しかし戦いの中で秋科は10年後の世界に飛ばされてしまい───。
「秋科さん、私の目が届かない場所に行かないでください! あと煙草は一日一本までです!」
「それより夢夏と一緒に暮らそ? 夢夏なら結構、不自由させないと思うけど~?」
「いやいやいや、ぬけが……じゃなくて二人とも何言ってんの!? 秋科さんも迷惑なら断ってくださいね! ね!」
「最初から最後までお前たちは何を言ってるんだ?」
秋科空子は無事10年前の世界に戻れるのか?
……というかこの後輩たちの重い感情を処理できるのか?
昔は良かったよなぁー…………。
なんてふと昔を懐かしんだり、あの頃と比べてちっとも明るい展望のない自分の未来を憂うのは、大人の性なんだろう。
18年前の私はピカピカの小学生で、何処に出しても恥ずかしくないピュアッピュアな魔法少女だった。
恥ずかしげもなく「私の名前はマギアピンク! みんなを困らせる悪い妖精さんは私が許さない(キュピーン!)」なんて決めポーズしながら言うことも出来たし、ノリノリでマギアステッキ(魔法のステッキのことだ。単三電池4本で動く)をフリフリして可愛らしく敵と戦うことだって出来た。その頃は我ながら良き時代だった……魔法少女らしく無邪気で純真な子供時代である。
なにせ魔法少女なんてフツー、10代で引退するべき仕事だ。……本当は給料も金銭も発生しない以上、仕事かも怪しいが、誰かがやらないと社会が混乱するので一旦仕事と定義しておく。これ、言い訳じゃないからな。
ともあれ、世間的にも例えばアニメに出てくる魔法少女なんか中学生までと相場が決まっている。大人になってもなお魔法少女のゴスロリドレスを着ながら「貴方を今から退治するからね! 覚悟しなさい!」なんて無邪気に正義ぶって言ってる奴がいたらさ、めっちゃ痛いだろ。アイタタタ。何だか頭痛がしてきた。
高校生になった頃には羞恥心で胸一杯だったし、将来の夢は出版社で漫画の編集者として働くことだった。でも20歳を越しても魔法少女に変身できちゃうし、敵は私の事情なんて関係なしにやってくるし、放って置いたら世界がぐちゃぐちゃになっちゃうし。
それで、なんというか、アレから18年と言うべきか、2008年と言うべき、ともかく現在。
何の間違いか、むしろ間違いを認められずというか、事情の多寡はあれどアラサーになった今でも私はちゃちなハート形のマギアステッキを握り締めている事実だけは真実で。
「コークコクコクコク! オイラは黒板消し星人! オイラの手にかかればチョークで描かれた絵を消すかのように、気に入らない奴の記憶を消してやるコクよ!」
───はあ。そんで、コイツラも変わらずやってくるわけだ。
眼前には小学生が黒板消しを元にぐちゃぐちゃと作り上げたような妖精がいた。悪い妖精だ。魔法少女の敵である。
まあコイツ、妖精というにはビジュアルが妖怪か化け物過ぎるんだけどさあ、それでも他の呼びようが無いからしょうがない。
ともかく、こんな私が幼気な過去を思い出してしまったのもきっと黒板消しをモデルにした化け物が出てきたからだった。黒板消しなんて高校を卒業して何年も見てないし。あークソ、穿られたくない過去の記憶を弄られた気がして無性に腹が立ってきた。
黒板消し星人なんて馬鹿らしい名乗りを上げる目の前の妖精だけど、能力に関してはガチだろう。今までもそうだった。滑稽な名乗りをする癖して可愛げのない能力ばっかコイツラは引っさげてくる。良い妖精も悪い妖精も、そこに関しては関係無い。というか何だよ黒板消し星人って。相変わらず妖精のネーミングセンスは奇々怪々だ。
黒板消し星人は私を見るや侮ったように腕を組んだ(黒板消しがモデルなのに妙に筋骨隆々とした手足が生えていて気色悪い)。
「今日のターゲットは随分とちんちくりんなガキだコクね。オイラに忠誠を誓って配下にくだるのなら許してやっても良いコクよ?」
「……私さー黒板消しって嫌いなんだよね」
「コク?」
「綺麗に黒板の文字を消そうとすると絶妙に跡が残るだろ? あれムカついたわ。それに黒板消しの粉を払おうとパンパン叩いたら煙くてクシャミが出たんだよ私、よく苦労したなあ。黒板消しクリーナーを導入してほしいとか何度思ったことか」
「喧嘩売ってるコクか……?」
目の前の黒板消し星人はピキピキと黒板消しの持ち手部分を震わせて怒ってる。
かと思えば、何処か引っかかるように首(に見えるが明確な頭部は無いため、それが首かは定かじゃない)を傾げた。
「魔法少女のガキの癖に何で過去形コクか……?」
「はあ?」
「もしかして小学校に通ってない不登校ってやつコクか? ダメコクよ? 学校には行ってけコク」
何で敵から不登校の心配をされなきゃいけないんだよ腹立つなー。
そりゃ私の見た目は小学生時代から大きく変わってないけど……それでも大人になれば誰しもその身に張り付く悲哀とか諦観とか厭世観とかで随分と雰囲気は老化してると思うんだけど分からんか、コイツラ風情には……。
「これでも大人だ」
「嘘コク〜ガキはみんなそう言うコクよ。今まで食ったガキにもそういう奴いたコク」
この見た目で人食い妖精かよコイツ。
いるんだよな、そういう妖精。
私が最も嫌いなタイプ。
「……コミカルぶってても所詮害虫か」
「コク?」
コクコクコク煩いな。さっさと殺してやるよ黒板消し野郎。
私は魔法のステッキの穂先を向ける。100円均一の単三電池で動くこの魔法のステッキは見た目こそチープだけど、こういう時は都合が良い。
桜色の静電気が収束から漏れて、チリチリと空気を鳴らす。
「……ん? お前まさか、マギアピンク……!?」
「その名前で呼ぶんじゃねーよ。二度言わせんな」
子供っぽくて嫌いなんだよ。
「最大電力で殺してあげる。死んどけバーカ」
電池1本使い切っても1本あたり25円。
今まで食らわれた魔法少女の命を思えば、その程度の出費は取るに足らない。
「そ、その光……ホントにマギアピン……!」
「その名前で呼ぶな」
辞世の句を詠む前にステッキ先端にある星マークから光線発射。桜色の電撃は空気を切り裂き、音を置き去りにして、黒板消し星人へと命中する。一瞬で感電しきった黒板消し星人は現世でその身体を象っていたマナを散らかして霧散した。後に残ったのはキューブ状の黒板消し星人の核だけだ。
これで魔法少女になって……多分2000体目くらいの討伐か。ちょっと覚えてないけど恐らくそれくらいだろう。うん、そうしておくか。気分が良いからキリが良い数字にしておく。
私は徐ろに空に浮かびあがって(魔法少女なので当然空を飛ぶ)、懐からタバコを取り出してジッポを点火。深夜の横浜上空400mには魔法少女の喫煙を咎めてくる風情の無い輩もいない。
口内にフレッシュでメンソール系の爽やかな煙が広がる。
思わず呟く。
「魔法少女やってらんねー」
退職代行で辞めてやろうか……魔法少女退職代行とか誰かやってないのかね。自営業だから無理か。なんなら直接的な収益とか無いし。
愚痴りながらも大空に向けて紫煙を漂わせる。これがアラサーになっても魔法少女に興じる女の唯一の娯楽であった。
─── ─── ── ─
魔法少女の雑居事務所は閑静な住宅街に囲まれている。
横浜の中心部から電車で10分、駅からはバスと歩きで更に20分。良く魔法少女たちからは「なんでこんな立地が悪いんですか?」「移転しちゃいませんか? 折角だから夢はおっきく都内栄転とか!」「夢夏はいいかな〜駄菓子さんあるし〜」と一部から非難轟々のアクセスではあるが、まあ、彼女らはまだ子供だ。あと数年もすれば、大人社会において家賃というものがどれだけ家計を圧迫するかを知ることになるだろう。
……その数年後を迎えさせてやるのが私の使命の1つでもある、か。世知辛すぎてヤニが欲しくなる。
事務所に戻れば電気が付いていた。また事務所に避難してるのか。
「雪雛、いるんだろ」
「はい、お邪魔してます」
リビングから儚げな雪雛の声が聞こえた。淡島雪雛、ウチで面倒を見る魔法少女の一人である。
見れば台所の隅で蹲まって、今にも寝ようとしていたようだ。全く……家族関係があまり良くないのは知ってるから泊まる分にゃ構わないけど、変な場所にいるなよ。こっちがビビりそうになるっての。
「邪魔じゃねえけど、寝るならもっとマシなところで寝なよ」
「だって秋科さんがいつも寝てるソファーを取る訳にはいきませんから」
「ガキが遠慮すんな。大人をナメるな。寝るならソファーで寝ろ。そして私に最大限感謝しろ」
「感謝なんて……してもしきれません。恩を返せないほど、私は秋科さんに救われてます」
本気でそんなことを宣うから頭が痛い。冗談半分での発言ならどれだけ良かったか。
雪雛の家庭環境は率直に良くなかった。
教育熱心な母親から暴力を振るわれ、父親はワーカーホリックで家庭の面倒な事情には無関心。良くある不幸な家庭の子供だ。中学受験には失敗し、より厳しくなった母親の躾からの唯一の逃げ場所がこの事務所だった。
そんな雪雛は頑なに遠慮している。他人とでも思っているんだろう。泊めてる時点で今更なのに、全く馬鹿。
「ならちゃんとソファーで寝な。それが私に対する最大限の恩返しだ」
「それは出来ません。家主より良い場所で寝るなんて」
「恩人に楯突くなバーカ」
仕方ないので抱え上げてソファに投げ込む。「わふぅ」と怒りか驚きか良く分からない鳴き声を上げて雪雛はソファの角に収まった。
「何をするんですか秋科さん!」
「怒れるなら結構結構。もうガキは寝る時間なんだよ、さっさと寝な」
「強引ですよ……」
「イジイジしてんのが悪い」
多少強引でもないと本当に床で寝るからなコイツ。
しょうがないとばかりに溜息をついた雪雛は何かに気づいたように顔を近づけ、くんくんと微かに鼻を鳴らすと目を細めた。
「またタバコ吸ったんですか?」
「……一本だけだよ」
「吸えば吸うほど寿命が縮みますよ?」
「大人の三大栄養素なんだよ。子供には分からんだろう」
「私は秋科さんに長生きしてほしいです」
真剣な顔で言い始める雪雛。
参った。後ろ頭を搔く。私が唯一の頼れる大人という認識だからか、雪雛からは良く分からない好かれ方をしている。
「ま、精々私に憧れてタバコ吸うなよ」
ワシャワシャと髪を撫でつける。雪雛は不満そうに口元を歪めつつも何も言わずにされるがままだ。まるで大型犬だな。
適当な冷食を電子レンジで温めて夕食を摂る。金が無いからというのもあるが、何より私は節制主義だった。それに冷食といっても全然食べれる。
「ご飯そんなのばかりだと身体を壊しますよ」
「何だ雪雛、空腹か? もしかして夕飯食べてないのか?」
「同じの食べましたけど!」
雪雛には事務所の冷食は何時でも食べても良いと言ってある。少し前まではそれすら遠慮していたが、最近は三食ここで済ませることすら増えてきた。良い傾向だ。
「野菜をもっと摂ってください。絶対に不摂生です」
「あ~運動してるから大丈夫だろ」
「ビタミン系が不足しますよ?」
「大人の身体は多少ぞんざいに扱っても壊れにくいんだよ」
「嘘です。テレビで見ました。30代を過ぎた大人の方が身体を大切にしないといけないって」
「私はまだアラサーだ」
「30歳も28歳も変わりません」
「うるせえ。テレビは嘘ばかり言うんだ。てかお前はもう寝ろ」
「明るいので寝れません」
まあそれもそうか。
手早く食べ終えると、食器を流しに放り入れてそのまま椅子を繋げて簡易ベッドにする。身長が低いことによる唯一のメリットだ。
そのまま電気を消すと、室内は真っ暗闇に包まれる。深夜1時。静謐な空間の中で、私と雪雛の微かな呼吸音だけが響く。
「……秋科さんはいつまで魔法少女を続けるんですか?」
不意に雪雛がそんなことを言った。
反射的に寝ろと言いかけたが思い留まる。28歳、結婚適齢期ど真ん中にも関わらず恋人はおらず、かと言って仕事一筋という訳でもない。どちらかというと、パトロンがいるから成り立っているだけであって、実際の私はニートと言って差し支えがない。だからこそ私に刺さる話題でもあった。
「そうだな。私もそろそろ引退を考えているが……後進が育ったらだな」
この地区で魔法少女は私を除けば中学生と小学生しかいない。全員歴2年以内だ。これが日曜朝に放映されてるご機嫌でご都合主義なフィクションならそれでも構わないんだろうけども、現実はそうじゃない。傷付けばちゃんと痛いし、地面に落ちたら普通に死ぬ。致命傷でも掠り傷で描写されるアニメと現実は全く別物で、子供が死ぬところを黙って見過ごすほど私は大人にもなれなかった。
なにより力があった。
……これじゃ生涯現役かもしれないな。笑えねー。
「私じゃ駄目ですか?」
「論外だ。まずは自分の事情を何とかするのが先だろ」
「何とかって……言われましても……」
「何も生き急ぐ必要はない」
沈痛さに声が掠れる。
雪雛からすれば聞きたくない話だろう。最近こそ落ち着いているが、母親からは半ば放置されていて父親からは無関心。家庭環境は雪雛にとって大きな傷跡であることは疑いようもない。だが悪い妖精はそういう心の穴を突く。
「それに家族円満だけが全てじゃないだろ。血縁があるからって仲良しこよしでやる必要はないさ」
「血縁があっても……」
「ま、こういうことはあまり深く考えるな。感情に身を任せた方が好転する時もある」
雪雛が年齢よりも早熟と思って喋りすぎたな。幾ら早熟でも根は子供だ。やっぱり私が引退する訳にはいかないな。魔法少女になれる限りはこいつらの先立ちとしてくたばる訳にはいけない。
「確かに……そうかもしれません」
雪雛は納得気に呟く。そう、それでいい。今は無理でもいずれは解決するだろう。それまで守るのが私の社会での役目ってもんだ。
「ま、私のことよりも自分の事を考えるこったな。ガキが大人の、ましてや他人の心配なんざすんじゃない」
「……いつか、そんな言葉を言わせないような私になってみせます」
「さーて、何年後だろうな」
「今日にでもやってみせます」
「気長に待つさ。黙って寝な」
そこで目を瞑ろうとして……脳裏でアラートが響く。マナの反応。
もぞもぞとソファーから起き上がる音。
「行くんですか? 私も連れて行ってください」
「良いから寝てろ。深夜に寝ないと肌が荒れるぞ?」
「秋科さんのフォローが出来るなら問題ありません」
「いらんいらん。何年魔法少女やってると思ってるんだ。むしろ足手纏いを抱えるよりも一人の方がやりやすい」
「ふうむ……」
大人げないことを言って、ようやく雪雛は黙ってくれた。
雪雛は魔法少女になって1年弱。まだその特別感に思い上がったりしてもおかしくない時期だ。いずれはその辺の現実も分かってくれればいいが───今はまだゆっくり成長していけばいいさ。
私は手早く魔法少女としての変身を済ませると事務所の窓から外に出た。
変身姿の描写?
今更しねえよバーカ。
悪い妖精はよくよくマナを使って悪事を企む。今日見た黒板消し星人みたいに子供を食う奴もいれば、悪戯心で人間をカエルに変える奴もいた。
魔法少女はマナを検知することができる。
今回、下手人は雪雛でも感知できる程度に多量のマナを消費していた。
空を飛んで着いたのは神奈川と東京を隔てるように流れる多摩川、その土手沿い。
仄かな街灯の明かりで照らされた水の流れの上で、時計が浮いていた。
正確には顔が時計、四肢と身体はクマのキメラだ。キメラじゃなくて妖精なんだが。まあ妖精の容姿が変なのはいつものことではある。
頭のベルに被せるようにシルクハットを乗せて、片手には杖を持っていた。口元らしき場所には上品に髭を蓄えている。老紳士風だな。この場で大量のマナを使っている以上、紳士かどうかは怪しいが。
時計頭のキメラはこちらに気付くなり慇懃に会釈をする。
「おやおや、もう来ましたか。まだ準備も万全でないというのに早いものだ」
「何をしようとしているかは知らないが、一応忠告する。それ以上続けたら私はお前を送り返す」
「なるほど、随分と脳筋主義の方のようだ。これは困った」
余裕ぶった振舞いをする妖精は少なくない。
妖精は死んだら妖精国という妖精の住処に戻る。妖精の死の概念は人間と違って、身体からマナが枯渇することだ。マナがちょっとでも残る限り、妖精は死ぬことはない。そして妖精国ではマナが溢れる妖精にとっての極楽らしく、そのマナの飽和量は例え死にかけだとしても5分で全快になってしまうほどなんだと。全く不平等なことだ。こっちは命を懸けてるのに、向こうは徹頭徹尾で享楽で事を起こしている。これで死ぬ魔法少女の事を考えると胸糞が悪いったらありゃしない。
「困るくらいなら止めておけよ。無駄に痛い思いをしたくないだろ?」
「痛みを忌避するのは生物の本能。私だって勿論嫌だとも」
「なら大人しくしてくれないか」
「しかし、私の好奇心はその本能よりも大きく銀河を呑み込みかねない程に膨らんでいる」
「そりゃ残念」
マギアステッキ起動。
ハート型の穂先からピンク色の雷が迸る。
妖精からもらった玩具にしか見えないこの杖は、18年経った今も尚、単三電池で動いてくれる。妖精をぶっ飛ばしてくれる優れモノだ。……幼い魔法少女向けのパステルカラーなデザインには目を瞑る必要はあるが。
大抵の妖精は私のステッキを見れば反応一つ寄越すもんだが、目の前の奴はふうむと一考するかのような悩み声を上げる。
「そうです、貴方には実験の見届け人になっていただきましょう」
「はあ?」
「申し遅れました。私、時間の操舵士と申します。これから一つ、この世界を材料に実験を起こします」
「やらせねえ」
自分で言うのも悲しいが私は手練れだ。相手の話半ばで意表を突いて攻撃するのも抵抗はない。大抵の妖精はそれで消し炭になることも多い。
だが時計頭のキメラは杖一つ振るうと、ステッキから放たれたピンク色の轟雷をいとも容易く消し去った。
「何をした?」
「こちらの台詞です。相手の話は最後まで聞きなさいと親御さんから聞きませんでしたか?」
「生憎と親とは折り合いが良くなくてね」
「それはいけませんね。ご家族は大事にしないと」
「言ってろ」
間髪入れずに雷撃を叩き込んでいくが全てが杖により掻き消される。
杖に触れた瞬間に雷が消えているのか。吸収か……いや相殺……それも違うな。
ま、原理は分からなくとも理由が分かれば上等。
杖に触れたら消えるのであれば、杖に触れさせなければいいだけのことだ。
しかし。
「格好付けたかったのですがね」
ふざけた台詞と共にまたしても攻撃は消えた。四方八方から攻撃をして、全てが消えた。杖に触れずに。
距離か。時計頭のキメラから一定の範囲内に侵入すると、悉く雷が霧散している。杖じゃなくて範囲。おっけ、一つ解明。
だがもう一つ分からないことがある。
……本当に霧散なのか?
消えた雷の行方を考えると随分と奇妙に思える。元が単三電池と侮るなかれ、私の魔法により強化された雷はそれなりに強力だ。コンクリ壁を3枚貫通させることが出来ると言えば威力の程度は想像できるだろう。
それが霧散した。まるで存在しなかったかのように。
「はっ、無敵の防御魔法ってか」
「そうでもないですが……現時点においては無敵に近い概念なのは認めますがね、しかし無敵という言葉は過言です。しかし、これだけの攻撃性のマナに耐えられるとは非常に有意義な検証だ! マギアピンク、もっと私を攻撃してください!」
「マゾ妖精が……っ!」
「人間とは構造が違うのでね。微塵も侮辱には感じませんよ!」
クソ。ガンガン叩いても全然効きやしねえ……!
こりゃ物理的なバリアじゃないな。少なくともマトモに受け止めて残滓すら出さずに掻き消すのは不可能だ。雷を別次元とか別位相に吹き飛ばしているみたいな……。
「……もしかして過去に飛ばしているのか?」
「おお! ご名答!」
時計頭のキメラは感嘆するように手を叩いた。ムカつくな。
「正確には飛ばす先は未来なのですが正解としましょう! いやはや良き夜だ! 検証相手に不足なしとは! こんなにも完璧に釣りが成功するならもっと早くからやっていればよかった!」
「ああ?」
釣り……?
まさかコイツ、最初から魔法少女を誘き寄せる目的で!?
「クソが……誘われてたってことか」
「ええ。良く来てくれました。ここまで生きの良い魔法少女が連れて感無量です」
「何が目的だクソ野郎」
「野郎じゃありません、妖精です」
「ド死ねよ!」
「気品の無い野蛮人だことだ、嘆かわしい」
雷を尚も消しながらやれやれと首を振るクソ妖精。
「ところで、後ろで御見学されている方は貴方の生徒でしょうか?」
「───は?」
まさか……。
手が止まる。欺瞞かと疑いつつも、その疑念を私は振り切る。
致命的な隙と分かっていても、振り向いて確認せねばらない。そんな使命感が身体をコントロールする。何せ雪雛なら───こんなとこまで出張ってもおかしくない。
「あ、秋科さん……」
やっぱりそうだ。
私のクソったれ……目の前に集中していて周囲が見えていなかった……!
「なに来てんだバカ! 寝てろつっただろ!」
「わ、私は何も出来ないクソガキじゃありません!」
私を見る雪雛の瞳には反骨心が浮かんでいる。
分からねえかな……!
そういう言葉は子供の口からしか出て来ねえんだよ!
「秋科さん、私が突っ込みます! 援護をお願いします!」
「おい!」
刀型のステッキを握り締めて雪雛は瞬く間に切りかかる。刃は投影された防御魔法によって弾かれて、雪雛は態勢を崩しながらも耐えた。
クソ……言うことなんで聞かねえかな!
ったく、やっぱり私にゃこんな役回り向いてねえよ!
だがド不幸中の幸いにも、雪雛が行動を起こしたことで奴の行動は変化した。
先程までと違い明確に防御魔法を展開した。
これは即ち、奴は雪雛の攻撃にだけは能動的に防御をする必要があると判断したその証拠。
魔法は未来に吹き飛ばすことはできるが、物理的な攻撃に対しては無理ってことか。
勝ち筋が見えた───と思った時だった。
微かながらも、妙なマナが時計頭のキメラの周囲を渦巻く。
「ところで……私が何の目的もなくずっと貴方の魔法を受け続けていたと思いますか?」
「……っ!? 雪雛!!」
身体を突き動かしたのは長年の勘だった。
これはマズい。
マナの感じからして攻撃ではないが……奴の近くにいたら何か宜しくないことに巻き込まれる。脳が瞬間的に判断を行い、マナを足に集中させて加速。
追突。
「っ!? あきし……っ!」
「マナは十分に確保できました。では、実験の時間です」
勢いのまま突き飛ばされた雪雛が何かを言おうとする。
しかし音が途切れる。
音が───いや。
世界が歪む。光が数多の方向に屈折を重ね、風景が湾曲し、世界が崩れ───。
せめて、奴だけは倒さねえと……。
そう思って周囲を見るが既に光の屈折具合は激しく、周囲どころか自分の手足すら、まるで分解直前のプラモデルのような光のポリゴンとなり散解し始め───。
気が付いたときには、私は河岸で寝そべっていた。
「ここは……」
さっきまでいた川辺だ。
だが眩しい。太陽が出ている。
昼間……? さっきまで深夜だったのに……私は寝ていたのか?
周囲にはさっきまでと違って人の気配。散歩をしているご老人だったり、スーパー帰りの主婦だったり。少なくとも既に時計頭のキメラとの戦闘は終わっているようで。
そうだ、雪雛……!
雪雛は生きてるのか!?
「クソ……電話も繋がらないっ!」
ガラケーの電話帳からコールしても雪雛は出なかった。電源が切れているか、電波圏外にいるらしい。前者なら未だしも、電波圏外だとすれば非常に危うい状況だ。
ああ、何でこうなる! まさか、また……また私は守れなかったのか……!?
脳裏に真っ白な光が投影される。次第に影が色濃く模様を描き始め、私の最大の悔いであり罪である彼女の最期が鮮明に───。
いや、まだ決まった訳じゃない……!
無意識にポケットから煙草を取り出そうとして、昼の河岸で喫煙なんて条例違反も甚だしいことに気付く。それ以前にそんなことをしている場合か私は……!
まずは落ち着け。落ち着いたら事務所で探そう。
…………よし。
私は大丈夫。大丈夫だ。
物陰で魔法少女姿を解除して、私服姿で電車とバスを乗り継ぐ。日中帯の空を飛べるほど、魔法少女という存在は世間に浸透していない。
バスに揺られる中でそれとなく携帯を開いた。もしかしたら雪雛から折り返しが来ているかもしれない。
そう思ったが、未だに携帯は連絡一つ受信してはいなかった。
「アイツ……親指族なのにまだ気づいてないのかよ……はあ?」
思わず声が出た。
目を落とした先の画面、表示されている四桁の数字。
2018年。
今は2008年だから10年後。
まさか故障か? まあ後でカレンダー設定を直せば良いだけだが……さっきの戦いで壊れたりしてないよな。
いや……今はそんなことはどうでもいいか。
私はガラケーを仕舞う。この時はまだ周囲の乗客の多くが板状の端末を弄っている事には気づいていなかった。
事務所はバス停から近い。5分歩けば雑居ビルが見えて、その二階のこじんまりとしたスペースに事務所がある
事務所の入り口を鍵で開こうとして───開いた。
ドアをゆっくりと開ける。その間にも私は薄々と予感していた。昨日と建物の雰囲気が違う。上手くは言えないが何かが変わっている……そんな予感が肌を粟立たせる。
ぎぎぎと昨日まで上げなかった軋み音を上げながら、扉は開き。
───中には何もない一室が広がっていた。
机も椅子も何もない。昨日まで冷食を保管していた冷蔵庫も、雪雛を寝かせたソファーも無い。
嘘……だろ?
なんだこれは?
理解出来ない光景に絶え間のない疑問が脳裏で瞬いて、冷静な私はその中でも最悪な一つの仮説を提示する。
パラレルワールド。
私が居た世界と異なる時間軸、異なる史実を経て発展した別世界。
もしそうだとすると、私はこの世界では存在しない一人……誰も私の事を知らないし、私の存在証明自体が困難───そんな可能性が頭を───立ち尽くして───。
「秋科……さん?」
声を掛けられた。背後から。知らない声。でも少し面影がある。なんの面影だろう。
振り返る。女性がいた。この事務所に来る大人は私ともう一人くらいなものだが、知らない顔……。
いや。
私はこの人を知っている。
多分もっと幼い顔で。
「……もしかして雪雛、か?」
雪雛。淡島雪雛。
私が知っている雪雛は中学2年生の14歳で、外界に出た子猫みたいな面持ちをしながらいつも敬語を使う子供だった。
それが───これが、雪雛?
私の驚嘆を他所に、雪雛は名前を呼ばれると瞳を潤ませて、何かを言おうと口元を動かそうとして、それを防ぐようにギュッと絞った。
そしてそのまま───私を抱きしめたのだ。
「秋科さん……!! 秋科さんなんですね……っ!?」
「ちょ、おまっ!?」
「お待ちしておりました……っ!! ずっっと!! 10年もの時間……っ!! 私たちは……!!」
訳が分からない……が。
問い詰めたいことは山ほどある。でも泣きながら子供みたいに泣きつく雪雛を無碍にすることもできず、仕方なく背中を優しく擦ってやる。
この嗚咽の漏らし方は間違いない、私の知っている雪雛のもので。
つまり、なんというか。
多分私は、10年後の世界にタイムリープしてしまったのだろう。
リハビリで書いています。試し書きです。