「いやぁ、さっきは失礼して、すまんやで。ワイもどうかしてたんや。それにさっきのあれ、魔術なんか!?何も言わずにああもポンポン撃ってくるの、初めて見たで」
「だーかーらー、意味が分からないですって。君は一体何なんですか。」
本当だ。
急に現れて襲いかかってきて、ちょっとぶっ飛ばしたら、態度が180度変わった。それに舎弟にしてくれって、何を考えているのだ。
「ああ、自己紹介がまだやったな。ワイはワイツヴァイフェルン。ワイって呼んでや。」
「ワイツ...何ですって?」
「ワイって呼んでやぁ」
本名か?名前まで訳がわからん。
「言いたい事は分かるで、いきなり突っかかってきた奴が、何を言うんや、ってな。せやけどワイ、兄貴の魔術見て、カッコいいって思ったんや。もう、心入れ替えたんや。やからさっきまでの事は許してくれへんやろか?」
正直、気味が悪いぞ。だってこいつ、子供とは思えないような言葉を知ってるし、おまけに口調がチンピラのそれだ。従順なフリをして油断させて、また襲いかかってくるかもしれない。
「そんな事言ったって、信じられる訳ないでしょう?いきなり人に殴りかかってくるような人を、どうやって信じろって言うんですか」
「うっ...そんなぁ...。せやけどワイ、兄貴の言うことやったら何でもするで?」
今、何でもするって言ったか?
「今、何でもするって言いましたか?」
「い...言うたけど...?」
「じゃあ、あそこに生えてる木の実取ってきてください。」
俺はそう言って高い木の上になっている赤い実を指さした。丸くて、子供のこぶし大くらいの大きさのやつだ。図鑑によると、あれは食用に適していて、ほんのり甘いらしい。
「なんや、そんな事やったらお安い御用やで。」
そう言うと子供...ワイは木の根元まで進んで、軽く両脚を曲げた。まさか、跳ぶのか?
予感は当たり、ワイは一跳びで二階建ての家屋の屋根くらいの高さまで跳躍し、そのまま木の幹に張り付いた。そこから器用に両足を使って実がなっている太い枝のところまで移動する。そして実をひとつもぎると、幹から飛び降り、空中で一回転して綺麗に着地した。
「ほい、これでええんか?」
ワイは持っていた木の実を手渡した。
「あぁ...うん。ありがとう..,。」
本当に言う通りにするとは。というか、すごい身体能力だな。最初の化け物じみた動きもそうだが、こいつは天性の運動神経を持っているようだ。
ふむ、とりあえず貰った木の実をかじってみる。
...酸っぺえ!全然甘くない。シゲ○ックスといい勝負だ。
「なんや...やっぱり信じてくれへんか...?」
俺の微妙な表情を見て、ワイが聞いてきた。
うーむ。まだ不気味だ。何が不気味かって、いまだにこいつの目的がよく分からないことだ。舎弟がどうとか、魔術がどうとか、どこまでが本当なのやら。ただひとつ確かなのは、こいつが普通の子供じゃないってことだ。
「もう、急に殴りかかってこないって約束するなら、信じてあげてもいいですよ」
「!! ほんとか!?せやったらよかった!ルーデウスの兄貴、よろしくたのむやで!」
本当に、何なんだろう。
「はえ〜、何も喋らんで魔術をなぁ...。どうりで動きが早かった訳や。」
俺はさっきまで本気で戦っていたこいつと、喋りながらてくてく野道を歩いている。
「あと、ワイに敬語はいらんで。ワイはもう兄貴の舎弟やからな」
都合のいいことだ。うんうんと頷くたびに、ややくせっ毛気味なオレンジの髪がふわりと揺れる。透き通るような白い肌に、やや長めのまつげ、そしてくりっとした丸い目。何だろう、デジャブを感じる。
「えっと、じゃあワイくんって呼べばいいか?それともワイちゃん?」
一応聞いておく。俺もシルフィの件で学んだのだ。同じ誤ちはすまい。
「?どっちでもええけど」
「...あー、その、ワイは、もしかして、女の子だったりする?」
伝わらなかったので聞き直したら、何か変な言い方になったな。別にそこまで気を回す必要はないだろうが、一応な。
「おん、それがどうかしたんか?」
「ああいや、なんでもない」
マジかよ。うすうす予感はしてたが、まさか本当に女の子だったとは。
...待てよ、そう考えると、俺は魔術でボコボコにした小さい女の子に何故か懐かれてて、しかもそいつは俺の言うことを何でも聞く(意味深)とか言ってる訳か。
うん、字面がやばい。あんまり考えないようにしよう。
「それはそうと、兄貴はなんでこんな何もない森ん中うろついてたんや?昆虫採集か?」
「違うよ。ただ散歩してただけだ。それを言うなら、お前こそ何で森の中にいたんだ?俺のことつけてきてたのか?」
「ああ、ワイは退屈やったから、家から出て遠いとこ行こうと思っとったんや。せっかくなら魔物でも出てこうへんかってな。そしたら兄貴を見つけて、噂を思い出したんや。」
「噂?」
「せや、騎士の嫡男が、魔族の家庭教師から魔術習ってるってな。しかもえらい才能の持ち主で、天気も変えられるとか。まあどうせ親の七光りでチヤホヤされとるだけやと思って、とりあえずしばいて力の差を分からせようとか考えとったんや」
なんて奴だ。暴君だ。
「けど、後は知っての通りや、ワイは身の程を思い知った。兄貴みたいな凄い奴もおるって分かったんや。やから罪滅ぼしのためにも、ワイは兄貴の言う事聞かさせてもらうで」
うーむ。まあ、まだよく分からないことだらけだが、変人には変人の、こいつにはこいつなりのポリシーみたいなもんがあるって事か?だったら、そう邪険にする必要もない、のだろうか。
「なあ兄貴、キモくて速い黒い虫の捕まえ方知っとるか?心を無にするんや。自分の殺気を悟らせなければ、どんな速い虫でも一発やで」
いや本当に...何考えてるんだか。
森を抜けた。距離的にはそんなに遠くないはずだが、ぐねぐねと蛇行して歩いたせいか、やけに長く感じた。
向こうには丘がみえる。てっぺんにある一本の木も。いつも俺とシルフィが魔術の練習をしている場所だ。そして隣には...あれ?
「お?人がおるな」
シルフィがいた。今日は別に遊ぶ約束はしていない筈だが、何してるんだろう。
「魔族...?件の家庭教師...ではなさそうやな」
俺のあげた杖を持ってるし、魔術の自主練でもしてたのだろうか。彼女はここ最近、魔術の腕がぐんぐん上達している。それに比べて俺は...おっと、目が合った。こっちに気づいたか。
「ルディ...?」
気づかれたので、こっちも手を振りながら近づく。
シルフィも手を振ろうとしたが、俺の隣に目をやって、手を止めた。見知らぬ人間に警戒しているようだ。まあ、そりゃそうか。
「なんや、知り合いやったか」
「えっとルディ...その子は...?」
「ええと、さっきそこで出会ったんだ。名前は...ワイっていうらしい」
「そ...そうなの?なんかすごいボロボロだけど...怪我してるの?」
「ああこれな、これは勲章みたいなもんや。愚かだったワイへの戒めやな」
「えぇ...」
いかん。シルフィが完全に引いている。さっきから俺とワイを交互に見ては不安そうな目線を送っている。この2人を合わせたのは迂闊だったか。気弱そうなシルフィを舎弟にするとか言い出さないだろうな。
俺の警戒をよそに、ワイは興味津々と言った様子でシルフィに近づいていった。
「その杖、もしかしてネキも魔術使えるんか?」
「えっ、あっ、いや...」
まずい、シルフィが後ずさってる。俺は慌てて2人の間に割って入る。
「おいワイ、困ってるだろ。あー、シルフィ?こいつ、ちょっと変な奴でさ、けど悪い奴では、ないと、思うんだけど...」
自分で言っておきながら尻すぼみになっていく。だってどう考えても悪い奴だもん。ワイ。
「ルディの友達、ってこと...?」
「いや、舎弟や。」
「しゃていって何...?」
あちょ、余計なこと言うな。話がややこしくなる。
「それより、魔術使えるんか。あの口で言わんやつとか」
「シルフィには、俺が魔術を教えたんだ。俺と同じで、無詠唱も出来るぞ」
「!!」
そう言うとワイは目を大きく輝かせ始めた。何だ急に。
「魔術を、教えた?せ、せやったらワイにもそれ、教えてくれへんか!?」
「ううん、まあ、いいけど」
ワイに魔術を教える事になった。彼女は実にワクワクした表情で自分の掌を見つめている。反対にシルフィはすごい不安そうな顔で、何か言いたげにこっちを見ているが、話しかけようとはしてこない。
ごめんよシルフィ。君を蔑ろにするつもりは全くないんだ。ただ、あんな顔して頼まれたら断りずらかったってだけで。
「いくで...!」
ワイは右手を水平に構える。もう既に詠唱を教えてある。初級水魔術。一番簡単なやつだ。
「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れをいまここに『ウォーターボール』!」
...何も起こらない。
詠唱は淀みなくスラスラと言えたが、肝心の水が生じていない。魔力がないのか、それとも...。
「ぐぎぎぎぎぎ...」
引き続き掌に集中しているが、何も起こらない。
「んごごごごご...」
何も起こらない。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「ちょ!落ち着けって!」
「あかん、できひん...」
しょんぼりしている。
その後も何度か試したり、風や土の初級をやってみたり、指先に魔力を集中させるようアドバイスをしたりしてみたが、ワイの掌から魔術が発現する事はなかった。
何も間違っていない筈だが...。
最後に、火の初級を教えてみる。シルフィは火魔術が苦手だから、2人でいたときは、火を単体で使うことはあまりなかった。
まあ、ここまでやってダメなら、もう結果は大体分かっているが。
「ぐぬ...今度こそ、行くで...」
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、勇猛なる灯火の熱さを今ここに『ファイアー...」
詠唱は、まだ終わっていなかった。
にも関わらず、魔術が発現した。
それは、確かに火だった。
大きくも、小さくもない。しかし、ただの火とは思えないほどに丸かった。ほぼ完全な球体で、その周囲に強烈な陽炎が発生している。
凄まじい熱量を持っていた。
まるで何かを吸い込むかのような、コォォという高い音と共に、莫大な熱を放っているのがわかった。
あまりの熱さに咄嗟に顔を覆った。
どう見ても、初級魔術の規模ではなかった。
「な、なんだこれ...」
そう呟くことしか、出来なかった。
何とワイちゃん、火魔術の適性もある