雄英高校の昼休み。
「よっしゃ! 飯だ飯!」
四時間目の終了を告げるチャイムと同時に、巨勢大が勢いよく立ち上がった。
二メートル五十センチの巨体が動くと、それだけで周囲の生徒たちの視線が集まる。
赤銅色の短髪に琥珀色の瞳。分厚い胸板に丸太のような腕を持つ少年は、今日も実に楽しそうだった。
「大君。随分と嬉しそうですね」
隣の席で教科書を片付けながら、障守盾真が声をかける。
「そりゃそうだろ! 午前中ずっと頭使ってたからな! 腹減ったぜ!」
「三時間目は実技でしたが」
「身体も使った!」
「それはそうですね」
盾真は微笑んだ。
銀白色の髪に薄紫の瞳。整った顔立ちの少年は、隣に立つ巨漢とは対照的なほど細身だ。
「それでは参りましょうか、大君」
「おう! 盾真も腹減ったろ!」
「ええ。少々」
「よし! 今日は何食うかな!」
大は上機嫌で教室を出た。
盾真もその後を追う。
周囲の生徒たちは、既にこの二人が一緒に行動することに慣れ始めていた。
入学してまだ間もないというのに、妙に息が合っている。
もっとも、本人たちの認識には少々差があった。
大にとって盾真は、気が合う頼もしい友人。
盾真にとって大は――。
(今日も実に素晴らしい体格ですね)
歩くたびに動く分厚い背中。
制服越しでも分かる、凄まじい筋肉の量。
その背中を見上げるたび、盾真は幸福な気持ちになった。
この巨体が、さらに何十倍にも大きくなる。
思い出すだけで胸が高鳴る。
(……いけませんね。昼食前だというのに)
盾真は小さく咳払いした。
別に、何もいけなくはないのだが。
◇
雄英高校の食堂は広い。
ヒーロー科だけでなく、普通科、サポート科、経営科の生徒たちも利用するため、昼休みともなれば大勢の生徒で賑わっている。
その厨房を取り仕切るのは、クックヒーロー、ランチラッシュ。
白いコック帽とマスクが特徴的な、雄英の食を支える料理人だ。
「おっちゃん! 今日のおすすめは何だ!?」
カウンターに巨大な顔が現れた。
「今日は煮込みハンバーグだ。デミグラスソース仕立てだぞ」
「おおっ! いいな!」
「大盛りにするか?」
「いや、普通でいいぜ!」
ランチラッシュは一瞬、大の巨体を見上げた。
「その身体で普通盛りか?」
「おう! 食うときは小さくなるからな!」
「なるほど。そういう個性か」
それ以上深く追及することもなく、ランチラッシュは手際よく定食を用意した。
ハンバーグにライス、スープ、サラダ。
湯気の立つ料理を受け取った大は、満面の笑みを浮かべる。
「うまそうだな! ありがとな、おっちゃん!」
「しっかり食えよ!」
「おう!」
大は大きな手でトレーを持ち、盾真の待つテーブルへ向かった。
「お待たせ!」
「いえ。それではいただきましょうか」
「おう! ちょっと待ってな!」
大はトレーをテーブルに置き、周囲を確認した。
そして。
「よっ、と!」
ぐぐぐっ。
巨体が縮み始めた。
二メートル五十センチ。
二メートル。
一メートル五十。
そして、一メートル。
先ほどまで食堂でもひときわ目立っていた巨漢が、今では小柄な子供ほどの大きさになっている。
もっとも、顔立ちも筋肉の付き方も変わらない。
肩幅の広い、逞しい身体をそのまま縮小したような姿だ。
制服はぶかぶかになっていた。
袖は指先をすっぽり覆い、裾も余っている。
だが、脱げ落ちるほどではない。
自宅では三十センチほどまで縮むこともあるが、学校では一メートル程度に留めることにしていた。
それ以下になると、普通の服では脱げてしまうからだ。
「よし!」
大は椅子によじ登るように座った。
足は床に届かないが、食事をする分には問題ない。
袖を折り返し、持参した小さめのカトラリーを取り出す。
「いただきます!」
早速ハンバーグにナイフを入れた。
肉汁が溢れる。
「んんっ! うめえ!」
その笑顔を、盾真は向かいの席から眺めていた。
「……本当に便利な個性ですね」
「ん?」
「食事の際にも活用できるというのは、羨ましい限りです」
「はっはっは! そうだろ!」
大はハンバーグを飲み込んでから答えた。
「このサイズなら、普通の定食でも十分腹いっぱいになるからな!」
「それで、元の大きさに戻っても満腹感は維持されるのでしょう?」
「おう! だから食費も助かるんだよな!」
「なるほど。実に合理的です」
「まあ、食うのは好きだからな! あんまり節約ばっかり考えてもつまんねえけど!」
大は豪快に笑った。
ただし、一メートルの身体では、その声も普段より随分小さい。
盾真は頬杖をついた。
(……一メートルの大君も、これはこれで)
普段は遥か上にある顔が、今は自分より低い位置にある。
その気になれば、抱き上げることだってできそうだ。
もちろん、今はしない。
今は。
「……盾真?」
「はい?」
「何かニヤニヤしてねえか?」
「気のせいですよ、大君」
「そうか?」
「ええ。どうぞ、お食事を続けてください」
盾真は上品にカレーを口へ運んだ。
実に満足そうだった。
◇
「……ちょっと待った」
不意に、横から声がした。
二人が顔を上げる。
隣のテーブルに座っていた男子生徒が、こちらを凝視していた。
くすんだ緑色の髪。
無造作に跳ねた前髪の下には、薄い隈のある目。
黒いTシャツに作業着の上着を腰に巻き、胸ポケットにはペンが三本。
指先には油汚れが残っている。
いかにも機械いじりが好きそうな少年だった。
「お前、今なんて言った?」
「ん?」
大が首を傾げる。
「食費が助かるって話か?」
「その前だ! 小さくなって食べても、元の大きさに戻って満腹感が維持されるって!」
「ああ! そうだぞ!」
少年は興奮した様子で二人のテーブルへ近づいた。
「悪い! ちょっと話聞かせてくれ!」
「おう! いいぞ!」
「大君」
盾真が静かに口を挟んだ。
「まずは名乗っていただくのが礼儀では?」
「あっ、そうだった!」
少年は慌てて姿勢を正した。
「俺は機巧創! サポート科一年H組だ!」
「俺は巨勢大! ヒーロー科一年A組!」
「同じく、障守盾真です」
「よろしくな!」
創は空いている椅子を引いた。
「座っていいか?」
「おう!」
「……どうぞ」
盾真の返事は丁寧だった。
ただし、その微笑みには微妙な圧力があった。
創は気づかなかった。
既に頭の中が、目の前の個性のことでいっぱいだったからだ。
「巨勢! お前の個性、身体のサイズを変えるやつだよな?」
「おう! スケールシフトってんだ!」
「縮小したとき、質量はどうなる?」
「一緒に軽くなるぞ!」
「やっぱり!」
創はポケットからメモ帳を取り出した。
「じゃあ、今のお前の体重は?」
「んー、正確には量ってねえけど、元の身体から計算すりゃ出るんじゃねえか?」
「元の身体?」
「本来は百八十センチなんだ。普段は二百五十センチにしてるけどな!」
「……は?」
創のペンが止まった。
「待て。二百五十センチが本来のサイズじゃないのか?」
「おう!」
「じゃあ、その一メートルも、二百五十センチも、全部個性で変化させた姿?」
「そういうことだ!」
創は額を押さえた。
「……なんだそれ。ますます面白え」
そして顔を上げる。
「じゃあ食事の話だ。今のサイズで食べたものは、元に戻ったときどうなるんだ?」
「一緒にデカくなるぞ!」
「胃の中身まで?」
「おう!」
「なるほど……!」
創は猛烈な勢いでメモを取り始めた。
「つまり体内に取り込んだ物質も、個性の影響を受けるわけか。質量まで変わるなら、摂取した栄養素の扱いも普通とは違う可能性があるな……」
「そうなのか?」
「そこを調べたいんだよ!」
創は顔を上げた。
「お前、自分の個性について詳しく調べたことあるか?」
「病院で検査は受けたぞ! あとは家で色々試したな!」
「例えば?」
「どこまで小さくなれるかとか、どこまでデカくなれるかとか!」
「最大は?」
「百メートル!」
創のペンが止まった。
「…………」
「どうした?」
「……今、何メートルって言った?」
「百メートル!」
「……百?」
「メートル!」
創はゆっくりとメモ帳を閉じた。
「……お前、百メートルまでデカくなれるのか?」
「おう!」
「…………」
次の瞬間。
「聞いてねえぞそんな話!!」
食堂中に声が響いた。
周囲の生徒たちが振り向く。
厨房からランチラッシュが顔を出した。
「おい! 食堂では静かにしろ!」
「す、すんません!」
創は慌てて頭を下げた。
大は腹を抱えて笑っている。
「はっはっは! 面白えな、お前!」
「面白いのはお前の個性だよ!」
創は頭を抱えた。
「百メートルって……ビルじゃねえか!」
「そうだな!」
「そうだな、じゃねえ!」
創は再びメモ帳を開いた。
「質量変化の規模が桁違いだ……。これ、普通の巨大化系の個性とは比較にならねえぞ」
ぶつぶつと計算を始める。
「百八十センチから百メートルなら、身長比は五十五倍以上……質量が相似比で増えるなら……」
そこで、ぴたりと手を止めた。
「なあ、巨勢」
「ん?」
「お前の個性、是非実験させてくれないか?」
◇
「実験、ですか」
盾真の声が、少し低くなった。
創は興奮したまま頷く。
「ああ! もちろん危険なことはしない! 身体測定、質量測定、個性使用前後の変化……調べたいことが山ほどある!」
「なるほど」
盾真はカレーのスプーンを置いた。
「それで、大君にはどのような利益があるのでしょう?」
「利益?」
「ええ。あなたの研究に協力するために、大君の時間を使うわけですから」
創は瞬きをした。
「……ああ、そういうことか」
少し考える。
「じゃあ、サポートアイテムを作るってのはどうだ?」
「ほう」
「俺に作れるものなら、一つ作る! 材料費が高すぎるものは無理だけど、できる限り希望に応える!」
盾真は大を見た。
「大君。いかがです?」
「おお! そりゃありがてえ!」
大は嬉しそうに頷いた。
「実は欲しいもんがあったんだよ!」
「マジか! 何だ!?」
「体操服!」
「…………は?」
創が固まった。
「体操服?」
「おう!」
「……普通の?」
「いや!」
大は胸を張った。
「百メートルになっても破れない体操服だ!」
創はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……お前、今までどうしてたんだ?」
「パンツ一丁!」
「…………」
「はっはっは! 慣れてるから別にいいんだけどな!」
大はにかっと笑った。
「でも冬になると寒いだろ? だから体操服くらいは着たままデカくなりてえなって!」
創は額を押さえた。
「……いや、寒いとかそういう問題じゃねえだろ」
「そうか?」
「百メートルの男がパンツ一丁で歩いてたら、それだけで大事件だろ!」
「はっはっは! 確かにな!」
盾真が口元を隠した。
「……僕としては、現状でも特に問題ないと思いますが」
「ん? 何か言ったか、盾真?」
「いえ。大君のご希望が叶うといいですね、と」
実に自然な笑顔だった。
創は再びメモ帳を開いた。
「……待てよ。百メートルまで伸びる服か」
ぶつぶつと計算を始める。
「二メートル五十から百メートルなら四十倍……面積は千六百倍……普通の伸縮素材じゃ無理だな」
「やっぱ難しいか?」
「難しいなんてもんじゃねえ」
創は顔を上げた。
「でも、面白え!」
目が輝いていた。
「なあ巨勢! お前、服はどうしてるんだ?」
「服?」
「今だって縮小しただろ! そのとき服はどうなった?」
「普通の服だからそのままだぞ! だからブカブカなんだ!」
「じゃあ、身体と一緒に変化する素材はないのか?」
「ああ、それならあるぞ!」
「……え?」
「俺の細胞が入ってるものは、一緒にデカくなったり小さくなったりするんだ!」
創の動きが止まった。
「…………」
「どうした?」
「……ちょっと待て」
「おう?」
「お前の細胞が入ってるもの?」
「おう!」
「例えば?」
「髪の毛とかだな! 今履いてるパンツがそうだ!」
創は硬直した。
そして。
「それを先に言えええええ!!」
再び食堂に絶叫が響いた。
「おい!」
厨房からランチラッシュの声。
「すんません!!」
創は反射的に謝った。
大はまた笑っている。
「はっはっは! 忙しい奴だな!」
「お前の説明が足りねえんだよ!」
創はメモ帳に猛烈な勢いで何かを書き始めた。
「じゃあ、個性に追従する繊維は作れる可能性が高い……いや、既に実績があるのか。問題は強度だな。巨大化時の運動に耐えられるか、縫い目はどうなるか、素材の性質も一緒に変化するのか……」
ペンが止まらない。
「面白え……面白えぞ、これ……!」
大が身を乗り出した。
「作れそうか!?」
「まだ分かんねえ!」
創は即答した。
「でも、作ってみせる!」
その顔には、先ほどまでの困惑はない。
純粋な挑戦心だけがあった。
「お前の個性をちゃんと調べて、百メートルになっても使える服を作ってやる!」
「おおっ!」
大は満面の笑みを浮かべた。
「頼りにしてるぜ、創!」
「お、おう!」
いきなり名前で呼ばれ、創は少し照れたように鼻を擦った。
盾真はその様子を眺めていた。
面白くない。
実に面白くない。
しかし。
(……技術者としては、悪くありませんね)
大の個性は強力だ。
だが、巨大化に対応できる装備は限られる。
衣服だけでなく、通信機器や救助用装備など、今後必要になるものは多いだろう。
専門家の協力は不可欠だ。
それは理解できる。
理解できるのだが。
(……随分と馴れ馴れしい方ですね)
盾真は静かに微笑んだ。
「機巧君」
「ん?」
「実験の際は、僕も同席させていただきます」
「え? なんで?」
「大君の個性を研究するのでしょう? 僕は彼の相棒ですから」
さらりと言い切った。
「安全管理と記録の補助くらいはできますよ」
「いや、まあ、別に構わねえけど」
「ありがとうございます」
にっこり。
「それと、大君に無理な要求をなさる場合は、事前に僕を通してくださいね」
「……お前、保護者か何か?」
「いいえ」
盾真は笑顔のまま答えた。
「もっと重要な存在になる予定です」
「……は?」
「盾真! 俺、そろそろ戻って残り食うわ!」
大の声が割って入った。
盾真は即座に振り向いた。
「ええ、どうぞ。大君」
◇
大は椅子から降りた。
周囲に人がいないことを確認する。
「よっ、と!」
ぐんっ。
一メートルの身体が伸び始めた。
一メートル五十。
二メートル。
そして、二メートル五十。
ぶかぶかだった制服が、再びその巨体にぴったりと収まる。
「よっしゃ!」
大は椅子に座り直した。
そして、皿に残っていたハンバーグを一口、ライスを二口。
最後にスープを飲み干した。
「ごちそうさまでした!」
皿には何も残っていない。
「いやー、食った食った!」
満足そうに腹を叩く。
創はその様子を見て、メモ帳に何かを書き込んだ。
「……なるほどな。食べたものも一緒にサイズが変わるなら、色々応用できそうだ」
「そうか?」
「ああ。食事だけじゃなく、体内に取り込んだもの全般について調べてみたい」
「おう! 面白そうだな!」
大は豪快に笑った。
創はメモ帳を閉じる。
「じゃあ、放課後にでもサポート科の工房に来てくれよ。まずは簡単な測定から始めたい」
「おう! 分かった!」
「それと、髪の毛を少しもらっていいか? 繊維の試作に使いたい」
「いいぞ! どれくらいだ?」
「とりあえず数本でいい。個性の追従条件を確かめたいからな」
「おう! 任せろ!」
大はにかっと笑った。
「いやー、楽しみだな! 俺も早く服着たままデカくなってみてえ!」
その言葉に、創も笑った。
「任せとけ! 絶対にいいもの作ってやる!」
その横で、盾真が静かに頷いた。
「ええ。期待していますよ、機巧君」
にっこり。
「ただし、大君に怪我をさせるような実験は、くれぐれもなさらないように」
「わ、分かってるって!」
「それなら結構です」
盾真は満足そうに微笑んだ。
大はそんな二人を見て、豪快に笑った。
「はっはっは! 何だか賑やかになってきたな!」
創もつられて笑う。
「……なんか、お前といると退屈しなさそうだな」
「そうか?」
「ああ。面白え奴だよ、お前」
「はっはっは! ありがとな!」
その笑顔を見て、盾真は静かに思う。
(……当然でしょう)
これほど魅力的な存在なのだ。
人が集まるのは当たり前。
しかし。
(誰にでも好かれるというのは、少々困りものですね)
機巧創。
サポート科一年H組。
発明家志望の、好奇心旺盛な少年。
今後、大の装備開発に関わることになる人物。
有用なのは間違いない。
だからこそ。
(……きちんと距離感は覚えていただきましょう)
盾真はにっこりと微笑んだ。
その笑顔を見た創が、理由もなく背筋を震わせた。
「……なんか寒くね?」
「そうですか?」
「いや、お前の方見たら急に……」
「気のせいでしょう」
大が豪快に笑った。
「はっはっは! 風邪でも引いたか、創!」
「いや、絶対違うと思うんだけど……」
こうして。
小さな巨人と、一人の発明家が出会った。
後に巨人ヒーロー、Mr.タイタンの装備を支えることになる技術者との、最初の出会いである。
そして障守盾真にとっては。
大の周囲に現れた、新たな『管理すべき協力者』が増えた日でもあった。
もっとも、当の大はそんなことなど知る由もない。
「よっしゃ! 午後の授業も頑張るぞ!」
その声だけが、食堂に元気よく響いていた。