VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!外伝 玉織紬のゴミ処理日記     作:ちんこ良い肉

4 / 4
第4章 町に来る

 第4章 町に来る

 

 水野明子が最初に目を通した極秘資料には、政府が推進する廃棄物処理施設の新たな運用計画の骨子が記されていた。

 

 そこには、全国各地から排出される「処理困難物」を特定の施設一か所に集約し、特殊な能力を持つ協力者による一括処理を行うと記載されている。

 

 水野は分厚い資料をパタンと閉じ、目の前に座る政府の担当者に鋭い視線を向けた。

 

「つまり、全国の厄介なゴミを、うちの町に全部押し付けるということですか」

 

「全国のすべてのゴミという意味ではありません。対象を厳密に限定した処理困難物のみです」

 

「その理屈で、周辺住民が納得すると思いますか。どう説明するおつもりで?」

 

「安全性については、国の研究機関が二重三重に確認していますので」

 

「では、運び込まれるものは『全部安全』なんですね?」

 

「……いえ、対象ごとに事前の検証が必要になります」

 

 水野は深く溜息をつき、資料をデスクの端に追いやった。

 

 説明に訪れた担当者がこの程度の認識であるなら、住民説明会など開く前から紛糾するのは火を見るより明らかだった。

 

 水野が勤務する自治体には、もともと大規模な産業廃棄物関連施設が稼働している。施設周辺には新旧の住宅地も点在しており、騒音や悪臭、交通量などを巡って住民から厳しい意見が寄せられることは、決して珍しいことではない。

 

 政府の計画は、その既存施設の一部を間借りする形で、今回の新しい処理方式の試験運用拠点として利用するというものだった。

 

 政府側の論理によれば、複数の場所に専用設備と人員を分散配置するよりも、既存のインフラが整った一か所に集約した方が、トータルコストを大幅に抑えられるという。

 

 理屈としては理解できる。

 

 しかし、国全体にとって「最も合理的で安上がりな計画」が、そのまま特定の地域住民にとって「受け入れ可能な計画」であるとは限らないのだ。

 

「水野さん、まずは住民説明会の日程をフィックスしたいのですが」

 

「その前に、搬入を予定している対象物の詳細な一覧を出してください」

 

「それは、現在関係各所と調整中でして……」

 

「何が運ばれてくるのか決まってもいないのに、住民に何をどう説明しろと言うんですか」

 

 水野は、沸き上がる苛立ちを必死に抑え込み、できるだけ穏やかな声を作った。

 

「具体的に何を運ぶのか。一日何トン運ぶのか。どのルートを通って搬入するのか。説明会を開くなら、まずその大前提を確定させてからにしてください」

 

 担当者は困り果てたような顔をした。

 

 水野も同じくらい困っていた。

 

 だが、双方の担当者が困っているからといって、住民の生活に直結する確認プロセスをなあなあで済ませるわけにはいかないのだ。

 

 政府側が、処理拠点を一か所に集約する案を強硬に推し進め始めた理由は、極めて単純だった。

 

 玉織紬の規格外の処理能力を活用するためには、当然ながら廃棄物を彼女の口元まで運ぶ必要がある。

 

 当初は、全国の主要な処理施設を紬自身が巡回する方法も検討された。しかし、その場合は「移動にかかる非効率」が最大のネックとなった。彼女が動くたびに、厳重な警備体制を敷き、精密な測定機器をトラックで運び、研究チームが丸ごと随行しなければならない。

 

 何より、当の紬自身が「長距離の移動」を強硬に拒絶した。

 

「わざわざ行くなんて面倒くさいじゃない。食べさせたいなら、向こうから持ってきなさいよ」

 

 本人の主張は、ただそれだけだった。

 

 だが皮肉なことに、この徹底した怠惰さから出た要求には、システムとして圧倒的な合理性があった。

 

 そこで高瀬は、方針を大きく転換した。試験運用のためのコア施設を国内に一か所だけ指定し、そこへ事前検証をクリアした対象物だけを集中して搬入するスキームを考案したのである。

 

「搬入先を固定化できれば、高額な測定機器や安全管理設備を常設して共用できます。本人や研究スタッフの移動によるタイムロスもゼロにできます」

 

 環境省の内部会議で、高瀬はそう力説した。

 

「一極集中させると、遠方からの輸送費が跳ね上がりませんか」

 

「発生地との距離によっては確実にかさみます。しかし、全国各地に特殊な安全設備を新設する莫大な初期費用や、人員の移動にかかるコストと比較すれば、トータルでは相殺して余りある計算です。実際にシミュレーションを回してみましょう」

 

 結果として、試算は高瀬の狙い通りとなった。複数の小規模施設をネットワーク化する案よりも、一か所のメガ施設へ集約する案の方が、中長期的な運用コストを大幅に抑制できるというデータが弾き出された。

 

 だが、村山は手放しで賛成はしなかった。

 

「コストメリットは理解しました。しかし、すべてを引き受ける自治体の負担はどうするのですか」

 

「そこは、交付金などのインセンティブを含めて調整が必要です」

 

「金銭的な調整だけで片付く問題ではないでしょう。処理施設の周辺に住む人々からすれば、これまで見たこともないような特殊な廃棄物が、自分たちの生活圏内を通って次々と運び込まれてくることになるんですよ」

 

 高瀬は痛いところを突かれたように頷いた。

 

 役所の机上で弾き出した計算式では、一か所への集約が最も「合理的」な最適解に見える。

 

 しかし、その「一か所」で実際に暮らしている人間からすれば、それは国全体の負担を自分たちだけが押し付けられるという理不尽を意味するのだ。

 

「であれば、まずは本格運用の前に、実際の輸送・搬入試験を実施しましょう。住民への説明も、机上の計画ではなく、その実証データを開示しながら進めた方が説得力が増すはずです」

 

「いいアプローチですね」

 

 村山もその提案には賛成した。

 

 単に口頭で「国の基準を満たしているから安全だ」と繰り返すよりも、実際にどのような車両が、どのルートで、何を運んでくるのかを可視化した方が、相互理解への近道となる。

 

 高瀬は直ちに水野へ連絡を入れ、当初のゴリ押し計画を修正する方針を伝えた。

 

 第一回目の輸送・搬入試験では、放射性物質を一切含まず、物理的な取り扱い方法が完全に確立されている安全な試験材料のみが使用された。

 

 今回の目的は、廃棄物の処理能力を測定することではない。巨大な物流を安全かつスムーズに施設へ流し込むための、「仕組み」そのもののストレステストだった。

 

 この輸送試験には、三枝美紀の会社も中核的な役割として参加していた。

 

「要は、うちが普段からやってる仕事と大きくは変わらないわね」

 

 三枝は待機する大型トラックの車列を見上げながら言った。

 

「ただ、提出を求められる管理記録の細かさが、普段の五倍くらいあるけど」

 

「今回は国の実証試験ですから、そのあたりは厳密にお願いします」

 

 立ち会っていた高瀬が答えた。

 

 搬入する物質の種類、正確な重量、出発時刻、到着時刻、GPSによる輸送ルートのトラッキング、そして施設ゲートでの受入確認プロセス。通常の産廃管理マニフェストに加え、今回の特殊運用に特化した確認項目がぎっしりと追加されている。

 

 一方、自治体側の責任者である水野は、バインダーを片手に施設周辺の交通状況を鋭い目でチェックしていた。

 

「三枝さん、この県道ルートなんですが、朝の七時から八時半までは通学する小学生の列が集中するんです」

 

「なるほど。であれば、その時間帯の搬入指定は完全に外しましょう」

 

「それと、施設の手前にあるこの住宅地の目の前を通るルートは、極力避けられませんか」

 

 三枝は運転手用の詳細なルートマップを広げた。

 

「少し遠回りをしてバイパスに抜けるルートに変更することは可能です。ただ、大型車がすれ違える道幅となると、選択肢は限られますね」

 

「到着時間はどのくらい変わりますか?」

 

「迂回する分、トラック一台あたり十五分ほどのタイムロスにはなりますね」

 

 高瀬はその数字を聞き、手元の試算表に新たな変数を書き込んだ。

 

 輸送距離と時間が延びれば、それに比例して燃料費や人件費は確実に増大する。しかし、「通学路の安全確保」や「住宅地の騒音配慮」のために十五分のロスが生じるというのであれば、それはコストカット以前に最優先で組み込むべき「社会的必要経費」だった。

 

 試験の結果、予定されていた十台の車両すべてを、無事に施設内へ搬入させることができた。

 

 一方で、新たな課題も浮き彫りになった。特定の時間帯に施設ゲート付近で車両が集中し、最大で四台の大型トラックが公道上で待機列を作る事態が発生したのだ。

 

「これ、本運用で毎日やられたら、周辺の交通が麻痺しますよ」

 

 水野は渋滞する道路を指差しながら厳しい声で言った。

 

「今は試験で十台だからいいですけど、普段から生活道路としてこの道を使っている住民もいるんです」

 

「搬入時間の指定をもっと細かく刻みましょう」

 

 三枝が即座に改善案を出した。

 

「車両一台ごとに三十分単位で到着枠を指定すれば、ゲート前でのバッティングはかなり減らせるはずです。うちの配車管理システムを使えば、その程度のコントロールは十分に可能です」

 

 高瀬が頷いた。

 

「よし、では次回の試験は完全時間指定制で回してみましょう」

 

 翌週に行われた二回目の試験では、事前の取り決め通り、車両の到着時間を徹底的に分散させた。

 

 その結果、施設入り口で待機を余儀なくされる車両は、最大でも一時的に一台発生するのみに留まった。

 

「これなら、周辺への影響はかなり抑えられますね」

 

 水野は安堵の息を漏らした。

 

 国のトップダウンの計画が現場の実情に合わないのであれば、現場のデータを基にルールの方を修正すればいい。

 

 もちろん、それだけで住民の抱える根源的な不安がすべて解消されるわけではない。

 

 しかし、少なくとも「問題が発生しても、協議によって改善できるシステムが機能している」という事実は確認できた。

 

 水野は、来たる住民説明会において、この「改善の実績」を最大の切り札として使おうと心に決めた。

 

【国内ニュース②】

 

「特殊廃棄物の集積施設、地元自治体で試験搬入を実施 政府は輸送ルールを大幅見直し」

 

 政府が実用化を目指している特殊な廃棄物処理スキームについて、受入候補地となっている自治体の既存施設において、本格的な輸送・搬入試験が実施された。

 

 試験初日には十台の大型車両による搬入が行われ、施設周辺で一時的な交通渋滞が発生したものの、自治体からの要請を受けて政府側が輸送ルールを修正。到着時間を分散させる措置を取ることで、翌回の試験では混雑状況が劇的に改善したという。

 

 政府は今後、搬入する廃棄物を事前検証済みの安全な対象のみに限定するとともに、具体的な輸送ルートや搬入時間帯についても、地元自治体と密に協議しながら決定していく柔軟な方針を示している。

 

 一方で、施設の周辺住民からは、有害物質を積んだ車両の通行に伴う事故リスクや、長期的な搬入量増加に対する懸念の声が依然として強く上がっている。

 

 数日後に開かれた住民説明会の会場である市民ホールには、事前の想定をはるかに上回る数の住民が詰めかけていた。

 

 水野は立ち見まで出ている会場の熱気を感じ取りながら、今夜は相当に長い戦いになることを覚悟した。

 

 ステージの脇には、高瀬と村山も硬い表情で控えている。

 

 しかし、そこに玉織紬の姿はなかった。

 

「ご本人は?」

 

 水野が小声で尋ねると、村山は少し申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「……説明会への参加は、強く辞退されました」

 

「そうですか」

 

「ただ、処理業務そのものへの協力については、改めて明確な意思確認を取っています」

 

「分かりました」

 

 水野はそれ以上深く追及しなかった。

 

 そもそも、廃棄物を食べるという突拍子もない女性が説明会の壇上に現れたところで、住民の不安が解消するわけがない。むしろ、「こんな得体の知れない人間に任せて大丈夫なのか」という別の疑念を生み、建設的な議論が完全にストップしてしまう可能性すらあった。

 

 定刻となり、重苦しい空気の中で説明会がスタートした。

 

 まずは高瀬がマイクを握り、計画の全体的な概要と、先日実施された試験搬入の具体的なデータを示した。その後を引き継ぐ形で、水野が自治体としての厳格な対応方針を説明する。

 

 質疑応答の時間になると、予想通り、すぐにいくつもの手が挙がった。

 

「そもそも、どうしてうちの町が選ばれたんですか!」

 

 真っ先にマイクを握ったのは、施設のすぐ近くに住むという中年の男性だった。

 

「国全体のゴミを処理する事業なら、全国の施設で公平に分担すればいいじゃないですか。何でわざわざ、うちの町に全部集めようとするんですか」

 

 高瀬は落ち着いたトーンで答えた。

 

「今回の特殊な処理方式では、対象物を厳密に管理するための専門の測定設備と、高度なセキュリティ体制が不可欠です。これを全国に分散させるよりも、既存のインフラが整っているこの施設一か所に集約した方が、効率的かつ安全に管理できるというシミュレーション結果が出ております」

 

「それは、国にとって都合が良くて効率的なだけでしょう!」

 

 男性の怒りを帯びた声に、会場のあちこちから同調するようなざわめきが起きた。

 

 高瀬は一瞬、言葉を飲み込んだ。

 

 彼らの主張に論理で反論するのは簡単だ。国全体の利益を最大化するためには、どこかの自治体がハブとしての負担を引き受けなければならない。

 

 しかし、そんなマクロな正論を振りかざしたところで、目の前にいる住民たちが納得するはずもない。

 

 彼らにとって、「自分の生活圏内に見知らぬ廃棄物が大量に運び込まれてくる恐怖」と、「国の処理予算が削減されるメリット」は、天秤にかけることすらできない別次元の問題なのだ。

 

「おっしゃる通りです」

 

 高瀬は、あえて反論を飲み込み、深く頭を下げた。

 

「国全体にとっての『効率』と、地域の皆様にとっての『安心』は、決してイコールではありません。我々はその事実を重く受け止めております。そのため、先日の試験結果を基に、無制限な持ち込みは行わず、一日の搬入量や時間帯を厳格に制限する運用ルールを検討しているところです」

 

 続いて、別の女性が不安そうな顔で手を挙げた。

 

「テレビで見たんですけど……そのうち、放射性廃棄物みたいな危険なものまで持ってくるようになるんですか?」

 

 その言葉に、会場の空気が一段と張り詰めた。

 

 水野は高瀬に鋭い視線を送った。「ここは絶対に誤魔化すな」という無言のメッセージだった。

 

「現段階において、この施設へ放射性廃棄物を搬入する計画は一切存在しません。現在想定しているのは、事前の安全検証を完全にクリアした、特定の一部の産業廃棄物のみに限定しています」

 

「でも、それは『今は』ってことですよね? 将来どうなるかは分からないんじゃないですか」

 

「将来、もし処理対象を拡大するような事態が生じた場合には、全く別の次元での安全検証と、地域の皆様への十分な説明・合意形成が不可欠になります。『今回の受け入れに同意したから、次もなし崩し的に受け入れる』というような運用は、国としても自治体としても絶対に認めません」

 

 女性はまだ完全に納得した様子ではなかったが、一旦マイクを置いた。

 

 すかさず別の住民が立ち上がった。

 

「もし、輸送中や施設内で何か事故が起きたら、一体誰が最終的な責任を取るんですか」

 

 この質問には、水野が毅然とした態度で答えた。

 

「国、および搬入を担当する事業者との間で、事前の責任分解点を明確に文書化させます。自治体としましても、万が一の事故時の迅速な連絡体制や、少しでも異常があった場合の『即時搬入停止』の条件が法的に整わない限り、正式な受け入れには絶対に同意いたしません」

 

 高瀬は隣で水野の毅然とした答弁を聞きながら、自分たちが描いていた初期の青写真に、決定的に欠けていたピースを理解し始めていた。

 

 物流やコストの「効率化」を計算するだけでは、社会インフラは動かない。

 

 住民が何に対して根源的な不安を抱いているのかを正確に把握し、その不安を払拭するための「客観的に確認できる仕組み」をどう構築するか。それこそが、この事業の本当の要なのだ。

 

「じゃあ、毎日運んでくるものが安全かどうか、我々住民にも確認させてもらうことはできないんですか」

 

 会場の後方から、落ち着いた声が上がった。

 

「もちろん、素人が専門家みたいに成分を調べるのは無理だって分かってます。でも、何がどれだけ運ばれてきているのか、ブラックボックスのままなのが一番不気味で嫌なんですよ」

 

 水野は、その意見を聞いてパッと顔を上げた。

 

「それは、技術的に可能だと思います」

 

 高瀬が想定外の提案に少し驚いた顔で振り向いた。

 

「水野さん?」

 

「当日の搬入予定の種類と重量、そして実際に搬入された実績値を、自治体のホームページ等で日次で公開するんです。もちろん、排出元企業の機密に関わる部分はマスキングする等の整理は必要ですが、住民が知るべき情報まで不透明にしておく理由はありません」

 

 その具体的な提案に、険悪だった会場の空気がわずかに緩んだ。

 

 別の住民が身を乗り出して手を挙げた。

 

「だったら、住民代表も入った『監視委員会』みたいな組織を作ってほしいです。今日みたいに説明会を一回やって『はい終わり』じゃなくて、運用が始まってからも、我々が継続的に確認して意見を言える場が欲しい」

 

「……持ち帰って、前向きに検討します」

 

 高瀬が慎重に答えると、水野はすかさず言葉を継いだ。

 

「自治体としても、その監視機能は必須だと考えています。国に対して、委員会の設置を正式な条件として強く要望いたします」

 

 水野のその言葉に、会場内の複数の住民が小さく頷くのが見えた。

 

 もちろん、この一回の説明会で全員が諸手を挙げて賛成したわけではない。

 

 しかし、最初から「絶対反対」のプラカードを掲げるつもりで来ていた人々の中にも、「自分たちが監視し、コントロールできる条件が整うのなら、少し様子を見てもいいかもしれない」という、妥協の兆しが見え始めていた。

 

 説明会の翌日。村山は高瀬と水野を交え、計画の根幹部分をもう一度ゼロベースで組み直す会議を開いた。

 

「彼女が一日に五十トン処理できるポテンシャルがあるからといって、毎日無理をして五十トンの廃棄物を搬入する必要はどこにもありません」

 

 水野の指摘に、高瀬も異論なく頷いた。

 

「おっしゃる通りです。そもそも、事前の成分検証をクリアした対象物が毎日安定して五十トン発生するわけでもありませんし、能力者本人のモチベーションや稼働日数も不安定な要素を含んでいます」

 

「それなら、まずはもっと小規模な量から、スモールスタートで運用を始められませんか」

 

 物流担当として呼ばれていた三枝も加わり、より現実的な新案が練り上げられた。

 

 試験運用の初期フェーズでは、一日の搬入量の上限を「最大十トン」に厳しく制限する。対象は、すでに過去の試験で安全に摂食処理できることが確認されている特定の産業廃棄物のみ。輸送経路と搬入時間帯を事前の申請通りに厳守させ、飛び込みでの予定外搬入は一切認めない。

 

 さらに、日々の搬入記録と周辺の環境測定結果をウェブサイトでリアルタイム公開し、定期的に住民代表が参加するオープンな協議の場を設けること。

 

「これなら、最初からフルスペックで大規模に始めるよりも、はるかに現実的で安全なアプローチです」

 

 水野は、修正された運用プロトコルを確認して言った。

 

「ただし、何か少しでもイレギュラーな問題が発生した場合には、自治体の権限で即座に搬入をストップできる。その緊急停止条件の確約も、正式な協定書に入れてください」

 

「分かりました。その条件も盛り込みましょう」

 

 高瀬は今度は迷うことなく即答した。

 

 以前の彼であれば、全国の処理効率とコストメリットを最優先し、いかにして限界ギリギリまで大量の廃棄物を施設に押し込むかという計画に固執したかもしれない。

 

 しかし、あの過酷な説明会を経て、彼の思考回路は明確に変わっていた。

 

 新しい社会インフラを動かすために必要なのは、巨大な設備でも画期的な能力でもなく、周辺で暮らす人々の「理解と納得」なのだ。

 

 処理能力のスペックが五十トンあるからといって、最初から五十トンを詰め込む必要はない。まずは確実な十トンから始め、システムに綻びがないかを確認しながら少しずつ信頼を積み重ねていく。その方が、結果的にこの特異な能力を長く安定して活用できる可能性が高い。

 

「では、まずは一日十トンの上限で、実際の運用を回してみましょう」

 

 三枝が物流のプロとして引き取った。

 

「各排出元や運送会社との配車調整は、うちのセンターで一括してやります。数日先までの正確な搬入予定表を作成し、毎朝自治体にも共有するように手配します」

 

 水野は深く頷いた。

 

「よろしくお願いします」

 

 こうして、住民との合意に基づいて修正された、新たな条件での試験運用がスタートした。

 

 初日の搬入量は八トン、翌日は九トン。各搬入車両は指定された迂回ルートを正確に守り、施設入口での待機渋滞もほとんど発生しなかった。

 

 処理対象として持ち込まれたのは、事前に小野寺チームが成分と安全条件を念入りに確認した、特定の産業廃棄物だけだった。

 

 用意された別室で、紬は二日間で計十七トンの廃棄物をあっけなく平らげた。

 

「ちょっと、全然足りないんだけど。もっと持ってきてもいいのよ?」

 

「今は初期の試験運用期間中なので、あらかじめ取り決めた量しか搬入できません」

 

「またそれ? 本当に融通が利かないわね」

 

 紬は相変わらず不満たらたらだった。

 

 しかし、施設全体の運用結果としては、これ以上ないほど良好だった。

 

 輸送記録と事前の申請内容に一切の齟齬はなく、施設周辺に設置された環境モニタリングでも、今回の処理に伴う異常な数値は全く観測されなかった。

 

 もちろん、たった二日間のスモールスタートの結果だけで、長期的な安全性が完全に保証されるわけではない。

 

 それでも、水野にとっては極めて大きな意味を持つ二日間だった。

 

 住民に約束した厳しい条件を一つ残らず守り、実際に安全に施設を稼働させ、そのクリーンな結果を即座に公開できたのだから。

 

【国内匿名掲示板③】

 

【新処理施設】例のゴミ食い女、ついにうちの自治体で試験運用スタートした件

 

 名無しA:うちのモロ近所なんだけどさ、正直最初は絶対反対だったわ。

 

 名無しB:そりゃそうだろ。どんなヤバいもん持ち込まれるか分かったもんじゃないし。

 

 名無しC:でも、毎日搬入する量とか種類とか、ちゃんとネットで公開されるようになったらしいな。

 

 名無しD:わざわざ住民監視委員会まで作るとか、流石にやりすぎじゃね? コストの無駄だろ。

 

 名無しE:は? 自分の家のすぐそばに得体の知れないゴミ運ばれてくるんだぞ。徹底的に監視したいに決まってんだろ。

 

 名無しF:そもそも国の重要事業なんだから、自治体とか住民の顔色うかがわずに国が強権発動して決めりゃいいのに。

 

 名無しG:>>F じゃあお前の家の隣に施設建ててやれよ。

 

 名無しH:Gのド正論パンチで草。

 

 名無しI:でもまあ、既存の技術じゃ処理が難しい廃棄物が確実に減るなら、日本のどこかで誰かがやらなきゃいけない事業なのは確かなんだよな。

 

 名無しJ:本人は一日五十トン食えるキャパあるのに、わざわざ十トンしか運ばないのって、めっちゃもったいなくない? 

 

 名無しK:最初から全力稼働させて、物流パンクしたり事故ったりしたらそこでプロジェクト終了だろ。少しずつキャパ広げていくのは安全管理の基本。

 

 名無しL:チート能力持ってる本人よりも、それを受け入れる社会の仕組みの方が圧倒的に処理速度が遅いっていう、妙に現実的な構図が好き。

 

 初期の試験運用の結果を報告するため、水野は再び住民説明会の場に立った。

 

 今回は、前回のような殺気立った雰囲気は会場になかった。

 

「この二日間で、合計十七トンの搬入および処理が完了いたしました。搬入時間や使用ルートはすべて事前の計画通りに遵守され、施設周辺の継続的な環境測定においても、今回の運用に起因するような異常値は一切確認されておりません」

 

 水野は、スクリーンに詳細な実績データを映し出した。

 

 日別の搬入量、通過した車両の台数、ゲート通過時間、そして各項目の測定結果。

 

 資料は、専門知識がない一般住民でも直感的に理解できるよう、グラフや平易な言葉を用いた解説が丁寧に添えられていた。

 

「今後も、皆様にお約束した同じ条件の下で試験運用を継続いたします。万が一、基準値を超えるような何らかの問題が確認された場合には、自治体の権限において即座に全車両の搬入を停止させる協定となっております」

 

 前回、真っ先に怒りの声を上げた中年の男性が、静かに手を挙げた。

 

「この詳細なデータ開示は、試験運用が終わって本格稼働してからも、毎回継続してくれるんですか」

 

「はい。自治体の責任において、定期的に公開を継続します」

 

「じゃあ、仮に業者がズルをして予定より多く運んできたような場合でも、我々がチェックして気づける仕組みになっているんですね」

 

「そうなります。予定外の搬入や、申請と異なる物量の持ち込みは一切認めません」

 

 男性はしばらく腕を組んで考えていたが、やがて小さく頷いた。

 

「だったら……まあ、しばらく様子は見させてもらいます」

 

 手放しの賛成、というわけではない。

 

 しかし、思考停止の全面的な拒否でもなかった。

 

 水野は、その態度の中にある「大きな違い」を大切にしたいと強く思った。

 

 住民が、未知の事業に対して不安を抱くのは当たり前の感情であり、決して間違いではない。国がどれほど「必要不可欠だ」と判断した事業であっても、その足元で実際に暮らしている人々には、守るべき日常の生活があるのだ。

 

 そのささやかな生活を無視したり踏みにじったりすることなく、折り合いをつけながら前に進める方法を考えること。それこそが、自治体職員である自分たちの本当の仕事なのだろう。

 

 試験運用がようやく軌道に乗り始めると、施設周辺の関連業務にも少しずつ変化が現れ始めた。

 

 三枝の会社では、複雑な搬入時間をコントロールする配車管理専門のスタッフが新たに配置された。また、従来の単純な回収・運搬業務に加えて、処理対象物の成分データを事前に照合したり、厳格な管理記録を整理したりするバックオフィス業務のニーズも増えつつある。

 

 これまで、高額な焼却設備の更新費用にばかり怯えていた三枝だったが、ここへ来て、データ管理やスクリーニング業務に必要なIT機器の導入を真剣に検討し始めていた。

 

「何もかも、焦って一気に変える必要はないわね」

 

 プレハブの事務所で、三枝は現場のスタッフたちに向けて明るく言った。

 

「今うちにある設備とトラックを使って、確実に対応できるところから少しずつ事業の幅を広げていきましょう」

 

 スタッフたちも力強く頷いた。

 

 未知の能力者の登場によって急に仕事が奪われるかもしれないという恐怖は、まだ完全に消え去ったわけではない。

 

 しかし、少なくとも、新しい時代へシフトしていく事業の輪郭と、そこに自分たちが参加できる道筋が見え始めていた。

 

 一方、水野の自治体にも明らかな変化があった。

 

 これまでは、国から一方的に降ってくる計画をただ受け身で住民に説明するだけだったが、今では搬入の安全条件や情報公開のフォーマットについて、自治体側から国や業者に対して積極的に意見を出し、主導権を握れるようになっている。

 

 役所に寄せられる住民からの問い合わせのトーンも、少しずつ変わってきた。

 

 以前は「危険なものを絶対に町に持ってくるな!」という感情的な抗議が中心だったが、最近では「来週の搬入予定のスケジュールを知りたい」「最新の環境測定結果はサイトのどこで見られるのか」といった、実務的な質問が増えてきている。

 

 反対派の意見が完全にゼロになったわけではない。

 

 ただ、「何も分からないブラックボックス」に対する恐怖と不安が、「自ら確認できるデータ」への健全な関心へと、確実なグラデーションを描きながら変わり始めていた。

 

 同じころ、隔離された施設の一室で、紬は村山に向かってブーブーと文句を垂れていた。

 

「ねえ、最近私が食べさせてもらえる量、ケチりすぎてない?」

 

「現在は一日最大十トンまでの試験運用フェーズですから」

 

「私、一日五十トン食べられるってこの前の実験でちゃんと証明したじゃない」

 

「社会が許容できる『施設の受け入れ能力』と、玉織さん個人の『摂食能力』は、全く別問題なのです」

 

「だったら、五十トンまとめて一気に持ってくればいいだけの話じゃない」

 

「それがそう簡単にはいかないシステムなんですよ」

 

「あーあ、本当に面倒くさい社会ねえ」

 

 村山は、彼女のその愚痴を否定しなかった。

 

 実際のところ、社会というものは驚くほど面倒くさくできている。

 

 純粋な「処理能力」という一点だけを評価すれば、紬の前に大量の廃棄物を山積みにして、好きなだけ食べさせればそれで済む話だ。しかし、それを現実の社会システムとして成立させるためには、安全な輸送ルートを確保するトラックが必要であり、受け入れを管理する施設が必要であり、何より、その環境で暮らす地域住民との泥臭い合意形成が不可欠になる。

 

 紬本人は何一つとして気にすることなく、ただ口を開けて食べているだけだが、彼女のその極めて個人的な行動を「社会のインフラ」として機能させるために、見えないところで無数の人間が汗を流して働いているのだ。

 

「でも、皆さんの調整のおかげで、このプロジェクトで『できること』が少しずつ確実に増えています」

 

 村山が穏やかな声で言うと、紬は不思議そうに小首を傾げた。

 

「皆さんのって。私のおかげじゃないの?」

 

「もちろん、根本的には玉織さんのおかげでもありますよ」

 

「そうでしょう? もっと言いなさいよ」

 

「ただ、あなたが食べるための廃棄物を安全に分別して運んでくれる人や、施設の周辺で環境に問題がないか確認してくれる人たちが存在しなければ、玉織さんもここでお腹いっぱい食べることはできないんです」

 

「ふうん」

 

 紬はスナック菓子をかじりながら、少しだけ考える素振りを見せた。

 

「じゃあ要するに、みんなでよってたかって、私にご飯を用意してくれてるってことね」

 

「……少々自己中心的な解釈ですが、構造としては大きく間違っていません」

 

「いい社会じゃない」

 

 紬は、心の底から満足そうに笑った。

 

「私が好きなだけ食べるとお金がいっぱいもらえて、おまけにみんなも助かる。しかも、わざわざ向こうから私が食べるものを運んできてお膳立てしてくれるんでしょう? なにそれ、最高じゃないの」

 

 村山は、彼女の底抜けに前向きな感想を聞いて、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 

 労働という概念を激しく嫌悪し、面倒なことからは全力で逃げ、何よりも自分の食欲を満たすことを最優先する致命的な性格は、最初から何一つ変わっていない。

 

 それでも、「自分がこの社会の仕組みの中で役に立っている」という事実については、彼女なりに喜ばしく受け止めているらしい。

 

「ちなみに、村山さん」

 

「何でしょうか」

 

「次の試験搬入の日、お弁当の唐揚げの量、いつもの倍に増やしておいてね」

 

「……廃棄物の処理対象とは全く別に、十分な量の食事はご用意していますが」

 

「それはそれ、これはこれよ。働くんだからカロリーが必要でしょ」

 

 村山は無言で頷いた。

 

 この特異な女が「社会の歯車」として正常に機能し続けるためには、歯車そのものに大量の食料という名の潤滑油を供給し続けなければならない。

 

 もっとも、今の彼女が社会にもたらす価値は、その莫大な食料代をはるかに上回るレベルに達しつつあったが。

 

 ふと、村山の手元にある環境省からの最新資料が目に入った。そこには、今回の試験運用の良好な結果を踏まえた、今後の壮大な事業展開のロードマップが記載されていた。

 

 処理可能な対象物の段階的な拡大、全国規模での専用輸送網の整備、民間企業の新規参入スキーム、そして複数自治体との広域協議。

 

 そして、ロードマップの最終項目には、「海外政府機関からの技術提供の問い合わせへの対応」という一文が小さく添えられていた。

 

 村山は、その不穏な文字を見た瞬間、胃の裏側に重い鉛を飲み込んだような嫌な予感がした。

 

 ただでさえ日本国内の利害調整だけでもこれほど骨が折れるというのに、ここに海外の政府や企業の思惑まで絡んできたら、一体どれほどのカオスが待っているのか。

 

 想像するだけで、強烈な頭痛がこめかみを襲った。

 

 一方、そんな村山の苦悩など知る由もない紬は、机の上にあったスナック菓子をあっという間に平らげ、無遠慮に次の袋をバリッと開けていた。

 

「ねえ、村山さん」

 

「はい……」

 

「海外のゴミって、日本のより美味しいのかしら」

 

 村山は何も答えなかった。

 

 少なくとも、そのふざけた質問に対する明確なアンサーを用意できる資料は、この日本政府のどこを探しても存在していなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。