幼馴染によってトラウマを植え付けられた俺は、元アイドルの超絶美少女に救われる~発症トリガーの幼馴染と、克服トリガーの元アイドル~ 作:かかのすけ
ついに凛の誕生日当日の朝を迎えた。
浅い眠りのまま迎えた朝。
カーテンの隙間から差し込む眩しい光と、どこか遠くで鳴く鳥の声で目が覚める。
重いまぶたを擦りながら体を起こすと『決戦の日』なのだという実感がじわじわと込み上げてきた。
(昨夜は色々と考えてしまって、結局なかなか寝付けなかった……)
今日は凛の誕生日だ。
注文していたプレゼントは無事に受け取った。
それが手元にあるだけで渡すのが楽しみになってくる。
重い体を無理やり起こし、ベッドから起き上がって浴室へ向かった。
シャワーと歯磨きを済ませ、リビングで朝食を取っていると――。
「兄さん、おはよ」
茜が眠たそうにリビングに入ってきた。
『はぁぁ……』と大きなあくびをする口を手で押さえている。
喉が渇いているのか、そのまま冷蔵庫へ直行した。
「おはよー」
俺は生返事を返し、目の前に置かれた食パンをじっと見つめる。
(どうしよう、緊張しすぎて食欲がないんだが……)
食パンと睨み合いを続けていると、コップ一杯の麦茶を一気に飲み干した茜が声をかけてきた。
「今日だよね。凛ちゃんの誕生日」
「うん。緊張して胸が痛い……」
「緊張? どうせ振られて帰って来るんだから大丈夫だよ」
「……縁起でもないこと言うなって」
……あれ、本当に振られる気がしてきた。
引きつった俺の顔を見た茜が、慌てて口を開く。
「……う、嘘だって! 上手くいくといいね!」
そう言って、茜は着替えのため浴室の方へ向かって歩き出す。
しかしリビングのドアノブに手をかけたところで、ふと足を止めて『でも……』と呟いた。
「もし兄さんが振られたら……茜が凛ちゃんの代わりになってあげても……いいよ?」
「ああ、ありがとう……え?」
凛のことで頭がいっぱいだった俺は、ろくに考えもせず流れで適当に返事をしてしまった。
だが、今言われた言葉の物凄い意味を遅れて理解しようとした瞬間、茜は顔だけをこちらに向け、ニヤッっと笑ってみせた。
「なーんてね♡」
小悪魔的な笑みを浮かべて俺を見つめる茜。
『私、可愛いでしょ? ♡』とでも言いたげな表情で、あざと可愛さを全力で演じて見せている。
そんな妹の魅惑的なセリフと表情にノックアウトされる……はずもなく。
「どうしたんだよ。早く風呂入らないと遅刻するぞ」
「……ッ!」
冷ややかな身も蓋もない俺の返答に、茜は一瞬で顔を真っ赤にし、大慌てで視線をドアの方へと逸らした。
「……やっぱりフラれちゃえ」
捨て台詞を残し、パタンと激しくドアを閉めて浴室へ消えていった。
(……なんだったんだ?)
ちなみに茜は俺の一つ年下の中学3年生だ。
一応説明しておくと、妹だけど血は繋がっていない。
父さんの再婚相手の連れ子であり、九年前から家族になった。
そして二年前。
とある事情によって、俺たちは親のいないこの家で二人きりで暮らしている。
茜は一見すると物静かで無愛想に見えるが、その実、驚くほど情が深くて優しい。
本当なら俺なんかと無理に暮らす必要などなかったはずなのに、自らの意思で俺と一緒にいることを選んでくれたのだ。
血縁関係こそないものの、俺たちの間には家族以上の絆が存在していると信じている。
自室で制服に着替えた後、机の上に置いていたプレゼントを手に取り、ゲン担ぎ代わりにぎゅっと握りしめる。
(……頼むぞ!)
そのまま大切な箱を鞄に丁寧にしまい込み、玄関へ向かった。
「茜~。 行ってきまーす……!」
少し大きめの声をかけるが、返事はない。
いつもなら玄関まで見送りに来てくれるのだが……。
(……まあいいや)
そのまま自宅を出て、お隣の凛の家へと足を向けた。
◇
凛と並んで歩く、いつもの通学路。
――今日、俺たちの関係が何かに変わる。
そう思うと、歩き慣れたはずの景色がどこか違って見えてくる。
一方の凛といえば……歩きながらずっとスマホをいじり倒していた。
「ねえ、凛」
「んー?」
隣を歩く彼女に声をかける。
「今日の放課後、大丈夫だよね……?」
「うん? そうだね」
俺が話しかけても、視線はスマホの画面に釘付けのままだ。
……明らかに話を聞いていない。
今日は決戦の日だというのに……。
なんだか嫌な予感が漂ってくる。
凛のそっけない態度に不安を覚えるが、余計に話しかけて気まずくなるのは絶対に避けたい。
(……あとでLINE送っておくか)
「あ、もうここ!? あっちゃ~、今日全然話せなかったね……。じゃ、先行くね」
そんな感じで、凛とほとんどまともな会話も交わせないまま、公園で別れることになってしまった。
凛の背中を見送った俺は、ベンチで待っている伊藤さんの方へと向かう。
「伊藤さん、おはよ」
「あ、左条くん! おはよ~」
俺に気づいた伊藤さんが、パッと花が咲くような笑顔で挨拶を返してくれる。
さっきの凛の態度で沈んでいた気持ちが、学校に着くまでにスーッと上向きになっていくのが分かった。
……伊藤さんって、本当に良い人だよな。
彼女と友達になれて心から良かったと思う。
「今日でしょ? 本当に、その……告白するの?」
伊藤さんが少し上目遣いで尋ねてきた。
「うん。正直、全然自信ないけどね」
「そっか。左条くんならきっと大丈夫だよ! 上手くいくといいね」
「ありがと。でも色々考えすぎて朝ごはんも喉を通らなかった……」
「なにそれ」
伊藤さんがくいっと口角を上げて優しく微笑む。
俺と伊藤さんはたわいもない会話を交わしながら、学校までの道のりを歩いた。
ついでに凛に『今日の放課後は予定通り大丈夫だよね?』とLINEを送信しておく。
◇
学校に着いた俺たちは、そのまま教室へと向かった。
教室に入ると、凛の席の周りにはいつものように陽キャグループのクラスメイト達が群がっていた。
時折、彼女たちの中心から大きな笑い声が弾けるように聞こえてくる。
自分の席に着き、鞄から筆記用具や教科書を取り出していると――。
――ぎゅるるるぅぅぅッ!!
突如、お腹を激痛が突き抜け、猛烈な大波が襲ってきた。
(やべっ……!? 漏れる!!)
俺は慌てて鞄を放り出し、脱兎のごとく教室を飛び出してトイレへ駆け込んだ。
あまりにも急激かつ強烈な腹痛だったため本気で決壊を覚悟したが、ギリギリセーフ。
事なきを得た。
それにしても危なかった……!
人生最大の決戦の日に学校で漏らすなんてことになったら、一生モノのトラウマになるところだったぞ。
間一髪で生還したことに心底安堵し、しっかりと手を洗ってから教室へと戻った。
教室に入ると、俺の姿に気づいた凛が『あっ!』と小さな声を上げて駆け寄ってきた。
凛が元いた席の周りには彼女の親しい女子グループと、さっきまではいなかった神宮寺の姿がある。
だが――いまの俺の胸を最もざわつかせたのは、斜め後ろの席に座る伊藤さんの表情だった。
自分の席に座ったまま、入り口に立つ俺をじっと見つめる伊藤さん。
――その顔は苦しげに硬直して歪み、今にもボロボロと涙を零しそうだったのだ。
(伊藤さん……?)
「蒼、ちょっと良い?」
凛の声が聞こえ、意識が引き戻される。
「どうした? というか、みんなの前で俺に話しかけて大丈夫なの?」
俺は周囲に聞こえないよう、凛にだけ届く小さな声で耳打ちした。
「そうなんだけどね……謝らなきゃいけないことがあって……」
(俺に謝ること……?)
「どうしたの?」
「LINE見て思い出したんだけど……今日ってその……」
「……うん」
あ……そういうことか。なんとなく察しがついた。
凛は申し訳なさそうに両手を合わせ、小首をかしげる。
「ごめん! 予定入っちゃった! だから今日は……ごめん!」
……まじかよ。