ここは山海経の屋敷が一つ、ある豪商が持っている別荘の広い応接室。
中華一色で大きな水槽とスペースがある、お金持ちの家の商談にこれ以上ない舞台。
今日の仕事は古物商へと繋げるパイプ役の仕事だ。
「いやあ、態々遠くからすみません」
「お構いなく。こういうのも我々の仕事なのでね、だろ?」
「ええ、小生達の仕事です」
ベアトリーチェはおらず、地下生活者とカゲカツの二人での仕事だ。不在になっている少女は、別の案件に出かけている。
「早速ですが、古物商へと受け渡すものを拝見したいなと」
「こちらです」
大きな
赤をベースにして金色で絵柄が描かれており、皺なく飾られているが少しばかり埃の匂いがした。
「漢服と呼ばれる、山海経の伝統衣装です。旗袍とはまた違うものですね」
「和服に似ているな、しかしこれを綺麗に持っていくのは骨が折れそうだ」
「こういった衣服には確か持ち運び用のバッグがあったと思うのですがね、小生もカゲカツもそう言ったものを持っていない」
「それは故人が持っていたものを使用させていただきましょう、ちゃんと隣にありましたよ」
衣桁の近くにあったバッグを、テーブルに置く依頼主。
しかし見事な漢服、売ったら六桁は下らないだろうそれを古物商に売るという話だった。
「これが遺品だという話だったのですが、一体誰が?」
「私の友人です。一ヶ月ほど前に、寿命で。何せ犬ですからね、短く太くなりがちで」
「ということは遺品は他にもあるはずですが。これだけでよろしかったので?」
「あまり欲をかく言い草はお勧めしませんぞカゲカツ」
「失礼」
少女達の話し合いに少し笑う依頼主も、同じく老獪な犬。
「疑問に思うのも無理はないこと、他の遺産などは本人の意向によってちゃんと親族の方に分配されたのですが衣服関連は私が持つことになってましてね」
「それをお売りになると?」
「理解のある方に、という注釈付きで」
どうやら、何かの含みがあるらしい。
それを察した二人は、目の前の犬が話すのに耳を傾けた。
「彼は私と同じくらい腕が立つ商人でしてね、扱っている商品は今ご覧の通りクラシックな民族衣装を販売する業者だったのです。人柄も良く、気前もいい。話していて楽しい男でした」
「それは、何というか、御愁傷様」
「彼はそれだけ良いやつではあったのですが、生前から友人達に常々語っていたことがありまして。それが、今回の依頼にもつながってるのであります」
「ほう?」
地下生活者でさえこんな場で真面目に人の話を聞いているので、ついぞ重い話なのだろうと身構えるもう片方。
「毎度の如く酒を入れると『民族衣装を手に取る人間がいなくなっていく』と嘆いていましてね。そればかりは我々もキャンペーンで手を尽くしており、モデルとして漆原 カグヤという少女にも尽力して頂いたのですが、やはり減る一方でした」
「悲しいことですな、とは言え小生に共感されてもウザ絡みの域を出ないでしょうが」
「いえいえ、友人の死を悼んで頂ける方が仕事相手になるとはまだ良縁に恵まれているということです。
話を戻すと、彼の無念を晴らすには我々先立たれた物がせめてもの晴れ舞台に送り出さなければならない。その為に、あなた方の伝手をお借りしたいと考えたのです」
死んだ友人は山海経で民族衣装を売っていたブランドの源流であり、活動の中で『民族衣装が着られない事への悲しみ』を抱えたまま旅立ってしまった者の無念を晴らす為に、彼が持っていた者を自分の手の中に収め続けず見送る事にしたようだ。
「これだけの経済力を持つのであれば、それこそ先立たれたご友人の伝手に連絡を取りプロモーションとしてこちらの立派な漢服を見せてしまうのもアリだとは思うのですが。小生もあまり、綺麗な物が埃をかぶり続けるのは宜しくはないと」
「……一度、いや三度、死んだ友人の為にとできる事を探しました。無論作り手の方にも何度か掛け合ったものの、返ってきたのは『あいつじゃないと価値がわからない』や『下劣な売り手に買い叩かれるほど安い物を売っている訳じゃない』と手厳しいことばばかりで」
「はっ、じゃあさっさと滅んじまうべきだな」
カゲカツは、耳が腐りそうだと吐き捨てながらソファに座る。
「ちょっとカゲカツ、いくら何でもそれは」
「衣装を生み出す奴らは、自分達の権益やアイデンティティの保有を優先して技術そのものを秘匿ないし神秘化させる。その為に運用に不必要なルールを追加して、提示したルールを守れるのを“民度”として囃し立てることでアイデンティティの増殖という形で仲間を増やすんだろ。結局やってることは“ミーム”と変わらない」
文化を守る為には綺麗に保つ必要があり、本人にも品格というのが求められる。伝統はそうして保たれると言うが、カゲカツはそれに唾をつけるタイプの人間だ。
一応大人であり、継承の価値もある程度理解していた地下生活者は可愛くなっていても怪訝な顔を見せるが、依頼主は下向いて無力を噛み締めている。
「結局そいつらは自分可愛さで文化を食い潰すんだろう、じゃあそのまま時間と共に餓死してくれた方がいいね。オレはそう言う奴らに下手に出たくない、先に食いついただけの無能共がやるオナニーに価値はないからな。
そう思ってる人間がどれくらいいるかは知らないが、それくらい伝統と言うのは今の時代“停滞の元凶”として見られてると言っていい。ヒューマニズムの限界だ」
「友人は人生の節目を飾ってこそ、人間の成長に置けるターニングポイントになると考えていました。親族友人が居るならば綺麗に成長した姿を、自分が出来る最高峰の姿になる事で関与した人達への感謝になるとも思っています」
友人と自分の絆を確かめるように、目の前の民族衣装の価値を口にする依頼主。
言い負かしたいわけではない、ただ友人の物を手放してまで“誰かへの起点にしたい”という気持ちの真意を知りたいカゲカツは聞く。
「だが資本主義極まった今は既に一人の人生に価値はないも同然だ。全ては金、資本主義の潮流を起こせる“力”の持ち主に価値がつく。だから名無しの誰かに価値はないし、そんな奴の人生、しかも節目なんてたかが知れている。あんたらは成功しているからいいが、仮に新年で不良共があんなものを着ていたところで“綺麗なカス”にしかならない。
そうでないにしろ品位などが日常にない中流階級相手で考えれば、常に着るには不便だし、節目に不必要な振る舞いの枷になる。それでも必要だと感じるか?」
「“私”は必要だと思います」
依頼主の、凛とした目。
確信がなければ出来ない鋭さを持ち、決断が出来るからこそ成功した素質が老獪の魂にあることを見せつける。
「確かに西洋のフォーマルスタイルが流行ってからは、アレこそが簡易性と品位を兼ね備えた完成形であり民族という括りでしか使えないこのような衣服の価値は消えました。カゲカツさんの言う通り、その経緯からアイデンティティの消失を危惧する職人の腐敗が権威を生み、伝統が“右翼の象徴”になり人々から離れていくことも間違いではありません」
目の前の犬が、誇りと意志を持って口にした。
「ですが私も友人も、伝統や歴史を抜きにして漢服が綺麗で価値のあるものだと思っています。技術や意匠が文章や絵ではなく、形として、
「それを広めるために、友人の形見が一つを手放してまで送り出すのか」
「”人間という知性“を持った生命体は最初から全てを知り、発見できる生き物ではありません。私がアイドルのことを知らないように、伝統を知らない方もいる。だから、彼が愛していた衣装を価値が分かる人間に託し、同じように、それこそ”ミーム“として繋げていきたい」
新しい物が好きな人間がいるように、古い物が好きな人間がいる。
流行りと言うのは二十年で一周すると言われていて、まさに今回取り上げる服はそのサイクルの代表だ。
曲など必ずそうでもない物があるが、それでもその時の流行りに馴染めなかった人間がもがき苦しみながら藁をも縋る思いで色々な物に触れ、そこから文化を継承して新しいものを生み出していく、これの積み重ねを歴史という。
いきなり触れれるかどうかは運次第だが、そうでなくても理解出来る人間が受け継いでいけば何処かで新しさの原型になって歴史の一部になれる。
これこそが“伝統”であり、何かの技術や権威を指す言葉ではないとはっきり宣った依頼主の熱意は、ある種仕事という一つのつながりで自分を頼り、信じた個人同士としての誇りがあったカゲカツを動かした。
「……そうか」
「他の運び屋にとっては、私の思いなど知らず乱暴に扱ったり金の足しにするかもしれない。それが時代というのであれば受け入れるしかないのですが、出来れば私と友人の意志を理解してくれる方に繋いで行きたい。それを知っているあなた方は一筋の光明です」
「……先程の発言を撤回させていただきたい、こちらはあまり理解を示せていなかったようだ」
「私もあなた方の時代を理解せず、口に出来ない盲信で価値を分からせようとしていたのかもしれません」
そうとなれば話は決まりだ、この漢服を傷一つなく理解してくれる古物商に届けなければならない。
使用人にバッグに入れるところまでさせた依頼人は、地下生活者の方に受け渡し、渡された方はそれに細心の注意を払いながら持った。
最後の挨拶をする前に、カゲカツは名刺を渡す。
「もしよろしければ」
「これは?」
彼女が依頼主に渡したのは、古物商の名刺。
「彼女はちょっと気のいいポメラニアンで、こう言ったものに目がないので喜ぶと思います。貴方からの依頼ともなれば張り切ることも間違いないですし、何より若者のトレンドも追っているのでもしかしたら新たに広める機会を得られるかもしれません」
「ありがとうございます」
「もし何か言われたら『カゲカツから勧められた』とでも言っておいてください」
「分かりました。では、お気をつけて」
「ええ」
お互いに礼をして、地下生活者とカゲカツは外に出る。
晴れだが風が冷たい、葉も少しばかり赤く染まっていた。
「古物商の所までどのくらいかかりますかね?」
「あって1時間ってところだろ。あんまり持ち歩いてたら汚す可能性もある、ここでの食事は無しだな」
「では、いつもの店で食べようではありませんか。ベアトリーチェに内緒で」
「そりゃいい」
二人は車に乗り込んで、そのまま走り出した。
冬迫る中で、曲も掛けずに鈍いエンジン音とくぐもった環境音の中を走り抜ける。
後日。
依頼主が兼ねてより頼っていたモデルのカグヤという少女が、古物商プロデュースの漢服風コーデと様々な漢服を着てモデル雑誌にて大々的に取り上げられた。
十一月に祝い事がある人物や、山海経の一部生徒、それにファッションモデル達もこぞって取り上げた漢服やそれに追随したファッションは秋の流行の一つになったという。
「おい、これを私に買ってプレゼントしろ」
「自分で買いなさいよ、小生は嫌ですからね」
ベアトリーチェも、少しばかり我儘になって多少嬉しくなりながらも彼女にうんざりしたのはまた別のお話。