幼馴染によってトラウマを植え付けられた俺は、元アイドルの超絶美少女に救われる~発症トリガーの幼馴染と、克服トリガーの元アイドル~ 作:かかのすけ
夏野凛の誕生日当日の夜。
自室のベッドで仰向けに横たわる葉月の視線は、虚ろに天井の一点を見つめたまま動かない。
カーテンの隙間から差し込む月光が薄暗い室内をわずかに照らしている。
(左条くん……大丈夫かな……)
『兄さんなら、きっと大丈夫だから』って、茜ちゃんはそう言って笑っていたけれど……。
今日は凛さんの誕生日だった。
左条くんは一ヶ月以上前から準備をしてたんだよ。
今日という日をどれほど楽しみにしていたのかを知っていたからこそ、胸が押し潰されそうになる。
……彼は今日、考え得る限りで最も残酷な仕打ちを受けた。
左条くんがトイレに行っていた時、私は聞いてしまった。
『おはよう、あっそれと凛、誕生日おめっと~』
『拓海くんおはよう! 十六歳になりました~!』
左条くんがいない間に交わされていた、神宮寺くんと凛さんの会話。
私はなんとなくその会話を聞いていた。
『うえーい! それはそうと、今日空けてあるよね?』
『え?』
その時、凛さんがわずかに驚いていた気がする。
『今日は凛の誕生日だからバーベキューできるテラスをみんなで予約しておきました~!ぱちぱちぱちぱち』
凛さんは困ったような、そして気まずそうな顔で口を開いた。
『今日は無理なんだよね……ごめん!』
そうだよね。
今日は左条くんと遊ぶ予定だもん。
だけど、神宮寺くんは引き下がらずにしつこく理由を聞いていた。
最初は『大したことじゃないから』だとか言って誤魔化していたけど、神宮寺くんたちはしつこく理由を聞いていた。
そして、凛さんは言ってしまった。
『ある人にしつこく誘われてて……オーケーしちゃったんだよね』
え……?
——しつこく誘われて、だなんて。
左条くんがどれほどの思いで、どれだけの勇気を振り絞って凛さんを誘ったのか。
その一途な気持ちを『しつこい』の一言で片付け、軽く扱う凛さんにふつふつとした強い憤りが込み上げた。
『は?そういうこと? 俺らめっちゃ準備して楽しみにしてたのに~。 なあ? 千夏』
『そうだよー! しつこいから仕方なくオーケーしたんでしょ? なら今からでも断っていいんじゃない? 主役がいないとつまんないよ』
『そうそう。 バシッと言ってやれば大人しく引き下がるって』
周りに持ち上げられた凛さんは、ほんの少し迷う素振りを見せた後に晴れやかな笑顔で頷いた。
『そ、そうだね! あとで断っておこうかな! みんなありがとう!今日の放課後楽しみ!』
こうして、凛さんは左条くんとの約束を簡単に破ったんだ。
左条くんを傷つけないように、やんわり断ることもできたはずなのに。
それなのに凛さんは、彼をまるでストーカーのように扱った……それも、クラスみんなの前で。
どうしてあんな酷い仕打ちができるのか、私には理解できない。
……けれど、私も同罪だ。私だって最低で酷い人間だ。
凛さんたちの会話をあらかじめ聞いていた私なら、あの悲劇を止めることだってできたはずなのに。
あれを前にして、私はただ固まることしかできなかった。
……たとえ中学の頃の嫌な記憶が頭をよぎっていたのだとしても、私は声を上げるべきだったのだ。
「左条くんのあんな顔、初めて見た……」
暗がりの中、天井を見つめたままぼそりと呟く。
あの後、彼は授業も受けずに早退してしまったけど……本当に大丈夫なのかな。
実は、さっきまで茜ちゃんと会っていた。
今日の出来事をLINEで伝えたところ『直接会って話を聞きたい』と返事があったからだ。
ファミレスで軽い食事を挟みながら、私は教室で起きた出来事をありのままに話した。
茜ちゃんは一瞬だけ顔を曇らせ『凛ちゃんがそんなこと……』と痛ましそうに落胆していたけれど、すぐに笑顔を作って『兄さんならきっと大丈夫』と言っていた。
あの現場を直接見ていないからこそ、そう思えるのかもしれない。
けれど、私よりも茜ちゃんの方が左条くんの強さや脆さを理解していると思う。
私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
(はあ……左条くん……)
――ブッ、ブブー
静寂に包まれた部屋で、スマホの振動音が小さく響く。
暗闇の中で光る画面に目をやると──そこには『左条蒼』の名前が表示されていた。
「…………っ!!」
跳ね起きるようにスマホを手に取り、急いでメッセージを開く。
――そこに並んでいたのは、淡泊な文面だった。
『大丈夫。心配してくれてありがとう』
(本当かな……)
――今の彼を支えてあげたい。
そう思うけど、その資格が私には無いのではないかとも思ってしまう。
私は肝心な時に怖気づいて、彼に対する酷い仕打ちを黙って見ていることしかできなかったんだもの。
はあ……明日会った時にちゃんと謝りたいな……。