幼馴染によってトラウマを植え付けられた俺は、元アイドルの超絶美少女に救われる~発症トリガーの幼馴染と、克服トリガーの元アイドル~ 作:かかのすけ
7月に入り、季節は一気に夏本番を迎えた。
勢いを増したセミの声と纏わりつくジメっとした熱気が、今日一日の厳しい暑さを予感させる。
私は薄手の制服越しにも伝わる湿気に小さなため息をつきながら朝の学校への道のりを歩いていた。
「はぁ、最近左条くんと全然話せてない……なんか冷たいし、やっぱり嫌われたかな」
左条くんは凛さんに酷い拒絶をされた後、すぐに早退して翌日は学校を休んでいた。
……きっとかなり傷ついたのだと思う。
それなのに、二日ぶりに登校してきた彼を待っていたのは、神宮寺くんからの容赦ない追い打ちだった……。
やっぱり胸が張り裂けそうになる。
彼は何ひとつ悪いことなんてしていないのに。
あの時……また私は何もできなかった。
(……当然の報いだよね)
左条くんが私に冷たくなったことは仕方がないと思う。
だけど……彼がこのままいわれのない噂で孤立し続けるのは耐えられない。
でも、どうすれば良いのか分からない。
学校に着き、教室に入る。
ふと見ると、一番後ろのスペースに見たことのない新しい机が増えていた。
(……新しい机だ。転校生? この時期に?)
不思議に思いながらも自分の席に着き、鞄から荷物を取り出して一時間目の準備をする。
左条くんはまだ来ていない。
手持ち無沙汰になった私は、気を紛らわせるためにスマホでネット小説を開いて時間を潰すことにした。
始業チャイムの十分前、左条くんが教室に入ってきた。
彼は私と目を合わせようとせずに淡々と鞄からノート類を取り出すと、そのまま深く机に突っ伏してしまう。
あの日からずっとこんな感じ……。
前みたいに冗談を言い合えないのが悲しいし、なにより自ら心を閉ざしていく左条くんを見ているのがつらい。
やがて、朝のチャイムが鳴り響く。
担任の兼松先生が出席を取り終えた後、パンッと手元の出席簿を叩いて今日からこのクラスに転校生が来ると告げた。
(ああ、あの机って転校生のだったんだ)
先生に手招きされ、廊下から一人の生徒が教室へと足を踏み入れてくる。
その転校生の姿が視界に入った、その瞬間。
――私は言葉を失った。
腰のあたりまで柔らかくウェーブしながら伸びる、白髪のロングヘア。
顔は小さく恐ろしいほど整っており、まるでおとぎ話に出てくるような美少女だった。
その圧倒的な容姿に私は思わず息を呑む。
(あんな綺麗な子はじめてみた……)
その転校生は教卓の前に立つと、教室全体を見渡した後にニコっと笑って口を開いた。
「本日からお世話になります、水無瀬茉莉です♪ よろしくお願いします♪」
声もすごくかわいい。
ただ立って挨拶しているだけなのに、とても絵になる。
「なあ、あれってマリーじゃね?」
「ほんとだ……マリーだよね? どゆこと?」
そんな声がひそひそと聞こえてきた。
確かにどこかで見たことある気がする……
教室内全ての視線を集める転校生は、ふと私の方に視線を走らせた。
――いや、私じゃなくて私の隣の席にいる左条くんの方を見てたような?
気になって隣の左条くんを見てみる。
彼はクラスのみんなとは対照的に興味なさそうな表情で窓の外を見ている。
(本当にどうでも良さそう……心ここにあらずって感じ)
転校生の水無瀬さんは自分の席に着き、隣の席の子に軽く会釈している。
一時間目の休み時間になると、さっそく凛さんや神宮寺くんたちが水無瀬さんの席へ話しかけに行っていた。
水無瀬さんはニコっと完璧な笑みを浮かべ、気さくに会話に応じている。
……でもあんなにキラキラしている凛さん達でさえ、水無瀬さんと並ぶと霞んで見えてしまう。失礼かもしれないけど、それくらい彼女の輝きは異次元だった。
ただ、やはり気になることがある。
それは――水無瀬さんがずっと左条くんの方をちらちら見ていることだ。
……左条くんが気になるのかな。
やがて四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、昼休みになった。
左条くんはいつもこの時間になると鞄からお弁当を取り出し、一人で教室を出ていく。
(また前みたいに一緒にご飯食べれたりしないのかな……)
そんな切ない思いを抱えながら、席を立とうとする左条くんに視線を向けた――その時だった。
彼の背後に白髪の美少女――水無瀬さんがすっと立っていた。
(……え!? なんで!?)
左条くんは後ろに彼女がいることに気づかず、お弁当を持って席を立とうとしている。
水無瀬さんは悪戯っぽい表情で瞳を輝かせると、躊躇することなく左条くんの背中にぎゅっと抱き着き、真っ白の細い両手で後ろから彼の目を覆った。
「だーれだ♡」
甘く楽しげな声が教室に広がった瞬間、まるで時が止まったかのように、教室内すべての動きと音が途絶えた。
誰もが目を見開き、口をぽかんと開けたままその光景を見て固まっていた。
それを見ていた凛さんが、持っていた弁当箱をぼとっと落とす。
心なしか、その顔は『なんで』という困惑と焦りに染まっているように見える。
「ん? ……え、なんで」
当の左条くんは振り返って水無瀬さんの顔を見るなり、驚いた表情を浮かべた。
「迎えに来たよ、あーくん♡」
あーくん……? え、知り合いなの?
左条くんって元アイドルの知り合いがいたんだ。
(だから左条くんをちらちら見てたんだ……)
だが、左条くんは困惑したまま言葉を続けた。
「ごめん、誰?」
「うんうん、やっと会えた……って、ええ!? 覚えてないの? でもさっき『なんで』って……」
「あ、いや……夢に君が出てきた的な? やっぱなんでもない。……迎えに来たってことは、君も?」
……夢?
話がちんぷんかんぷんで全く分からない。
夢の中で二人が会ってたってこと……?
(そんな漫画みたいなことありえるわけないじゃん)
「え……あ、うん! そうそう♪」
ハツラツとした声の調子とは裏腹に、さっきまでの悪戯っぽい表情から一転、悲しげな表情に変わっていた。
何か言いたそうだったけれど、結局それ以上は言わないようだ。
すると、その一部始終を見ていた神宮寺くんがここぞとばかりに水無瀬さんの近くへ歩み寄ってきた。
そして左条くんをバシッと指さして口を開く。
「水無瀬さん、そいつが何したか知ってる?」
まただ……いくらなんでもしつこすぎるって。
だけど左条くんはというと、特に気にする様子もなく席を立って教室の出口へ向かって歩き出している。
「あ! ちょっと!」
水無瀬さんが慌てて左条くんを呼び止めるが、彼は一度も振り返らずに教室を出て行ってしまった。
「ほら見なよ、あいつ水無瀬さんに自分のしたことがバレるのが怖くて逃げたんだよ」
歩いて行く左条くんの背中に、勝ち誇ったような冷たい視線を向ける神宮寺くん。
水無瀬さんは『はあ……』と深くため息をつくと、少し面倒そうに神宮寺くんに問いかけた。
「……それで? 何をしたんですか?」
神宮寺くんは待ってましたとばかりに胸を張り、呆然と立ち尽くす凛さんを指さして言い放つ。
「あそこにいる女子をストーカーしたんだよ」
これ以上ないくらい得意げな表情の神宮寺くん。
水無瀬さんの前で自分の株が上がったとでも思っているのだろうか。
水無瀬さんは一瞬だけ驚いた顔をしたが、小さくて整った顎に細い指を当てて考え込みながらぼそりと呟く。
「あーくんがストーカー? アレに……?」
『ありえない』とでも言いたげな顔だ。
水無瀬さんは少し考え込むと、トコトコと凛さんの方へ歩み寄り、失礼なほど至近距離で彼女の顔を覗き込んだ。
「ふむふむ……」
凛さんは困惑の表情のまま、蛇に睨まれたカエルのように固まっている。
様々な角度からじっくりと凛さんの顔を観察した水無瀬さんは満足したのか、神宮寺くんの方へ振り返って笑顔で口を開く。
「大丈夫です♪」
……んと、何が?
神宮寺くんもあっけにとられ、首をかしげて尋ねる。
「大丈夫って何が?」
すると、水無瀬さんはぱぁーっと花が咲いたような極上の笑顔で、とんでもない言葉を口にした。
「わたしが彼を貰うので大丈夫ですっ♪ この人にはもう二度と近づけさせませんから安心してください♪」
あまりのズレっぷりと衝撃の言葉に、教室内すべての生徒の声が綺麗に重なった。
「「「「 えええええええ!?!? 」」」」