その巨人、測定不能につき   作:渋沢

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規格外

雄英高校。

 

日本最高峰のヒーロー養成機関。

 

ヒーローを志す少年少女たちにとって、そこは憧れの場所であり、同時に最初の難関でもある。

 

その正門前に、一人の少年が立っていた。

 

「おおお……! すっげえな、雄英!」

 

巨勢大、十五歳。

 

身長、二百五十センチ。

 

その巨体は、周囲の受験生たちの中でもひときわ目立っていた。

 

いや、目立つという表現では足りない。

 

周囲の少年少女が大の肩にも届かないのだから、当然である。

 

しかも、ただ背が高いだけではない。

 

広大な肩幅。分厚い胸板。太い首。丸太のような上腕。

 

制服の上からでも、全身が鍛え抜かれた筋肉に覆われていることが分かる。

 

その体格は、十五歳の少年というより、歴戦の格闘家を思わせるものだった。

 

だが、顔立ちは意外にも親しみやすい。

 

短く整えられた赤褐色の髪。太い眉。精悍ながらも、どこか人懐っこい目元。

 

そして何より、よく笑う。

 

白い歯を見せて笑う姿は、まるで巨大な大型犬のようだった。

 

「よっしゃ! 絶対合格するぞ!」

 

大は拳を握り締めた。

 

その声に、周囲の受験生たちが振り向く。

 

「……あれ、受験生?」

 

「でっか……」

 

「異形型かな?」

 

「いや、普通に人間っぽくない?」

 

そんな囁き声を、大は気にも留めなかった。

 

生まれてこの方、見上げられることには慣れっこだった。

 

*

 

実技試験の内容は、仮想市街地に配置されたヴィランロボットの撃破。

 

一ポイント、二ポイント、三ポイントの三種類。

 

さらに、撃破しても得点にならない、ゼロポイントの巨大ロボットも存在するという。

 

「なるほどなぁ」

 

大は腕を組んだ。

 

「要するに、ロボットをぶっ壊せばいいんだな!」

 

実に分かりやすい。

 

問題は、どこまで大きくなるかだった。

 

大の個性は『スケールシフト』。

 

身体を質量ごと拡大、縮小することができる。

 

その可変範囲は、およそ一センチメートルから百メートル。

 

筋力、耐久力もそれに応じて大幅に向上するため、巨大化した大の身体は、それ自体が強力な武器となる。

 

「百メートルだと、ちょっとデカすぎるよなぁ」

 

大は顎に手を当てた。

 

試験会場には、ほかの受験生もいる。

 

大きくなりすぎると、足元の確認が難しくなる。

 

「んー……五十くらいかな」

 

それなら、これまでの訓練でも扱い慣れている。

 

「よし、決まり!」

 

大は満足そうに頷いた。

 

そして、試験会場へ向かった。

 

*

 

試験開始直前。

 

受験生たちがゲート前に集まっていた。

 

緊張した面持ちで身体をほぐす者。

 

目を閉じて集中する者。

 

周囲の受験生を値踏みする者。

 

そんな中、大は。

 

「よいしょっと」

 

上着を脱いでいた。

 

続いてシャツ。

 

そしてズボン。

 

「…………」

 

「…………」

 

周囲の視線が集まる。

 

身長二百五十センチの筋骨隆々な少年が、突然脱衣を始めたのである。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

近くにいた女子受験生が声を上げた。

 

「何やってんの!?」

 

「ん?」

 

大は振り向いた。

 

すでにパンツ一丁だった。

 

「いや、服破れたらもったいねえだろ?」

 

「だからって脱ぐ!?」

 

「大丈夫! パンツは特注だから!」

 

「意味わかんない! そういう問題じゃない!!」

 

大は不思議そうに首を傾げた。

 

そのパンツには、大自身の細胞が組み込まれている。

 

巨大化にも縮小にも追従する特注品だ。

 

残念ながら非常に高価なので衣類一式揃えるのは不可能であった。故に個性の使用時にはパンツ一丁なのが大のスタイルであった。

 

「破くと母ちゃんに怒られるしなぁ」

 

大は丁寧に服を畳んだ。

 

そして、邪魔にならない場所に置く。

 

「よっし!」

 

ちょうどそのとき。

 

『試験開始!!』

 

放送が響いた。

 

受験生たちが一斉に駆け出す。

 

大だけが、その場に留まった。

 

両足を開き、周囲を見渡す。

 

ゲートの外側。

 

広い道路。

 

頭上には障害物もない。

 

「んじゃ、いくか!」

 

大は笑った。

 

そして。

 

巨大化した。

 

三メートル。

 

五メートル。

 

十メートル。

 

「……え?」

 

隣にいた受験生が振り向いた。

 

二十メートル。

 

三十メートル。

 

大の頭が、周囲の建物の屋上を越える。

 

四十メートル。

 

五十メートル。

 

「は……?」

 

試験会場が、静まり返った。

 

青空を背負い、街並みを遥かに見下ろす巨人。

 

その巨大な両脚は道路の両側にそびえ立ち、筋肉に覆われた胴体は高層建築物のようだった。

 

一歩を踏み出せば、足裏だけで道路の大部分を覆ってしまう。

 

握り締めた拳は、自動車など簡単に包み込める大きさだった。

 

そして、その巨人は。

 

「おおーっ!」

 

実に楽しそうに笑っていた。

 

「やっぱ広いと気持ちいいなぁ!」

 

その声が、空から降ってくる。

 

受験生たちは、ただ呆然と見上げていた。

 

「……なに、あれ」

 

「人間……?」

 

「え、あれ何メートル……?」

 

「いや、デカすぎだろ……」

 

大は眼下を見渡した。

 

建物は腰より低い。

 

ロボットは、まるで玩具。

 

受験生たちに至っては、足元を動く小さな人影でしかない。

 

「おーい!」

 

大は声を張り上げた。

 

「みんなー! 俺の足元、気をつけてくれよー!」

 

誰も返事をしなかった。

 

できなかった。

 

「よっしゃ!」

 

大は満足そうに頷いた。

 

「んじゃ、始めるか!」

 

 

*

 

 

最初の標的は、三ポイントのヴィランロボットだった。

 

道路の向こうで、受験生を追い回している。

 

大は少し腰を屈めた。

 

「おっ、いたいた」

 

右足を持ち上げる。

 

その影が、ロボットをすっぽり覆った。

 

「ほいっ!」

 

ずしん!!

 

巨大な足裏が、ロボットを真上から踏み潰した。

 

装甲が内側へ折れ曲がり、金属の骨格が砕ける。

 

関節部から火花が散り、胴体がアスファルトにめり込んだ。

 

ばきばきばきっ!

 

足裏に押し込まれた機械部品が、次々と圧壊する。

 

大が足を持ち上げたとき、そこにあったのは、もはやロボットと呼べるものではなかった。

 

道路に埋まった、平たい鉄屑。

 

「おっ!」

 

大は嬉しそうに声を上げた。

 

「結構簡単だな!」

 

次の標的を探す。

 

二ポイントのロボットが二体。

 

大はしゃがみ込んだ。

 

「よいしょ」

 

巨大な右手を伸ばす。

 

一体を親指と人差し指で挟み込んだ。

 

ロボットが腕を振り回す。

 

装甲に内蔵された武器が、大の指へ向けられた。

 

だが。

 

「ん?」

 

ぎゅっ。

 

ばきんっ!

 

それだけだった。

 

分厚い装甲が、指の間でひしゃげた。

 

頭部が胴体にめり込み、両腕が不自然な方向へ折れ曲がる。

 

さらに指先に力を込める。

 

めきめきめきっ!

 

内部のフレームが耐えきれず、金属片が隙間から押し出された。

 

「おお、潰れた!」

 

大は指を開いた。

 

掌の上に、握り潰されたロボットの残骸が転がる。

 

「へえー」

 

興味深そうに眺める。

 

「なんか、缶潰したみてえだな」

 

残骸を地面に置く。

 

そして、もう一体へ手を伸ばした。

 

今度は片手で丸ごと掴む。

 

巨大な五本の指が、ロボットを包み込んだ。

 

「よっ!」

 

ぐしゃっ!!

 

握力だけで装甲が砕けた。

 

ばきばきばきばきっ!!

 

腕が折れ、脚が潰れ、胴体が原形を失う。

 

大が拳を開くと、掌の中には金属の塊が残っていた。

 

「よっしゃ、二体!」

 

大はにかっと笑った。

 

*

 

そこから先は、まさしく一方的だった。

 

道路を走るロボットを、足の裏でまとめて踏み潰す。

 

建物の陰に隠れたロボットを、巨大な指で摘まみ上げる。

 

三ポイントのロボットを両手で掴み、左右から押し潰す。

 

ぎぎぎぎっ!

 

ばきゃあっ!!

 

装甲が裂け、内部の機械が砕け散った。

 

「おおっ! こいつ結構硬え!」

 

大は嬉しそうだった。

 

次に現れたロボットは、腕を振り上げて攻撃してきた。

 

大はその腕を親指と人差し指で摘まむ。

 

「おっと」

 

軽く引っ張る。

 

ぶちんっ!

 

腕が根元から千切れた。

 

「ありゃ」

 

大は少し驚いた顔をした。

 

「取れちまった」

 

そして残った胴体を、掌で上から押さえ込む。

 

ぐしゃん!!

 

ロボットが道路に押し潰された。

 

「よし!」

 

別のロボットが背後から攻撃してきた。

 

大は振り向き、巨大な足先で軽く蹴った。

 

ごぎゃっ!!

 

ロボットの胴体が大きく歪み、道路を滑っていく。

 

大は慌ててその進路を確認した。

 

「おっと、そっち人いるな!」

 

滑っていく残骸を、巨大な手で受け止める。

 

「危ねえ危ねえ」

 

そのまま握り潰した。

 

ばきばきっ!

 

「やっぱ投げたり蹴ったりは危ねえな。気をつけよ」

 

そう呟き、残骸を道端に置く。

 

大にとって、ロボットを破壊すること自体は難しくなかった。

 

問題は、周囲への被害を抑えることだった。

 

足を下ろす前には、必ず周囲を確認する。

 

建物の陰に受験生がいないか。

 

倒れたロボットの近くに人がいないか。

 

巨大な身体を動かすことで、瓦礫が飛び散らないか。

 

それらを確かめながら、大は次々とロボットを破壊していった。

 

「おっ、あっちにも!」

 

ずしん!!

 

ぐしゃあっ!!

 

「よし、次!」

 

ばきばきばきっ!!

 

「おお、こいつ三ポイントか!」

 

ぐしゃん!!

 

ロボットの残骸が、道路に積み上がっていく。

 

大が通り過ぎた場所には、まともな形を保ったロボットが一体も残らなかった。

 

*

 

「…………」

 

受験生たちは、呆然としていた。

 

「……なあ」

 

「ああ」

 

「俺たち、何しに来たんだっけ」

 

「……入学試験」

 

「だよな」

 

「……あれ、試験なのか?」

 

誰も答えられなかった。

 

一方、大はというと。

 

「おっ! まだいる!」

 

巨大な手を伸ばし、三ポイントのロボットを二体まとめて掴んだ。

 

そして。

 

「よいしょっ!」

 

両手で挟み込む。

 

ばきゃああっ!!

 

二体の装甲が互いに押し潰され、金属が軋みながら砕けた。

 

「おお! 二体いっぺんにいけた!」

 

満面の笑顔だった。

 

試験会場に響くのは、機械が砕ける音と、巨人の楽しそうな声。

 

その光景は、受験生たちの常識を完全に破壊していた。

 

*

 

「…………」

 

障守盾真は、言葉を失っていた。

 

銀白色の乱れ髪。

 

薄紫色の瞳。

 

細身ながらも均整の取れた身体。

 

整った顔立ちには、普段ならばどこか人を小馬鹿にしたような表情が浮かんでいる。

 

だが今は違った。

 

口が、わずかに開いていた。

 

視線は、ただ一点に釘付けになっている。

 

五十メートルはありそうな巨人。

 

巨大な腕。

 

分厚い胸板。

 

建物を見下ろす、圧倒的な体躯。

 

そして、ロボットをまるで玩具のように握り潰す巨大な手。

 

「…………すご」

 

思わず、声が漏れた。

 

盾真は、自分でも驚いていた。

 

何が、とは説明できない。

 

ただ。

 

目が離せなかった。

 

「……なんですか、あれ」

 

巨大な足が持ち上がる。

 

その足裏が、三体のロボットをまとめて覆う。

 

ずしん!!

 

ぐしゃあっ!!

 

金属が潰れる轟音。

 

道路に残る巨大な足跡。

 

そして、満足そうに笑う巨人。

 

盾真の背筋に、ぞくりとした感覚が走った。

 

「…………」

 

心臓が、妙に速い。

 

頬が熱い。

 

普段ならば、どれほど優秀な個性を見ても、冷静に能力を分析していただろう。

 

巨大化。

 

質量増大。

 

筋力強化。

 

それに伴う破壊力。

 

考察すべきことはいくらでもある。

 

だが、今はそんなことがどうでもよかった。

 

「……でっかい」

 

ぽつりと呟く。

 

自分でも、間の抜けた感想だと思った。

 

だが、それ以外に言葉が出ない。

 

巨人がしゃがみ込む。

 

その動作だけで、巨大な胸板と肩の筋肉が動く。

 

腕を伸ばし、ロボットを片手で掴む。

 

そして、ぐしゃりと握り潰した。

 

「…………っ」

 

盾真は思わず息を呑んだ。

 

その瞬間、頭の中にあった何かが、盛大に吹き飛んだ気がした。

 

(……何これ)

 

胸の奥が、妙に騒がしい。

 

(なんで、こんな……)

 

見上げる。

 

巨人は、笑っていた。

 

楽しそうに。

 

心底、嬉しそうに。

 

圧倒的な力を振るいながら、まるで遊んでいるかのように。

 

(……やばい)

 

盾真は唇を噛んだ。

 

(……めちゃくちゃ、格好いい)

 

それを認めた瞬間。

 

自分の中で、何かが決定的に変わった気がした。

 

「……おい!」

 

隣の受験生が叫んだ。

 

「何ぼーっとしてんだ! 試験中だぞ!」

 

「……あ?」

 

盾真は振り向いた。

 

その目には、普段通りの冷めた光が戻っている。

 

「分かってますよ」

 

吐き捨てるように言った。

 

そして、近くのロボットへ向き直る。

 

自分だって、試験を受けに来たのだ。

 

こんなところで立ち尽くしているわけにはいかない。

 

だが。

 

もう一度だけ。

 

盾真は、巨大な少年を見上げた。

 

(……名前、なんていうんでしょう)

 

その疑問が、頭から離れなかった。

 

*

 

大がロボットを破壊し続ける一方で、試験会場のあちこちでは受験生たちが苦戦していた。

 

「くそっ……!」

 

一人の少年が、瓦礫の下で足を挟まれていた。

 

目の前には三ポイントのロボット。

 

逃げようにも、身体が動かない。

 

ロボットが腕を振り上げた。

 

「うわああっ!!」

 

その瞬間。

 

巨大な影が落ちた。

 

「おっと!」

 

頭上から声が降ってくる。

 

「危ねえな!」

 

次の瞬間。

 

ぐしゃっ!!

 

巨大な指が、ロボットの頭部を横から摘まんだ。

 

めきめきめきっ!

 

装甲が潰れる。

 

首の関節が折れ、頭部が胴体へ押し込まれる。

 

大はそのままロボットを持ち上げた。

 

「よっ!」

 

ぎゅっ。

 

ばきゃっ!!

 

片手で握り潰す。

 

そして、残骸を安全な場所に置いた。

 

「大丈夫かー?」

 

少年が見上げる。

 

そこには、空を背負う巨大な顔があった。

 

「…………」

 

「怪我してんのか?」

 

少年は、ようやく頷いた。

 

「……あ、足が……」

 

「そっか! ちょっと待ってろよ!」

 

大は巨大な指先を瓦礫に近づけた。

 

少年の身体に触れないよう、慎重にコンクリート片を摘まみ上げる。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

瓦礫を取り除くと、少年の足が自由になった。

 

「よし!」

 

大は手のひらを地面に置いた。

 

「乗れるか? 安全なとこまで運んでやるよ!」

 

少年は目を丸くした。

 

目の前に広がるのは、広場ほどもある巨大な掌。

 

指一本が、自分の身体より遥かに太い。

 

「……お、お願いします」

 

「おう!」

 

少年が掌によじ登ると、大はゆっくりと持ち上げた。

 

「うわっ……!」

 

「怖いか? ごめんな!」

 

大はできるだけ揺らさないように腕を動かす。

 

そして、試験会場の外周近く、安全な場所へ少年を降ろした。

 

「よし! 救護の人、呼んでくるからな!」

 

「……ありがとう、ございます!」

 

「気にすんな!」

 

大はにかっと笑った。

 

「ヒーローになるんだから、当然だろ!」

 

*

 

それからも、大は次々と受験生を救助していった。

 

倒れた建物に閉じ込められた受験生を、瓦礫を取り除いて助ける。

 

ロボットに囲まれた受験生を、巨大な手で包むように守る。

 

高所から降りられなくなった受験生を、手のひらに乗せて地上へ運ぶ。

 

そして、救助の邪魔をするロボットは。

 

「邪魔だぞー!」

 

ぐしゃっ!!

 

巨大な拳で、上から叩き潰した。

 

「おっと、こっちもか!」

 

ばきばきっ!!

 

ロボットを掴み、握り潰す。

 

「よっしゃ!」

 

大は嬉しそうに笑った。

 

受験生たちは、そんな彼を見上げながら思った。

 

恐ろしい。

 

圧倒的に恐ろしい。

 

もし、あの巨大な手が自分に向けられたら。

 

もし、あの巨大な足が自分の上に降ってきたら。

 

ひとたまりもない。

 

だが。

 

その巨大な手は、怪我人を優しく運んでいる。

 

その巨大な足は、人がいない場所を慎重に選んで下ろされている。

 

あの少年は、自分の力を誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るために使っている。

 

その事実が、少しずつ受験生たちの恐怖を和らげていった。

 

*

 

試験終了が近づいた頃。

 

地面が震えた。

 

ごごごごごごご……!

 

模擬市街地の奥から、巨大なロボットが姿を現す。

 

ゼロポイント。

 

得点にならない、超大型の仮想敵。

 

受験生たちにとっては、逃げるべき存在だった。

 

「うわあああ!!」

 

「ゼロポイントだ!!」

 

「逃げろ!!」

 

受験生たちが一斉に駆け出す。

 

だが。

 

「……ん?」

 

大は首を傾げた。

 

自分の腰より低いところで、巨大ロボットが動いている。

 

「おお! あれがゼロポイントか!」

 

大は目を輝かせた。

 

「結構でっけえな!」

 

もっとも、五十メートルの大からすれば、さほど大きくはない。

 

「でも、あれ倒しても点数にならねえんだよなぁ」

 

大は腕を組んだ。

 

「んー、ほっとくか」

 

そう思った、そのとき。

 

「ああっ!!」

 

下から悲鳴が聞こえた。

 

見ると、ゼロポイントの進路上で、一人の女子受験生が転倒していた。

 

足を挫いたのか、動けないらしい。

 

巨大ロボットは構わず前進する。

 

「おっと!」

 

大は迷わなかった。

 

ずん、と一歩踏み出す。

 

そして。

 

「よいしょっ!」

 

巨大な右足を持ち上げた。

 

ゼロポイントの頭上に、巨大な影が落ちる。

 

ロボットが腕を振り上げた。

 

だが、遅い。

 

ずどおおおおおんっ!!

 

巨大な足裏が、ゼロポイントの上半身を真上から踏み潰した。

 

装甲が陥没する。

 

頭部が胴体へめり込み、肩の関節が砕けた。

 

ばきばきばきばきっ!!

 

内部のフレームが折れ、油圧機構が破裂する。

 

大はそのまま体重をかけた。

 

めきめきめきっ!

 

ばぎゃああああっ!!

 

分厚い金属の胴体が、上下から押し潰される。

 

両腕が地面に押し付けられ、関節が砕け散った。

 

脚部の装甲が裂け、内部の機械部品が道路へ飛び出す。

 

そして。

 

ぐしゃああああっ!!

 

最後に残っていた胴体の骨格が、完全に圧壊した。

 

大が足を持ち上げる。

 

そこには、巨大な足跡と。

 

その形に押し潰された、ゼロポイントの残骸だけが残っていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

試験会場が静まり返った。

 

大は足元を見下ろした。

 

「おおー」

 

少し感心したように呟く。

 

「こいつ、結構硬かったな!」

 

それだけだった。

 

「さて、と!」

 

大は女子受験生の方へ向き直る。

 

「大丈夫かー?」

 

「あ……はい……」

 

「怪我してるな! ちょっと待ってろよ!」

 

巨大な手のひらを差し出す。

 

「ほら、乗って!」

 

少女は、しばらく動けなかった。

 

目の前には、広場ほどもある巨大な手のひら。

 

その向こうには、空を背負う巨人の顔。

 

そして。

 

自分を助けた少年の、屈託のない笑顔。

 

「……ありがとうございます」

 

「おう!」

 

大は嬉しそうに笑った。

 

そのとき。

 

『そこまで!!』

 

試験終了の合図が鳴り響いた。

 

「おっ!」

 

大は顔を上げた。

 

「終わりか!」

 

周囲を見渡す。

 

そこに広がっていたのは。

 

ほぼ壊滅した、模擬市街地だった。

 

道路には巨大な足跡。

 

あちこちに散らばるロボットの残骸。

 

踏み砕かれたアスファルト。

 

戦闘の余波で崩れた建物。

 

そして、巨大な足跡の中に埋まったゼロポイントの残骸。

 

もはや、試験会場というより災害現場である。

 

その中心に立つ、五十メートルの巨人。

 

大は両手を腰に当てた。

 

そして。

 

「っしゃあああ!! やりきったぁ!!」

 

満面の笑顔で、天に向かって叫んだ。

 

その声が、壊滅した街に響き渡る。

 

受験生たちは、ただただ呆然と見上げていた。

 

誰かが呟いた。

 

「……あいつ、絶対合格だろ」

 

誰も異論を唱えなかった。

 

*

 

少し離れた場所で。

 

障守盾真は、まだ巨人を見上げていた。

 

「…………」

 

五十メートルの巨体。

 

圧倒的な力。

 

そして、あの笑顔。

 

盾真は小さく息を吐いた。

 

「……絶対、雄英に入ってやる」

 

その声は、誰にも聞こえなかった。

 

ただ。

 

彼の中に、確かな目標が一つ生まれていた。

 

*

 

雄英高校、職員会議室。

 

大型モニターには、実技試験の映像が映し出されていた。

 

五十メートルの巨人が、ゼロポイントを踏み潰す瞬間。

 

その映像が停止したところで、会議室は重苦しい沈黙に包まれていた。

 

「……さて」

 

最初に口を開いたのは、根津校長だった。

 

「巨勢大くんについて、意見を聞かせてもらおうかな」

 

モニターが切り替わる。

 

そこには、試験結果が表示されていた。

 

ヴィランポイント、三百十二。

 

レスキューポイント、八十六。

 

総合得点、三百九十八。

 

総合順位、第一位。

 

「……圧倒的ですね」

 

一人の教師が呟いた。

 

「ヴィランポイントだけで三百点を超えるとは」

 

「しかも、レスキューポイントも八十六点です」

 

別の教師が頷く。

 

「救助人数、救助の迅速性、安全性。いずれも極めて高い評価でした」

 

「文句なしの一位だな」

 

実技担当の男性教師が腕を組んだ。

 

「正直、ここまでの逸材は見たことがない」

 

「……逸材、ですか」

 

その言葉に、別の教師が低い声で応じた。

 

白髪交じりの、厳格そうな男性だった。

 

「私は、そう簡単には評価できませんね」

 

会議室の空気が変わる。

 

「確かに強い。破壊力だけなら、すでに一流のプロヒーローを凌駕しているかもしれません」

 

教師はモニターを指差した。

 

「ですが、あの個性は危険すぎる」

 

誰も口を挟まなかった。

 

「五十メートルですよ。五十メートル」

 

教師は続けた。

 

「彼が一歩踏み出すだけで、道路が壊れる。建物に接触すれば崩れる。転倒でもしようものなら、周囲一帯が壊滅しかねない」

 

モニターには、大がロボットを踏み潰す映像が映し出されている。

 

「そして、何より恐ろしいのは……」

 

教師は言葉を切った。

 

「人間が、あまりにも脆いということです」

 

会議室が静まり返った。

 

「彼に悪意がなくても、事故は起こります。足元にいる人間を見落とす。手のひらに乗せた人間を落とす。指先で少し力を入れすぎる」

 

教師はゆっくりと首を振った。

 

「それだけで、人が死ぬんです」

 

重い言葉だった。

 

「普通のヒーローなら、多少の力加減を間違えても、怪我で済むことがある。しかし彼の場合は違う」

 

モニターに、ロボットを握り潰す大の手が映し出される。

 

「この手で人間を掴んだら、どうなると思います?」

 

誰も答えなかった。

 

「ほんの少し力を入れすぎただけで、命が失われる。しかも、彼自身にはほとんど感触すらないかもしれない」

 

教師は深く息を吐いた。

 

「私は、彼をヒーロー科に入れることに反対です」

 

「……それは、少し極端では?」

 

別の教師が口を開いた。

 

「彼は試験中、一人も巻き込んでいません。むしろ、積極的に救助を行っています」

 

「今回は、です」

 

白髪交じりの教師は即座に返した。

 

「試験会場は、管理された環境です。建物の構造も、ロボットの配置も、すべて把握できる」

 

「しかし、実際の現場は違う」

 

教師は続けた。

 

「人質を取るヴィラン。逃げ遅れた市民。倒壊寸前の建物。地下に張り巡らされた配管や施設」

 

「彼が一歩踏み出した先に、地下鉄が走っていたら?」

 

「彼が倒した建物の向こうに、避難中の市民がいたら?」

 

「彼が助けようとした人間を、指先で潰してしまったら?」

 

教師の声が、次第に強くなる。

 

「そのとき、誰が責任を取るんですか!」

 

沈黙。

 

誰も、すぐには答えられなかった。

 

そのとき。

 

「……私たちでしょう」

 

静かな声が響いた。

 

発言したのは、会議室の奥に座っていた女性教師だった。

 

四十代半ばほどの、落ち着いた雰囲気の女性。

 

雄英高校で長年ヒーロー教育に携わってきた、ベテラン教師である。

 

「彼が事故を起こさないように教える。それが私たちの仕事ではありませんか」

 

白髪交じりの教師が眉をひそめた。

 

「しかし、あの力は……」

 

「ええ。危険です」

 

女性教師は頷いた。

 

「あなたの懸念は、すべて正しいと思います」

 

そして、モニターを見上げた。

 

「ですが、だからこそ、私たちが教えなければならないのです」

 

映像には、大が怪我人を手のひらに乗せ、慎重に運ぶ姿が映っていた。

 

「彼は、自分の力が危険であることを理解しています」

 

「……」

 

「だからこそ、足元を確認し、周囲に声をかけ、怪我人を運ぶときには細心の注意を払っていた」

 

女性教師は続けた。

 

「もちろん、それだけでは不十分です。実際の現場では、もっと複雑な判断が必要になるでしょう」

 

「ですが、それは教育によって身につけるべきものです」

 

女性教師は、会議室の全員を見渡した。

 

「私たちは、完成されたヒーローを入学させるわけではありません」

 

「未熟な少年少女を、ヒーローに育てるためにここにいるのです」

 

その声には、確かな力があった。

 

「彼の力が危険だからといって、教育を拒否するのですか?」

 

「……」

 

「では、誰が彼に教えるのです?」

 

女性教師は静かに問いかけた。

 

「誰が、あの力を正しく使う方法を教えるのですか?」

 

誰も答えなかった。

 

「私は、彼を受け入れるべきだと思います」

 

女性教師は、はっきりと言った。

 

「そして、徹底的に教えましょう」

 

「巨大化すべき状況と、してはいけない状況」

 

「周囲への被害を最小限に抑える方法」

 

「救助時の力加減」

 

「万が一、制御を失った場合の対処法」

 

「そして、何より……」

 

女性教師はモニターの大を見つめた。

 

「自分の力が、どれほど人の命に関わるものなのか」

 

一拍置いて。

 

「事故を起こさないように導く。それこそが、私たち教師の仕事でしょう」

 

会議室に、静かな沈黙が落ちた。

 

やがて。

 

「……その通りだな」

 

実技担当の男性教師が頷いた。

 

「俺も賛成だ」

 

「私もです」

 

別の教師も続く。

 

「彼の個性は確かに危険です。しかし、だからこそ雄英で学ばせるべきでしょう」

 

白髪交じりの教師は、しばらく黙っていた。

 

そして、深く息を吐いた。

 

「……分かりました」

 

彼は腕を組み直した。

 

「ただし、私は今後も厳しく評価させてもらいます」

 

女性教師は微笑んだ。

 

「ええ。もちろんです」

 

「彼に甘い評価をするつもりはありません」

 

「それで結構です」

 

二人は頷き合った。

 

その様子を、根津校長は静かに眺めていた。

 

そして。

 

「うんうん。いい議論だったね」

 

にこやかに口を開いた。

 

「さて、僕からも一つ」

 

教師たちの視線が集まる。

 

根津は資料を閉じた。

 

「どちらにせよ、これほどの個性を在野に放置するわけにはいかないからね」

 

その言葉に、会議室の空気が再び変わった。

 

「……校長?」

 

「彼の個性は、あまりにも強力だ」

 

根津は穏やかな口調で続けた。

 

「最大身長は百メートル。質量も筋力も、それに応じて増大する」

 

「そして、身体を縮小することもできる」

 

「単純な戦闘能力だけではなく、潜入、偵察、救助、輸送。応用範囲も極めて広い」

 

根津はモニターを見上げた。

 

「これほどの能力を持つ人間を、社会が放っておくと思うかい?」

 

誰も答えなかった。

 

「おそらく、公安委員会あたりは、すでに目をつけている可能性がある」

 

「……公安、ですか」

 

女性教師が眉をひそめた。

 

「もちろん、現時点では推測だけれどね」

 

根津は笑った。

 

「ただ、彼ほどの個性であれば、将来的にさまざまな方面から関心を持たれるだろう」

 

「ヒーローとしての活躍を期待する者もいれば、その力を別の目的に利用したいと考える者もいるかもしれない」

 

根津は教師たちを見渡した。

 

「だから、そこにも気を配ってほしい」

 

「彼はまだ十五歳の少年だ」

 

「自分の力が社会にどれほど大きな影響を与えるか、すべてを理解しているわけではないだろう」

 

根津の声が、少しだけ真剣になった。

 

「彼の力を育てることと、彼自身を守ること。その両方が必要なんだ」

 

会議室が静まり返った。

 

やがて、女性教師が頷いた。

 

「承知しました」

 

「うん。よろしく頼むよ」

 

根津は満足そうに笑った。

 

そして、再びモニターへ目を向ける。

 

そこには、試験終了後、満面の笑顔で両手を腰に当てる大の姿が映っていた。

 

「それにしても……」

 

根津は楽しそうに呟いた。

 

「本当に、面白い子が来たものだね」

 

 

*

 

 

数日後。

 

巨勢家。

 

「大ー! 郵便来てるわよー!」

 

母の声が響いた。

 

「おーう!」

 

どたどたどたっ!

 

二階から大きな足音が聞こえる。

 

「ちょっと! 階段壊さないでよ!」

 

「分かってるって!」

 

ぎしっ、ぎしっ、と階段が軋む。

 

やがて、二百五十センチの大男が居間に顔を出した。

 

「なんだ、母ちゃん?」

 

「これ」

 

母が差し出したのは、一通の封筒だった。

 

雄英高校。

 

その文字を見た瞬間。

 

大の目が、ぱっと輝いた。

 

「……来た!!」

 

「ちょっと、落ち着きなさいよ」

 

「父ちゃん! 父ちゃーん!!」

 

「なんだなんだ、騒がしいな」

 

奥から父が顔を出す。

 

大は封筒を掲げた。

 

「雄英から来た!!」

 

「おお!」

 

父の顔にも笑みが浮かんだ。

 

「ついに来たか!」

 

「開けるぞ!?」

 

「開けなさいよ」

 

「よっしゃ!」

 

大は封筒を慎重に開いた。

 

中には、小さな機械が入っていた。

 

「……なんだこれ?」

 

首を傾げた、その瞬間。

 

ぱっ!

 

光が広がった。

 

「うおっ!?」

 

空中に、立体映像が浮かび上がる。

 

そこに現れたのは、小柄な動物のような姿をした人物だった。

 

『やあ! 巨勢大くん!』

 

「……お?」

 

『雄英高校校長の根津だよ!』

 

「校長先生!?」

 

大は慌てて背筋を伸ばした。

 

『ははは! そんなに緊張しなくてもいいよ!』

 

根津はにこやかに笑った。

 

『まずは、入学試験お疲れ様!』

 

「はいっ!」

 

大は元気よく返事をした。

 

『君の試験映像、しっかり見せてもらったよ!』

 

「おお……!」

 

大は目を輝かせる。

 

『いやあ、驚いた! 実に驚いた! あの巨大な身体、そして圧倒的なパワー!』

 

「へへっ!」

 

大は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

『しかし!』

 

根津の声が、少しだけ真剣になる。

 

『僕たちが最も素晴らしいと思ったのは、そこではないんだ』

 

「……ん?」

 

『君は、あれほどの力を持ちながら、常に周囲の安全を気にかけていた』

 

映像が切り替わる。

 

大が受験生を救助している場面。

 

怪我人を手のひらに乗せ、慎重に運ぶ姿。

 

足元の受験生を確認し、歩みを止める姿。

 

『君が助けた受験生たちは、皆、君に感謝していたよ』

 

「……そっか」

 

大は少し照れたように笑った。

 

『そして! その行動は、きちんと評価されている!』

 

画面に、試験結果が表示された。

 

ヴィランポイント、三百十二。

 

レスキューポイント、八十六。

 

総合得点、三百九十八。

 

総合順位。

 

第一位。

 

「…………」

 

大は固まった。

 

「……いちい?」

 

『そう!』

 

根津が頷いた。

 

『君は、今回の入学試験において、堂々の総合第一位だ!』

 

「…………」

 

大はゆっくりと父を見た。

 

「父ちゃん」

 

「おう」

 

「俺、一位だって」

 

「ああ」

 

次に母を見る。

 

「母ちゃん」

 

「うん」

 

「俺、一位だって」

 

「そうね」

 

そして。

 

「……やった」

 

大の口元が、ゆっくりと持ち上がる。

 

「やった……!」

 

拳を握り締める。

 

「やったあああああああああ!!」

 

どんっ!!

 

思わず飛び跳ねた。

 

「いっでえ!!」

 

天井に頭をぶつけた。

 

「大!!」

 

母の怒声が響く。

 

「家の中で跳ねるなって何回言ったら分かるの!!」

 

「ご、ごめん母ちゃん!!」

 

父が腹を抱えて笑い出した。

 

「はっはっはっは!! お前、相変わらずだなぁ!!」

 

「だってよ父ちゃん!! 一位だぞ!? 俺、一位!!」

 

「ああ! すごいぞ、大!!」

 

父は大の背中を、力いっぱい叩いた。

 

ばしんっ!

 

「よく頑張ったな!」

 

「へへへっ!」

 

そのとき。

 

映像の根津が、再び口を開いた。

 

『そして、巨勢大くん!』

 

三人が画面に向き直る。

 

根津は、大きく笑った。

 

『君に伝えよう!』

 

両手を広げる。

 

『雄英高校ヒーロー科への入学を、正式に認める!』

 

大の目が見開かれた。

 

『おめでとう、巨勢大くん!』

 

そして、力強く宣言する。

 

『雄英高校は、君を歓迎する!』

 

映像が消えた。

 

しん、と居間が静まり返る。

 

大は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

そして。

 

「……父ちゃん、母ちゃん」

 

小さな声で言った。

 

「俺、ヒーローになれるかな」

 

父と母は顔を見合わせた。

 

父が笑う。

 

「なれるさ」

 

母も微笑んだ。

 

「あなたなら、きっとね」

 

大は二人を見た。

 

「……そっか!」

 

そして、にかっと笑った。

 

「よっしゃ!!」

 

大きな拳を握り締める。

 

「俺、絶対すげえヒーローになるからな!!」

 

父が笑い、母が頷く。

 

十五年前。

 

小さな赤ん坊だった大が、初めて巨大化したあの日。

 

両親は、その力を喜んだ。

 

息子の未来を信じた。

 

そして今。

 

その息子は、立派な大男に成長し。

 

日本最高峰のヒーロー養成機関への切符を、その手に掴んだ。

 

 

*

 

 

「そうだ!」

 

大が突然声を上げた。

 

「母ちゃん! 今日、晩飯何!?」

 

「唐揚げよ」

 

「マジで!? やった!!」

 

大は満面の笑顔になった。

 

「合格祝いにいっぱい食わせてくれよ!」

 

「はいはい。今日は少し多めに作ってあるわよ」

 

「よっしゃ!」

 

大は食卓へ向かった。

 

そして、椅子に座る前に身体を縮め始める。

 

二百五十センチ。

 

二メートル。

 

一メートル。

 

五十センチ。

 

そして、三十センチほどで止まった。

 

「よっし!」

 

先ほどまで部屋いっぱいに存在感を放っていた大男が、今では食卓の上に収まるほど小さくなっていた。

 

もっとも、体格そのものは変わらない。

 

三十センチの身体にも、分厚い胸板と太い腕、鍛え抜かれた筋肉がしっかりと備わっている。

 

まるで、筋骨隆々の大男をそのまま縮小したような姿だった。

 

大は食卓の端に設けられた、小さな専用席へ向かった。

 

そこには、特注の椅子とテーブルが置かれている。

 

さらに、小さな皿と茶碗。

 

ナイフ、フォーク、スプーン、箸。

 

すべて、大の縮小時の体格に合わせて作られた専用品だった。

 

市販の子供用食器では、手の大きさや握り方に合わない。

 

そこで幼い頃、両親が専門の業者に頼んで作ってもらったものだった。

 

「いただきまーす!」

 

大は専用のフォークを握り、唐揚げに突き刺した。

 

普通の人間には一口サイズの唐揚げも、今の大には巨大な肉の塊だ。

 

「んんっ! うっめえ!」

 

大きな口で次々と頬張る。

 

三十センチの身体からすれば、唐揚げ一個でも相当な量だ。

 

「相変わらず、いい食べっぷりだなぁ」

 

父が笑う。

 

「これで食費まで普通の高校生並みにかかったら、うちは破産してるな」

 

「本当よ。小さい頃に食事のときは縮むって覚えてくれて助かったわ」

 

「へへっ!」

 

大は笑いながら、また唐揚げにかぶりついた。

 

実際、大の食事量は驚くほど少ない。

 

もちろん、縮小した身体の体積に対しては、相当な大食漢である。

 

だが、絶対量で見れば、普通の人間の食事のほんの一部で済んでしまう。

 

そのため、巨勢家の食費は、二百五十センチの大男がいる家庭とは思えないほど安く収まっていた。

 

「おかわり!」

 

大が元気よく声を上げた。

 

母は笑いながら、小さな皿に唐揚げを追加する。

 

「はいはい。今日は特別よ」

 

「やった!」

 

大は嬉しそうに笑った。

 

*

 

夕食後。

 

大は自室へ向かった。

 

「よっし! 今日もやるか!」

 

部屋の隅には、ダンベルやトレーニング器具が並んでいる。

 

もっとも、どれも一般的な成人男性が使うような、ごく普通の器具だった。

 

大は十キログラムのダンベルを手に取った。

 

普段の二百五十センチの身体では、ほとんど重さを感じない。

 

だが。

 

「んー、今日はこのくらいかな」

 

大の身体が縮み始めた。

 

二百五十センチ。

 

二メートル。

 

百五十センチ。

 

そして、一メートルほどで止まる。

 

「よっし!」

 

改めてダンベルを握り直す。

 

「ふんっ!」

 

ぐぐっ、と腕を曲げる。

 

先ほどまで玩具のように軽かったダンベルが、今ではずっしりと重い。

 

上腕二頭筋が盛り上がり、額に汗が浮かぶ。

 

「くっ……! よし、いい感じ!」

 

ゆっくりと下ろし、再び持ち上げる。

 

一回。

 

二回。

 

三回。

 

「ふぅっ……!」

 

十回を終え、大は満足そうに息を吐いた。

 

「よっしゃ! 次はもうちょい小さくなるか!」

 

身体をさらに縮める。

 

百センチから、九十センチへ。

 

同じ十キログラムのダンベルが、さらに重く感じられるようになった。

 

「おおっ! 効く効く!」

 

大は嬉しそうに笑った。

 

大にとって、縮小は単なる便利な能力ではない。

 

身体を小さくすることで、筋力も相応に低下する。

 

つまり、縮小率を調整すれば、同じ重量の器具でも負荷を自由に変えることができるのだ。

 

大はこれを利用し、幼い頃から筋力トレーニングを続けていた。

 

「よっし、次はスクワット!」

 

大はダンベルを担ぎ、今度は下半身のトレーニングを始めた。

 

「いーち! にー! さーん!」

 

小さな身体で、汗を流しながら黙々と鍛える。

 

巨大化したときの圧倒的なパワー。

 

それを支えるのは、こうした日々の積み重ねだった。

 

 

*

 

 

筋トレを終えた大は、風呂に入り、再び居間へ向かった。

 

「母ちゃーん! なんか食うもんある?」

 

「また?」

 

母が呆れたように振り向く。

 

「さっき晩御飯食べたばっかりでしょう?」

 

「だって腹減ったんだもん!」

 

大は笑った。

 

「筋トレしたし!」

 

「はいはい」

 

母は冷蔵庫を開けた。

 

「おにぎりでいい?」

 

「いい!」

 

「じゃあ、縮んで待ってなさい」

 

「おう!」

 

大は再び身体を縮めた。

 

二百五十センチから、三十センチへ。

 

そして、専用の椅子に腰を下ろす。

 

母が差し出したのは、小さく握ったおにぎりだった。

 

普通の人間なら一口で食べられるほどの大きさ。

 

だが、今の大には立派な夜食である。

 

「いただきまーす!」

 

大は両手でおにぎりを持ち、豪快にかぶりついた。

 

「んんっ! うめえ!」

 

母はそんな息子を眺めながら、微笑んだ。

 

大は、一日に五回食事をする。

 

朝飯前の軽食。

 

朝食。

 

昼食。

 

夕食。

 

そして夜食。

 

普通の人間よりも、起きている時間がずっと長いからだ。

 

大は縮小して眠ることで、わずか三時間ほどの睡眠で十分に回復できる。

 

そのため、一日の活動時間は二十一時間にも及ぶ。

 

当然、食事の回数も増える。

 

だが、縮小して食べるため、一回あたりの食事量は非常に少ない。

 

五回食べても、実際の消費量は普通の人間より少ないほどだった。

 

「ごちそうさま!」

 

大は満足そうに手を合わせた。

 

「よっし! 寝るか!」

 

十二、三時間の眠り

大は自室へ戻った。

 

そして、いつものように身体を縮める。

 

二百五十センチから、三十センチへ。

 

部屋の片隅には、縮小した大のために作られた特注のベッドが置かれている。

 

小さくても造りは本格的だ。

 

身体に合わせたマットレス。

 

枕。

 

掛け布団。

 

すべて専用品だった。

 

大はベッドに潜り込んだ。

 

「ふあぁ……さて、寝るか」

 

縮小した状態なら、三時間ほどの睡眠で十分に回復できる。

 

それは幼い頃から続く、大にとって当たり前の生活習慣だった。

 

「明日も楽しみだなぁ……」

 

そう呟くと、大はすぐに寝息を立て始めた。

 

*

 

三時間後。

 

まだ外は真っ暗だった。

 

大はぱちりと目を開けた。

 

「んーっ!」

 

大きく伸びをする。

 

「よっしゃ! 今日も元気!」

 

身体はすっかり回復していた。

 

眠気もない。

 

疲労感もない。

 

大はベッドから飛び降り、部屋を出た。

 

そして、居間へ向かう。

 

「さて、と」

 

冷蔵庫を開ける。

 

「朝飯前の朝飯、何にすっかなぁ」

 

大は少し考えた。

 

そして、昨夜の残りのおにぎりを見つけた。

 

「おっ、これでいいや!」

 

大は専用の椅子に座り、小さなおにぎりを頬張った。

 

「んんっ! うめえ!」

 

まだ家族は眠っている。

 

静かな家の中で、大だけが元気いっぱいだった。

 

食事を終えると、大は自室へ戻った。

 

「よっし!」

 

ダンベルを手に取る。

 

「今日も鍛えるぞ!」

 

身体を一メートルほどまで大きくする。

 

そして、ダンベルを握り締めた。

 

「ふんっ!」

 

ぐぐっ、と腕を曲げる。

 

「いーち! にー! さーん!」

 

まだ夜も明けない時間。

 

巨勢家の一室では、小さな大男が汗を流していた。

 

*

 

一方。

 

雄英高校の職員会議室では、すでに巨勢大という少年の存在が、教師たちの間で大きな話題となっていた。

 

五十メートルの巨体。

 

圧倒的な破壊力。

 

そして、その力を慎重に扱おうとする姿勢。

 

彼がこれからどんなヒーローになるのか。

 

それは、まだ誰にも分からない。

 

ただ一つ確かなのは。

 

巨勢大という少年が、雄英高校に新たな風を吹き込むことになるということだった。

 

そして。

 

銀白色の髪と、薄紫色の瞳を持つ少年。

 

障守盾真。

 

彼もまた、同じ雄英高校への入学を決めていた。

 

二人が出会うのは、もう少しだけ先の話である。

 

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