「アリウススクワッドは?」
「バイトでここにいません!」
「他のやつは、スバルとか」
「今外出中でいません!」
「おいおい困ったぞ」
ここはアリウス分校、すっかり校舎は綺麗になって街並みもトリニティよりも重厚な影がいい味を出すようになった。
それでも生徒の生活が苦しいのもあって関係各所からの援助が続いている。
《受け取るメンバーが足りず作業員が不足しているので手伝いをお願いしたいです》
なんて言われて、最初は自分が行くことを断ったベアトリーチェが地下生活者と共に今そのアリウスにいるのは、気が変わったというよりも何かの縁を感じてのこと。
『お前みたいな奴の出る幕はない』
なんて言われた日には不貞腐れるしかなかったカゲカツも、そんな発言をする少女の予感に従ってみることにした。
当日。
地下生活者と含め
物資の受け取りと分配まではうまく行ったが、保健室のベッドやら宿舎への毛布の配達中に問題が発生した。
『大変です!アイツらが!』
『アイツら?』
『アンチロイヤルブラッドの連中ですよ!このままだと、備品も何もかも無茶苦茶だ!』
厄介なモノが襲ってくるという。
ベアトリーチェの残したルールに従って生きる方が賢く、威圧的で、ユスティナの天下のような轍を踏まない極度の中立思想を目指す者たちの集まりのようだ。
自分の残したものを大切にするという部分に関しては多少子供を見たような愛嬌を覚えたものだが、しかして困る。
(金にならんな)
金を得るにはそいつらを撃退しなくてはならないが、不幸なことにアリウス内で強いやつが全員出払っていた。
最初の会話は、ここに繋がってきたのだった。
「どうしますか?小生は依頼を受けた身としてこの件に関しては手を貸しますが、ベア……いえ、貴女はどうします?」
「手伝うは手伝うが、相手もこっちも同じ練度の軍人だ。司令塔がいるのといないとでは大きな差だろうな、だが責任者がいない」
「貴女が指揮を取ればいい」
「……本気で言ってるのか」
ベアトリーチェとしては今後の身の振り方を最悪考え直さねばならないやもしれぬ提案を、地下生活者はいつかの時より幾分も可愛くなった今でさえ、同じ圧を出しながら真面目に投げかける。
「無論、嫌がる理由もわかっています。二度も同じ末路を迎えるのは流石にごめん被る上、色彩に何を言われるも分からぬでは踏み出しようもない。処理しかかってる爆弾に火を持って近寄るのと同じことを、小生が口にしたのと同然であることも」
「ならば何故言った」
「我々はシナリオを知らない、ならばその場の最善を尽くしてみるのも一興だと思っただけです」
地下生活者が、地下生活者らしからぬ足掻きを本心から勧めている。
周りはとりあえず前線に出て、残りは彼女達よりも後ろにあるバシリカに下がっていた。
「確かに貴女が手腕を振るえば小生どもについては良からぬ噂が立ち、首を絞めるまで行くかもしれない……しかし、かといって目の前の危機を見過ごせば仕事不履行でそれこそ不評と不況を買う。小生は後者が確定事項だと捉えているので、可能性に賭けてみる方が面白いと感じただけです」
「貴様の口から聞きたくなかったぞ、悪夢そのものだ」
「では、こう言いましょう」
彼女、いや、彼はこう”煽る”。
「
子供は大人を食い物にして育ち、その連鎖が人生や歴史かもしれない。
だが、その先が悪意の無意味な進化であることは不愉快だ。
ベアトリーチェが嘗てアリウス内戦を終わらせ統治した時、確かに心無いことが埋め尽くす時代の支配者として君臨した。
けれども、誰も責任を取らずになすりつけ合い、王族の血という何も保証しないものを”当てにして”戦争を続けた人間の不確定性が支配する時代よりも、
そう、
「ふん、口はよく回るな。だがいいだろう、一つだけ条件を飲み込んでくれるならな」
「何でしょう」
「共に地獄へ堕ちろ」
可憐になったベアトリーチェの、白メッシュに隠れた瞳が黒く揺れて目の前の少女になってしまった大人に質問を返す。
向こう側にいた、シスターっぽい根暗な少女も少しだけ口元を緩ませた。
「……喜んで」
「よし」
かつてこの学園を統治した者は腹を括って、まだ戦いに出ていない出遅れた少女の肩を掴む。
アリウスの戦闘服を着ているが、どうも転入生らしく不慣れな環境で動きが相当遅い。
「は、はいっ!」
「あっちのアンチロイヤルなんとかとやらは今どこから来てる」
「えっと四方向からゆっくり押し込む形だとは聞きました!数は同数ですが、突発的な襲撃にこちらが出遅れた為、劣勢が続いています!」
「四方から挟まれては空城計*1も金蝉脱殻*2もままなりませんな」
「そもそもが軍人の作戦を突然仕掛けて対応できまい、慎ましく生活してて傍迷惑なことだ」
ベアトリーチェは考える。
戦闘員が混じっていては綺麗な指示はできないし、ましてや戦争を仕掛けるつもりの連中と違ってこちらは突然の戦闘に気持ちの切り替えが追いついていない可能性が高い。どちらも”
「小生も能力がありますが、適用の範囲は数人が限度です。ですが貴女が出撃したところで、小生に指揮能力も状況把握能力も怪しいし、何よりここに詳しくない。随分地味な第八次イゼルローン攻防戦、と言ったところですな」
「神秘に頼っては混乱が広がるだけだ、大人の手腕で勝たなければ余計なことに巻き込まれかねないぞ」
「ならば、アリウススクワッドが帰ってくるまで耐えるしかありませんな。しかし戦車や迫撃砲などの用意もないとも思わない、瓦礫と迎撃されては籠城も叶わないと思いますが」
「どうにかして敵の勢いを挫くしかない、か。騙し騙し、時間をかけて」
「それも今回シークレットでの依頼ではなかったので、我々の事も計上してる前提でね」
籠城するにしてはこちらの武装と物資が不足しているし、そもそもずるずると引き下がれる保証もない。さらに籠城している間に学園が無惨な姿になれば、士気は低下する一方だ。
壊された時点で相手を付け上がらせ、そして帰ってきた生徒達は無力感に苛まれるとなれば大きな負の螺旋が日常の重力崩壊として避けられないことは明白。
(自分が指揮権を握った方がいいと言ったはいいが、そもそも私の命令を聞く謂れはない。ベアトリーチェとなれば尚更だし、そうでなくても第三者にもたらされた勝利が毒にもなり得る。だが、このまま闇雲に戦いを続ければ初手で差をつけられた以上逆転もできまい。相手が指揮官不在を狙い撃ちしたのは明白で、この時点で指揮官騙しは不可能だ。同じアリウスでいる以上……待て)
彼女は苦悩の末、何かを思いつく。
「君」
「ハイっ!」
呼び止めた少女に、ベアトリーチェは頼む形で指示を出す。
「代わりに指揮官になってくれないか、参謀として私がつく」
「分かりまし……えっ!?私が!?」
「私が指揮を取るわけにもいかないが、こういう時の心得はある。我々がいれば、君は負けることはない」
「ですけどスバルさんとかサオリさんみたいなかっこいい指揮は出来ないですよ」
「それでいい、
地下生活者の方に向く彼女。
「彼女と共に放送室に向かう、そこで臨時司令部を設立し無線機で指示を出そう」
「どういう指示を?」
「初心者の指示で調子に乗らせる、お前と私が使われてない無線機を取って、目星と聞き耳を何度でも振って貰うぞ」
「よし来た、小生にお任せあれ」
方向は決まった、ならば動くのみ。
少女三人は到着するまでは何も言わずに駆け出し、1分足らずに放送室へ到着。
広い放送室だ、ラジオルームを模した会議テーブルもある。
「ここに無線機を」
「はい!」
テーブルに置いて、急いで配線を繋げるベアトリーチェ。起動確認をすればそのまま今度は生徒が無線機と周波数を合わせて広域に指示を出せるように調整。
「お前はさっさと屋上に行け!」
「分かってますよ、というわけで狙撃されないように祈ってください」
「祈ってやるよ、シナリオを書くのに夢中になってなければな」
「孤独死確定か……では」
呆れた顔の地下生活者も、少しばかり笑顔を見せてから手元のトランシーバーを持って屋上へ。
残されたのは偶然捕まった新人と、ベアトリーチェの二人のみ。
「スマホに台本を書くから、その通りに読んでくれ。質問は全却下で構わない、緊急時だしな」
「分かりましたけど……」
「時間がない。ほら」
メモに指示をある程度用意して、少女に渡す彼女。
「名前はいらない、臨時司令部長として恥じない指揮を期待する」
「傀儡ですけどねっ!」
「ではさっさとしろ」
託した人間は、それで間違いなく事態の好転へ歩めるという確信があった。
その確信が、きっと少女の心に響いたに違いない。
マイクを取り、託された”生徒”は指示を出す。
「こちら臨時司令部、現在遠出中の姫より代理指揮を任された。現在彼女達はこちらへ急行中、各位状況知らせ」
初めてにしてはえらく透き通って悩みのない声。
少女の顔は苦悩をこれ以上広めないために、覚悟を決めた凛に彩られていた。
成果は、ベアトリーチェが褒める前に来る。
《こちら臨時迎撃部隊南!損害軽微、敵戦車破壊せり!》
《臨時北迎撃部隊、被害甚大!現在後退中!》
《こっち臨時迎撃部隊、えっと西!被害中程度でそろそろ全滅ライン!》
《臨時迎撃部隊東担当、こちら被害なし。敵半壊だが突破にもう少し時間が必要》
「北方面担当はそのまま後退、東担当は敵撃破を目標に行動!」
南と東が有利、北と西が不利ときた。
マイクのスイッチを切り、司令部長とベアトリーチェは顔を見合わせる。
「どうしましょう……」
「南はそのまま、北は後退させつつそのまま奥地で食い止めさせよう。東担当部隊の撃破を以てそれを突出、餌として釣れなければ北方面の敵を挟み撃ちにする。逆に突出した部隊を恐れ挟撃を仕掛けるならそれを後退、南北の敵をおびき寄せてる間に北の奥地にいる奴らに西の奴らをくっつけて迎撃。
とにかく東担当の速さに期待しよう」
《こちら東、敵の撃滅に成功せり。敵が撤退中》
「早かったな、司令官」
「うん!」
《聞こえるか》
「なんだ」
ベアトリーチェのトランシーバーから、敵を遠くより観察中の地下生活者の声がした。
《北担当の後退するスピードが早すぎますな。このままだと学校内に入り込むのも時間の問題だと思いますが》
「いっそ学校内まで堂々と下がらせる、時計回りで東の部隊を側面から襲撃させて一気に崩す」
《大体が普通の兵士で、兵器は見えません》
「分かった」
少女にアイコンタクトをとって、指示を促す。
「こちら臨時司令部、東担当部隊は北上して校舎北の部隊を残っている北担当と挟撃してこれを撃破。北担当部隊は校舎付近まで下がって、東担当の側面攻撃に合わせて攻撃を再開」
《了解、数分後に到着後攻撃を開始する》
《了解!後退を急ぎます!》
地下生活者に確認すると、実際に急いでいる両部隊の動きが見えているようだ。問題ないらしいとバックが来て、一旦はそっちを頭の中から排除するベアトリーチェ。
「とは言っても今度は南と西か。こっちは自由ではないし、西は劣勢。困ったものだな」
「北方面の壊滅を待つ時間があるかどうかも分かりません、どうしましょう」
「時間を掛ける以外に今やれることがないからな、数百同士の戦闘とは言え先手を取られたのが痛い」
彼女達が頭を悩ましている間に、当然の帰結がスピーカーから流れてくる。
《西担当部隊、全滅寸前!》
「まずいな、こちらに戦力はない」
自分の持ってるトランシーバーに話しかけるベアトリーチェと、答える地下生活者。
「西部隊の方はどうなってる」
《戦車に押されているのか結構怪我人が出ているようですね。ですが流れてくるスピードはそこまで早くないらしい。案外、整備の関係か何かで戦車そのものの進行を早く出来ないとか》
「南は?」
《戦車撃破の影響が強いのか大破した戦車で逃げ場を無くした奴らは倒せてますが戦車から向こう側の方はまだ停滞している様子です。睨み合いかと》
急いでメモを修正して、司令部長に渡す。
「早く指示を」
「は、はいっ!」
少女は彼女のスマホを手に取って、マイクのスイッチをオンにして指示。
「南の担当部隊は持っている手榴弾や発煙弾を撃ち込んでから混乱を起こして撤退、西の部隊の援護に当たられたし!西担当はそのまま後退して増援を!」
《こちら南担当部隊、それら爆発物のストックなし。撤退に際した混乱を起こせるに至れない》
「一個もない?」
彼女達の計画が頓挫した。
マイクを切り、二人は話す。
「どうしましょう!このままじゃ西も」
「落ち着け、あくまで一個の作戦が潰れただけだ。形勢が逆転したわけじゃない」
《こちら西担当!戦力全滅!後退していますが戦闘能力がありません!》
「ちぃっ」
ベアトリーチェが舌打ちして、考える。
このままでは西側から攻め入られるが、かと言って増援を送れるほど余裕もない。
そして追い打ちをかけるように騒音が、彼女達の背後から鈍く響き、ベアトリーチェの腰掛けたトランシーバーから地下生活者の声が。
《まずいですぞ、小生らの懐に入り込まれた!》
「何だと!一体どこの部隊が!」
《敗走したはずの東に居た部隊が!今はまだ小生で何とかできますが、このまま雪崩れ込んでくれば勝ち目がない!》
西の抵抗が壊滅的ともなれば、その勝ち目がなくなるタイミングがやってくるのは時間の問題。
「こちら司令本部!北担当、敵部隊の壊滅は?」
《こちら北担当、東担当と挟撃していますが数が多い為まだ無力化に時間が掛かります!》
《西担当部隊もう持ちません!助けてください!》
臨時司令部というものを組み立て、それによる指示の確実さと効力が相手への不意打ちとなっていたが、落ち着く時間を与えてしまい挙句懐に入り込めた相手視点では、その臨時司令部とやらを恐れる必要は無い。
内情も、恐らくは今日来ているであろう助っ人の片方が見えていない時点で察していたのかもしれないし、絶体絶命の窮地に立たされた。
《臨時司令部、指示を!》
マイクのスイッチを切り忘れて、嗚咽しか出なくなる少女。
何とかしようと考えるも、流石にあの時よりも無力で頭を回そうとも答えに辿り着けないベアトリーチェ。
《こちら北担当、相手の抵抗しぶとくまだ倒せません!》
《南担当より、敵が攻勢に出ました。対応を再開します》
決断を迫られたのは、当然かつてこの地を支配した女性だった。
ベアトリーチェそのものが禁忌のようなもので、神秘や色彩の汚染で窮地を脱することは即ち敵の思う壺でもあり、また新たな火種になるだろう。
楽しめと色彩に言われて、結果が分かりきってるのにも関わらずまた力で少女達の安寧に埋もれるのは不本意だが、今の生活を保つにはもう嘗てゲマトリアだったその神秘を振るうしかないのだろうか?
「どう、しましょう……私、は……」
精神崩壊一歩手前で、泣きながら失禁してしまう少女を見ればもう彼女も正体を晒して守り抜くしかない。
少女、いや、“生徒側”になった責務をせめて大人同士で戦う程には誇りがあった存在として守り抜かねばならないのだから。
(ようやく、裁かれる時が来たか。バシリカの神様に、な)
多少表情を曇らせながらも、嫌になる裁きの時を覚悟してベアトリーチェは外に飛び出そうとする。
「待っ、て」
自分の仕事を最後までまっとうしようと、司令部長をやろうとしてる少女は参謀を引き止めようとした。
が、もう既に他にやることが無い。そう諦めたベアトリーチェは無視しようとする。
無線機は、そんな彼女達に追い打ちをかけるようにノイズを走らせ、人の声を届けた。
《臨時司令部、こちらアリウススクワッド》
可愛いが、威厳のある声。
《現在西部より奇襲を仕掛ける》
「ロイヤルブラッド……いや、アツコか!」
流石にもう少女がろくな受け答え出来ないと踏んで、ベアトリーチェはマイクを取る。
「こちら臨時司令部!アリウススクワッド!」
《こちらアリウススクワッド、臨時司令部には引き続き本作戦の指揮を一任。西方面の制圧後、そちらの指示に従い迅速に撃退する。
尚南方面についても、同様に増援を用意した。把握をお願い》
「増援?」
《イィィィィィーハァァァァァァーッ!》
その声は、今のベアトリーチェがよく聞く声。
「カゲカツ!」
《全員こいつでしばき回してやらぁ!》
《ありえないこいつ!筋骨隆々の馬と鞘の付けた槍であぁーッ!》
《あれホームガードパイクだよな!?武将みたいに振り回して……!》
雑に音を拾うせいで相手の恐怖が丸わかり、地下生活者もその恐怖が伝播した侵入者を倒し終えたのか連絡を送る。
《処理は終わったぞ!》
「良くやった!」
《こちら北担当、敵部隊の投降と拘束を確認!今すぐ西へ向かいます!》
「頼む!」
マイクを持ったまま、少女に駆け寄るベアトリーチェ。
「もう大丈夫だ、私達は助かった」
「ほん、と、に……?」
手を握る彼女は、優しい声で諭す。
「アリウススクワッドの奇襲と、もう一人とんでもない奴が来て助けてくれた。だから大丈夫だ、もう休んでもいい」
「やった……」
極度の緊張感や責任感で精神が強く疲弊した彼女は、そのまま気絶。
ベアトリーチェが代わりに通信を担当するようになったが、正直な所ここからさらに戦闘らしい戦闘も起こり用がなかった。
あったとすればカゲカツがヘマをやらかすか人数差で押されるだろうが、特異な戦い方をして尚暴れた彼女に挑もうとする奴はいなかったらしい。
《アリウススクワッドから司令部へ、西方面壊滅、残りは投降ならび逃走を洗濯。只今より南の援護に……》
《こちらカゲカツ、槍振り回して馬でタックルを仕掛けたら全員逃げてった。大体はのしてやったから動かないだろう。立て直しと状況整理のためアリウス校舎へ足を運ぶ》
「了解、校庭で待つ」
通信を切り、これが最後の応答だとして通信機の電源も落とした彼女は、気絶した少女を労うように布団をかけて眠らせ、放送室を後にする。
「ようやく終わりましたな、しかし三時間も戦っていたとはやれやれ骨が折れそうですぞ」
「良くやった、お前の事を見直したぞ」
「少女を支え続けた功績と比べればただの暴力なぞ些細なものです」
地下生活者と共に、二人で校庭へ出る。
すると夕日が綺麗に差し込まれる場所に、馬に乗った四人の勇士が現れた。
「姫だ!」
「サオリさん!」
「ミサキさんも!」
「ヒヨリもいる!」
疲弊しても戦い抜いた“少女達”は、自分らを救った娘達に群がる。
「みんなが居てくれたから間に合ったんだよ、ありがとう」
そう高嶺の花らしく振る舞うが、それと同時に少し離れた場所ではどよめきが。
「えっあれ武士か何かかな」
「いわゆる傾奇者って奴でしょ。怖いな馬もあんな隆々としてて」
「ホームガードパイクをあんな堂々とかついでカッコいい人初めて見たかもしれない」
散々な言われようにちょっと肩を落とすカゲカツの姿も見られた。
五人の救世主が来た事で大盛り上がりだが、カゲカツはまず仲間の二人に挨拶。
「よっ」
「遅かったな」
「そう言うなって、これでも全速力で来たんだぞ」
「馬に乗ってか?」
「ああ、どうしてもアリウスに行くには余程のことが無いと車両を通しに行くのは難しいからな。バイクより小回り聞くお馬さんが早いって決めて乗り回したのさ。おかげでかっこよくなった」
欠伸をするカゲカツに呆れるベアトリーチェ。
だが、そんな三人の団欒にちゃんと向き合うべきものを抱えた少女が一人やってきた。
「あの……」
「ん?」
近づいてきたのは、アツコだった。後ろにはアリウススクワッドの面々が居る。
「私達が到着するまでの間に、守ってくれてありがとう。みんな、貴女に感謝している」
「それはどうも。私はここが守られなければ仕事不履行で食い扶持が無くなるから困る、というだけだったがな」
「……やっぱり」
話し方と、改めて姿を見てアツコは確信する。
肌が白く人の見た目をしていたが、やはり目元や口ぶり、赤い長髪に白いメッシュでそれっぽい容姿になってしまう。それだけならともかく、神秘を良く知る少女にとって目の前の女の正体は隠せていないも同然だ。
答えを欲しているのだろうが安易に肯定するわけにもいかないベアトリーチェは濁す。
「……人違いだ。マダムというやつのことは知らない」
「そう、だよね」
「……なんだ」
「どうして、貴女を捨てて大きくなったこの学園を救ったの?貴女にはもうこの学園の生徒を生かす理由も、ましてや助ける理由なんてないのに」
二人の会話を、地下生活者とカゲカツは聞いているが横槍は入れない。
「全ては成り行きだ、縁を感じ取ってきてみれば同じような手柄を立ててしまうところだったのは肝を冷やしたが……貴様のおかげで同じ末路をたどらずに済みそうだ」
軽口を叩くベアトリーチェに、くす、と笑うアツコ。
「貴女は確かに、ゲマトリアとして恐怖の側面を強く押し出した支配者だった。でもその前には既に内戦を終結させた英雄でもあった。貴女にも確かに、先生みたいな“大人の背中”があったのかもしれない。誰かが見出しただけのものでも、確かにそれは貴女の善行だった。不必要な殺戮と報復の歴史を一旦でも収めたのは、あの時代には貴女しか居なかったから」
「私は私だけにしか興味はない、勝手に英雄に祭り上げてくれるな」
「ううん、そんな事はしないよ。私達にはもう、先生っていう今を生きてる人がいて、貴女が悪に堕ちたのをきっかけに軌道修正しながら、そして別の大人を頼りながら成長してる」
微笑むアツコの表情に、母性を感じるのは成長の証だろうか。
「……アツコ」
「貴女がどういう“人”であっても、アリウスの存在を繋いでくれた善を持ち合わせた存在だったから、ここまで生きてこれた。その善行は純粋なものだった、それだけは否定されてはならないし、叩き棒として返り血に穢れていいものでもないと思う」
「変な事を言うな、気に障る」
「でも人としての一線を超えた貴女はどう考えても尊敬出来ないし、排除するしかない。その先に行ってしまった以上もう、道を交えることも無い。だから……」
彼女は微笑み、手を握る。
「あの時のアリウスを救ってくれてありがとう、マダム。そしてさようなら、色彩に魅入られた悪逆非道のベアトリーチェ」
握られた手を見つめるベアトリーチェだが、そうも感想が出てこない。
だが、彼女が出来なかった訣別ぐらいは引き受けてやった方が良いのだろう。
「……ふん、好きに言っておけ」
だが無作法には扱わず、しっかり手を握り返してから離し、他のメンバーに目配せをすることもなくベアトリーチェはいつもの二人を見た。
「帰るぞ」
「いいのかい?もう少し観光しなくても」
「いくら綺麗になったからと言ってもまだ唯の薄暗い街だからな、学校を満喫したらもう少しだけ時間を置いてまた来る方がいいだろう」
彼女は一切振り向くことなく、校庭から外の階段を降りていく。
「オレたちも帰るか、馬はまあ返してくれるだろ」
「そうですね、彼女を一人で帰らせる理由もないでしょう」
カゲカツはアツコの前に出る。
「それじゃ仕事終わりで、金はまあどっかのタイミングで振り込んでくれればいいよ。今回はかなりまけとくぜ」
「ありがとう、何処かでちゃんと埋め合わせするよ」
「じゃ馬を返しといてくれ。トリニティの連中もあんた達が無傷で返したとなれば評判も鰻登りでニヤけるだろうさ」
後ろ手を振って、地下生活者と二人で彼女も階段を降りて去る。
日も沈む中で紺色の星空が映り始め、流れ星もない退屈な空を恒星達が争うようにかがやいていた。