「おおっ!?出来たで!何やこれ!」
掌の上で莫大な熱と光を放ちながらワイが何か言っている。熱くないのか?こっちは熱すぎてワイを直視することすらできない。
「ちょっ、熱いって!一旦魔力の供給を止めろ!」
何とかしようかと思ったが、熱量が強すぎて近寄れない。あれを燃やしている魔力を止めれば火も収まるだろうと考え、ワイに呼びかける。
「魔力の供給を、止める?...こうか!」
灼熱の火球が二回りくらい大きくなった。ワイの服と、足元の草が熱放射によって燃え始める。
「魔力を増やしてどうする!」
「ルディ...!」
シルフィの手を取ってワイから距離を取る。そうしなければ二人とも丸焦げになるかもしれない。
「ああ違う。こうやな」
光と熱がやや弱まった。今度は魔力量を絞る事に成功したようだ。
そのまま火は少しずつ萎んでゆく。バスケットボール大はあった火が、テニスボールくらいの大きさになり、そしてすぐに豆粒くらいになった。
やがて火はさらに小さくなり、目に見えないほどの大きさになった瞬間、電線がショートするかのような、バチっという音ともに、火花を出して消滅した。
「ふーっ...」
俺は胸を撫で下ろした。とんでもない火力だった。俺も火系統魔術であれだけの火力を出した事はない。魔力的には問題ないだろうが、自分の体が燃える危険がある。
だがワイは服は焦げたが、その白い肌のどこにも火傷の跡は見られない。何故だ。
それに、ワイは詠唱を言い終わっていなかった。もし詠唱が完全で、あの火球が炸裂していたらと思うと、ぞっとする。
「ふふふ...ふはははは!ついにワイも魔術を覚えたんや!やったで!」
ようやく魔術を発現させて実に上機嫌そうだ。こっちは焦ってそれどころじゃなかったが。
「お...おめでとう...」
「おん!これも兄貴が教えてくれたからや。それに...お...」
と思っていたら、唐突にワイが崩れ落ちる。そのまま両手と片膝をついてうずくまった。
「おい、大丈夫か?」
もしかして、あれか。
「な...何やこれ...頭が、くらくら...す...」
言い終わる前に、ワイは気を失ってしまった。たがこの症状には心当たりがある。これはおそらく...魔力切れだ。あんな威力の魔術をいきなり使ったからだ。
魔力切れであるなら、ちょっと寝ておけば自然と回復するだろう。ただ、その間ずっとここに放置しておく訳にもいかない。
どうすっかな...
「ルディ、どうしよう、倒れちゃった」
俺の後ろに下がらせていたシルフィが不安そうに聞いてくる。
「多分、魔力切れだ、でもまさか、あんな魔術をいきなり使うとは思わなかったな。」
「うん、すごい火だった...。でも、どうするの?」
「そうだな、取り敢えず、今日の所はこのまま運んで帰るよ。ここに野晒しにする訳にもいかないし」
焦げた草の上で倒れているワイを持ち上げ、手を前に回してそのまま背負う。
まったく、人騒がせな奴だ。
「えっとルディ、大丈夫なの?」
「平気だよ。家までそんなに遠くないし。シルフィはどうする?また家寄ってく?」
「いや、いい...大丈夫...」
「そっか。じゃあまたな」
珍しく断られた。まあ他に人がいるから遠慮している、という事だろう。
俺はワイを背負ったまま家の方向へ歩き出した。
「......」
背中に張り付く小さな子供の感触を感じながら歩く。こうして背負ってみると分かるが、軽いな。6歳である今の俺の筋力でそう感じるのだから、相当軽いのだろう。ちゃんと食べてるのだろうか。
さっきワイが使った魔術で、体についた血は全部燃えて無くなったが、服はかなり焦げてしまっている。特に、服の右半分はもうあまり布が残っていない。
子供がボロボロの子供を背負って歩く姿はなかなかに奇異だ。途中、通りすがりの大人に何があったのかと声をかけられたが、ワイに怪我ないのと、魔力が切れた所を背負っているだけだという説明で何とか納得してもらった。
それにしても、本当にこいつは何者なんだろうか。妙な喋り方、並外れた身体能力、そして先ほど見せた火魔術の才能。どれも普通とはかけ離れている。
しかし首にかかる微かな吐息や、背中から伝わる心音、温かい体温は彼女も只の小さな子供である事を実感させる。
パウロは、ゼニスはこれを見てなんて言うだろうか。叱られるだろうな。魔術の練習をしていたと言ったら、何て危ない真似をしたんだと怒るだろう。全部本当の事を言ったとして、信じてはくれまい。
かと言って、目覚めたワイに喋らせるとすごい誤解を招きそうだ。
「まあ、なるようになる、か...」
これからどうなるのかは分からない。だが不思議と嫌な気分にはならない。そしてこんな濃密な日を、今後忘れることはないだろうと、そう思いながら歩くのであった。
「ただいま」
「おかえりなさい、ルー...えっ!?」
帰ってきた俺を見て、リーリャが驚いた声を上げた。
「ど、どうしたんですかその方は。服が...酷い怪我を...」
「怪我はもう治ってます。今は魔力切れで眠っているだけです。それで、えっと、どこか寝かせておく所を...」
俺が話し終える前に、リーリャは背中の後ろの少女を抱き抱え、その様子を確かめる。服が焦げているものの、その素肌に傷ひとつついていないことを確認すると、そのままワイを連れて行った。お腹もそろそろ大きくなってきているというのに、余計な苦労をかけて申し訳ない。
しばらくして、ワイは新しい服に着替えさせられて出てきた。体についた燃えかすも無くなっている。洗われたようだ。
「......それで坊ちゃま。何があったのか、説明していただけますね?」
ワイを寝台に寝かせた後、リーリャが聞いてきた。
「はい、実は...」
俺は今日起こった事を話した。細かい所は結構省いたが、大体の事は伝えた。そして案の定、困惑された。
いや、そうなんだよ。俺もおかしいと思うけど、本当なんだ。
そして同様の説明を、話してる途中で家に帰ってきたゼニスにもした。彼女はやっぱり困惑した後に、女の子を危険な目に合わせた事を叱った。
「いい、ルディ。どんな理由があっても、女の子に怪我をさせたり、泣かせるような事をしちゃ駄目よ」
「はい。母様」
「それにしてもこの子...どこの子供かしら...」
「坊ちゃまと同年代の子の顔は大方知っていますが、この子は初めて見ました」
「綺麗な髪色ね...ねえルディ、この子の名前、何ていうの?」
「...ワイっていうらしいです」
あの長い本名は思い出せない。名付けの仕方がこの辺りと違うのか、そもそも人族じゃないのか、それもよく分からないが。
「ワイ...?それが名前なの...?」
ゼニスも首をかしげている。やっぱりこの世界の基準でも変な名前なのか。
「ふぅん...まあ、後は目が覚めた後に、この子に聞くしかない、か.,.」
ゼニスがワイの頬を撫でる。その撫でられている寝顔は穏やかだった。
清潔な服の下の胸が、ゆっくりと上下していた。
---パウロ視点---
今日の仕事もとりわけ変わりはなかった。森の魔物の状況の監視、村の警備。どれも欠かせない重要な任務だ。
ただ気がかりな点は、少々魔物の数が増えていることか。このくらいならまだまだ問題が無いが、これからもっと魔物の数が増えるとなると、こちらも防衛体制を強化する必要がある。まあ差し迫った話じゃないが、気には留めておくべきだろう。
そういえば、最近新たにこの小さな村に引っ越しをしてきた奴がいたな。最近と言っても1ヶ月以上前だが。年がオレより一回り上くらいの、やけに無愛想なオッサンだった。無精髭を生やしていて、目つきも悪い。魔道具職人をやってるそうだが、最近はその姿をぱったりと見せなくなったらしい。
まあ、こんなど田舎にある村だ。土地代も無いようなモンだし、出ていくなら出て行くで、空き家が一つ増えるだけだ。トラブルさえ起きなきゃ、どうでもいい事だろう。
そんな事より、今頭の中を占めているのは、2人の妻の事だ。ゼニスにリーリャ。どちらも同じ時期に妊娠した...させたから、同じくらいのペースでお腹が大きくなってきている。ルディには、一気に2人も弟か、妹が出来ることになるな。
優秀なあいつの事だ。おそらく、下の子の尊敬を簡単に勝ち取るだろう。だがオレはそうはいかない。既に家庭内のオレの地位は危うい。妻達の仲は以前よりぐっと縮まった。まあそれは良い事だろうが、おかげで2人してオレをイジめてきて、肩身が狭い。ここは何としてでも、威厳のある父親としての姿を見せなければ。
なんて意気込んでる内に、我が家に着いた。扉の前に立つと、何やら声が聞こえてくる。これは...ん?誰だ?
子供の声だ。ルディが友達でも呼んでるのだろうか。
「おーい。ただいまー...んあ?」
扉の前には、ルディと同じか、やや小さいくらいの、オレンジ色の短髪をした綺麗な女の子が立っていた。
まだ子供だから...