雄英高校ヒーロー科、一年A組。
入学から数日。
個性把握試験という洗礼を受けた生徒たちは、ようやく高校生活の雰囲気に慣れ始めていた。
もっとも、普通の高校とは随分と事情が違う。
何しろ、教室には炎を出す者もいれば、身体の一部が動物になっている者もいる。
そして。
「おう! おはよう!」
教室の入り口から、ひときわ大きな声が響いた。
巨勢大。
身長二メートル五十センチ。
赤銅色の短髪に琥珀色の瞳。分厚い胸板、丸太のような腕、樽のように太い胴体。
制服の生地が悲鳴を上げそうなほどの巨漢が、屈託のない笑顔を浮かべて入ってくる。
「おはようございます、大君」
「おっ、盾真! おはよう!」
銀白色の髪をした少年が、穏やかな笑みを浮かべて挨拶を返す。
障守盾真。
身長百七十五センチ。
薄紫色の瞳を持つ、端整な顔立ちの少年である。
見た目だけなら、礼儀正しい優等生。
実際、教師への受け答えも丁寧で、成績も優秀。
ただし、その内面まで優等生かと問われれば、甚だ疑問だった。
(今日も実に素晴らしいですね)
盾真は、大が自分の席に向かう様子を眺めていた。
歩くたびに動く分厚い筋肉。
首から肩にかけて盛り上がった僧帽筋。
一般的な成人男性の倍近い幅がありそうな背中。
(これでまだ二メートル五十センチ。百メートルまで大きくなれるというのですから、本当に……)
口元が緩みそうになる。
盾真は慌てて表情を整えた。
「大君、今日は実技訓練だそうですよ」
「おっ、マジか! 何やるんだ?」
「詳細はまだ聞いていませんが、救助訓練という話です」
「救助か!」
大の表情がぱっと明るくなった。
「いいな! 俺、そっちも頑張りたいんだよ!」
「……ほう」
盾真は興味深そうに目を細めた。
「戦闘訓練の方がお好きなのかと思っていましたが」
「そりゃ戦うのも好きだけどよ。俺、でかくなったら普通の人にはできねえことができるだろ?」
「ええ」
「高いところにいる人を助けたり、でっけえ瓦礫をどかしたりさ。そういうの、絶対役に立つと思うんだよな!」
大は嬉しそうに笑った。
盾真は、その顔をしばらく眺めていた。
(……なるほど)
大きくなりたい。
強くなりたい。
そういう欲求を持つ人間は珍しくない。
だが、この男は少し違う。
自分が巨大であることを、心の底から楽しんでいる。
そして、その力を誰かのために使うことにも、同じくらい喜びを感じているらしい。
(本当に、面白い人ですね)
「それなら、今日は存分に活躍できそうですね」
「おう! 盾真も一緒に頑張ろうぜ!」
「もちろんです」
盾真は微笑んだ。
その笑顔に嘘はなかった。
少なくとも、大と一緒に訓練できることを喜んでいる点については。
◇
「今日の訓練は、市街地災害における救助活動だ」
第三演習場。
市街地を模した広大な施設を前に、担任の岩動剛志が生徒たちを見渡した。
「建物の倒壊、道路の寸断、火災、逃げ遅れた住民。実際の災害現場では、複数の問題が同時に発生する」
岩動は腕を組んだ。
「敵を倒せば終わりというわけじゃない。むしろ、敵のいない現場の方が判断を難しくすることもある」
生徒たちの表情が引き締まる。
「今回は二人一組で救助に当たってもらう。要救助者役も交代で担当しろ。救助する側とされる側、両方の視点を経験してもらう」
岩動が組み合わせを読み上げていく。
「巨勢大、障守盾真」
「おう!」
「はい」
盾真は涼しい顔で返事をした。
内心では、当然の組み合わせだと思っていた。
むしろ、自分以外の誰かと大を組ませるような愚行を犯さなかったことを評価していた。
「お前らには、倒壊危険区域での救助を担当してもらう」
岩動が二人を見た。
「巨勢。お前の個性は規格外だ。だが、災害現場でむやみに巨大化すれば、それ自体が二次災害になる」
「はい!」
「障守。お前の障壁は防御に優れるが、救助対象の安全を確保するには、単に頑丈な壁を作ればいいわけじゃない」
「承知しています」
「なら、二人で考えろ。救助対象は三名。制限時間は十五分だ」
岩動は、演習場の一角を指差した。
「始め!」
◇
模擬市街地に入った大と盾真は、まず周囲の状況を確認した。
道路には倒壊した建物の瓦礫が散乱している。
横転した車両。
折れ曲がった電柱。
そして、今にも崩れそうな三階建ての建物。
「……なるほど」
盾真が呟いた。
「大君。いきなり巨大化するのはお勧めしません」
「おう、俺もそう思った!」
大が周囲を見渡す。
「この辺、狭いもんな。でかくなったら建物にぶつかっちまう」
「ええ。まずは救助対象の位置を確認しましょう」
盾真が右手を上げた。
淡く発光する正六角形の障壁が、空中に現れる。
一枚。
二枚。
三枚。
合計六枚の障壁が、倒壊しかけた建物の周囲に展開された。
「何してんだ?」
「建物の倒壊を防ぐための仮設支柱です。完全に固定できるわけではありませんが、多少の時間は稼げます」
障壁が斜めに配置され、建物の外壁を支える。
「なるほどな!」
「大君は、あちらの瓦礫をお願いします。ただし、持ち上げる前に周囲を確認してください」
「任せろ!」
大は瓦礫の前にしゃがみ込んだ。
そして、身体を少しずつ大きくしていく。
二メートル五十センチ。
三メートル。
四メートル。
そこで止めた。
「よっ……と!」
コンクリートの塊を両手で持ち上げる。
一般人なら重機が必要になるほどの重量。
しかし、四メートルの巨漢にとっては、それほど苦労するものではなかった。
「盾真! 下に誰かいるか!?」
「確認します」
盾真が瓦礫の隙間を覗き込む。
「……いません。右側に移動させてください」
「おう!」
大が慎重に瓦礫を運ぶ。
地面に置く際も、決して放り投げたりはしない。
ゆっくりと。
周囲を壊さないように。
巨大な手が、驚くほど丁寧に動く。
盾真はそれを見て、満足そうに頷いた。
(力任せではない。自分の大きさが周囲に与える影響を、きちんと理解している)
入学試験で見せた豪快な破壊活動とは対照的だった。
あの時は、巨大ロボットを踏み潰し、握り潰し、試験場そのものを無残な姿に変えていた。
だが今は違う。
壊すべきものと、守るべきもの。
その区別を、大はきちんとつけていた。
「盾真! こっちに人がいるぞ!」
大の声が響いた。
瓦礫の奥。
崩れた壁の隙間から、救助対象を示す腕章をつけた同級生が顔を覗かせていた。
「助けてくださーい!」
要救助者役の男子生徒が叫ぶ。
「足が挟まって動けませーん!」
「おう! 今助けるからな!」
大が近づこうとした。
「大君、待ってください」
盾真が制止する。
「そのまま近づくと、床が抜ける可能性があります」
「……おっと、そうか!」
大が足を止める。
盾真は建物の内部を観察した。
倒壊した梁。
傾いた柱。
瓦礫の下に挟まった救助対象の足。
「まず、上からの落下物を防ぎます」
盾真が障壁を展開する。
救助対象の頭上に二枚。
周囲の梁を支えるために四枚。
さらに、瓦礫の移動によって生じる隙間を塞ぐため、数枚を待機させた。
「大君。あの梁を持ち上げられますか?」
「おう! 余裕だ!」
「では、ゆっくりお願いします。私が下を確認しますので」
大が梁に手をかける。
筋肉が盛り上がった。
「ふんっ!」
巨大な梁が、持ち上がる。
「……よし!」
盾真が即座に障壁を差し込んだ。
梁を支える。
大が手を離しても、崩れない。
「これで大丈夫です。大君、元の大きさに戻ってください」
「おう!」
大が二メートル五十センチに戻る。
そして、救助対象の男子生徒に手を差し出した。
「よし! もう動けるか?」
「は、はい!」
「じゃあ掴まれ!」
大が男子生徒を引き上げる。
救助対象の男子生徒は、目を丸くした。
「うおっ! すげえ力!」
「ははは! これくらいなら楽勝だ!」
大が笑う。
盾真は、その光景を見て小さく頷いた。
「一名救助完了ですね」
◇
二人目の救助対象は、建物の二階にいた。
階段は崩落。
窓から顔を出した女子生徒が、助けを求めている。
「た、助けてー!」
大が見上げた。
「おっ! あそこか!」
「高さは約六メートルですね」
盾真が周囲を確認する。
「大君。五メートルになれますか?」
「おう!」
大の身体が膨張する。
五メートル。
窓の高さに、顔が近づいた。
「おーい! 大丈夫かー!」
「ひゃっ!?」
女子生徒が悲鳴を上げた。
窓の外に、突然巨大な男の顔が現れたのだ。
無理もない。
「だ、大丈夫です!」
「よし! 今助けるぞ!」
大が手を伸ばす。
女子生徒が、その手を見た。
自分の胴体よりも大きな掌。
太い指。
その一本一本が、まるで丸太のようだった。
「えっ……あの……」
「ん?」
「そ、その手に乗るんですか?」
「おう! 大丈夫だぞ!」
大が笑う。
だが、女子生徒の顔は引きつっていた。
五メートルの巨人に持ち上げられる。
理屈では安全だとわかっていても、本能が恐怖を訴えてくる。
「……あ、あの、やっぱり梯子とか……」
「大君」
盾真が声をかけた。
「彼女が怖がっています。障壁を使いましょう」
「おっ、そうだな!」
盾真が窓の外に障壁を展開する。
六角形の足場が、窓から地面へ向かって階段状に並んだ。
「こちらを降りてください。滑り止めはありませんので、ゆっくりと」
「は、はい!」
女子生徒が恐る恐る足を乗せる。
大は、その横で見守った。
「大丈夫だ! もし落ちても俺が受け止めるからな!」
「は、はい……!」
女子生徒が階段を降りる。
その途中、足を滑らせた。
「きゃっ!」
瞬間。
大の手が伸びた。
落下する身体を、巨大な掌が受け止める。
「おっと!」
女子生徒は、気づけば大の手のひらに座り込んでいた。
「……へ?」
「大丈夫か?」
巨大な顔が覗き込む。
女子生徒は、数秒固まった。
そして。
「ひ、ひゃあああああっ!?」
絶叫した。
「た、高い! でかい! 手! 手の上ぇぇぇ!?」
「お、おい! 暴れんなって!」
大が慌てる。
女子生徒は巨大な掌の上で、必死に指へしがみついた。
「おおお落とさないでくださいぃぃ!」
「落とさねえって!」
大は困ったように笑った。
そして、ゆっくりと手を下ろす。
「ほら、地面だぞ!」
「……あ……」
女子生徒は、ようやく地面に降り立った。
膝が笑っている。
「た、助かりました……」
「おう! 無事でよかったな!」
大が満面の笑みを浮かべた。
その少し後ろで。
盾真は、無言だった。
(…………)
じっと。
女子生徒を見ていた。
(……随分と)
薄紫色の瞳が、細くなる。
(羨ましい体験をなさいましたね)
大の手のひら。
あの巨大な掌に、身体を預ける。
しかも、指にしがみつくという特典までついている。
盾真は、先ほどの光景を思い返した。
大の指に必死にしがみつく女子生徒。
それを優しく支える大。
巨大な手に包まれ、地面へと降ろされる姿。
(…………)
非常に。
非常に、面白くない。
「……盾真?」
大が声をかけた。
「どうした?」
「いいえ」
盾真は微笑んだ。
「何でもありませんよ、大君」
その笑顔は、普段と変わらず穏やかだった。
ただし。
救助された女子生徒は、何故か背筋に寒気を覚えていた。
◇
三人目。
最後の救助対象は、少し離れた場所にいた。
倒壊した建物の屋上。
高さは約十五メートル。
周囲の道路は瓦礫で埋まり、建物そのものも大きく傾いている。
「……これは厄介ですね」
盾真が呟いた。
「普通に登れば、建物が崩れる可能性があります」
「じゃあ俺がでかくなって、上から助けるか?」
「それが良いでしょう。ただし、足元の道路が問題です」
大が周囲を見る。
道路の下には地下駐車場があるらしく、地盤の強度に不安があった。
巨大化すれば、体重も増える。
無理に踏み込めば、道路が陥没する可能性がある。
「……うーん」
大が腕を組んだ。
「じゃあ、ここからでかくなればいいんじゃねえか?」
「ここから?」
「おう! あそこの建物まで、手が届くくらいになればいいだろ?」
盾真は距離を測った。
救助対象のいる建物まで、およそ二十メートル。
大が三十メートル程度まで巨大化すれば、手が届く。
だがここの地盤が30メートルの重みを受け止められるのかがわからない。
「……ふむ」
盾真は微笑んだ。
「少し試したいことがあります。これが成功すればもう少し安全に救助を行えると思います」
「ん?」
「貴方の足元を、私が補強します」
盾真が地面に手を向けた。
障壁が展開される。
一枚。
二枚。
三枚。
さらに追加。
六角形の障壁が、道路の上に広がっていく。
合計十二枚。
それらを組み合わせ、巨大な荷重を分散させるための仮設基盤を形成する。
「これで十分な強度があるかは、まだわかりません。まずは十メートルまでお願いします」
「おう!」
大の身体が膨張した。
五メートル。
七メートル。
十メートル。
巨大な足が障壁の上に乗る。
盾真の表情が引き締まった。
(……重い)
想像以上の負荷。
だが、障壁は耐えている。
「……もう少し、いけそうですね」
「じゃあ十五メートル!」
大がさらに巨大化する。
筋肉が膨張し、全身の質量が増大する。
足元の障壁が、わずかに軋んだ。
「……大君、止めてください」
「おっと!」
大が巨大化を止める。
「限界か?」
「ええ。これ以上は危険です」
盾真は素直に認めた。
無理をして障壁を破壊されれば、リソースが凄い量持っていかれる。下手をすれば盾真は動けなくなる可能性すらあった。
「……じゃあ、別の方法だな!」
大はあっさり言った。
「そうですね」
盾真は、少し考えた。
そして。
「10メートルほどであれば割と大君の体重は支えられそうでした。移動時にかかる負荷も考えた上て5メートル程ならば空中の足場を移動することも出来るでしょう」
「おお! 空歩けるのか!?」
大が目を丸くした。
盾真は、要救助者までの距離を見上げる。
「ええ、空中散歩しましょうか」
◇
大は、身体を五メートルまで縮めた。
盾真が障壁を展開する。
今度は、地面から空中へ。
六角形の足場が、建物の壁面に沿って階段状に形成されていく。
「……よし」
盾真は、大を見上げた。
「大君。まずは一歩ずつお願いします」
「おう!」
大が足を上げる。
巨大な足が、障壁の上に乗った。
盾真は慎重に負荷を確認する。
「……大丈夫です。次を」
「おう!」
大がもう一歩踏み出す。
そして、ふと下を見た。
「……おお」
五メートルの巨人が、空中に立っている。
「すげえな、これ!」
「感心するのは後にしてください。まだ試験段階ですから」
「ははっ! 悪い悪い!」
盾真は障壁を追加していく。
大が一歩進むたびに、後方の障壁を解除し、前方に再展開する。
限られた二十四枚を使い回す。
それは、まるで空中に階段を作り続けるような作業だった。
ただし。
「……っ」
盾真の額に汗が浮かぶ。
五メートルの巨人を支える負荷は、決して軽くない。
「盾真、大丈夫か?」
「……ええ」
盾真は答えた。
「問題ありません」
嘘だった。
正確には、まだ問題にはなっていない。
だが、結界の強度がギリギリ少しでも大が強めに踏み込んだら割れてしまう気配があった。
盾真は歯を食いしばった。
(……もう少し)
あと数メートル。
大の手が、屋上に届く。
「……大君!」
「おう!」
「右手を伸ばしてください!」
大が腕を伸ばした。
巨大な手が、屋上の縁に近づく。
「おーい! 助けに来たぞー!」
屋上にいた男子生徒が振り返った。
「おお! 巨勢!」
そして。
「…………え?」
目の前に現れた巨大な手を見て、固まった。
「……え?」
大が笑う。
「よし! 掴まれ!」
「……つ、掴まる?」
「おう!」
男子生徒が、巨大な掌を見た。
五メートルの巨人。
その手は、自分の上半身をすっぽり包み込めるほど大きい。
「……いや、待って」
「ん?」
「これ、どうやって……」
大は少し考えた。
「んー、じゃあ俺が掴むわ!」
「えっ」
巨大な手が伸びる。
「ちょっ」
指が開く。
「待っ」
そして。
がしっ。
「ひぎゃあああああああっ!?」
男子生徒の絶叫が、演習場に響き渡った。
大の巨大な手が、男子生徒の胴体を包み込んでいた。
もちろん、力加減はしている。
胸を圧迫しないよう、身体を支える位置も考えている。
だが。
掴まれる側にとっては、そんなことは関係なかった。
「ぎやぁぁぁぁああ!!」
「おいおい! 暴れんなって!」
「ひいいいい! 握り潰されるぅぅぅ!」
「潰さねえよ!」
大が笑う。
そして、ゆっくりと腕を引いた。
男子生徒の足が、屋上から離れる。
「うわあああああ! 浮いてる! 俺、浮いてるぅぅぅ!」
「ははは! そりゃそうだろ!」
大は楽しそうだった。
盾真は、その光景を見上げていた。
(…………)
薄紫色の瞳が、細くなる。
(……またですか)
先ほどの女子生徒に続き、今度は男子生徒。
しかも。
今回は掌に乗っているだけではない。
大の指に、身体を包み込まれている。
(……随分と)
盾真の口元が、ぴくりと動いた。
(羨ましいではありませんか)
大の巨大な指。
あの分厚い筋肉に包まれた手。
それが、自分ではない誰かを掴んでいる。
しかも、相手は恐怖で泣き叫んでいる。
(……何を贅沢な)
盾真は、心の底からそう思った。
(あれほど素晴らしい体験をしておきながら、悲鳴とは)
理解できない。
まったく、理解できない。
自分なら、喜んで掴まれるというのに。
「盾真ー!」
大の声が響いた。
「こいつ、どこに降ろせばいい!?」
盾真は、にっこりと微笑んだ。
「……そうですね」
そして、男子生徒を見た。
視線が合った。
男子生徒は、何故か全身に寒気を覚えた。
「そちらの広場でよろしいかと。できるだけ早く降ろして差し上げてください」
「おう!」
大が慎重に腕を下ろす。
男子生徒は、ようやく地面に降り立った。
「……た、助かった……」
膝が震えている。
顔は真っ青だった。
大は申し訳なさそうに笑った。
「悪いな! 怖かったか?」
「こ、怖いに決まってるだろぉぉ!」
「ははは! そりゃそうか!」
大が豪快に笑う。
盾真は、そんな大を見上げていた。
(……本当に)
この男は。
自分がどれほど魅力的な存在なのか、まるで理解していない。
それが、少し腹立たしくもあり。
どうしようもなく愛おしくもあった。
◇
「そこまで!」
岩動の声が響いた。
訓練終了。
三名の救助対象は、全員無事。
制限時間内に救助を完了した二人に、岩動は頷いた。
「悪くない」
「ありがとうございます!」
「ただし、改善点は多い」
岩動は腕を組んだ。
「巨勢。お前は救助対象の扱いが少々雑だ」
「……うっ」
「力加減ができているのはわかる。だが、相手はお前の力を知らん。いきなり巨大な手で掴まれれば、恐怖を感じるのは当然だ」
「……はい」
「救助とは、単に安全な場所へ運べばいいというものじゃない。相手を安心させることも重要だ」
大は真剣に頷いた。
「わかりました!」
「障守」
「はい」
「お前は個性の使い方が上手い。特に、倒壊しかけた建物を固定しながら救助経路を確保した判断は良かった」
「ありがとうございます」
「だが、最後の空中足場は危険だったな」
「……ええ」
盾真は素直に認めた。
「現状の私では、大君を五メートルの状態で支えるだけでギリギリでした。相当な負荷がかかります」
「そうだ。障壁の強度も、生成枚数も、まだ足りん」
岩動は二人を見た。
「だが、方向性は悪くない」
そして、口元を緩めた。
「お前ら、相性は良さそうだな」
「おう!」
大が嬉しそうに笑う。
「盾真の個性、すげえ便利なんですよ!」
「……便利、ですか」
盾真が微笑んだ。
「随分と実用的な評価ですね」
「いや、褒めてんだって!」
「承知していますよ」
盾真は笑った。
その笑顔は、どこか楽しそうだった。
◇
訓練終了後。
更衣室へ向かう廊下。
大は、隣を歩く盾真に声をかけた。
「なあ、盾真」
「はい?」
「今日、ありがとな!」
「……何がでしょう?」
「いや、俺一人だったら、あんな上手く救助できなかったと思うんだよ」
大が笑う。
「瓦礫をどかすのは得意だけどさ、建物が崩れねえようにするとか、足場作るとか、そういうのは盾真がいなきゃ無理だったし!」
盾真は、少しだけ目を見開いた。
そして。
「……そうですね」
微笑んだ。
「私も、大君がいなければ、あれほど迅速な救助は不可能だったでしょう」
「だろ! やっぱ俺ら、相性いいよな!」
「ええ」
盾真は、大を見上げた。
「非常に」
その言葉には、妙な熱がこもっていた。
大は気づかない。
「ははっ! これからもよろしくな!」
「……こちらこそ」
盾真は静かに答えた。
そして、ふと思い出したように口を開いた。
「ところで、大君」
「ん?」
「一つ、お願いがあるのですが」
「おう! 何だ?」
「今度、私も手のひらに乗せていただけませんか?」
大がきょとんとした。
「手のひら?」
「ええ」
盾真は、至って真面目な顔をしていた。
「今日の救助訓練を見ていて思ったのですが、救助される側の視点を理解することも重要でしょう?」
「おお! 確かに!」
「ですから、私も一度、体験しておきたいのです」
大は、あっさり頷いた。
「いいぞ!」
「……本当ですか?」
「おう! 何メートルくらいがいい?」
盾真は、少し考えた。
五メートル。
十メートル。
二十メートル。
いや。
(……せっかくなら)
「五十メートルほどで、お願いできますか?」
「おう! 全然いいぞ!」
即答だった。
盾真は、思わず口元を押さえそうになった。
(……五十メートル)
あの巨大な身体。
その手のひらに、自分が乗る。
想像しただけで、背筋がぞくりとした。
「……ありがとうございます」
盾真は、ゆっくりと微笑んだ。
「楽しみにしていますね、大君」
「おう! 俺も!」
大は豪快に笑った。
その横顔を見上げながら、盾真は思った。
(……今日、あの二人が掴まれたことは)
まだ、少し腹立たしい。
だが。
(……まあ、良しとしましょう)
いずれ。
自分は、もっと大きな大の手に包まれるのだから。
そして。
(できれば、その特等席は)
薄紫色の瞳が、静かに細められた。
(私だけのものにしたいですね)
その願望が、ヒーローとして正しいものなのか。
そんなことは、盾真にとってどうでもよかった。
自分が欲しいものは、自分で手に入れる。
それだけの話だ。
隣を歩く巨漢は、そんなことなど知る由もなく。
「いやー! 腹減ったな!」
今日も、実に幸せそうに笑っていた。
盾真もまた、笑った。
「……そうですね。大君」
その声は、ひどく優しかった。
少なくとも。
大に向けられる声だけは。