VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!外伝 玉織紬のゴミ処理日記 作:ちんこ良い肉
南房総フーズで廃棄物管理を担当する山本健太の朝は、事務所のパソコンを立ち上げるより先に、重い安全靴の底で保管場所のコンクリートを踏むところから始まる。製造ラインが本格的に稼働してフォークリフトが走り回る前に、冷え切った屋外の保管区へ出る。手元のバインダーに挟んだ前日の管理表と、目の前に積まれた現物を一つ一つ照合していく。ラベルの印字、容器の膨張や劣化の有無、周囲への漏れ。それらを指差し確認する作業そのものは、静かで、地味で、淡々としている。だが、山本にとってこの朝の巡回は、単なるルーティンではなかった。保管場所の空きが、今日の工場の生産をどこまで受け止められるかを示す、最も正直なバロメーターだったからだ。
通常の処理ルートに乗る廃棄物なら、予定日に回収業者のトラックへ引き渡せば、保管場所から順調に消えていく。厄介なのは、処理先が極端に限られている『処理困難物』だった。受け入れ先の設備の都合や成分条件が少しでも合わなければ、すぐに「今回は受け入れられません」と返される。山本はそのたびに、保管場所の配置図を睨み、パレットの置き方を数センチ単位で組み替え、来週の搬出予定と睨めっこする。処理できないものが、じわじわと、しかし確実に、工場の隅に積み上がっていく。まるで、出口のない部屋に少しずつ水が溜まっていくような感覚だった。
その朝も、問題の対象物は昨日と寸分違わぬ場所に鎮座していた。印字は読める。容器に膨張も劣化もない。周囲に漏れはない。帳簿上の管理としては100点満点だ。それでも山本は、日ごとに空き面積が目減りしていく現実に、ため息をつかずにはいられなかった。管理が完璧であることと、問題が解決することとは、まったく別の話だった。
「山本さん、昨日問い合わせをかけていた処理施設からファックスで返答が来ました。……今回も、すぐの受け入れ枠は出せないそうです」
事務所へ戻り、冷えた手をさすっていると、同僚の鈴木が受話器を置きながら報告してきた。山本は自分の机に管理表を広げ、赤ペンで囲まれた『処理困難物』の欄へ視線を落とす。落胆はない。またしても搬出の予定線が引けなかった。ただ、内心では「またか」という諦めと、「いつまでこの状態が続くのか」という焦りが、静かにせめぎ合っていた。
「分かりました。製造部門のライン長には、今の区画を『近日中に空く前提』で使わないよう、キツく伝えておいてください。こっちでも来週の通常廃棄物の搬出予定とトラックの動線がぶつからないように、置き場のレイアウトをもう一度見直します」
鈴木は小さくため息をつき、製造部門へ内線を回した。山本はその間に、処理業者へ返信する確認事項をパソコンで打ち込み始めたが、相手を責める気にはなれなかった。処理施設側にも、法的に受け入れ可能な品目や一日の処理能力に上限がある。誰かが怠けているわけではない。ただ、社会の仕組みとして、出口が足りていないだけだった。
問題の根源は、現場の誰も間違った仕事をしていないのに、保管物だけがじわじわと積み上がり続けることだった。山本は最新の配置図をモニターに映し、通常廃棄物の回収トラックの時間を半日ずらし、パレットに載った容器の向きを変え、数センチの隙間を捻出する。そんな地味な工夫の積み重ねで、今日一日を何とかしのぐ。
「このD列、今日の午後の作業で少し奥に詰めれば、明日のラインから出る分は入りますかね?」
鈴木が画面の配置図を覗き込みながら尋ねた。山本はすぐには首を縦に振らず、保管区分ごとの法的制約と来週の搬出予定を指でなぞり、絶対に混在させてはいけない対象がないことを確認してから、ゆっくりと首を横に振った。
「今日一日しのぐだけなら入ります。でも、そのパズルの組み方にすると、来週の火曜日の搬出で、手前の分を出すために奥のコンテナをわざわざ一度外へ出さなきゃならなくなる。目先の帳尻だけ合わせて空間を作ると、来週の現場がもっと苦しくなります」
こうした数手先を読む判断が、山本の一日のかなりの部分をすり潰していた。自らの手でゴミを処理しているわけでも、画期的なリサイクル技術を開発しているわけでもない。ただ、一度判断を間違えれば工場の生産ラインそのものが止まる。そんなプレッシャーの中で、配置図とにらめっこを続ける毎日だった。
終業のチャイムが鳴る直前、山本はヘルメットを被り直し、もう一度保管場所へ向かった。朝と状態が変わっていないことを懐中電灯の光で確かめ、日中に移動させた容器の現在位置を管理表のデータへ反映し、翌日の発生量の予測をメモに書き込む。家に帰っても、頭の中の配置図は消えなかった。
家に帰り、妻が作った夕食を前にしても、仕事の呪縛は完全には切れなかった。山本は会社から支給された黒い携帯電話を、食卓の端、醤油差しのすぐ横に置いた。処理先の施設や深夜便の運搬ドライバーから緊急の連絡が来るかもしれない。そんな可能性に備えて、食事中も携帯の画面をチラチラと見てしまう。妻は何も言わなかったが、山本自身、その習慣が家族の団らんを侵食していることを自覚していた。
その神経質な習慣が変わる兆しが見えたのは、政府が主導して進めていた『新しい特殊処理ルート』について、南房総フーズの対象物が実運用のフェーズへ進めるという連絡が届いた日だった。玉織紬という女が、どんな処理をするのか。山本は最初、半信半疑だった。だが、資料に目を通すうちに、自分の仕事の前提が変わる可能性を感じた。
山本が資料で最初に確認したのは、玉織紬の胃袋の限界値ではなかった。資料には、施設側の初期運用が一日最大十トンで始まり、初日に八トン、翌日に九トン、合計十七トンを処理したという実績データが記載されていた。派手な数字ではない。だが、山本にとって重要なのは、その数字の大きさではなく、「処理された」という事実と「予定が読める」ということだった。
「鈴木さん、役所から来たこの対象番号のリストと、うちの保管記録ファイル、全部机に出して突き合わせましょう。似たような成分だからついでに一緒に持っていける、なんて甘い意味じゃありません。今回通っている条件に、うちの対象が本当に合致しているのか、一行ずつ確認するんです」
鈴木は無言で頷き、分厚い保管記録のキングファイルを三冊、机の上にドスンと積んだ。山本も向かいの席に座り、発生時のマニフェスト、成分分析の結果シート、保管中の移動履歴を、一行ずつ指差し確認していく。今回のルートに乗せられるのは、条件に合致したものだけだ。その厳格さこそが、この仕組みを社会的に成立させているのだと、山本は理解していた。
「ネットのニュースとか見てると、『何でも食う女がいるんだから、工場のゴミ全部ダンプで突っ込めばいいじゃん』みたいに聞こえますけどね」
付箋を貼りながら、鈴木が苦笑混じりにこぼした。冗談なのは分かっていたが、実務の責任を負う山本としては、世間のその安直な誤解が一番のホラーだった。
「本人の胃袋がどうあれ、うちの工場が『法的に何を出していいか』はまったく別の話ですよ。混ぜたら楽になるなんて雑な発想を一回でも現場でやったら、この処理ルートの仕組み自体が社会から信用されなくなって、明日からまた出口なしの保管地獄へ逆戻りです」
地味で果てしない照合作業だったが、山本にとっては、処理業者の空き枠を電話で拝み倒していた以前の仕事より、ずっと呼吸が楽だった。受け入れ可能かどうかを相手の設備の都合に運任せにするのではなく、必要な条件を満たせば、正式なルートとして搬出できる。そんな当たり前のことが、ようやく目の前に見えてきた。
数日後、ついに搬出予定の確定日が出た。山本は製造部門のライン長からの内線に、久しぶりに「何月何日」という具体的な日付のある回答を返すことができた。ただし、予定が決まったからといって、現場の保管場所をすぐに別の用途へ使うわけにはいかなかった。
「山本さん、来週の搬出が終わったら、あのC区画のスペース、次のラインから出る廃棄物に使っちゃっていいですか?」
製造側のフォークリフト担当からの打診に、山本は配置図のモニターを見ながら答えた。
「向こうの施設から『受け入れ完了』の記録がデータで戻ってくるまでは保留にしてください。予定通り処理されれば空きますが、万が一向こうで突き返された場合、先に使う前提でラインを動かしていると、荷物の組み直しで現場がパンクします」
釘を刺しつつも、自分の言葉の中に「空く」という未来の前提が自然と混ざるようになったことは、山本自身が一番強く実感していた。これまでは、いつ処理できるか見当もつかないものを永遠に抱えたまま、次の置き場を考えるしかなかった。それが今は、「処理が終われば空く」という、当たり前だが確かな未来を語れるようになっていた。
搬出当日の朝。山本はいつもの倍の時間をかけて、対象物のコンディションを確認した。容器のラベルと抽出した記録を照合し、対象外の紛らわしい容器が1ミリも紛れ込んでいないことを確かめ、運搬ドライバーへ手渡す書類を三重にチェックした。
「山本さん……ここ、こんなに奥の壁まで見えたんですね」
トラックが去ったあと、鈴木が空っぽになったコンクリートの床を見つめながら呟いた。いつもは容器の山に遮られていた床の黄色のラインが、奥の壁際まで真っ直ぐに伸びていた。山本も思わず、そのラインの先へ視線を向けた。
「……まだ、終わった扱いにはできません。向こうの施設で受け入れ確認が済んで、処理完了の電子記録が戻ってくるまでは、あくまで『搬出中』です。ただ……こうして見ると、ずいぶん広いですね。毎日歩いて見ていたはずなのに、こんなに広かったのかと」
山本は最終的な受け渡しの確認のため、社用車で処理施設へ同行した。ここへ至るまでの数々の協議で、輸送のルールや施設の受け入れ枠組みはすでに厳格に整備されており、山本が現場で特別な交渉や調整をする必要は一切なかった。
施設の搬入ゲートでは、バーコードによる情報照合と現物の外観チェックが行われ、予定外の不純物が混ざっていないことを確認してから、重厚な扉が開いた。施設側の担当者の説明によれば、今回の対象が検証済みだからこそ、スムーズに受け入れられるのだという。
「こちらの端末データでも、南房総フーズさんからの搬入物は、今回の受け入れ条件と完全に一致しています。この後、処理完了の確認まで終わりましたら、システム経由で完了記録を返送します」
淡々と説明する施設側の担当者の声を聞きながら、山本は自分の持ってきた控えの書類にチェックを入れた。見慣れない国家プロジェクトの仕組みの中であっても、「記録を突き合わせて責任の所在と境目を明確にする」という、自分の仕事の本質は変わらないのだと感じた。
その後、処理の行われる場所へ案内された山本は、そこで初めて、玉織紬という存在をアクリル板越しの間近で見た。ニュースの映像では何度も顔を見ていたが、実物は『国家的なインフラを担う救世主』という神聖な気配とは、まるで正反対だった。
「ねえ村山さん、今日のこれ、見た目からして全然おいしそうじゃないんだけど。毎回毎回、こういうジミでパサパサしてそうなのばっかりなの?」
紬は対象物をゴミを見るような目で眺めたまま、隣でタブレットを操作する村山玲へ容赦なく不満をぶつけた。村山は山本たちが持ち込んだ記録の最終確認をしながら、彼女のワガママなどBGMの一部とでも言うように、淡々と答えた。
「食事としてメニューを選んでいるわけではありません。事前に厳密な検証が済み、本日の受け入れ対象として認可が下りているものを、予定通り処理していただきます」
紬はまったく納得した様子を見せず、苛立ちを隠そうともせずに山本の方へ一度冷ややかな視線を向け、再び積まれている対象物へ目を戻した。山本には、彼女が自分たちの「処理先が見つからず、何年も書類と現物をにらめっこしてきた苦労」など、1ミリも理解していないことが痛いほど伝わってきた。
「これだけ? ずっと困ってたって聞いたから、もっと天井まで山みたいにあるのかと思ったわ。わざわざここまで出向いてきたのに、味も全然期待できなさそうだし、時間の無駄じゃないの」
その心底どうでもよさそうな言葉を聞いて、山本は一瞬、どんな表情を作ればいいのか分からなくなった。工場では保管場所を限界まで圧迫し、業者への電話とパズルのような配置変更を何度も強要し、自宅の夕食の食卓にまで仕事の不安を持ち込んできた。それが、この女にとっては「これだけ?」の一言で片付けられるのか。
処理が始まると、その圧倒的な認識の落差はさらに残酷なほど明確になった。山本が何年も書類の中で確認し続け、現物を見ては頭を抱え、置き場を考え直してきたあの厄介な対象物が、紬の口へ、まるでスナック菓子のように、次々と消えていく。
「これ、なんか食感まで中途半端ね。モサモサしてて最悪。どうせ私に食べさせるなら、マヨネーズかけるとか、もうちょっと味に工夫できないの?」
村山は一瞬、何か強烈な言葉を返しそうに見えたが、山本には聞こえないほどの小さなため息をつき、無言で記録へ視線を戻した。紬はその村山の反応にも構わず、残っている対象へ雑に手を伸ばす。自分の今の「食事」が、誰かの数年分の苦労の結晶だとは、夢にも思っていないのだろう。
すべての処理が終わり、施設側の最終確認が進んだところで、山本はようやく立ち上がり、アクリル板の向こうの紬へ声をかけた。長年の重圧から解放してくれたことへの感謝を伝えるなら、今しかない。だが、目の前のこの女に、そんな重みのある言葉が届くのか、山本自身にも分からなかった。
「玉織さん……ありがとうございました。うちの工場では、今食べてもらったものを長年保管していて、処理先を探すだけでも、本当に大変な手間がかかっていたんです。今日こうして、自分の目で処理まで終わるのを確認できて、本当に……」
紬は少し首を傾げた。山本がなぜ、そんな大げさな態度で、まるで命の恩人にでも接するように頭を下げているのか、本気で意味が分からないという顔だった。「感謝された」という事実自体は悪い気はしないらしく、鼻を鳴らして答えた。
「そんなに邪魔で困ってたなら、もっと早く、さっさと持っていけばよかったじゃない。私は別に困ってないし、食べればお金ももらえるんだから。そっちがちゃんと用意さえしてくれれば、それでいいのよ」
村山が弾かれたように視線を上げた。山本がそのあまりの思慮のなさに絶句し、返答を探している間に、村山は紬へ向き直り、ピシャリと言い放った。
「困っているからといって、即座に持ち込めるわけではありません。成分を分析し、安全性を検証し、施設の受け入れ条件に合致していることを書類で証明し、輸送の法的記録まで完璧に揃えたからこそ、今日、ようやくここで処理ができたんです」
紬は心底面倒くさそうに眉根を寄せ、わざとらしく大きなため息をついて、山本の方ではなく、空っぽになった処理用のパレットを見た。社会のインフラや手続きというものを理解する知能がないというより、自分に直接利益のないことには、1ミリも関心を持たないのだろう。
「あー、はいはい。そういう面倒くさいお役所仕事は、そっちで勝手にやってくれればいいじゃない。私は『食べる』ところだけやるから。……それより、今日の仕事終わったんだから、これで今日の『普通のご飯』は出るんでしょうね?」
山本は思わず村山の顔を見た。だが村山は、否定も肯定も、驚きすらせず、まだ完了報告の確認事項が残っているので所定の場所で少し待つよう、事務的に紬へ伝えただけだった。紬は露骨に舌打ちをしそうな嫌な顔をして、席を立った。
施設を出る前、山本は村山から手渡された受け入れと処理の完了記録に目を通した。自分たちが何年も何年も保管し続けてきたものが、完全に処理されたという揺るぎない事実は、紬本人の最悪な態度とは一切関係なく、公的な記録としてそこにあった。
南房総フーズの事務所へ戻ると、山本はヘルメットを置くよりも先に、パソコンを開いて保管記録のデータベースを更新した。『搬出中』のステータスとして残していた対象を『処理完了』へ切り替え、モニター上の配置図から赤い欄を消した。
「これで、あの列は明日のラインからの発生分に回せますね」
鈴木が、更新されて余白のできた配置図を確認しながら、少し声のトーンを上げて言った。山本は深く頷いたが、今回の仕組みで工場のすべてのゴミが魔法のように片付くわけではないという現実を忘れないよう、まだ赤字で残っている別の欄へも視線を向けた。
「ええ。でも、今回ルートに乗って通ったものだけです。成分の違う別のものまで、どさくさ紛れに一緒に出せるわけじゃありません。……でも、一つ通れば、確実に一つのスペースが空く。それだけでも、こっちの仕事の景色は全然違いますよ」
その日の終業チャイムが鳴った後、山本はいつもの強迫観念のような癖で、ヘルメットを手に保管場所へ向かいかけ……事務所の出口のドアノブに手をかけたところで、ピタリと足を止めた。手は金属の冷たさを感じていたが、頭の中では「今日はもう確認する理由がない」という、当たり前だが新しい事実が、ゆっくりと広がっていった。
翌朝、県東新報は南房総フーズから処理困難物の搬出が始まったことを、生活面の中段で取り上げていた。記事のトーンは、玉織紬のオカルト的な能力そのものを面白おかしく書くのではなく、長期保管を強いられていた排出元の現場の負担が、どう軽減されたかという視点で書かれていた。
「長期保管の処理困難物、南房総フーズから搬出 新処理ルートで保管負担軽減」
南房総フーズで長期保管されていた処理困難物の一部が、厳格な事前検証を経て、新たな処理ルートへ搬出された。対象は成分分析と条件確認を通過したものに限られており、同社では保管場所に数年ぶりの余裕が生まれた。新たな処理方式を巡っては、特殊な摂食能力ばかりがセンセーショナルに注目されがちだが、排出元の現場では「処理できないものを、安全を保ったまま抱え続ける」こと自体が、目に見えない莫大な業務負担となっている。今回の搬出は、その負担が実際に軽減され始めたことを示す一例だ。
山本は新聞を折りたたんだあと、パソコンで廃棄物業界紙の電子版も開いた。そちらではさらに専門的に踏み込み、能力者の異常な処理トン数よりも、排出元が「いつ出せるかという搬出予定を読めるようになる」ことの経済的・実務的な価値が論じられていた。
「処理能力より先に効く『保管負担』 検証済み対象の実運用が排出元の実務を変える」
新処理ルートでは、事前検証を通過した対象が、段階的に実運用へ移されている。排出元の実務担当者にとって重要なのは、特殊能力者の最大処理量という派手な数字ではなく、これまで長期保管という手段しかなかった対象について、正式な搬出先と日程が確定することだ。処理先への空き状況の照会、限られた保管区画のパズル調整、長期管理に伴う点検と記録更新などは、対象物がその場に残り続ける限り永遠に発生し続ける。検証済みの対象が一つでも処理ルートへ接続されるだけで、一つの保管負担が確実に消える。
昼休みに弁当を食べていると、鈴木がスマホの画面を見せてきた。X(旧Twitter)では、同じような管理仕事をしているらしい実務者たちが、新聞記事よりも荒っぽいが実感のこもった言葉で反応していた。
廃棄物管理の現場から @haiki_kanri「うちの裏にも長期保管してる処理困難物がある。ぶっちゃけ女がどんだけ食えるかより、検証通った対象について『正式な搬出先と日程が決まる』ことの方が、現場の人間には100倍ありがたい。毎日パズルしてる身からすれば、その一言だけで飯がうまくなるわ」♡12,400 リポスト2,900
/現場の産廃担当 @sanpai_genba「ニュース見て『何でも食う奴がいるから何でも混ぜて持っていける』とか勘違いしてるバカ経営者多すぎ。分析もせずに混ぜたもん運んだら、今まで現場が積み上げてきた信用が一発で吹っ飛ぶぞ。条件合ったものだけ、ってのが大前提だろ」♡18,700 リポスト4,100
/保管場所に悩む人 @hokan_tantou「新聞記事の『保管負担の軽減』、このたった数文字が本当にありがたい。処理できないものが居座ってると、毎朝凍えながら確認して、次の置き場をパズルして、夜も携帯気にして……って生活がずっと続くんだよ」♡26,300 リポスト5,800
「最後の人、山本さんがいつも言ってることと一言一句同じじゃないですか」鈴木が画面を指差して笑うと、山本は苦笑する代わりにもう一度、その切実な文章を読んだ。自分だけが特別に要領が悪くて苦労していたわけではなく、処理できないものを抱える全国の現場では、みな同じ種類の無駄な仕事に時間をすり潰しているのだと分かった。
「たぶん、どこの工場も似たような惨状なんでしょうね。だからこそ、あの女の人が何でも持ち込めるようなザルな仕組みにしない方が、絶対いいと思います。処理量を優先して雑に広げて、事故が起きて一回でもルートが止まったら、また元の保管地獄ですから」
匿名掲示板でも、同じ点を巡って実務者らしい生々しい書き込みが続いていた。山本は普段なら仕事中に2ちゃんねるの派生掲示板など追わないが、今回は自分の担当業務の苦労が外からどう評価されているのか気になり、画面をスクロールした。
特殊処理ルート、排出元の保管負担はどう変わる?
101 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:HaikiA7p「テレビじゃ女の処理能力の話ばっかり出てるけど、排出元の実務からすれば搬出先が『確定する』だけで、もう天と地ほどの差があるんだよな」
/102 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:GenbaK4m「うちも裏に処理困難物あるわ。毎朝確認して、置き場パズルして、夜も携帯気にして……って生活、想像しただけで胃が痛くなる。搬出日が決まるだけで、その呪縛から解放されるんだよ」
/103 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:HokanR2s「うちの会社の裏にも似たようなのあるわ。処理できないものが残ると、マニフェストの更新と置き場変更の無限ループで、他の仕事が全部後回しになる」
/104 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Bunseki8q「『何でも食うから何でも混ぜていい』とか言ってる奴は、現場の信用を何だと思ってるんだ。条件外のもの混ぜたら、ルートそのものが止まるぞ」
/105 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:HaikiA7p「実運用に乗る対象リストが少しずつ増えていくなら、それだけでも意味はあるわな。排出元ごとに抱えてるものが一つずつ減っていくんだから」
山本は最後まで読んでから、スッと画面を閉じた。便所の落書きのような匿名の書き込みに自分の業務上の判断を委ねるつもりは毛頭なかったが、少なくとも「玉織紬が食べられるなら、工場のゴミ全部そこへ持っていけばいい」という安直な世間の声とは違う、現場の実感がそこにあった。
海外の廃棄物業界メディアも、同じ出来事を短いコラムで取り上げていた。鈴木が翻訳ソフトを通した記事を見つけてきて、山本は自分たちの工場で起きているような、極東の小さな現場の「余白ができた」という変化まで、海外で報じられていることに少し驚いた。
New Waste Treatment Route Reduces Long-Term Storage Burden at Industrial Sites(新たな廃棄物処理ルート、産業施設における長期保管負担を軽減)
A newly established treatment route is allowing selected industrial waste materials to leave long-term storage after passing strict pre-verification. Industry observers note that, beyond the unusual treatment method itself, the ability for discharging facilities to predict removal schedules is changing daily operations.(新たに確立された処理ルートにより、厳格な事前検証を通過した一部の産業廃棄物が、長期保管状態から搬出できるようになっている。業界関係者は、異例の処理方法そのものだけでなく、排出元施設における保管負担や予定の見通しが変わり始めている点を指摘している)The system remains limited to verified materials, and broader acceptance will require additional testing and formal approval.(この仕組みの対象は検証済みの物質に限定されており、受入対象を拡大するには追加の検証と正式な承認が必要となる)
記事を読み終えた山本は、アクリル板の向こうで不機嫌そうにゴミを貪っていた玉織紬の顔を思い出した。自分たちの地味な仕事が、国内外で「制度や産業構造の変化」として立派に語られている一方で、その中心に座っている本人は、味の文句しか言っていない。その落差こそが、この仕組みの本質なのかもしれない。
山本たちが泥臭く記録を整え、厳格な検証と運搬と受け入れの確認を経て、最後の最後に、あの女が食べる。彼女自身がシステム全体を理解していなくても、周囲の人間がその圧倒的な無責任さを分厚い『手続き』という壁で囲い込み、社会の役に立つ形へ変換している。そんな構造が、ようやく回り始めたのだ。
その日の終業前も、山本は机で管理表を確認した。以前なら、処理困難物の赤い欄を見たあと、念のため、心がざわつくのを抑えるためにもう一度ヘルメットを被って保管場所を歩き回ってから帰っていた。だが、空いたC区画の欄を見て、今日はその必要がないことを確認した。
「山本さん、今日はもう外の保管場所、見に行かないんですか?」帰り支度をしながらコートを着ていた鈴木が、不思議そうに尋ねた。山本は管理表のバインダーをパタンと閉じ、机の定位置にピシッと置いてから、ブラインドの向こうの保管場所の方角を一度だけ見た。
「今日はもう見に行きませんし、確認する実務上の理由もありません。明日の朝、いつも通り明るくなってから見れば十分です」
帰宅した山本は、玄関で革靴を脱いだあと、いつものように会社用の黒い携帯電話を手に持ったまま、食卓へ向かいかけた。食卓の端、醤油差しの横へ置こうとして……今日の搬出予定も、向こうの施設での処理確認も完全に終わっていることを思い出し、手を止めた。そのまま携帯をリビングの棚の上へ置き、食卓へ座った。
食卓に、自分を縛り付けていた端末がないことに、最初の数分間は少しソワソワとした落ち着かなさを覚えた。何か重大なことを見落としていないかと考えかけたが、頭の中で管理表のマス目を思い返すと、今日やるべき確認はすべて終わっていることが分かった。妻が「今日は携帯置かないの?」と聞くと、山本は「今日はもう、見る理由がないんだ」と、少し照れくさそうに答えた。
翌朝、山本はいつもと同じ時間に、重い安全靴で保管場所へ向かった。昨日まで厄介な処理困難物が積み上がっていた区画には、ぽっかりと四角い空間が残っており、手元の管理表にも、その空間が次のラインの配置に堂々と使えるものとして記録されていた。
山本は現物のコンテナと管理表を照合し、力強く確認済みのチェックマークを書き込んだ。玉織紬という、常識の通じない怪物じみた女を見たことより。昨日まで赤字で埋まっていた欄に確かな「余裕」があり、今日の仕事が昨日より少しだけ楽になっていることの方が、山本にとってははるかに大きな出来事だった。