幼馴染によってトラウマを植え付けられた俺は、元アイドルの超絶美少女に救われる~発症トリガーの幼馴染と、克服トリガーの元アイドル~ 作:かかのすけ
「だーれだ♡」
(え、どういうこと……?)
転校生の唐突な行動に、私は血の気が引いていくのを感じていた。
(蒼は私の……だよね?)
――夏野凛は焦っている。
出会いは小学校に入学する少し前。
隣の家に蒼の家族が引っ越してきたのが始まり。
学校への登下校も、放課後も、休日さえもずっと一緒にいたかな。
あの頃の蒼はもの静かで堂々としていて、それでいてどこか陰のある王子さまのようなオーラがあった。
蒼の両親は仕事で家を空けることが多かった。
きっと寂しかったはずなのに、蒼はそれを絶対に顔に出さない。
茜ちゃんを不安にさせまいと、全力で「お兄ちゃん」を演じていた。
茜ちゃんもそんな蒼をとても慕っていて、二人の間には誰も入り込めないような特別な絆があるように見えた。
……そんな二人の関係に、嫉妬してしまう自分がいる。
それでも、蒼の隣にずっといたいと思った。
きっと私は、小学校の頃にはもう蒼のことが好きだったんだと思う。
けれど、中学二年の夏。
蒼が私に冷たくなった。
別に酷いことを言われたわけじゃないけど、やけに蒼の存在が遠く感じた。
心配しても『大丈夫』と繰り返すだけで、蒼は何も話してくれなかった。
耐えきれなくなった私は、茜ちゃんに相談してみた。
「蒼が最近冷たいんだけど……私、なんかしたかな?」
「凛ちゃんは何も悪くないよ。最近お父さんが出て行ってからあんな感じなんだよね」
こうして、私は茜ちゃんの口から答えを知った。
――茜ちゃんが知っていることを私は知らない。
また嫉妬した。
冷静に考えれば兄妹なのだから当然だ。
でも当時の私は『自分は蒼にとってその程度の存在』なのだと突きつけられた気がして、胸の奥がざらついて仕方がなかった。
そのまま蒼の部屋へ向かい、もう一度尋ねる。
「最近の蒼、変だよ。私のこと避けてるし……ねえ、何があったの?」
(お願い……蒼の口から聞かせて……)
「……何もないよ。とりあえず今は一人にしてくれ」
その瞬間、私は色んな感情が一気に込み上げてきて、涙で視界が歪んだ。
――バチンッ!
乾いた音が響く。
はっと我に返ると、蒼は自分の頬を押さえ何も言わずにこちらをじっと見つめていた。
私は感情に任せて、蒼を思いっきりビンタしてしまっていた。
今でも、なぜあんなことをしたのか分からない。
……嫌われた。そう思った私は逃げるように蒼の家を飛び出した。
けれど蒼は翌日から元気を取り戻していた。
それどころか、以前よりずっと私に優しくなっている。
(よかった、嫌われてなかった)
そう思って安堵していたんだけど……。
ちょうどその頃、クラスの女子たちが『左条くんって実はすごくかっこいいよね』と噂しているのを聞いてしまった。
この時、私はとても焦った。
取られるかもしれない、と本気で怖くなった。
だから私は自分を磨くことにした。
蒼の目を釘付けにしたくて、ネットで調べ雑誌で研究して今どきのおしゃれな見た目に生まれ変わった。
すると、いわゆる陽キャと呼ばれる人たちに話しかけられることが増え、周りが華やかになった。
男子から告白されることも急激に増えた。
(……蒼と話す時間が減っちゃったのは残念だけど、今はガマンガマン)
そこで私は気づいてしまった。
今の私が学校で蒼に近づけば、次は蒼を見る人が増えてしまうと。
……それはダメ。
蒼は間違いなくかっこいい。
素材だけで言えばこの学校……いや、この地域で蒼に勝てる人はいないと思う。
それくらい蒼はかっこいい。
幸いなことに、蒼はおしゃれに無頓着で髪もボサボサ。
だから蒼の顔に気づいている人はまだいないはず……
周りの女子は男を顔でしか選ばない。
そんな人たちに蒼のかっこよさが知られるのは、なんだか嫌だった。
だから、私はみんなの前では蒼を遠ざけるようになった。
でも、学校以外では以前と変わらず話せていたから大丈夫だと思っていた。
……全ては蒼を私だけのものにするため。
欲を言えば私が人気者になって蒼を振り向かせ、蒼の方から告白してほしい――茜ちゃん以上の存在になりたい。
本気でそう思っていた。
そんな日常を送っていると、蒼の口から聞き捨てならない言葉が出てきた。
『俺も凛みたいに垢抜けたい』
なんでよ……
私は今のあなたをこんなにも好きなのに。
モテたいのかな……容姿しか見ないような女がいいの?
やっぱりそれは嫌だ。
私はニコっと可愛らしく笑って口を開く。
「今の蒼が良いよ!」
蒼は不思議そうな表情で言う。
「……今の俺?」
私は両手を合わせ、小首をかしげて言葉を続けた。
「幼馴染の一生のお願い! このままの蒼でいて?」
幼馴染特権を使った。
優しい蒼なら、きっと首を縦に振ってくれる。
蒼はぱっと顔を明るくした。
「……うん! 凛がそう言うならそうする!」
それ以来、蒼はおしゃれに興味を持つ素振りすら見せなくなった。
やがて受験シーズンとなり、志望校は蒼と同じ浅葱ヶ丘高校に決めた。
私の学力では厳しいと言われたけれど、どうしても蒼と同じ高校に行きたくて猛勉強した。
……蒼は私に合わせてランクを落とすと言ってくれたけど、私の努力でなんとかしたかったから断った。
――今思えば、この受験期に私は大きな勘違いをしてしまったような気がする。
蒼はいつも私に寄り添ってくれていた。
忙しくてイライラしていた私は、学校での人間関係や受験勉強のストレスを吐き出すように、愚痴の全てを蒼にぶつけていた。
蒼はそんな私の話を黙って聞いてくれたし、いつだって自分より私を優先してくれた。
――やがて私は、そんな優しい蒼を『都合の良い存在』として錯覚するようになった。
蒼のサポートもあり、志望校に合格することができた。
……ここで本来なら蒼に心からの感謝の言葉を伝えるべきだった。
けれど私はLINEで『受かったよ』と簡単に報告だけして、学校でいつも仲良くしている友達と打ち上げに行き、それから卒業するまで蒼を放置して友達のみんなと遊んでいた。
それでも蒼は私に会うと、いつも明るい顔で話をしてくれたんだよね……
高校に入ると、私はますますモテるようになった。
入学式の日に教室でイケイケな男女から声をかけられ、その人たちと一緒に過ごすになった。
新しい環境でキラキラした人たちと過ごす学校生活はとても楽しかった。
勘違いで本来の目的を見失っていた私は、ふとした時に蒼と一緒にいることが『恥ずかしい』と感じるようになっていたように思う。
……蒼にあのままでいてほしいとお願いしたのは私なのに。
そして、私は十六歳の誕生日に最大の過ちを冒すことになる。
誕生日当日の朝、いつものように蒼と登校していた時。
蒼が何か話しかけてくれていた気がする。
けれど、ひっきりなしに届くお祝いメッセージの返信に夢中だった私は、適当に生返事をしていた。
学校の教室に着き、友達と話していると拓海くんが登校してきて私に言った。
「それはそうと、今日予定空けてあるよね?」
先約があるからごめんね――そう言えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
だけど、お店を予約してくれていた拓海くんたちに申し訳ないと思った私は、意味不明な嘘をついた。
『ある人に、しつこく誘われてて……おっけーしちゃったんだよね』
……なぜ、あんな言い方をしてしまったのだろう。
もしかすると、高校でできた友達に嫌われないように『自分の意志ではない』と伝えたかっただけなのかもしれない。
『大変だねえ』なんて言われて有耶無耶になれば良かったのだけど、そうはならなかった。
私は流されるままに拓海くんたちとの予定を優先してしまった。
……蒼なら許してくれる、そう思ったから。
せめて罪悪感を払拭するために直接話して謝ろうと思い、丁度教室に戻ってきた彼の元へ駆け寄った。
……これが間違いだった。
謝ったは良いものの、拓海くんがやって来て蒼に文句を言い始めたのだ。
思った以上に大ごとになっていき、私は内心どうしたらいいのか分からなくなっていた。
「凛もさ、自分の口ではっきり言った方がいいぜ。『もう誘ってこないで』ってさ」
拓海くんがはっきり拒絶することを促してきた。
さすがにそれは……そう思ったけれど、拓海くんや千夏ちゃんの醸し出す空気に負けてしまった。
蒼は優しいから、後で説明すればきっと許してくれるはず──この場を収めるにはそれが最善策だと自分に言い聞かせた。
そして、私はみんなの前で……
「もう誘ってこないで」
ずっと顔を背けていた蒼だったけれど、私の言葉が口から出た瞬間にこちらをじっと見つめてきた。
――まるで、最後に何かを確認するように。
あんな風に濁りのない真剣な瞳で見つめられたのは、中二の夏に大喧嘩して以来だ。
――あの時はすぐに許してくれたけど、今回は許してくれない。
そんな考えが脳裏をよぎる。
だって蒼、私の顔見て苦しそうに倒れたんだもん……
……まるで私を生理的に受け付けないように。
あの日、蒼が早退してからずっと妙な胸騒ぎがしていた。
……もしかしたら、もう二度と元には戻れない決定的な過ちを冒してしまったのかもしれない、なんていう嫌な予感。
結局、私は体調不良を言い訳にして神宮寺くん達との遊びの約束を放り出し、蒼の家へと足を向けた。
神宮寺くん達との関係も大事だけど、今はそれどころじゃない。
今日の内に蒼に会って謝らないと後悔する……そんな気がしたから。
……それに、神宮寺くん達との予定をキャンセルしたことを蒼に証明したかったのもある。
けど蒼の家には誰もいなかった。
(蒼……どこにいるの……)
帰り道、冷え切ったスマホの画面に向かって、私は震える指でメッセージを打ち込んだ。
『怒ってる?でもあれは空気的に仕方なくて……さっき蒼の家に行ったんだけど誰もいなくて。あ、神宮寺くんとは結局遊ばなかったよ』
でも既読がつくことはなかった。
……胸を締めつける嫌な予感は、夜を越えてどんどん膨れ上がっていく。
――蒼と会えない、言葉を交わせない。
押し潰されそうな焦燥に耐えかねた私は、翌朝になると再び蒼の家へ向かった。
顔を合わせてちゃんと話さえすれば、この胸のつかえもきっと消えてなくなるはずだから――
茜ちゃんに迎えられて玄関先で蒼の話を聞いていると、階段を降りて来る音が聞こえてきた。
やがて視界に現れた蒼の姿に私は強張る表情を必死で取り繕い、いつも通りの調子で話しかけてみる。
「あ! 蒼……!」
だけど蒼は私の顔を捉えた瞬間――息が詰まったように大きく目を見開く。
次の瞬間、ぐらりと体が傾き、彼は苦しそうに口元を押さえてその場に崩れ落ちた。
私は思わず駆け寄ろうとしたけど、茜ちゃんに止められた。
(蒼……あんな顔しなくてもいいじゃん……)
今回は本当にやばいかもしれない。
でも、時間が経てば許してくれて、またあの優しい蒼が戻って来る。
……次はもう絶対に傷つけないから。
そう思っていたのに……
「わたしが彼を貰うので大丈夫ですっ♪ この子には二度と近づけさせませんから安心してください♪」
漫画の世界から飛び出してきたような美少女が、満開の花のように笑い、堂々と言い放った。
(……え……うそでしょ……)
――夏野凛は焦っている。
後悔、焦燥、劣等感、諦め、敗北などの思考が入り乱れ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
――なぜ、あんな酷いことをしてしまったのだろう。
――なぜ、私は勘違いしていたのだろう。
――なぜ、私は蒼への想いを忘れ、ないがしろにしたのだろう。
過去を振り返れば振り返るほど、すべての選択を間違えてきた気がする。
しかもこのタイミングであんな子まで出てきて……
なんで、なんで、なんでなんで……
夏野凛は溢れそうになる涙を必死に堪え、青ざめた惨めな顔を見られないよう、逃げるように教室を飛び出した。