幼馴染によってトラウマを植え付けられた俺は、元アイドルの超絶美少女に救われる~発症トリガーの幼馴染と、克服トリガーの元アイドル~ 作:かかのすけ
翌朝。
いつもより早く起きた。
昨日は一日の大半を寝て過ごしたので目は冴えているのだが、気分は最悪だ。
(学校、行きたくねーな……)
今日はもう休もうかな?
……いや、ダメだ。
俺は両手で頬をパンッと強めに叩き、強引に己を鼓舞して浴室へと向かった。
服を脱いで浴室へ入る。
カランをひねると、シャワーから勢いよく水が出てくる。
若干暖かい。
ふと目の前の鏡に視線をやると、そこにはボサボサの長髪で覆われ、表情すらまともに見えない自分の顔が映っていた。
「本当に気持ち悪い顔だな……」
鏡の中の自分に向けて、心底嫌気がさしたように酷い言葉を吐き捨てる。
やがてシャワーからいつもの温度のお湯が流れてきたので、俺はその熱に逃げ込むように、汚れた頭と身体を洗い流した。
シャワーを浴び終えた俺はそのまま歯磨きを済ませてリビングへ向かう。
リビングのドアを開けた瞬間、炊きたてのご飯と味噌汁、そして香ばしいおかずの匂いが鼻腔をくすぐった。
昨日はほとんど何も口にしていなかったせいか、その香りは食欲を刺激してくる。
茜が作ったのかな?
疑問を抱いていると、聞き慣れた声が耳に届いてきた。
「あ、兄さんおはよ」
エプロン姿の茜が俺を見てニコっと笑った。
……天使かよ。
「……おはよう」
「もうすぐ出来るから座ってて~」
「お、おう」
……って、なんで?
茜が朝から料理してるとこなんて初めて見たんだが?
違和感を覚えつつもテーブルに座り、料理をする茜を見る。
相変わらずの澄まし顔。
普段、俺に甘えてくる時もこの澄まし顔だ。
だが、俺に『おはよ』と言った時の茜はすごい笑顔だった。
一瞬だけ天使に見えるくらい。
……何か良いことでもあったのか?
あ、そういえば!
俺は昨日早めに寝たのだが、眠りに入るまでに茜が帰ってきた様子はなかった。
恐る恐る聞いてみる。
「……なあ、茜」
「なに? 」
「なんか良いことあったの? 今日なんか機嫌良くね?」
「ひみつ」
何が『ひみつ』だよ~! 気になる隠し方をしやがって……
だが、ここで食い下がると余計に気になる。
「昨日の帰り遅かったよね? 彼氏できたとか?」
「さあ、どうだろうね。 できたら嫌?」
煽るような、いやらしい笑みで俺を見つめる茜。
だが、やりなれていないのか、表情が妙にぎこちない。
ははん小娘だな、兄らしい余裕を見せて隠し事を丸裸にしてやろうじゃないか。
気にしていない感を出すために、軽い口調で口を開く。
「ま、まあ? 茜もそういう年頃だし? 良いんじゃね?」
……あれ、どうしよう。
なんか俺がツンデレのシスコンみたいな口調になってしまう。
そういえば俺、DTだったわ。
茜は下手くそな煽り顔のまま続ける。
「彼氏はいないよ?」
彼氏はいない……か。
ここでちょっと仕掛けてみるか。
「彼氏は? じゃあ、身体だけの関係ってこと?」
その瞬間、茜の表情が崩れ急にしどろもどろになり始めた。
「え? はあ!? は、はしたない! そ、そういうのはちゃんと段階を踏んでからじゃないと……」
茜の顔は茹でダコのように真っ赤になっている。
最後の方は恍惚とした表情でもじもじしていたのが気になるが……そういうことを話すだけで恥ずかしい年頃なのだろうか。思春期だしな。
まあ、これなら心配しなくても良さそうだな。
(化かし合いもひと段落したし、帰りが遅くならないようにとだけ伝えとくか)
「なら良いや。 でも帰りは遅くなりすぎるなよ~」
すると、茜は赤くなった顔を手でパタパタと仰ぎながらいつもの調子で言う。
「あ、うん。わかった。 てかこれ、ご飯持って行って」
「はいよ。 朝からありがとな」
「いえいえ。 兄さんに一生養われる身ですので」
またまたご冗談を……と言いたいところだが、今日の俺はそれもいいなと思えてしまう。
俺は自分と茜の朝食をテーブルまで運び、二人で食事を摂った。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
いつもより少し贅沢な朝ご飯を食べ終える。
食器を片付けていると茜が『あっ、そうだ』と思い出したように口を開き、
「兄さん、今日から一緒に学校行こう。 同じ学校だし良いよね」
口調は淡々としていて素っ気なさも感じるのだが、口元は緩んでいる。
なんでこんなに機嫌が良いんだ?
そもそも、昨日の朝は機嫌が悪かった気がするのだが……
朝食の件といい、上機嫌な件といい、今日の茜は様子が変だ。
まあいいか、この話はさっき終わったし。
茜にも色々あるのだろう。
「分かった。 あと十五分くらいで出るから準備しといて」
食器を片付けながら茜に家を出る時間を伝えた。
片付けを終えた俺は、自室で制服に着替えていた。
すると……
――ピンポーン
インターホンが鳴った。
俺の家を知っていて、この時間に訪ねて来る人物は一人しかいない。
(え? まさか……凛?)
凛……あの幼馴染の存在が脳裏に浮かぶだけで動悸がしてくる。
彼女が悪いわけじゃない。
むしろ勘違い男だった俺に一方的に好意を向けられていただけの被害者だ。
逆恨みのような真似をするつもりはない。
……だが、今はどうしても生理的に受け付けないのだ。
今この瞬間も胸が痛いほど脈打ち、またあの発作を起こしそうな嫌な予感が全身を支配している。
凛はきっと俺の体調を気遣って様子を見に来ただけ。
なら無事だと伝えて、一刻も早く去ってもらおう。
そう思った俺は、玄関へ向かうべく二階の部屋を出て階段を降りた——その時だった。
「あ! 蒼……!」
凛と目が合った。
彼女はすでに茜に出迎えられ、玄関の靴箱の前に立っていた。
俺の目に飛び込んできた凛の表情は、いつも通りだった。
……そう、あの日みんなの前で俺を冷たく拒絶した時と同じ、あの顔だ。
(はぁ……っ、ハァ……っ!)
発作だ、またあの発作が……
うまく呼吸ができずに息苦しさで恐怖にもがき苦しみ、頭の中では激しいフラッシュバックが起きる。
この状態に陥ってしまうと、恐怖に抗えずに飲まれるだけだ……まるで暗い海の底で見る地獄の走馬灯だ。
苦しすぎる。
こんなのがいつまでも続くなら俺は……
「……蒼?」
「に……いさん?」
二人の戸惑う声が遠のいていく。
俺は苦しさに耐えきれず、そのまま意識を失った。
◇
目が覚めると、俺は自室のベッドにいた。
閉め切られたカーテンの隙間から日の光が漏れている。
(……また気絶したのか)
静まり返った部屋でぼんやりと考えていると——
「……スゥ……スゥ……」
ん?
すぐ隣から、小さく規則的な寝息が聞こえてくる。
そこでようやく、自分の右手に何か温かく柔らかいものが絡みついていることに気づく。
恐る恐る隣へ視線をやると……案の定、そこにいたのは茜だった。
茜は制服姿のまま、俺の手を握りしめた状態で気持ちよさそうに熟睡している。
茜の寝顔をこんなに間近でじっくり見るのは、いつ以来だろう。
きめの細かい純白の肌、高く通った鼻筋、ふさふさのまつ毛……目元が少し赤く腫れているのが気になるが、やはり整っている。
茜もいつか彼氏を作り、やがて結婚して、俺の元を去っていくのだろうか。
——俺はいずれ、一人になる。
その未来が、どうしようもなく恐ろしい。
そんな悲観的な思考に沈み込みながら、隣で眠る茜の顔をただじっと見つめた。
「ん……あ、兄さん」
茜が目覚めたようだ。
うっすらと目を開けた茜が俺を見つめ、次第に瞳を揺らして涙ぐんでいく。
「……ごめんね、ヒッく……っ。 兄さんが……っ、ここまで傷ついてるなんて知らなくて……っ」
「茜は何も悪くないと思うんだけど……なんで泣いてるんだよ」
茜は泣きじゃくりながら俺の胸に顔をうずめ、何度も何度も謝ってくる。
……こうして縋りつかれると、茜をこれから先も守っていかなくてはならないという気持ちが強くなるな。
妹に対する庇護欲のおかげで、俺のボロボロなメンタルは辛うじて形を保てている——そんな気がしてならない。
「兄さん……また苦しそうな顔してる。そんなに甘えられるの、嫌……?」
ひょっこりと顔を上げた茜が、思いもよらない言葉を口にする。
(苦しそうな顔……? また?)
どういうことなのだろう。自覚がないんだよな。
茜が甘えると俺が苦しそうな顔をすることは前にも聞いたことがある。
照れくさくて顔に出ているだけだと思っていたのだが、さっきはむしろ茜に救われた気分だったはずだ。
それでも俺の顔はそうじゃないらしい。
……自覚がないだけで、俺はずっと前から壊れていたんだろうか?
俺は涙で目を腫らした茜を抱きしめ、言葉を噛みしめるように耳元で囁いた。
「嫌じゃないって」
茜は何も言わず、俺の胸に頭を預けていた。
時間にして数分くらいだろうか、抱いていた腕を解いた。
俺と茜がもう一度見つめ合う。
恋人同士のような甘美な雰囲気の中、俺は茜の顎をくいっと持ち上げた。
茜は恍惚とした表情で『兄さん……そ、それは……』なんて言っている。
俺はまっすぐに茜を見つめ、口を開く。
「何しれっと学校サボってんだよ」
茜は恍惚とした表情から一転して、唖然とした表情に変わった。
みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
「に、兄さんが心配だから一緒にいてあげたんでしょうがあぁぁぁあ!」
俺の胸を両手でポコポコと叩きながら必死に訴えかけてくる茜。
うん、めっちゃかわいい。
その後、俺たちは共にリビングへ向かい、昼ご飯を食べた。
終始、茜が『はぁ……』と失望の眼差しを俺に向けてくるのがだるかったが、茜のおかげで気分はだいぶ良くなった。
……もちろん、明日からは学校へ行くつもりだ。このまま逃げ続けるわけにはいかないしな。
茜に元気づけられた蒼は心機一転、明日からいつも通り登校することを決意した。
――だが、更なる追い討ちが待っていることを、蒼はまだ知らないのであった。