VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!外伝 玉織紬のゴミ処理日記 作:ちんこ良い肉
高瀬真一の頭に真っ先に浮かんだアイデアは、莫大なコストがかかっている産業廃棄物の処理費用を圧縮することだった。
より正確に言えば、それが技術的に、そして経済的に可能かどうかを検証することである。
「既存の技術では処理が困難なものを彼女が処理できるのであれば、現在最も処理費用が高騰している対象から優先的にテストするのが合理的でしょう」
環境省の一室で行われた会議で、高瀬は一枚の比較表をプロジェクターに映し出した。そこには廃棄物の分類、年間の総発生量、現行の処理スキーム、トンあたりの処理単価、そして玉織紬による摂食処理が実用化された場合の概算コストが一覧になっている。
村山玲は手元のプリントアウトに目を落とし、表の最も右端に設けられた項目を指差した。
「この数字は、具体的に何を計上しているのですか」
「処理拠点までの物理的な輸送費です。仮に玉織さんが一日五十トンの廃棄物を処理できる能力を持っていたとしても、全国各地に散らばる廃棄物が勝手に彼女の口元まで移動してきてくれるわけではありませんから」
「なるほど」
「それに、手当たり次第に何でも混ぜて運んでいいという話でもありません。現段階で安全性が担保されている対象はごく一部に限られています。成分が不明瞭な混合物を、そのまま彼女に食べさせるわけにはいかないでしょう」
高瀬は表の特定の行を指し示した。
今回の試験対象としてリストアップされたのは、とある化学工場から継続的に排出される、有害成分を含有した固形廃棄物である。現行の処理スキームでは特殊な無害化設備と多額のランニングコストを必要とするが、排出元での保管状態が極めて良く、含有成分の均一性も高い。
何より、全く同じ性質の廃棄物がまとまったロットで安定的に発生するという点が、検証対象として理想的だった。
「まずは百キログラムのスケールで実証試験を行い、環境や被験者に問題がないことが確認でき次第、一トンまでロットを拡大します。もちろん、成分の異なる他の廃棄物は一切混入させません」
「一トン、ですか」
「現在の委託契約では、この対象物の処理費用だけで一トンあたり約三十万円が飛んでいきます。ここに輸送費などの間接コストが乗るわけですが、この直接処理費を劇的に安くできれば、社会的に極めて大きな意義があるはずです」
村山は静かに頷いた。
産業廃棄物の処理単価は、その種類や排出時の状態によって千差万別である。今回高瀬が提示した数字も、特定の条件下における一例に過ぎず、全国のあらゆる廃棄物にそのまま適用できる指標ではない。
だが、新しい処理スキームのポテンシャルを測るための比較対象としては、これ以上ないほど分かりやすかった。
「やってみる価値は十分にありますね。ただし、いきなり実用化へと舵を切るわけにはいきませんが」
「それは承知しています。まずは対象物の成分を厳密に分析し、その上で彼女に処理してもらう。その結果をもって初めて、具体的なコストメリットを計算する。ステップとしては非常にシンプルでしょう?」
高瀬の顔には、どこか楽しげな色が浮かんでいた。
行政の仕事において、どれほど画期的な新手法を考案したところで、予算の壁や法規制のハードルに阻まれ、実証実験にすら辿り着けないことは日常茶飯事である。しかし今回のケースでは、目の前に「実際に試すことができる未知の能力」が存在し、しかも政府中枢がその積極的な活用を後押ししている。
当然ながら、クリアすべき安全面や倫理面の制約は山のようにある。
それでも、自分の描いた仮説を実際に試すことができるという事実だけで、高瀬は久しぶりに仕事への高揚感を覚えていた。
「玉織さんへの事前説明は、私の方から行います」
「よろしくお願いします。その際、ご本人の要望事項についてもしっかりヒアリングしておいてください」
「要望、ですか」
「ええ。彼女自身がどのような形であれば協力しやすいのか、不満を抱きにくいのか。事業化を見据えるなら、初期段階でそれを把握しておくことが不可欠でしょう」
高瀬は、ごく当たり前の業務プロセスとしてそう言った。
村山は内心、わずかに感嘆した。
環境省のキャリア官僚が、国家的な廃棄物処理計画のど真ん中に「一人の人間の希望」を組み込もうとしている。冷静に考えれば当然の配慮なのだが、この前代未聞の案件において、そうした「当たり前のこと」を当たり前に思考できる人材は、村山が想定していた以上に稀有な存在だった。
「工場のゴミ?」
案の定、紬はあからさまに嫌悪感を剥き出しにした。
「そうです」
「それ、美味しいの?」
「分かりません」
「またそのパターン?」
村山が用意した資料には、対象となる廃棄物のカラー写真と、素人でも分かる程度の簡潔な説明文が記載されていた。
紬は写真を一瞥しただけで興味を失い、テーブルの上に置かれていたスナック菓子に手を伸ばした。
「まあ、別に食べてもいいけど。ちゃんとお金はもらえるんでしょうね」
「実験への協力に対する報酬は、確実にお支払いします」
「食べる量が増えれば、その分もらえるお金も増えるのよね?」
「報酬の算定基準については、今後調整していきます」
「じゃあ、いっぱい食べた方がお得ってことじゃない」
「単純に処理した量だけで決まるわけではありません」
「なんでよ」
「処理する対象物によって、事前の成分分析や安全管理に必要なコストが全く異なるからです」
紬は完全に不満顔だった。
彼女の経済観念は、「自分の胃袋に収めた量」と「自分の財布に入る金額」が正比例するという、極めてプリミティブなレベルに留まっている。事前の分析にかかる手間、取り扱い時の危険性、特殊な輸送費、設備の維持費といった社会的なコストは、彼女の脳内では完全にノイズとして処理されていた。
しかし、この能力をシステムとして運用する社会の側からすれば、それこそが最も重要な要素なのだ。
「とにかく、今回もご協力いただけるのであれば大変助かります」
「ふふん。そうでしょう、そうでしょうとも」
紬はスナック菓子を頬張りながら、満足げに頷いた。
「私ってば、本当に社会から必要とされちゃってるのね。無職なのに」
「協力していただいている対価はお支払いしていますから」
「働かなくてもお金がもらえるなんて、本当に夢みたいなシステムだわ」
「それは、あなたが実験に協力するという『仕事』をしているからです」
「えっ」
紬は、雷に打たれたような顔をした。
村山は即座にこれ以上の説明を諦めた。
自分が行っている行為に「労働」というラベルが貼られることを、彼女がこれほどまでに忌み嫌っているとは、村山の予想をはるかに超えていた。
三枝美紀は、政府の担当者から直接連絡を受けたとき、ついに自社の命運も尽きたかと思った。
三枝が経営する産業廃棄物処理会社は、総従業員数二十名に満たない小規模な企業である。排出元から廃棄物を回収し、自社工場で細かく分別を行い、処理可能な施設へと中継する。自社設備で対応できるものは直接処理するが、特殊な工程が必要なものは大手や専門業者に委託するというのが基本的なビジネスモデルだ。
全国どこにでも存在する、ありふれた中小企業の一つである。設備の老朽化に伴う更新費用や、高騰し続ける燃料代に日々頭を抱えながら、どうにかこうにか黒字を維持している状態だった。
そんな吹けば飛ぶような零細企業に、なぜか政府直轄の実験計画への協力要請が舞い込んだのである。
「なんでも、廃棄物を直接食べる人間が見つかったらしいですよ」
社員からの報告を受けた三枝は、深い溜息をついて眉間を強く揉んだ。
「知ってるわよ。ニュースで散々やってるじゃない」
「あれ、本当に実在するんでしょうか」
「実在するから、わざわざこんな下請けにまで連絡が来たんでしょ」
三枝にとっての問題は、その能力が本物かどうかではなかった。
仮にその人間が本当にどんな廃棄物でも処理できるのだとしたら、自社も含め、高額な専用設備を抱える処理業者の存在意義が一気に吹き飛んでしまう。処理の市場価格が暴落すれば、これまでギリギリで回していた採算ラインを割り込み、仕事そのものが消滅する可能性すらある。
一人の人間として見れば、厄介な廃棄物を安価に処理できる画期的な技術の登場は歓迎すべきことだろう。
だが、経営者として見れば、それは自社と従業員の生活を根底から破壊する黒船に他ならない。
「政府の連中は気楽でいいわよね。画期的な新技術が確立しましたって、発表さえすればいいんだから」
三枝は誰にともなく吐き捨てた。
「こっちは、あの焼却炉のローンがまだ何千万も残ってるのよ」
それでも、政府からの正式な協力依頼を無碍に断るわけにはいかなかった。
新たな処理スキームが実用化に向けて動き出している以上、そのシステムの内側に入り込み、仕組みを理解しておく必要がある。ここで意地を張って突っぱねたところで、同業他社が喜んで協力に手を挙げるだけだろう。
三枝は意を決して担当窓口に連絡を取り、試験運用の具体的な内容と自社の役割について確認を求めた。
そこで彼女は、予想外の言葉を耳にすることになる。
「御社には、廃棄物の選別と輸送のプロセスを担っていただきたいのです」
「……処理そのものではなく、ですか?」
「はい。対象物を指定された基準に従って正確に分別し、厳密な管理記録を作成した上で、指定の施設まで安全に輸送していただきたいと考えています」
三枝は一瞬、自分が何を言われているのか分からなかった。
「あの、それって……うちが普段からやっている通常の業務プロセスそのものですが」
「ええ、だからこそ、そのノウハウを持つ御社にお願いしているのです」
電話越しの官僚は、ごく当たり前のことのように淡々と答えた。
廃棄物を消滅させる能力がいかに優れていようと、その廃棄物がどこで発生したのか、どのような成分を含んでいるのか、そして安全に運ぶにはどうすればいいのかを、その能力が教えてくれるわけではない。
ましてや、その能力の持ち主は、現場の泥臭い知識など微塵も持ち合わせていない、二十六歳の無職女性なのだ。
食べる人間が一人現れたからといって、廃棄物が排出されてから処理されるまでの広大なサプライチェーンが丸ごと消滅するわけではなかった。
試験運用は、三枝の会社が実際に回収・選別を行った廃棄物を用いてスタートした。
まずは対象ロットから分析用の微量試料を採取し、小野寺率いる研究チームが成分の均一性を確認する。事前に設定された実験条件から外れるものはこの段階で除外され、安全性が担保されたものだけを対象に、少量の摂食試験が実施された。
現場に連れてこられた紬は、相変わらずの調子で不満を垂れ流していた。
「ねえ、これ本当に食べ物として私に提供するつもりなら、もうちょっと見た目とか匂いとか、努力できないの?」
「これは食事として提供しているわけではありません。実証実験です」
「毎回毎回、同じセリフばっかりね」
小野寺は彼女の文句を完全にシャットアウトし、測定記録のチェックに集中した。
百キログラムの試験ロットを処理し終えた時点で、事前分析で確認されていた有害成分の周辺環境への漏洩は一切認められなかった。摂取された物質が体内でどうなったのかという根本的な物質収支は依然としてブラックボックスのままだが、少なくとも「用意された条件下で安全に処理が完了した」という事実は確認できた。
この結果を受け、慎重な確認試験をさらに重ねた後、処理ロットは一トンへと引き上げられた。
こちらも、事前に設定されたすべてのモニタリング項目において、異常は確認されなかった。
「一トンの処理、無事に完了しました」
小野寺の報告を聞き、高瀬は思わず身を乗り出して尋ねた。
「コストの試算はどうなっていますか」
「現在詳細を集計中ですが、おおよその数字は出ています」
担当者が新しいスライドをスクリーンに投影した。
従来の専用設備を用いた処理費用は、一トンあたり約三十万円。対して、今回の新しい方式──民間業者による選別・輸送費、研究機関による事前分析費、施設の維持管理費、そして紬本人へ支払う報酬までを含めた、実用段階を想定したトータルコストの試算額は、約十八万円と弾き出された。
その差額、実に十二万円。
今回の試験運用自体には別途多額の研究開発費が投入されており、明日からすぐに十二万円が節約できるという単純な話ではない。それでも、事前検証をクリアした同種の廃棄物を継続的に処理する運用モデルが確立できれば、劇的なコストダウンが実現する可能性が具体的な数字として示されたのだ。
「四割の削減、ですか」
高瀬は投影された数字をじっと見つめながら呟いた。
「この処理スキームを適用できる対象を増やせれば、社会全体に対するインパクトは計り知れませんね」
「ただし、事前に検証されていない別の成分が混入した対象には、このスキームは適用できません。仮に同種の廃棄物であっても、含有水分の状態などが異なれば、一から再検証が必要になります」
小野寺が冷静に釘を刺すと、高瀬は力強く頷いた。
「ええ、その制約は重々承知しています。それでも、行政のカードとして『できること』が一つ増えた。その意義は極めて大きいですよ」
高瀬の声には、抑えきれない興奮が混じっていた。
村山もまた、彼と全く同じ思いだった。
たった一度の実験成功で、社会のシステムが明日から劇的に変わるわけではない。それでも、これまで三十万円のコストをかけていた処理プロセスを、十八万円に圧縮できる可能性が示された。しかも、運用ルールの最適化が進めば、さらなるコストダウンの余地も残されている。
そして何よりも重要なのは、長年この業界を支えてきた既存の民間業者のノウハウを、そのまま新しい仕組みの中に組み込めることが証明された点だった。
「三枝さん、今回の結果をご覧になって、いかがですか」
村山が問いかけると、三枝は手元の試算資料をじっと見つめたまま答えた。
「この十八万円の中に、うちのような業者の取り分は、具体的にどう組み込まれているんですか」
「選別および輸送の委託費用として計上されています」
「そのプロセスは、実用化された後も我々民間企業に任せてもらえると?」
「その方向で制度設計を進めています。そもそも、高度な選別ノウハウを持つ専門業者抜きに、国が単独で全国の廃棄物物流をコントロールするなど、現実的に不可能ですから」
三枝は、憑き物が落ちたようにゆっくりと頷いた。
最終的な処理工程そのものの市場価格は下がるかもしれない。しかし、対象物を安全に処理するための事前選別や、厳密な管理記録を伴う特殊輸送には、これまで以上にプロフェッショナルの技術と人手が必要になる。自分たちが長年培ってきた設備や現場の経験が、決して無駄になるわけではなく、新しいシステムの重要なパーツとして機能する可能性が見えたのだ。
「それなら、うちの工場に今回のスキーム専用の選別ラインを新設することも検討できますね」
「技術的には可能だと考えています」
「研究機関に分析へ出す前の段階で、我々が事前に対象になりそうなものをスクリーニングして仕分けておく。そうすれば、そちらの分析負担も大幅に減らせるはずです」
三枝の提案に、小野寺が顔を上げた。
「それは非常に助かります。何が混ざっているか分からない状態で持ち込まれるよりも、成分の均一性が担保されたものを最初から提供していただけた方が、検証の精度もスピードも格段に上がります」
「だったら、そのスクリーニングの具体的な基準とやり方を教えてください。現場の社員たちに叩き込みますから」
高瀬は彼らの前向きなやり取りを聞きながら、手元のノートに新たな課題を書き留めた。
廃棄物処理業者を、新しい能力によって駆逐される「競合」として捉える必要はないのだ。
むしろ、このピーキーな能力を社会システムとして安全に運用するための、不可欠な「パートナー」として位置づければいい。
廃棄物を消滅させられる人間は、世界にただ一人しかいない。だが、日本全国には、廃棄物を安全に回収し、適切に仕分け、確実な記録と共に輸送するノウハウを持つ企業が数え切れないほど存在する。彼らのアセットを活用すれば、政府が一から巨大な専用物流網を構築するという非現実的なハードルを越える必要もなくなる。
高瀬は、この前代未聞のプロジェクトが、ようやく「実用化」という現実的なフェーズに入り始めたことを確信した。
【国内匿名掲示板②】
【産廃業界】ゴミ食い女の登場で処理業者終了のお知らせ?
名無しA:処理費用がいきなり四割も減るってマジ?
名無しB:特定の条件を満たした廃棄物での試算結果らしいよ。何でもかんでも四割安くなるわけじゃない。
名無しC:これで処理会社の設備投資どうすんのさ。高額な焼却炉の借金残ってるところ多いだろ。
名無しD:全体として処理コストが安くなるならいいことじゃん。何で反対する要素があるの?
名無しE:社会的にはいいことでも、急に今の仕事がなくなって路頭に迷う人間も出てくるんだよ。
名無しF:そもそも、その食う女が全国の工場を自分で回ってゴミ集めるのか?
名無しG:運ぶのは今まで通り業者じゃね?
名無しH:ああ、なるほど。事前の分別とか輸送の仕事はそのまま残るのか。
名無しI:能力者が一人いれば全部解決する魔法かと思ってたけど、現実的には物流とサプライチェーンの話になってきたな。
名無しJ:こういう複雑なシステムの話なのに、当の食う本人が一番何も考えてなさそうなのがジワる。
名無しK:社会で一番何も考えなくていいポジションの仕事をしてるのが本人という皮肉。
それから数日後、経済産業省の担当官も交えた省庁横断の会議が開かれた。
主要な議題は、この摂食処理スキームが本格的に稼働した場合、国内の産業界全体にどのような経済的影響を及ぼすかというシミュレーションだった。
「産業廃棄物の処理費用が低減すれば、排出元である製造業にとっては大きな利益改善をもたらします。しかし一方で、既存の処理業者には事業構造の転換という重い負担が生じます」
経産省の担当官が懸念を提示すると、高瀬は深く頷いて応じた。
「そのため、対象物の選別、安全な保管、専用輸送、そして分析の事前補助といった周辺業務を、新たなビジネスモデルとして制度設計に組み込むことを提案しています」
「民間企業が、新しいスキームのインフラ部分に参入できる仕組みを作るということですか」
「はい。ただし、能力者本人が一日で処理できる物理的な上限には限界があります。単なる価格競争だけで限られた処理枠を奪い合うような事態を防ぐため、対象物に対する厳格な優先順位付けが不可欠です」
会議での議論はさらに深掘りされていった。
現在確認されている「一日五十トン」という処理上限を、すべて通常の産業廃棄物に割り当てるのは現実的ではない。既存の技術では処理が困難な放射性物質を含む廃棄物など、国家的見地から優先的に処理を検討すべき対象は他にも存在する。
それに、目の前にある廃棄物を片っ端から彼女の胃袋に放り込めばいいという単純な話でもなかった。
「例えば金属類のように、リサイクルプロセスに乗せれば再利用できる資源まで彼女に消させてしまうのは、国家的な損失です」
オブザーバーとして参加していた三枝が指摘した。
「うちの工場でも、金属くずは細かく分別して有価物として売却しています。彼女に食べてもらえば手っ取り早いのかもしれませんが、売れる資源まで消滅させたら本末転倒ですよ」
高瀬は、その現場からの指摘に強い関心を示した。
「おっしゃる通りです。我々は処理費用の削減という側面ばかりに目を向けていましたが、再資源化できるものには『資源としての価値』がある。それを毀損しては意味がない」
「であれば、再利用ルートに乗せられる有価物を徹底的に弾いた後に残る、本当に処理が困難な残渣だけを彼女への依頼対象として優先すればいいのではないでしょうか」
「素晴らしい。そのアプローチで追加のテストを回しましょう」
こうして、三枝の工場を舞台に新たな選別試験がスタートした。
同じ工場から排出された廃棄物を、「既存ルートで再利用可能なもの」と「再利用が難しく処分コストがかかるもの」に徹底的に分別する。そして後者のうち、すでに小野寺チームの摂食試験で安全条件がクリアされている対象だけを、紬による処理の候補としてピックアップする。
結果として、試験対象となった十トンの廃棄物のうち、約三トンは既存のリサイクルルートへと回すことができた。残る七トンのうち、紬による摂食処理の基準を満たしたものは二トンだった。
そして最終的に残った五トンについては、これまで通りの従来型処理施設へと送られることになった。
「十トン全部をあの人に丸投げするより、こっちのやり方の方がよっぽど理にかなってますね」
現場で仕分け作業にあたった三枝の部下が言った。
「当たり前でしょ。売れる資源までタダで食べられちゃったら、うちが干上がるわよ」
三枝はそう口では小言を言いながらも、その表情はどこか晴れやかだった。
新しい技術の登場で仕事が奪われると危惧していた自社に、今、新しい形の業務フローが生まれようとしている。
しかも、その新しい仕事には、彼らがこれまで泥水にまみれて培ってきた選別技術と経験が、そっくりそのまま活かせるのだ。
それは「未知の能力者を排除するための技術」ではなく、「未知の能力者を社会システムの中で上手に使いこなすための技術」だった。
【X(旧Twitter)②】
@factory_owner:対象物の条件さえ合えば処理費用が下がるってのは本当にありがたい。うちみたいなギリギリでやってる中小の町工場だと、廃棄物処理の委託見積もり一つで月の利益が吹っ飛ぶからな。
@recycle_company:再資源化できるものまで全部食べさせちゃうのは絶対反対。リサイクル資源として価値があるなら、そっちのルートを最優先に保護する法整備が必要だろ。
@waste_transport:回収と分別、特殊輸送のプロセスが必須になるなら、物流の仕事は確実に残る。問題は、その新しい安全基準に合わせた専用設備の投資を、国と民間のどっちが負担するかってことだな。
@science_watch:十トンのうち、実際に摂食処理の対象になったのが二トンだけだったという検証結果は非常に重要。どんな万能能力でも、社会全体のサプライチェーンの中でどう使うかを冷静に設計した方が、最終的な利益は大きくなる。
@ordinary_worker:ゴミを何でも食ってくれる人が現れた結果、逆に「ゴミを正確に分ける仕事」の需要が増えるとは思わなかった。世の中どう転ぶか分からんね。
@tsumugi_fan:当の本人は、そんな複雑な社会の仕組みなんて絶対一ミリも考えてないと思う。
その日の夕方、村山は一連の実験結果と今後の見通しを紬に報告した。
「玉織さんのご協力のおかげで、社会全体の処理費用を大幅に下げられる可能性が見えてきました」
「ふうん」
「それに、既存の廃棄物処理会社の方々にも、あなたの能力をサポートするという新しい仕事が生まれそうです」
「へえ」
「今回協力していただいた三枝さんという経営者の方が、あなたのための専用の選別工程を作ることを前向きに検討してくださっています」
「そうなの」
紬は相変わらず、用意された高級菓子を頬張りながら上の空で聞いていた。
村山は思わず苦笑いを漏らした。
たった一人の人間の特異な能力によって、日本という国家の産業構造の一部が明確に変わり始めているというのに、その中心にいる本人は、驚くほど興味を示さない。
「つまり、玉織さんが食べるという行為によって、今まで高いコストに困っていた多くの人たちが助かる仕組みができつつあるんです」
「それは、すごくいいことね」
紬は食べる手を止めず、即答した。
村山は、彼女のあまりにも軽い反応を意外に感じた。
「そう思われますか」
「そりゃそうでしょ。私が好きなだけ食べて、たくさんお金をもらえて、ついでに他の人たちも助かるんだったら、誰も損しないじゃない」
「全員が得をする完璧なシステムにするためには、まだまだ緻密な調整が必要ですけどね」
「じゃあ、しっかり調整してちょうだい。そういう面倒くさいの、あなたたち役人の得意分野なんでしょ」
実際のところ、得意だから喜んでやっているというよりは、誰かがやらなければ社会のシステムが回らないから、血反吐を吐きながらやっている仕事なのだが。
村山は、その事実をあえて説明することはしなかった。
「あと、次からの実験は、もっと美味しいものを用意してよね」
「可能な範囲で、善処します」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、その三枝さんとかいう業者さんにも、美味しく味付けするようにしっかりお願いしておいてね」
「……処理業者の方に、廃棄物の味付けを依頼する予定は一切ありません」
「本当に使えないわねえ」
村山は、誰にも聞こえないように深く静かに息を吐いた。
今回の試験運用によって、産業廃棄物処理の大幅なコストダウンと、既存業者による新しい民間業務創出のポテンシャルが明確に示された。
環境省は実用化へ向けた具体的な法整備と制度設計に着手し、経済産業省は産業界全体への経済効果のシミュレーションを本格化させ、三枝の会社では現場の社員たちが新しい選別プロトコルを必死に覚えようとしている。
一方、そのすべての現象の中心に鎮座する女は、あろうことか政府経由で産廃業者に「廃棄物の味付け」を要求していた。
そんな折、高瀬から村山の元へ届いた最新の報告書には、次なる重い課題として「専用受入施設の整備」が挙げられていた。
村山はその文字を見た瞬間、次の厄介な問題がすでに足音を立てて近づいていることを理解した。
廃棄物を食べさせれば処理できることは、実証された。
しかし、「それを一体どこで食べさせるのか」という物理的な場所の問題が残っている。
その場所の選定次第では、今度は産業界だけでなく、地域社会全体を巻き込む壮大な調整を強いられることになるのだ。