着くなら、どうぞ」

 

「……ありがとうございます」

 

私は小さく答えて、もう一度肩に寄りかかった。

 

本当は、もっと一緒にいたい。

もう少しだけ話していたい。

明日も、明後日も。

 

でも、そんなことを全部伝えるのは、まだ少し勇気がいる。

 

「プロデューサー」

 

「はい?」

 

「明日も、来ていいですか?」

 

「もちろんです。藤田さんが来てくれると助かりますから」

 

「……それだけですか?」

 

「え?」

 

「あっ、いえ! 何でもないです!」

 

危ない。

 

つい口に出してしまった。

プロデューサーは少し考えてから、穏やかに言った。

 

「それに、藤田さんが来てくれると、家に帰るのが楽しみになりました」

 

「…………」

 

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

そんなことを言われたら。

もう、節約のためだけなんて言えなくなっちゃうじゃん。

 

「……そ、そうですか」

 

私は顔を隠すように、プロデューサーの肩に額を寄せた。

 

「それなら、明日もちゃんと来てあげます」

 

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 

「ふふん。期待していてください!」

 

口ではいつも通り強気に答える。

 

でも、心の中では違うことを考えていた。

 

最初は、節約のためだった。

プロデューサーの無駄遣いを減らして、食生活を改善して、少しでも生活を楽にしてあげたかった。

 

そのために合鍵を受け取って。

少しずつ荷物を置いて。

ここに来る理由を増やしていった。

 

でも、今は。

 

プロデューサーに会いたいから、ここに来ている。

帰ってきたときに「おかえりなさい」と言いたい。

一緒にご飯を食べたい。

隣に座って、こうして少しだけ甘えたい。

 

……もう、節約とは関係ないよね。

 

「……プロデューサー」

 

「はい?」

 

「明日は、何が食べたいですか?」

 

「そうですね。藤田さんが作ってくれるものなら、何でも嬉しいですよ」

 

「もう。そういう答えが一番困るんですけど!」

 

笑いながら、私は彼の袖をつまむ手に少しだけ力を込めた。

 

明日もここに来よう。

その次の日も。

 

だって、もうここには私のマグカップがある。

エプロンも、歯ブラシも、着替えもある。

 

それに何より。

私が帰ってくるのを、楽しみにしてくれる人がいる。

 

「……明日も、よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 

その返事を聞いて、私はそっと笑った。

 

節約のため。

 

そう言い訳できるうちは、まだこのままでいい。

 

でも、いつか。

 

その言い訳が必要なくなる日が来たらいいな。

そんなことを考えながら、私はもう少しだけ、プロデューサーの隣にいた。




何かリクエストあれば活動報告にリクエストボックスもあるので、
お気軽にコメント下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

お金貯まったからホロウレイダー辞めるわ(作者:イグアナ)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

将来悠々自適な生活を送るため、節約生活をしながらホロウレイダーとして活動していたイツキは、ついに貯金が目標額へと到達した。▼「お金貯まったからホロウレイダー引退するわ」▼「えっ」▼ホロウレイダーとしてのアカウントごと削除して、これからは表の人間として生きていくことにしたイツキだったが、軽いアルバイトくらいは続けることにして、ヤヌス区の六分街に店舗を構えるレン…


総合評価:20987/評価:8.82/連載:56話/更新日時:2026年11月05日(木) 22:26 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>