VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!外伝 玉織紬のゴミ処理日記 作:ちんこ良い肉
村山玲の職務は、国家の安全保障に関わる重要案件の処理である。少なくとも職務記述書にはそれに類する記載があり、彼自身も公安所属の接続案件対策補佐官として相応の覚悟を持って職務にあたっている。
しかし現在、彼が最も頭を悩ませているのは、二十六歳の無職女性に与える昼食の適切な量についてだった。
「三十人前では足りないそうです」
「先週は二十人前で十分だと報告を受けたが」
「本人の言によれば、あれはおやつ代わりだったとのことです」
部下からの報告に、村山は手元のファイルを閉じた。表紙には政府の管理番号が印字されており、関係者以外の閲覧は厳しく制限されている。だが、その中身の大部分を占めているのは、玉織紬という一人の女性の食事、行動、そして報酬に関する記録である。
国家機密として厳重に扱うべき彼女の食生活は、およそ国家機密と呼ぶには品位に欠けていた。
渋谷事変以降、紬と政府の関係性は少しずつ変化してきている。当初は規格外の能力を持つ危険人物としての監視対象だったが、現在では彼女がダンジョンで魔物を捕食し、得られた万能物質【魔石】を政府に引き渡すという協力関係が築かれていた。
紬は報酬として現金を受け取り、政府は貴重な魔石を確保する。双方に明確な利益をもたらすという意味では、この上なく正常な取引と言える。
もっとも、協力者である紬自身の認識は少々ズレていた。
「私がご飯を食べるだけでお金がもらえて、おまけに感謝までされるのよ。こんな素晴らしい社会制度があるなんて、どうして誰も教えてくれなかったのかしら」
最初の報酬を手にした際、彼女はそう語った。
村山はその言葉をあえて訂正しなかった。社会制度と呼ぶにはあまりにも属人的な取引だが、本人が乗り気で協力してくれるのであれば、それに越したことはないからだ。
実際のところ、紬には最低限の善悪の判断基準があり、対話も十分に成立する。面倒事には背を向け、労働に対しては強いアレルギーを示すものの、報酬を提示して役割を明確にすれば、少なくとも話を聞く程度の協調性は持ち合わせていた。
村山が彼女の担当窓口に抜擢された理由の一つは、彼が「良心と常識」を備えていることだった。
それが今の職場においてどれほど希少な資質であるか、最近になって彼自身も身をもって理解し始めている。
「玉織さん、本日は少しご相談があります」
政府が用意した施設の一室で、村山は紬と対座していた。テーブルの上には空の弁当容器が山のように積まれており、紬はその中の一つから器用に唐揚げをつまみ上げている。
「お仕事?」
「仕事になる可能性があります」
「報酬は?」
「正式な依頼として成立すれば支払われます」
「前払いは?」
「まだ依頼内容すら説明していません」
「世知辛いわね」
無職の女が、国家公務員に向かって世知辛いとぼやいた。
村山は聞こえなかったことにした。
「玉織さんは、魔物以外にも様々なものを食べられますよね」
「ええ、食べられるわよ」
「金属や機械類などもですか?」
「食べられるけれど、美味しいとは限らないわね。まあ、食べられるものなら食べるけど」
「では、一般の人間にとって有害な物質についてはどうでしょうか」
紬は口の中の唐揚げを飲み込み、少し小首を傾げた。
「有害って、毒とかそういうの?」
「そうです。毒性を持つ化学物質や、放射性物質を含むようなものです」
「ああ、そういうこと」
「食べたご経験は?」
「いちいち覚えてないわよ。食べられそうなら口に入れるもの」
村山はこめかみに走る鈍い痛みを覚えた。
彼女にとって、物質の分類は「食べられるか」「食べられないか」の二択しかないのだ。人類が途方もない時間と莫大な国家予算を費やして築き上げてきた有害物質の厳重な管理体系も、紬の底なしの食欲の前では驚くほど無力だった。
「それでは、食べられるかどうかを検証する実験にご協力いただけませんか」
「何を食べるの?」
「まずは安全管理を徹底した上で、少量の試料を用いて検証を行います」
「美味しいの?」
「それは分かりません」
「そこが一番重要じゃないの」
「重々承知しています。ですが、今回は味の評価よりも、摂取した物質が体内でどのように変化するのかを調査したいのです」
「食べ物の研究なのに味が重要じゃないなんて、研究者って何を考えているのかしら」
紬は不満げに唇を尖らせながら、また新たな弁当のフタを開けた。
村山は、彼女の根本的な認識を改めさせることを早々に諦めた。少なくとも、この場での説得で解決するような問題ではない。
代わりに、彼は実験の具体的な条件を提示した。
対象物は、事前に性質と総量を完全に把握できるものに限定する。研究者側で安全が担保できない段階での、対象物の勝手な持ち込みは厳禁とする。実験中に少しでも異常が認められれば即座に中止する。そして、本人が拒否した場合はその時点で一切の実験を取りやめる。
「最後のは別になくてもいいわよ。食べ物があるなら食べるし」
「必要不可欠です。玉織さんが食べられることと、玉織さんに食べる義務があることは全く別の問題ですから」
「ふうん」
紬はさして興味もなさそうに生返事をした。
しかし、村山にとっては極めて重要な線引きだった。魔石の取引であれば、品物を納品して報酬を支払うという単純な図式で済む。だが、有害物質の処理となれば次元が違う。政府が公式に依頼し、専門の研究者が検証し、本人が実際に口に運ぶ以上、協力の範囲と責任の所在を曖昧にしたまま見切り発車するわけにはいかないのだ。
何より、本人が「平気だ」と主張することと、周囲が「何をさせても許される」と解釈することは、決して同義ではない。
「それで、いくらもらえるの?」
「実験協力への報酬は、別途ご提示します」
「具体的には?」
「現在、関係各所と調整中です」
「政府って、お金持ちなんじゃないの?」
「国家予算の執行には適切な手続きが求められます」
「不便ねえ。私なら、とりあえず食べてから考えるのに」
その理念で運営される国家の惨状を想像した村山は、直ちに思考を放棄した。
紬はひとしきり文句を並べ立てた後、あっけなく承諾した。
「まあ、いいわよ。お金がもらえるなら食べてあげる」
「ありがとうございます」
「あと、お弁当のおかわりお願い」
「……承知いたしました」
国家の命運を左右しかねない研究計画は、こうして産声を上げた。
環境省の会議室には、分厚い資料の束と、それに見合わないほどささやかな希望が積まれていた。
「つまり、彼女には対象を食べることで廃棄物を消滅させる能力があるかもしれない、ということですか」
説明を終えた村山に対し、高瀬真一は確認を求めた。
課長級職員である高瀬は、長年にわたり廃棄物行政の最前線に立ってきた男だ。処理技術のアップデート、処理施設の老朽化対策、最終処分場の枯渇問題、そして地域住民との泥臭い合意形成。いずれも一朝一夕には解決しない難題ばかりであり、画期的な新技術が一つ生まれたからといってすべてが片付くような甘い世界ではない。
そんな彼の目の前に、今、「廃棄物を食べる女」に関する資料が提示されている。
「食べられる可能性は十分にあります。ただし、完全に消滅するかどうかは現時点では未確認です」
「摂取された物質の行方は?」
「不明です」
「排出物については?」
「通常の人間と同じ生理的メカニズムでは到底説明がつきません」
「一度に処理できる総量は?」
「これから詳細に測定します」
「安全性への懸念は?」
「対象物ごとに個別の検証が不可欠です」
高瀬は淡々と資料に視線を落とした。
「分からないことだらけですね」
「だからこそ、実証実験が必要なのです」
村山の返答は簡潔にして明瞭だった。
高瀬はしばしの沈黙の後、もう一度資料に目を通した。対象者は二十六歳の女性、職業は無職。本人の希望欄には「現金収入と十分な食事」とあり、国家的事業への参加意欲については「不明」と記されている。
公的な書類として評価するなら、予算を割り当てたくなる要素などただの一つも見当たらない。
だが、もしこの能力が本物であるならば、話は根底から覆る。
とりわけ、既存の技術では無害化や最終処分が困難で、半永久的な管理を強いられる物質を処理できるのであれば、その利用価値は計り知れない。廃棄物の総量を直接減らせるだけでなく、将来的な管理コストやリスクを劇的に削減できる可能性があるからだ。
「一般的な家庭ごみの処理を頼むような、スケールの小さな話ではありませんね」
「私もそう認識しています」
「であれば、対象を厳格に絞り込むべきでしょう。まずは、ごく少量であっても処理できれば絶大な意味を持つものから検証を進めましょう」
高瀬は資料の隅にペンで印を書き込んだ。
制度上の枠組みがどうであれ、目の前に未知の技術が存在するのなら、その有効活用を模索するのが行政の務めである。もっとも、それが「技術」と呼ぶべきものなのか、それとも一人の「人間」として扱うべきなのかという根本的な問いに対しては、まだ誰にも答えを出せそうになかった。
研究者の小野寺修は、事の次第を初めて聞かされたとき、質の悪い冗談だと受け取った。
放射性物質を口にする人間がいるという話であれば、まだ理解の範疇だ。極めて危険な行為ではあるが、口に入れること自体は物理的に不可能ではない。
彼の頭を悩ませているのは、その後のプロセスだった。
「体内に取り込まれた物質が、通常の生物学的代謝とは全く異なるプロセスを経て消滅する可能性がある、と?」
「現段階では、そう表現するほかありません」
「表面上消えたように見えることと、質量として実際に消滅することは、全く別の現象ですよ」
「承知しております」
村山が静かに頷くと、小野寺の強張っていた表情がわずかに和らいだ。
どうやら、目の前の担当者には科学的な検証の意義と必要性を理解する知性があるらしい。
「まずは試料の量を最小限に抑え、摂取前後の厳密な測定を実施します。対象者本人への影響はもちろん、施設内外の環境汚染や排出物についても徹底的な確認が求められます」
「よろしくお願いいたします」
「仮に検出限界を下回ったとしても、即座に『物質が消滅した』と断定するつもりはありません。『既存の理論では説明不可能な現象が観測された』という事実上の報告になります」
「それで一向に構いません」
小野寺は、資料に添付された顔写真に目を落とした。
そこには、両手に弁当箱を抱え、満面の笑みを弾けさせる若い女の姿が収められていた。
「本当に、この女性が?」
「はい」
「研究の目的やリスクについては理解しているのですか?」
「食べればお金がもらえる、ということは理解しています」
小野寺は、呆れたようにしばらく写真を見つめ続けた。
科学者としての疑念は深まるばかりだったが、不思議と奇妙な説得力も感じていた。少なくとも、この能天気な女が国家を欺くために高度な詐欺を働いているようには到底見えない。
それは彼女の知性を値踏みした結果ではなく、もっと直感的な理由によるものだった。
写真の中の女は、目の前にある弁当以外のものに、一ミリも関心を払っていなさそうだったからだ。
【国内匿名掲示板①】
【速報】渋谷の化け物女、今度は政府の廃棄物処理に協力か
名無しA:魔物食うだけじゃ飽き足らずゴミまで食うのかよ。
名無しB:ソースあるの?
名無しC:まだ正式発表じゃない。研究協力の話が出てるだけ。
名無しD:放射性廃棄物まで食えるとかいう噂を見たんだが、いくら何でも無理だろ。
名無しE:そもそも食った物どこ行くんだよ。
名無しF:胃袋。
名無しE:胃袋から先の話をしてんだよ。
名無しG:魔石を出せる時点で普通の生物じゃないだろ。何ができても驚かんわ。
名無しH:こいつに国家予算渡して大丈夫なのか?
名無しI:使い道が飯代なら、変なところに流れるより分かりやすい。
名無しJ:それはそれで嫌すぎる。
その日の夜、村山のスマートフォンに紬からの着信があった。
『ねえ、村山さん』
「どうしましたか」
『実験って、要するに食べ放題なの?』
「決められた試料を、決められた量だけ厳格に食べていただきます」
『えー』
「通常の食事については、もちろん別途ご用意します」
『どのくらい?』
「必要とされる量をこちらで調整します」
『じゃあ、百人前で』
「……検討させてください」
『政府のくせにケチねえ』
一方的に通話を切られた後、村山は手元の実験計画書に新たな項目を一つ書き加えた。
『実験協力者の食事は、実験用の試料とは完全に分離した環境で提供すること』
科学的アプローチとしてはごく当たり前の安全措置だが、あの女を相手にする場合、こうして明文化しておかなければ、測定前の重要な試料をつまみ食いされかねない。
国家の未来を懸けた重要案件において、最大のリスク要因が「協力者の食い意地」であるという事実。
村山は、明日の会議でこの懸念事項をどう説明したものかと頭を抱えた。
そして結局、包み隠さず正直に説明するしかないという絶望的な結論に行き着いた。
何しろ、ここで小細工をして嘘をついたところで、彼女本人がすべてを台無しにしてしまうのが目に見えているのだから。