GATE 〜AVENGE IN ANOTHER WORLD〜 作:蓮太郎
皇居前広場は、異様な熱気に包まれていた。
機動隊の隊列が盾を構えて横一列に並び、その後方で警官たちが検挙用の資材を慌ただしく運んでいる。
先ほどまで続いていた異世界の兵士たちの突撃は、自衛隊の装甲車両とヘリの支援によって一時的に下火になっていた。
「第二波に備えて陣形を立て直せ! 左右の翼を固めろ!」
伊丹耀司は機動隊の指揮官と並んで、前方の道路を見据えていた。三十を過ぎた自衛官。特別な力もなければ超人でもない、ただの人間だ。
だが、目の前で起きている異常事態に誰よりも早く適応し、現場の指揮を執っていた。
「伊丹三佐、避難民の受け入れは完了しました。ただ……」
「ただ?」
「まだ向こう側に取り残されている人がいるかもしれないとの通報が」
伊丹は舌打ち頭を抱えた。
門が開いてからまだ時間は経っていない。銀座の人間全てを避難させるには時間が足りなすぎた。
「分かった。機動隊はこのまま警戒を。俺は――」
言いかけて、彼の目が動いた。
皇居前の道路、その向こう側。瓦礫と煙の間から、小さな影が走ってくるのが見えた。
「子供だ!」
「なにっ!?」
「逃げ遅れたのか!親は!?」
「居ません!はぐれたようです!」
年齢は十歳にも満たないだろう。小さなリュックを背負ったまま、泣きそうな顔で一生懸命に走っている。
その背後から、異世界の兵士たちが迫っていた。しかも、ただの兵士ではない。兵士よりも一回りも二回りも大きい、人型の化け物であるオーガだ。
棍棒を振り回し、地響きを立てながら子供を追いかけてくる。
「くそっ、銃は使えんぞ! 子供がいる!」
伊丹の叫びに機動隊員たちの顔が強張った。催涙弾も威嚇射撃もできない。子供に当たる危険性がある。
だが、このままではオークの棍棒が子供に届く。
オークが棍棒を振り上げた。子供が転んだ。リュックの口が緩んでいたのか中のおもちゃが散らばる。
誰もが間に合わないと思った。一か八かで射撃するか極限まで迷ってしまったのだ。
ふいにどこからか、高速で飛来した円形の影がオークの棍棒を弾き飛ばした。
甲高い金属音が響き、棍棒が宙を舞う。オーガが目を白黒させている間に、その影は信じられない軌道を描いて上空へ。
大きく弧を描き、そして。
「大丈夫か」
投擲した男の手に戻ってきた。
星条旗の盾。青と白の体に、胸の星。キャプテンアメリカが、子供とオーガ達の間に立っていた。
「君、早くあっちへ行くんだ」
子供は泣きじゃくりながらもヨタヨタと立ち上がる。
膝に擦り傷ができたようで、子供らしく痛みで動きが鈍くなっている。
「任せた!」
「あ、ああ……って、お前は何者だ!?」
「説明は後だ」
キャプテンアメリカは振り返った。オーガ達が仲間を呼んだのか、道路の向こうからゴブリンやら兵士やらがわらわらと現れ始めている。
数は百ではきかない。二百、三百。もしかしたらもっといるかもしれない。
「おい、あんた一人で何とかする気か!?」
拡声器越しの伊丹の声に、キャプテンアメリカは盾を構え直しながら答えた。
「子供がそっちへ行く以上、君たちは迂闊に撃てない。違うか?」
「それは……そうだが」
「なら、俺が前に出る。君たちは後ろで体制を整えてくれ。この子を安全なところへ」
「待て! 一人で行くのか!」
キャプテンアメリカは答えなかった。ただ、伊丹に向かって小さく笑ったように見えた。
それから彼は走り出した。異世界の軍勢に向かって、たった一人で。
「正気か!?」
「盾だけで、あの人数は無茶だ!」
機動隊員たちの間でざわめきが広がる。だが、伊丹は違った。
彼はこの男がただの人間でないことを、先ほどの盾の軌道だけで理解していた。あんなもの、人間にできる動きじゃない。
それに、彼の声に聞き覚えがある気がしてならなかったが、今やるべき事は既に頭の中ではじき出されていた。
「全員、検挙の準備を急げ。あの人――いや、あのヒーローが時間を稼いでくれているうちに」
「ヒーローって、伊丹三佐」
「そうとしか言いようがないだろ」
何とか子供は走り、前を張る機動隊をかき分け身軽な伊丹が子供を確保しようと駆け抜ける。
伊丹は腕の中の子供を抱え直し、後方へと走った。背中越しに金属と金属がぶつかり合う音が聞こえ始める。
キャプテンアメリカが、異世界の軍勢と交戦を始めたのだ。
泣きながらも進んできた子共を何とか抱きかかえ、流れ矢が飛んでこない内に全力で走る。
「おじさん」
子供が伊丹の腕の中で小さく言った。
「なんだ?」
「あの人、すごく強いの?」
伊丹は走るはやめなくとも一瞬考えてから、正直に答えた。
「ああ。たぶん、この街で一番強いんじゃないか」
「すごい」
「ああ。すごいよ」
その頃、キャプテンアメリカは文字通り一人で異世界の軍勢を相手にしていた。
「はっ!」
盾を振り抜きゴブリンの棍棒を叩き折る。そのまま体を捻って横に跳び、槍をかわす。
着地と同時に盾を投擲。三人の兵士を一気になぎ倒し、跳ね返ってきた盾を左手でキャッチ。
その流れるような動作の一つ一つに、一切の無駄がなかった。
『キャップ! 聞こえるか!』
インカムからアイアンマンの声が響く。
「聞こえる! 門はどうなった!」
『今から指揮系統をどうにかするところだ! そっちはどうだ!』
「皇居前に異世界の軍勢が集結してる! 数は――」
キャプテンアメリカは盾でオーガの一撃を受け止めながら、周囲を見渡した。まだ増えている、ゴブリンもオークも兵士も、門から次々と溢れ出ているようだった。
「数え切れない!」
『ちっ、キリがないな。だがもうすぐだ。指揮系統を抑えたら烏合の衆だ』
「急いでくれ! こっちは一人で持ちこたえられる時間にも限りがある!」
『一人でやるからだろ。誰かさんが突っ込みすぎなんだよ』
「うるさい!」
通信越しにアイアンマンが笑うのが聞こえた。キャプテンアメリカも、思わず口元が緩む。こんな状況でも、こいつは笑えるんだなと。
「とにかく、早くしろ! 俺は――」
盾を構え直し、目の前の軍勢を見据える。
「この街を守りたいんだ!」
その時だった。キャプテンアメリカが大通りに出た道と逆方向から高速で何かが飛び出した。
道中で轢かれたのか、彼の目には早過ぎて捉えられなかったが兵士たちが吹き飛ばされる。
キュン、と高速で走ってきた誰かはキャプテンアメリカの横で止まり、若干ワタワタと言い訳を探すようにしていたが、口を開く。
「遅れてすまない! さっき目が覚めた!」
言い訳はやめて正直に話した男に、キャプテンアメリカはその姿と能力に覚えがあった。
「お前……!」
「ああ、待たせたな!」
銀髪の男、クイックシルバーことピエトロ・マキシモフ――彼もまた、この世界に転生したヒーローの一人だった。
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