日が沈んだので、彼女達は一夜を過ごすためにメルニアの実家に向かっていた。商店街を歩き、オイストゥイーでは見慣れない品々にシャムランは目を輝かせ、何度も何度も店先に立ち止まり、メルニアにあれは何これは何と質問を浴びせた。
あれは調理具店です、あれは宝飾店です、あれは書店です、あれはいかがわしいお店なので近づかないでください、と言った具合にあちこち行ったり来たりしていたので、本来なら十数分で済むはずの家路が40分近く長くなってしまった。
一方シャムランは、未知との遭遇に心躍りつつ、この後メラニアをどう説得しようかと考えあぐねていた。元々お使いに来たと言いつつも、何を買うためのおつかいなのかすら考えていなかったので、一旦商店街を下見して、ここにないものを目当ての品だとでっち上げて、海に近い街に探しに向かおうかと考えていた。
しかし彼女はキンブルグが交易の盛んな街だとは知らない。特に商店街は、ない品を探す方が難しいほど、日用品から地方の珍品までよりどりみどりだった。
一体何を買いたいんだと自問自答しながら寄り道を繰り返しているうちに、通行人と真正面からぶつかってしまった。おわっ、と間抜けな声をあげて倒れそうになったところを、そのぶつかった人が咄嗟に腕で抱え込んだ。風変わりな目深の帽子から除いたその顔は、女性ではあったが狩人のような凛々しさを携えていて、思わず腕に身を預けたまま固まってしまうほど冷徹な視線でシャムランを見つめた。
ふと我に帰ったシャムランは起き上がって謝罪をし、通行人は会釈をして去ろうとした。しかしその通行人が不意に向き直り彼女達に話しかけた。
「この辺りで怪しい男4人組を見かけませんでしたか?」
「4人組? んー、わかんないかな」
通行人は何も言わず、そのまま人混みに紛れて消えてしまった。何か心に引っ掛かるものを感じながらシャムランは商店街を抜け、メルニアの屋敷に向かった。
彼女の父は名のある騎士だとはシャムランも聞いてはいたが、着いた屋敷を見て納得した。周りにも壁に囲われた豪壮な屋敷が揃っていたが、メラニアの屋敷の規模は桁違いだった。正面の門だけでなく、壁の角にも見張り台があり、弓を担いだ衛兵が待機していた。もはや屋敷というより、一つの砦と言ってもいい程の威圧感を醸し出している。
メラニアの帰宅に気づいた衛兵が、メラニアが声をかけるよりも先に門を開けさせた。堂々と門をくぐるメラニアの隣で、シャムランは本当に自分が騎士の従者になったような錯覚を覚えた。
柱に囲まれた豪壮な屋敷の入り口には既に衛兵が四人ほど並んで出迎えており、とっくのとうにメラニアが帰ってきていたのを知っていたようだった。扉には赤いマントを羽織った厳しい顔つきの男が立っていた。眉の皺が深いせいで不機嫌そうに見えるが、目元は優しく緩んでいて、語らずとも歓迎の態を風格だけで表していた。
「大きくなったな、メラニア。急に帰ってきたと聞いて驚いたぞ」
「お久しぶりです、父様」
シャムランはメラニアの父親を見て意外な第一印象を感じた。メラニアが規律を重んじる堅物だったから、その父親となるとどれだけおっかないんだろうと緊張していたが、農夫のような穏やかな物腰で、緊張はすぐに解けた。
「お隣のお客さんはどちらから?」
「彼女はシャムランと言います。元々彼女の付き添いに来ていたのですが、成り行きでここに帰ってくることになりました」
「ど、ども・・・シャムランです・・・」
「そうか、友達もできたんだな。私はリゲント・フォイル。メラニアの父だ。まぁ入りなさい、食事でもしながらゆっくり話そう」
彼女達はキンブルグに着くまでに起きた出来事を一通り語り終えた。その間にシャムランは出された食事を全て平らげていた。目を輝かせながら口いっぱいに頬張る彼女をリゲントが見て、話の最中につい笑って会話を妨げてしまうこともあった。
「そうか、無事でよかったよ。シャムランさんもありがとう。娘にとって貴重な経験になったよ」
「いえいえ! むしろこっちが感謝しなきゃですよ!一人で村を出てたらそれこそ道端で倒れてもおかしくありませんでした」
「それにしても魔術師か、オイストゥイーにもまだ何人かいると聞いていたが、まさかその子と友達になるなんてな、メラニア」
「今思えばなんであれがきっかけで仲良くなったんだろね、メラニア?」
「なんのことです?」
「えーそんなー! アタシが子供の頃川で溺れてるところを助けてくれたの忘れた?」
「そういえばありましたね、そんな事。7年くらい前でしたか」
「7年前となると、メラニアがオイストゥイーに来たばかりだな、慣れない地にきたばかりなのに仲良くしてくれてありがとう、シャムランさん」
「まーアタシが一方的にだる絡みしてた感じですけどね。そういえばなんでメラニアはオイストゥイーに来てたんですか?」
「昔からキンブルグの騎士達は若い時に別の地に行き、10年そこで暮らさなければならないんだ。もちろんメラニアも例外じゃない。私も若い頃はここを離れて10年暮らしたものだ。それこそ異郷の地に骨を埋める覚悟で」
「でも、ここでも修行はできるじゃないですか。なんなら騎士がたくさんいるからもっと専念できそうですけど」
「外の世界を知るためだ。この地は元来閉鎖的でな、いつからか若者を旅に出して見識を深める風習ができたんだ。そうしてゲルニアの騎士としての自覚を育むことが、修行の目的だ」
「ゲルニアの騎士?」
「ゲルニア大陸、この土地を見守る
シャムランは素直に話を聞いていたが、メラニアはおそらく幼少期に何度も聞いた話をまた聞いて、流石に飽きたと言わんばかりに食事を進めていた。
「父様、客人に毎回その話をする癖、まだ直ってなかったんですね」
「悪い、彼女が人の話を引き出すのが上手だから」
「大丈夫、聞いてて面白いから。それにしても、外の世界は結構大変なんですね」
「メラニアを君の故郷に送ったのは、そういった荒んだ世の中に対処する術を学ばせるためでもある。あそこには一回しか行ってないが、あの時感じた平穏は今でも覚えている。世界が全てオイストゥイーであればいいのにと思ったぐらいだ」
彼女達はしばらく談笑した後、リゲントに用事ができたので食事会がお開きになり、入浴をしてから部屋に戻った。シャムランからのお願いで、メラニアの部屋に一緒に泊まることになった。7年も使っていなかったはずの彼女の部屋は、隅から隅まで塵一つ見つからないほどの清潔さを保っており、まるで引っ越してきたばかりの新居かと見紛うほど綺麗だった。おそらくメラニアの父はいつ何時でも彼女が帰ってきた時のために掃除を欠かさなかったのだろうとシャムランは推察し、微笑ましく思った。
「てかベッドちょー広いじゃん! 鹿5匹並べてもぐっすり寝られるよ、ちょっとうちもこっちで寝ていい?」
「いいですけど、あなた寝相大丈夫ですか?偏見ですけど大人しく眠る印象ないんですが」
「そりゃもう猛り狂う劫火の如しよ」
「あの盗賊のロープ、まだ余ってるって知ってます?」
「メラニア、そういうのはもうちょっと・・・」
「しない!」
といったようなじゃれあいを繰り返すうちに眠気を催したシャムランは自然と体を支えるのが億劫になり、横になっているうちにあくびをした。メラニアも眠くなってきたので布団に入ってすぐ寝ようとしたが、不意にシャムランがさっきまでのふざけた口調ではなく、独り言のようにメラニアに問いかけた。
「そういえばメラニアのお母さんってどこ?」
メラニアは眠ったふりをしようかと思ったが、考え直して素直に答える。
「だいぶ前に亡くなったんです。オイストゥイーに来る前に」
「そうだったの。確かにあまり親の事は話してなかったね」
「まぁ本当に幼い頃の事なので、顔も覚えていませんが。死因もただの感染症です」
「そんな時にお父さんからも引き離されてたなんて、ひどいね」
「父は掟には厳格な方ですから。今思えば、あの時の父様もきっと動揺していて、平静を装いたかったから掟に則って私を送り出したんだと思います」
「寂しくなかった?」
「あなたのおかげで退屈はしませんでした」
シャムランは気恥ずかしくなって、どう答えたらいいのか分からなくなり黙ってしまった。メラニアもそれを察して、気にする事なく眠ることにした
気づくとメラニアはぐっすり眠っていた。一方シャムランは、商店街で出会ったあの通行人の女性のことを考えていた。彼女のことを何も知らないはずなのに、なぜか心当たりがあるような違和感が拭えなかった。しかし考えているうちに瞼が重くなり、すっかり眠ってしまった。意識がまどろみに沈む瞬間、ふと燃える家の景色が彼女の頭に浮かんだ。
その頃、”猿”は留置所から姿をくらましていた。