雄英高校ヒーロー科、一年A組。
その日のホームルームは、いつもとは少し違う空気に包まれていた。
担任の岩動剛志が、黒板に大きく三文字を書いたからだ。
『体育祭』
「……さて、お前ら。来月、雄英体育祭が開催される」
その瞬間。
「っしゃああああ!!」
「来た! ついに来た!」
「マジか! もうそんな時期かよ!」
教室が爆発した。
あちこちから歓声が上がり、拳を突き上げる者、隣の席の友人とハイタッチする者、早くも勝利宣言を始める者まで現れる。
「おいおい、まだ説明の途中だぞ」
岩動が呆れたように言うが、生徒たちの興奮は収まらない。
「先生! 今年も全国中継ありますよね!?」
「当然だ」
「プロヒーローも見に来るんですか!?」
「毎年、大勢来るぞ。事務所のスカウト担当もな」
「うおおお! 絶対活躍してやる!」
「待って、体育祭って普通科も出るんだよね? ヒーロー科以外にも強い個性の人いるかもしれないじゃん!」
「むしろそういう奴と戦えるのが楽しみだろ!」
騒がしい。
実に騒がしい。
だが、岩動は叱らなかった。
無理もない。
雄英体育祭。
それは単なる学校行事ではない。
かつてのオリンピックに匹敵するほどの注目を集める、国内最大級のスポーツイベント。
プロヒーローを目指す学生にとっては、自分の存在を世間に知らしめる絶好の機会だ。
ここで活躍すれば、将来の職場体験やインターンにも大きく影響する。
ましてや、雄英高校に入学したばかりの一年生たちだ。
燃えないはずがなかった。
「優勝したら一気に有名人だよな!」
「いや、優勝しなくても上位に入れば十分目立つだろ」
「甘いな! どうせなら一位狙おうぜ!」
「お前、そんなこと言ってられるの?」
「は?」
「だって、うちのクラスには――」
その生徒の視線が、教室の後方へ向けられた。
つられて、何人もの生徒が振り返る。
そこには。
「おおおおお!! 体育祭か!!」
誰よりも大きな声を上げる、誰よりも大きな男がいた。
巨勢大。
身長二百五十センチ。
赤銅色の短髪に琥珀色の瞳、分厚い胸板と丸太のような腕を持つ、規格外の巨漢。
特注の大型机に座っていても、その頭は周囲の生徒より遥かに高い位置にある。
「はっはっは! そいつは楽しみだな!」
大は豪快に笑った。
「全国放送なんだろ!? だったら思いっきり暴れてやるぜ!」
「…………」
「…………」
数人の生徒が顔を見合わせた。
「……なあ」
「……うん」
「……巨勢がいるんだよな、うちのクラス」
「……いるね」
「……あいつ、百メートルになるんだよな?」
「……なるね」
沈黙。
「勝てるか、あれ?」
「無理じゃね?」
「諦めるの早すぎだろ!」
別の生徒が机を叩いた。
「確かに巨勢は強いけどさ! 体育祭って別に力比べだけじゃないだろ!?」
「そうそう! 競技内容次第じゃ全然勝てるって!」
「むしろ百メートルの巨人が障害物競走とか出られるのか?」
「……障害物、全部踏み潰しそう」
「それ失格じゃね?」
「いや、そもそもコースに入らないだろ!」
再び教室に笑い声が広がった。
「おい、大!」
前方の席から男子生徒が振り返った。
「お前、体育祭でも百メートルになるつもりか!?」
「おう! なれるならな!」
「うわ、やっぱり!」
「勘弁してくれよ! 俺らまで踏み潰されそうだ!」
「はっはっは! 安心しろ! ちゃんと避けるぜ!」
「その返事が一番怖えよ!」
教室がどっと沸いた。
大も楽しそうに笑っている。
自分が強敵扱いされることも、皆が自分に挑もうとしてくれることも、純粋に嬉しいのだ。
「でもよ!」
大は太い腕を組み、にかっと笑った。
「俺だって負けるつもりはねえからな! 優勝はいただくぜ!」
「言ったな、巨勢!」
「絶対負かしてやる!」
「百メートルになっても泣くなよ!」
「はっはっは! そいつは楽しみだ!」
教室は、ますます熱を帯びていった。
そんな光景を、障守盾真は隣の席から眺めていた。
銀白色の髪に薄紫の瞳。
整った顔立ちには、いつもどおり柔和な笑みが浮かんでいる。
ただし。
(……随分と威勢のいいことをおっしゃいますね、皆さん)
内心は少々冷ややかだった。
(百メートルの大君を相手に、勝てるとでも?)
もちろん、体育祭の競技内容によっては巨大化が不利になる可能性もある。
盾真とて、その程度のことは理解している。
だが。
(あの方が本気になれば、皆さんなど足元を這い回ることしかできないでしょうに)
想像する。
百メートルの大君。
雲に届きそうな巨体。
見上げなければ顔すら見えない圧倒的な存在。
その足元で、必死に走り回る他の選手たち。
(……ああ)
盾真の頬が、わずかに緩んだ。
(実に素晴らしい光景ですね)
「盾真!」
「はい、大君」
「お前も優勝狙うんだろ!?」
「もちろんです」
盾真は即答した。
「大君に勝てるとは申しませんが、最初から諦めるほど物分かりのいい人間ではありませんので」
「おお! いいねえ!」
「それに……」
盾真は大を見上げた。
「大君と全力で戦える機会など、そうそうありませんからね」
「はっはっは! そりゃそうだ!」
大は嬉しそうに笑った。
「俺もお前とは一度、本気でやり合ってみてえんだ!」
「……それは光栄ですね」
盾真の笑みが深くなる。
(本気の大君と、僕が)
想像するだけで、胸が高鳴った。
巨大な拳。
自分を押し潰さんと迫る圧倒的な質量。
それを正面から受け止める、自分の障壁。
(……ふふ)
楽しみで仕方がない。
「おい、巨勢」
今度は別の生徒が声をかけた。
「お前、百メートルになったら他の選手を掴んで投げたりできるのか?」
「ん? できるだろうけど、危ねえからやらねえぞ?」
「そりゃそうか」
「でも、片手で掴めるんだよな……」
「……」
「……」
何人かが無言で大を見た。
大は首を傾げた。
「なんだ?」
「いや……なんでもない」
「なんかもう、個性のスケールが違いすぎるよな……」
「はっはっは!」
そんなやり取りを、岩動は教卓から眺めていた。
そして。
(……やっぱり、先に話をつけておくか)
静かに決意した。
◆
放課後。
「巨勢。ちょっと残れ」
「おう?」
帰り支度をしていた大が顔を上げる。
「なんだ先生! 俺、なんかやったか?」
「まだ何もやってねえよ」
「まだ?」
「……いいから、少し付き合え」
「おう!」
大が立ち上がる。
当然のように、盾真も席を立った。
「では、僕もご一緒しましょう」
「……障守。お前は呼んでねえぞ」
「承知しております」
「じゃあなんで来る」
「大君の付き添いです」
「付き添いが必要な話じゃねえ」
「では、同席しても差し支えありませんね?」
「……お前なあ」
岩動は眉間を揉んだ。
この生徒は、実に優秀だ。
頭脳明晰。
個性の扱いも巧み。
教師の意図を読むことにも長けている。
ただし。
巨勢大に関することとなると、途端に面倒くさくなる。
「……まあいい。来い」
「ありがとうございます」
盾真は満足そうに微笑んだ。
◆
小会議室。
大が特注の椅子に腰を下ろすと、岩動は向かいの席に座った。
盾真も、その隣に座る。
「さて、巨勢」
「おう!」
「体育祭の件なんだが……」
岩動は一度、言葉を切った。
そして。
「巨大化は、五十メートルまでにしてほしい」
「……ん?」
大が瞬きをした。
「五十メートル?」
「ああ」
「百メートルじゃ駄目なのか?」
「……できれば、勘弁してもらいたい」
「うーん……」
大は腕を組んだ。
「でもよ先生、せっかくの全国放送だぜ? 俺としては、百メートルまで大きくなってみんなを驚かせてえんだけどな!」
「気持ちはわかる」
岩動は重々しく頷いた。
「だがな、巨勢」
「おう」
「……学校が壊れる」
「……ん?」
「学校が壊れるんだよ」
岩動は真顔だった。
「お前、百メートルになったときの自分の体重、わかるか?」
「んー、正確にはわかんねえな!」
「だろうな」
岩動は机の上の資料を開いた。
「お前の個性は、身体の大きさに合わせて質量も変化する。身長が二倍になれば、質量は約八倍だ」
「おう!」
「百メートルともなれば、推計で数万トン規模になる」
「おお! すげえな!」
「喜ぶな!」
岩動は思わず声を荒らげた。
「お前が歩くだけで、それだけの重量が地面にかかるんだぞ!」
「でも先生、個性把握試験のときは大丈夫だったじゃねえか!」
「大丈夫じゃなかったから言ってんだよ!」
岩動は机を叩いた。
「あのとき俺が地盤を固定してなかったら、グラウンドがどうなってたと思う!?」
「……穴だらけ?」
「穴どころじゃ済まねえ!」
岩動は深々と息を吐いた。
「いいか。体育祭は全国放送だ。競技場には観客が入る。中継設備もある。競技の進行だって分刻みで決まってる」
「おう」
「そこでお前が百メートルになってみろ」
岩動は指を一本立てた。
「まず、競技場の地盤が持たん」
二本目。
「次に、競技用の設備が壊れる」
三本目。
「万が一転倒でもしたら、観客席まで巻き込む危険がある」
そして四本目。
「何より、お前が競技場をぶっ壊したら、その後の競技ができなくなる」
「……あー」
大が声を漏らした。
「そりゃまずいな!」
「まずいんだよ!」
岩動は大きく頷いた。
「お前の力が規格外なのは承知してる。百メートルまで巨大化できることも、立派な実力だ。だがな、体育祭はお前一人のためのイベントじゃねえ」
「おう」
「他の生徒にも、自分の力を見せる機会がある。お前が競技場を壊して後の競技ができなくなったら、そいつらの機会まで奪うことになる」
大の表情が変わった。
それまでの少し不満そうな顔から、真剣なものへ。
「……そっか」
大はゆっくりと頷いた。
「それは駄目だな」
「……わかってくれるか」
「おう!」
大は豪快に笑った。
「俺が暴れて、みんなが体育祭できなくなっちまうのは嫌だぜ!」
岩動の肩から、わずかに力が抜けた。
「そうか。なら――」
「でも先生!」
「……なんだ」
「五十メートルなら大丈夫なのか?」
岩動は黙った。
そして、少しだけ目を逸らした。
「……そこは俺が何とかする」
「おお!」
「競技場の地盤は事前に補強する。俺も当日は待機して、必要に応じて個性で地面を固定する予定だ」
「先生も大変だな!」
「誰のせいだと思ってる」
「はっはっは! すまねえ!」
大は頭を下げた。
その素直な態度に、岩動も思わず苦笑する。
だが。
「少々、お待ちいただけますか」
ここで盾真が口を挟んだ。
笑顔だった。
実に穏やかな、いつもどおりの笑顔。
「先生のおっしゃる事情は理解しました。しかし、少し気になることがありまして」
「……なんだ、障守」
「大君は、百メートルまで巨大化できるヒーロー候補生です」
「ああ」
「にもかかわらず、学校側の設備の都合で、本来の能力を制限される」
盾真は指を組んだ。
「それは少々、理不尽ではありませんか?」
岩動の眉が動いた。
「……言いたいことはわかる」
「本来、雄英体育祭は生徒の実力を披露する場でしょう。大君の最大の武器を封じておいて、それを公平な競技と呼べるのでしょうか」
「盾真?」
大が横を見る。
盾真は大には柔らかく微笑み返し、すぐに岩動へ視線を戻した。
「もちろん、他の生徒の安全が重要なのは理解しております。ですが、それならば学校側が大君の個性に対応できる環境を用意するべきでは?」
「……正論だな」
岩動は腕を組んだ。
「だが、現実問題として限界がある」
「限界、ですか」
「ああ。雄英の設備は確かに国内最高水準だ。だが、百メートルの巨人が全力で動き回ることまで想定して設計されてるわけじゃねえ」
「では、今後も大君は能力を制限され続けるのでしょうか」
「そうは言ってねえ」
岩動の声が少し強くなった。
「巨勢の最大出力を受け止められる訓練環境については、学校側でも検討している。だが、体育祭までに用意するのは無理だ」
盾真は黙って聞いている。
「それに、障守。お前は一つ勘違いしてる」
「……ほう?」
「ヒーローは、自分の最大火力を出せりゃいいってもんじゃねえ」
岩動は真っ直ぐに盾真を見た。
「周囲の状況を見て、使える力を判断する。自分が全力を出した結果、守るべきものを壊しちまったら本末転倒だろうが」
「…………」
「巨勢にとって、五十メートルで戦うことは手加減じゃねえ。状況に合わせた個性の運用だ。それも立派なヒーローの実力だと俺は思ってる」
盾真の笑顔が、わずかに薄れた。
反論できないわけではない。
例えば、百メートルの大君を安全に運用するための設備投資は、将来の災害救助にも役立つはずだ。
雄英ほどの学校ならば、それを研究する価値は十分にある。
だが。
「盾真!」
大が笑った。
「先生の言うとおりだぜ!」
「……大君?」
「俺、百メートルになれるけどよ。百メートルにならなきゃ勝てねえってわけじゃねえしな!」
大は太い腕を組み、胸を張った。
「五十メートルありゃ十分でっけえだろ!」
「……それは、まあ」
「それに、みんなが楽しみにしてる体育祭だ。俺一人のせいで台無しにしたくねえ!」
大は岩動へ向き直った。
「先生! 五十メートルでいいぜ!」
「……そうか」
「おう! その代わり、五十メートルまでは遠慮なく使わせてもらうからな!」
「……ああ」
岩動は頷いた。
「それで頼む」
そして。
雄英高校ヒーロー科一年A組担任。
元プロヒーロー、岩動剛志。
四十六歳。
身長百八十八センチの大男が。
椅子から立ち上がり。
深々と頭を下げた。
「……本当に、頼む」
「お、おう!?」
大が驚いた。
「先生!? 頭なんか下げなくていいって!」
「いや、下げさせてくれ」
岩動は頭を上げない。
「学校をあまり破壊されると、体育祭の進行に支障が出るんだ」
「…………」
「頼むから、五十メートル以上にはならんでくれ」
切実だった。
あまりにも切実だった。
大はしばらく呆然としていたが、やがて豪快に笑い出した。
「はっはっはっは!」
会議室に笑い声が響く。
「わかった! 約束するぜ、先生!」
大は大きな手を差し出した。
「五十メートルまで! それ以上にはならねえ!」
岩動は顔を上げた。
そして、差し出された巨大な手を握る。
「……助かる」
「おう!」
大はにかっと笑った。
「その代わり、俺が優勝したら褒めてくれよな!」
「……ああ。もちろんだ」
岩動も笑った。
「優勝したら、いくらでも褒めてやる」
◆
会議室を出た後。
盾真はしばらく無言だった。
「盾真?」
「はい」
「なんか怒ってるか?」
「いいえ」
即答だった。
「別に、怒ってなどおりませんよ」
「そうか?」
「ええ」
にこり。
大は首を傾げた。
「でもよ、なんか不満そうだぜ?」
「……大君には敵いませんね」
盾真は小さく息を吐いた。
「少々、納得がいかないだけです」
「何がだ?」
「大君が、本来持っている力を発揮できないことが、です」
大は目を瞬かせた。
盾真は続ける。
「僕は、百メートルの大君を見たいんですよ」
あまりにも率直な言葉だった。
「五十メートルでも素晴らしいとは思います。ですが、百メートルの大君は、それ以上でしょう?」
「はっはっは! そりゃそうだ!」
「ええ。ですから、残念なんです」
盾真は微笑んだ。
その笑顔には、隠しきれない熱があった。
「僕は、大君が誰よりも大きく、誰よりも強く、誰にも見上げることしかできない存在であるところを見たいんです」
「おお!」
大は嬉しそうに笑った。
「そこまで言ってくれると照れるな!」
「本心ですので」
「でもよ、盾真」
「はい」
「俺は五十メートルでも十分強えぜ?」
「……ええ。それは疑っておりません」
「だったらいいじゃねえか!」
大は大きな手で、盾真の肩をぽんと叩いた。
「百メートルになるのは、また別の機会にしようぜ!」
「……別の機会、ですか」
「おう! 先生も訓練環境を考えてくれてるって言ってたろ? そんときゃ見せてやるよ!」
盾真の瞳が、すっと細くなった。
「……約束ですよ?」
「おう!」
「百メートルの大君を、僕に見せてくださるんですね?」
「もちろんだぜ!」
盾真は満足そうに微笑んだ。
「それなら、今回は我慢しましょう」
「はっはっは! お前、ほんとに巨大化好きだな!」
「ええ」
盾真は一切否定しなかった。
「大好きですよ」
大は気づかなかった。
その言葉に、巨大化以外の意味が含まれていたことには。
◆
翌日の昼休み。
一年A組の教室は、相変わらず体育祭の話題で持ちきりだった。
「なあ、体育祭の競技って毎年変わるんだよな?」
「そうらしいね。去年の映像見てもあんまり参考にならないかも」
「でも最終種目は対人戦が多いって聞いたぞ」
「マジか! だったら絶対勝ちたい!」
「いや、まず予選を突破しないとだろ」
生徒たちが口々に作戦を話し合う。
そんな中。
「おい、巨勢!」
一人の男子生徒が声をかけた。
「昨日、先生に呼ばれてたよな? 何の話だったんだ?」
「おう! 体育祭の巨大化についてだぜ!」
「巨大化?」
「五十メートルまでにしてくれって頼まれた!」
教室が静まり返った。
「……五十メートル?」
「おう!」
「百メートルじゃなくて?」
「おう!」
「……それ、何か変わるのか?」
別の生徒がぼそりと呟いた。
「いや、半分にはなってるけど……」
「五十メートルって、普通にビルくらいあるよな?」
「……十分化け物じゃん」
「はっはっは!」
大は豪快に笑った。
「安心しろ! 五十メートルでも手加減しねえからな!」
「安心できねえよ!!」
教室中からツッコミが飛んだ。
そんな中、一人の女子生徒がぽつりと呟く。
「……でもさ」
「ん?」
「五十メートルの巨勢君が優勝したら、全国放送でめちゃくちゃ目立つよね」
「……あ」
「……確かに」
何人かが顔を見合わせる。
そして。
「いや、待てよ!」
「俺らも負けてられねえだろ!」
「そうだよ! 巨勢君がいるからこそ、勝ったらすごいじゃん!」
「よっしゃ! 絶対優勝してやる!」
再び教室が盛り上がった。
大は嬉しそうに笑う。
「はっはっは! いいねえ!」
太い拳を握り締めた。
「みんなで全力出して、最高の体育祭にしようぜ!」
「おおおお!!」
教室中から歓声が上がった。
その隣で、盾真が静かに微笑んでいた。
(……皆さん、本当に元気ですね)
大君に勝つ。
大君を倒す。
大君より目立つ。
随分と威勢のいい言葉が飛び交っている。
(まあ、せいぜい頑張っていただきましょうか)
盾真は大を見上げた。
赤銅色の髪。
琥珀色の瞳。
豪快な笑顔。
そして、誰よりも大きく、誰よりも力強い身体。
(……大君)
体育祭。
全国放送。
何万人もの観客。
その中心に立つ巨人。
想像するだけで、胸が高鳴る。
(きっと、素晴らしい姿を見せてくださるのでしょうね)
盾真は満足そうに目を細めた。
ただ、一つだけ。
(……あまり、他の方に見惚れられるのは面白くありませんが)
その矛盾した感情については、今は考えないことにした。
雄英体育祭まで、あと一か月。
巨人の初陣を前に。
学校側の胃痛は、まだ始まったばかりである。