「〇※✕=#·〇乁¨〜!!?」
目を醒まして僅か十秒後、二人は険悪極まりない空気にあった。
彼女が起こした、典型的な金髪碧眼を持つ貧しいボロ着の少年は、両肘を芝生についたまま後ずさりしていた。一見、野生動物的である。実のところ彼は語調が荒いだけで理性的な質問を試みているのだが、私の主人公にとって性来無縁の外国語であるため聞き取られないだけなのだ。主人公が認識できるのは、瞳孔を大きく見開いて彼女から目を離さない少年が、やたら酷く怯えているにちがいないことだけだ。
「あ、あのぅ……怖がらせちゃっただなんて。ごめん……」
少年は主人公を指差して叫んだ。
「なんッだお前!!?テメーがオレを攫ったのか?つーか、何だよお前!?ホント何なんだよお前!!?」
主人公は持ち前の善人ぶりを発揮してこう考えた。こんなに怖がられてしまうだなんて。なにか私と彼の間には誤解があるのかもしれない。彼女は両手を出して弁明じみた説明を始めようとした。
「あの、何って、何が?私の名前は──」
少年は頭を押さえた。
「ちっげーよ、いや、それもそう、よろしくな、だけど他にあんだろ!!その……変な羽根とか!目とか!足とか!!」
変な……羽根??
鈍感で理解が遅々としている彼女に代わって読者に説明すると、彼女には4枚の巨大な翼が生えている。(主人公なら1ページ以上前に理解を済ませておくべきことだったが、) 今から彼女が自分の身体的状況を理解するようなので、興味があれば二段落分付き合ってもらいたい。
私が見回すと、確かに白い翼の先端が私の視界に入った。どうやら翼の根元は私の背中にあるらしい。純白の羽毛に規則正しく覆われた巨大な四枚の翼が、うち二つは私の肩より上へと高く伸ばされ、もう二つは私の脚を淑やかに覆い隠している。
そしてその翼の所々には幾つもの目が宿っていた。不気味なサファイア色の瞳だ。孔雀の羽根の目に似ているが、あれとは違って本物の瞼と眼球を備えた目だ。実際に目が合う。暗い瞳孔が大きく見開かれ、不気味なことに時折瞬きすらする。
彼女はこう考えた。
もしかしてこの翼……私にくっついている?
〈狂気判定〉7 → 成功
「いやぁぁあああああ!?!?」
彼女は鳥めいた (それこそ近所にいついてほしくない不愉快で耳障りな鳥めいた) 甲高い絶叫を上げながら羽根を引っ張った。チクンという痛みと共に白い羽根が一本抜けただけで、翼は外せない。
「ど、どうなってるの!?何、これ、取れてよ、どっか行って!」
彼女の様子を観察していた少年が、なにやら気概を見せて地面に拳をつくと立ち上がった。
「背中見せろ、オレが取ってや──」
そのとき主人公は今要らないことに気がついた。少年の腰から爬虫類めいた尾が地面すれすれほど長く伸びている。主人公が再び悲鳴を上げたせいで、不運な少年自身も気づいてしまった。彼は声を上げた。
〈狂気判定〉10 → 成功
「大丈夫!?一体、何が起こっているの!?」
「ぬ、抜けねぇ!!引っ張ってくれ!!」
言い合いのような叫び合いのような時間が続いた。大変不毛だったのでここには書かない。
やがて騒ぎ疲れた彼女らに暫しの沈黙が訪れた。ようやく、大声を出してもどうにもならないことが分かってきたのだ。
「………………なんか……一周回ってカッコよく見えてきたな。火とか吹けそうだし……」
トカゲ少年はわなわな手を震わせながら言った。
「あはは……。見方によっては格好良いのかも。私は……怪我がなくてよかったって思ってるよ」
見知らぬ部屋にふたりぼっち。もし読者が主人公と同じ状況に置かれたら、目の前に居る見覚えのない彼にすこしの居心地の悪さは覚えるだろう。けれど、もし読者がこの彼と同じ状況に置かれても、大体同じ思いだろう。彼女らは互いに同じように何も分からずこの場所に立たされているのだ。そして彼女らは文章よりももっと微妙な空間と嗅覚のニュアンスで、互いにそのことを感じ取った。
彼は一瞬目を逸らし、少し迷ったように頭をかいてから、こちらに向き直った。奥深くまで澄み渡った真っ青な目が静かに彼女を見つめる。
「お前は……オレを攫ったわけじゃあなさそうだな」
彼女は安堵の笑みを浮かべた。
「するわけないじゃない。私、目が覚めたらここで棺に寝かせられてたの。ここがどこなのかよく分からなくて、どうやってここに来たのかも覚えがなくて」
「なんだ、オレと似たようなモンか」
少年はじっと彼女を観察する。彼女はその観察を受け入れていた。彼女に訊けばその目を「ちょっぴり目つきが悪いけど、まっすぐで眩しい碧色」と描写するだろう。それから少年は辺りに広がる知らない世界を見回して言う。
「ここがどこなのかよく分かんねーけど……一人より二人だろ?一緒に行こうぜ。なんか危ねーもんがあったら、オレがバシッとぶっ飛ばしてやる!だから安心して着いてこいよ」
少年は、にひ、と親しみやすい笑顔を浮かべた。私の頼りなく脆い主人公にとって、ふたりぼっちはひとりより遥かに心強くてありがたいことだった。
「私も、キミを全力で守るよ……一緒に行こう」
「オレはルカ。アンタは?」
「私の名前、エマっていうんだ。よろしくね」
主人公はこのトカゲ少年・ルカと握手をした。彼の手は───彼が人間らしさを残している数少ない部位だった。男性的に節立ってゴツゴツしていて、ハンドクリームを一生知らずに生きてきたみたいにカサついている。(実際にそうだ。彼は生前、ハンドクリームをつけたことがなかった。) ただ、ルカの太陽のような笑顔にはこの粗っぽい手が一番相応しいかもしれない。
こうして、この握手をもって、私の主人公は姉妹と出会い、一人から二人になった。自分たちが何者かも分からないまま。
〈対話判定〉
エマ → ルカ 8 成功 ●●〇〇 友情
ルカ → エマ 2 失敗 ●●●〇 信頼