VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!外伝 玉織紬のゴミ処理日記     作:ちんこ良い肉

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第6章 夜に鳴らない電話

佐伯直人は、出勤してパイプ椅子に腰を下ろすと、デスクトップパソコンを立ち上げるより先に、胸ポケットから仕事用の端末を引き抜いて画面を開く癖がついていた。薄目を開けるようにして最初に確認するのは、夜間の着信履歴だ。特殊便の予定変更は、夜中にこそ容赦なく入ってくる。寝ている間に処理先の都合が変わり、運転手の拘束時間が延び、後続の便がすべて崩れる。そんな地獄を何度も経験してきた佐伯にとって、朝一番の着信チェックは、もはや儀式に近かった。

 

 

特殊な廃棄物を運ぶ便は、一般のルート回収便とは比べ物にならないほど予定変更の連鎖被害が大きかった。処理先の受け入れ日が半日でも動けば、その車両を担当する運転手の拘束時間が変わり、後ろに組んであった別の回収便の予定も、ドミノ倒しのように崩れていく。佐伯はそのたびに、配車表のマス目を組み替え、運転手へ謝罪の電話をかけ、排出元へ「確認中です」と頭を下げる。そんな仕事が、日常だった。

 

 

以前の佐伯は、朝一番の着信履歴が『0件』であるのを見て、ようやくその日初めての深い呼吸をしていた。誰も電話をかけてこないということは、少なくとも自分が出勤してくるまでの間に、仕事が根元から壊れていないということだ。逆に、1件でも着信があれば、その日の予定は朝から組み直しになる。佐伯はそんな綱渡りの毎日を、もう何年も続けていた。

 

 

その日も着信がないことを確認したあと、佐伯はパソコンを起動し、前日から保留ステータスになっている便の資料を開いた。特殊な処理を必要とする厄介な廃棄物で、排出元からは「早く引き取ってくれ」と矢のような回収要請が来ている。だが、処理先の受け入れ条件がまだ確定しておらず、配車表へ載せるわけにはいかない。佐伯は資料を睨み、ため息をついた。

 

 

不意に机の固定電話が鳴る。佐伯は条件反射で受話器を取り、肩と耳で挟みながら、相手がまくしたてる変更内容を手元の裏紙のメモへ殴り書きした。通話を終えてから配車管理のシステム画面を開き、当該車両の到着時間を変更し、後続の便との重なりがないかを確認する。そんな作業を、午前中だけで何度も繰り返す。

 

 

その作業をしている数分の間にも別の電話が割り込んでくるため、佐伯の机には途中まで書いたままの付箋やメモが地層のように増えていく。電話を切った直後に別件のトラブルシューティングへ移ると、どこまで配車表へ反映したのか、自分でも分からなくなる。そんな時、佐伯は机の上のメモを一つずつ確認し、未反映のものをシステムへ入力し直す。地味で、ミスが許されず、しかも終わりがない仕事だった。

 

 

「佐伯さん、昨日の特殊便の件ですが、受け入れ側から時間変更の可能性があると連絡が来ました。まだ確定ではないので、運転手には正式な予定を出していません」フロアの向こうから同僚が声をかけてきた。佐伯は該当便だけでなく、その後ろに数珠繋ぎになっている予定までモニター上で確認した。変更が確定してからコマを動かす方が手数は少ない。だが、待っている間に別の回収便が入れば、結局また組み直しになる。佐伯は悩んだ末、こう答えた。

 

 

「分かりました。では、その時間帯はまだ『仮押さえ』のままで空けておいてください。受け入れ側の最終回答が出るまでは絶対に別の回収を入れず、確定したところで運転手へ一本化して指示を出しましょう。二転三転するくらいなら、最初から空けて待った方が、現場の混乱は少ないはずです」

 

 

何も決まらないまま、ただ枠を空けて待つことも、配車担当の胃の痛くなる仕事だった。車両と運転手は空いているように見えても動かせず、排出元には「確認中です」と返事を保留したままになる。だが、焦って仮予定を入れてしまえば、後で変更が入った時の被害はもっと大きくなる。佐伯はそんなジレンマの中で、今日も配車表と睨めっこを続けていた。

 

 

それでも、以前の佐伯は配車表の空欄を見るだけで強迫観念のように不安になった。今日中に枠が決まらなければ夜間に連絡が来るかもしれず、夜に決まれば明日の朝までに別の予定をゼロから組み直す必要がある。だから、空欄がある限り、佐伯の心は休まらなかった。

 

 

昼休みになっても、机の電話が鳴れば佐伯は条件反射でコンビニ弁当の箸を置いた。通話の内容をメモし、予定変更の対象になった車両を配車表から探し出し、後続の便と重ならない位置へドラッグ&ドロップで移す。運転手への連絡、排出元への連絡、システムへの反映。弁当が冷めていくのも気にせず、佐伯はそんな作業を続けた。

 

 

三枝美紀が事務所へ戻ってきた時、佐伯は片手に箸を持ったまま、画面を睨みつけていた。三枝は細かく修正の入った配車表を後ろから覗き込み、仕事が増えていることよりも、佐伯が昼休み中ずっと同じ姿勢を続けていることを心配した。

 

 

「その便、今すぐ全部決めないと車が動かせないんですか? 相手の返事待ちのボールを佐伯さんが抱え込んだところで、向こうの回答が早くなるわけじゃないでしょう。少しは休んでください」

 

 

佐伯は配車表のデータを上書き保存してから、ようやく弁当に向き直った。三枝の言うことが正論なのは分かっていたが、返事が夜の深い時間までずれ込んだ時の、あの絶望的な再調整の面倒さを何度も経験していた。

 

 

「今のうちに、手元で動かせる部分だけでも整理しておきたいんです。夜中に変更が入って、明日の朝からパズルを全部組み直すよりは、その方がまだ精神的に楽ですから」

 

 

それが必要な準備なのか、単に不安という化け物に追われて先回りしているだけなのか、佐伯自身にも境目が分からなくなっていた。退勤後も仕事用端末は肌身離さず持ち歩き、寝る前にも布団の中で配車表を開いて、「もし明日、変更が入ったらどうするか」をシミュレーションする。そんな生活が、当たり前になっていた。

 

 

そんな佐伯が、三枝の会社で『特殊処理ルート』の配車管理を専門に担当するようになったのは、あの一極集中方式の試験運用が始まってからだった。最初の搬入試験では、同じ時間帯に各社のトラックが一斉に集まり、施設のゲート前で大渋滞が発生した。佐伯はその混乱を目の当たりにし、「このままでは配車が崩壊する」と危機感を覚えた。

 

 

当初、佐伯はただ「面倒な新しい仕事が増えただけ」だと思っていた。対象物の成分データ、排出元の法的記録、施設側へ提出する搬入情報、指定された到着時間枠、通行するルートの指定。一般の回収便と比べて、事前チェックの項目が圧倒的に多い。佐伯はその煩雑さに、最初は辟易していた。

 

 

ところが運用が数日続くにつれ、佐伯は以前の特殊便とは決定的に違う点が一つあることに気づいた。検証を通過して『実運用』へ入った対象については、そもそも「行き先を探す」という最も過酷な営業作業が必要なかったのだ。以前は、難しい荷物が来るたびに、各処理施設へ電話をかけまくり、「受け入れられますか?」と頭を下げて回らなければならなかった。今は、行き先が最初から決まっている。佐伯の仕事は、「その決まった行き先へ、どう効率よく、時間通りに運ぶか」だけに集中できるようになっていた。

 

 

以前は、難しい荷物が来るほど、最初に「どこが引き受けてくれるのか」と各所へ電話をかけまくる必要があった。現在は、施設側の条件を満たしているかを先に手元で確認し、条件を通ったものについては「どう効率よく運ぶか」だけを考えればいい。佐伯にとって、この変化は革命的だった。

 

 

「明日の対象ですが、成分照合まで終わっています。施設側へ出すマニフェストの記録も揃っているので、あとは搬入枠へ車両を当て込めば動かせます」同僚が書類の束を持ってくると、佐伯は対象物の確認済み表示と、施設側の搬入予定枠をダブルチェックした。以前ならここから「処理先への電話営業」が始まるところだったが、今は同じ施設への所要時間と、運転手の労働時間を計算するだけだ。

 

 

「前の仕事から車が戻ったあとでも、積み込み時間に余裕があります。この車両なら、住宅地側を避ける指定ルートを通っても予約時間内に入れるので、運転手へ『確定予定』として出してください」同僚はそのまま連絡へ移り、佐伯は配車表の該当欄を鮮やかな緑色の『確定』へ切り替えた。誰かの返事を待つための不安定な仮予定ではなく、この一件については、今日の自分の仕事として「完全に終わった」ことを示す色だった。

 

 

もちろん、車両が空いているからという理由だけで、何でも予定へ組み込めるわけではない。検証や事前確認が終わっていない対象物は、排出元から「とりあえず持っていってくれ」と泣きつかれても、配車表へ載せる前の段階で、きっぱりと止めなければならなかった。

 

 

「佐伯さん、この荷物なんですが……車は空いているから、とりあえず施設の近くまで持っていけないかと向こうから言われています。確認が終わるまで工場で待つより、そっちの方が早いんじゃないか、という話なんです」同僚から相談され、佐伯は提出された資料に目を通した。受け入れ条件との照合が終わっていない以上、配車側が先回りして動かしたところで、施設のゲート前で門前払いされる可能性がある。

 

 

「確認前の荷物は、絶対に予定に入れないでください。運べる車があることと、施設が受け入れられることは別次元の話です。条件が完全に揃ってから改めて配車を組むと、ハッキリ伝えてください」

 

 

以前なら、条件が厳しいほど「融通が利かない」と仕事がやりにくいと感じていたかもしれない。だが今は、入口で止める基準が明確である方が、配車担当にとってはむしろ武器になった。

 

 

何を運べるのか分からないまま車両だけ押さえておけば、その荷物が止まった時に、運転手の時間までドブに捨てることになる。条件を確認できたものだけを予定表へ載せれば、少なくとも「施設へ行ったのに受け入れ拒否」という最悪の事態は避けられる。佐伯はそんな当たり前のことが、ようやく自分の仕事の武器になったことを実感していた。

 

 

午後、三枝が佐伯の机へ業界紙のコピーを置いた。見出しには、あの特殊処理の能力そのものではなく、自分たち運搬会社の役割が劇的に変わっていることが書かれていたため、佐伯も作業の手を止めて目を通した。

 

 

「処理工程が変わっても消えない物流 照合・配車・記録管理へ役割広がる」

特殊な摂食能力を利用した廃棄物処理ルートの運用が進む中、従来の処理工程そのものは短縮される一方で、排出元から指定施設までを安全かつ正確に接続する『物流業務』の重要性が飛躍的に増している。検証済みの対象物については処理先が固定されつつあるが、搬入には対象データの厳格な照合、輸送記録の整備、指定時間枠へのピンポイント配車、地域への影響を考慮したルート管理が必要となる。処理方法が変わっても、物を安全に運ぶ仕事が消えることはない。

 

 

記事を読み終えた佐伯は、机の上の配車表と見比べた。玉織紬という一人の女が食べれば、処理そのものは終わる。だが、彼女の口の前まで安全に届ける工程がなくなるわけではない。むしろ一か所に全国から荷物が集まるからこそ、配車の精密さが以前より求められるようになっていた。

 

 

「仕事が残ったというより、面倒な部分がごっそりこっちへ移動してきた感じもしますね。処理先を探す胃の痛い電話は減りましたけど、その分、照合する資料の細かさは前よりひどいです」佐伯が記事を返すと、三枝は自分の机へ向かいながら深く頷いた。巨大な処理設備を持つ会社としての将来を本気で心配していた頃に比べれば、書類と配車のパズルが増えることは、まだ自分たちの努力で対策できる種類の問題だった。

 

 

「書類が多くても、うちの仕事そのものがなくなるよりは何百倍もマシでしょう。うちにあるトラックと、現場で培った配車の知識がそのまま使えるなら、新しいやり方を覚えて回せるようにすればいいだけですから」

 

 

佐伯にとっても、自分が専門担当として置かれた意味が少しずつ明確に見えてきていた。試験が終われば元のカオスな配車へ戻るのだと思っていたが、搬入対象が段階的に増えるにつれて、決められた条件へ荷物を精密に割り当てていく仕事が、自分の専門分野として確立されつつあった。

 

 

その日の午後、佐伯は実際の搬入状況を確認するため、社用車で指定施設へ向かった。机の上のエクセルで時刻が綺麗に並んでいても、現地で車両が詰まって待機が発生すれば、配車としては大失敗だ。運転手からの無線報告と、現地の様子を自分の目で確認する必要があった。

 

 

施設へ着いた時、公道上に大型車両の待機列は一台もできていなかった。先の車両がゲートで確認を終えて中へ入り、次の車両は指定された時間枠にピタリと合わせて到着している。佐伯は仕事用端末の予定表と、実際のトラックの動きを見比べ、自分の配車が現実の道路の上で機能していることを確認した。

 

 

施設側で記録を確認している数分の間にも、佐伯は次の便が予定より早く接近しすぎていないかをGPSの端末で確かめた。以前のように「先の車両が遅れれば、後ろの予定がすべて詰まって終わる」という綱渡りの状態ではなく、時間枠ごとに区切られた、余裕のある流れになっていた。

 

 

「今日の便は、予定表のタイムラインから大きく外れずに入っています。運転手からも、前より待ち時間の見通しが立てやすくてストレスがないと聞いています」施設側の担当者へそう伝えたあと、佐伯は処理場所の奥まで案内された。自分が一日かけて調整し、時間通りに送り込んだ荷物が、最後にどうなるのか。一度は自分の目で見ておきたいと思っていた。

 

 

しかし、そこにいた玉織紬は、佐伯が想像していたよりも遥かに、仕事をしている人間らしく見えなかった。複数の排出元から膨大な記録を揃え、車両と運転手を割り当て、数分単位で時間をずらしてようやくここへ届いた荷物を、彼女はただ「自分の食事」として、気だるそうに眺めていた。

 

 

「今日は、この荷物が順番にここへ来るの? ……毎回毎回、同じ場所まで運んでくるだけなんだから、そっちの仕事はずいぶん楽でいいわね」

 

 

佐伯は一瞬、自分の聞き間違いかと思った。「同じ場所へ運ぶだけの状態」を作るまでに、排出元とどれだけの書類を照合し、搬入枠を取り合い、運転手の拘束時間を計算し、到着が絶対に重ならないよう配車のパズルを組んでいるか。しかし紬にとっては、自分の目の前に荷物が現れることが当たり前で、その裏側の苦労など想像もつかないのだろう。

 

 

村山玲が手元のタブレットから顔を上げた。佐伯には、彼がその種の発言を初めて聞いたわけではないことが、その場に落ちた短い沈黙だけでも痛いほど伝わってきた。

 

 

「同じ施設へ予定通りに届くようにするために、排出元と運送側が膨大な条件を確認して、到着時間も分単位で調整しています。玉織さんから見えないだけで、勝手に荷物が歩いて集まっているわけではありません」

 

 

紬は村山の説明を聞き流しながら対象物を口へ運び、それでも全く納得した様子を見せなかった。しばらく何かを考えてから出した提案は、佐伯にとっては現在の配車表を根元から爆破するようなものだった。

 

 

「だったらさ、最初から全部のゴミをここへ適当に置いておけばいいじゃない。私が来たい時に来て、好きな時に好きなだけ食べれば、トラックの時間なんて毎回考えなくて済むでしょう? そっちの方が合理的じゃない」

 

 

佐伯の頭の中で、事前に必要な広大な保管場所、荷物ごとのステータス管理、搬入の無秩序な集中、本人がいつ来るか分からない状態での不確実な車両計画が同時に浮かび上がり、サイレンを鳴らした。便利になるどころか、配車も保管も法的な管理も、すべてが崩壊する未来しか見えなかった。

 

 

村山も同じ結論に行き着いたらしく、こめかみに手をやりかけてから途中で止めた。この女を怒鳴りつけても何の意味もないと諦めきっているようで、できるだけ感情を排した事務的な口調を保って説明を続けた。

 

 

「施設は玉織さん専用の食料庫ではありません。保管できる対象も容量も法的に決められていますし、搬入時間も周辺道路への影響を考慮して厳密に調整しています。あなたが好きな時に食べたいという個人的な理由で、先に決めたルールを崩すことはできません」

 

 

紬は心底面倒そうに、派手に顔をしかめた。「せっかく私が身を粉にして食べて『あげる』んだから、もっと私が楽できる仕組みにすればいいのに。どうせ運ぶ人たちは、決まった場所へトラック持ってくるだけなんでしょう? 頭固いわね」

 

 

佐伯は、玉織紬が物流という社会の血流に対して、驚くほど無関心で無知なのだと理解した。社会のために面倒を引き受けようとしているのではなく、自分は食べれば大金が入り、食べ物まで用意されるから協力しているだけなのだ。そんな女のために、佐伯たちは毎日、配車表と格闘している。

 

 

それでも、佐伯が血を吐く思いで配車表へ並べた荷物は、彼女の目の前で順番に確実に消えていった。排出元から出たものが指定された条件で運ばれ、記録を確認された後に処理されるという流れ自体は、紬がどれほど自己中心的でも、きちんと機能していた。

 

 

処理の合間、村山が佐伯へ現在の搬入時間枠について意見を求めた。佐伯は手元の端末に表示した配車表を示し、行き先が固定されたことで以前より予定を組みやすくなった一方、条件未確認の荷物を途中からねじ込まれることの危険性を指摘した。

 

 

「配車側としては、確実に搬入できるものだけが最初から予定へ上がってくる方が圧倒的に助かります。施設まで運んでからゲートで『条件外です』と突き返されると、その車両も運転手の時間も丸ごと無駄になります。確認が終わったものだけを予定へ載せる運用は、絶対に変えないでほしいです」

 

 

村山は佐伯の説明をタブレットに記録し、迷うことなく即答した。「その運用を今後変えるつもりはありません。検証や確認が終わっていない対象を、車両が空いているという安易な理由だけで先に持ち込むことは、例外なく認めない方針です」

 

 

佐伯には、そのブレない返答がありがたかった。規則が厳しいことより、規則が途中で曖昧に変わることの方が配車担当には一番の致命傷になる。何を運んでよく、何をまだ動かしてはいけないのかというラインが明確なら、配車表は組みやすい。

 

 

会社へ戻る社用車の助手席で、佐伯は公開されている搬入データへの反応をXで眺めた。一般の利用者が玉織紬の食べっぷりを面白がるだけの投稿も多かったが、運送関係者らしいアカウントは、自分たちとまったく同じ部分に注目していた。

 

 

産廃ドライバーの休憩所 @sanpai_driver「公開されてる搬入データ見たけど、行き先固定で時間枠まで決まってるなら配車側はかなり助かると思う。特殊物って処理先が変わるたびにルートも予定もゼロから組み直すから、難しい荷物ほど『どこへ行くか決まってる』だけで精神的な負担が全然違う」♡5,600 リポスト1,100

/配車表とにらめっこ @haisha_table「その代わり書類と事前確認は普通の便より重そう。時間枠だけ取って現場着いたら『現物が条件外でした、持ち帰って』が一番発狂するやつだから、入口で厳しく弾いてるのは正しいと思う。配車担当としては『確実に運べるものだけ』が予定に上がる方がありがたい」♡8,900 リポスト1,900

/物流屋のぼやき @unso_boyaki「『食べる人がいるなら運送屋いらないじゃん』とか言ってた素人、ゴミは瞬間移動しねえぞ。発生場所から誰かが宵積みして、マニフェスト作って、時間合わせて持っていくんだよ。むしろ処理が一か所だからこそ、配車の精度が問われるんだわ」♡12,400 リポスト2,600

 

 

佐伯は最後の投稿まで読んでから画面を閉じた。配車は予定通りにいけば外からは見えにくい裏方の仕事で、車両が指定時間に着き、荷物が滞りなく渡れば、それ以上話題になることもない。それでも同業者には、その「何も起きないこと」の裏にある苦労が、ちゃんと伝わっているのだと感じた。

 

 

会社へ戻ると、同僚から5chの『運輸・交通板』でも同じ話題が伸びていると教えられた。佐伯は休憩の間だけスレッドを開き、普段なら読み飛ばす匿名の書き込みを、自分の仕事と照らし合わせながら追った。

 

 

例の一極集中処理、運送側から見てどうよ

231 名前:国道774号線[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:HaiSha7K「行き先固定はマジで楽だと思う。特殊便で一番めんどいの、処理先変わるたびにルートも拘束時間も全部組み直すことだから。同じ施設ならルートも所要時間も完全に読める」

/232 名前:国道774号線[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Logi4M2「確かにルートは読めるけど、書類のチェックが鬼だよな。現物と記録が1ミリでも違ったらゲートで止まるし、その責任は配車側に来る」

/233 名前:国道774号線[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:UnTen9Q「書類増えても、現場着いてから受入拒否されて持ち帰るよりマシ。何運べるか先にカッチリ決まってる方がドライバーも助かる」

/234 名前:国道774号線[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:FixRoute3「『一か所に集める=簡単』じゃないんだよな。一か所だからこそ、同じ時間に集中させない配車が必要になる。最初の試験で大待機出て、時間指定に変えたのは大正解だと思う」

/235 名前:国道774号線[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:HaiSha7K「難しい荷物を毎回ゼロから組むクソ仕事から、決まった枠に正確にはめる仕事になった感じか。配車やってる奴なら、後者の方が精神的にはだいぶ違うの分かるはず」

 

 

佐伯は最後の書き込みを何度も読み返した。確認する項目が減ったわけでも、責任が軽くなったわけでもないのに、精神的な負担が以前より圧倒的に小さい理由を、画面の向こうの知らない誰かが簡潔に言葉にしていた。毎回ゼロから正解を探す必要がない。一度決まった仕組みの中へ、正確に当てはめるだけの仕事なら、どこまで終えれば『今日の仕事が終わる』のかを明確に判断できる。その違いは、配車表を作っている最中より、むしろ会社を出た後の時間に大きく現れていた。

 

 

夕方、三枝が海外の物流専門媒体の記事をプリントアウトして佐伯へ見せた。海外側でも玉織紬の能力そのものより、検証済みの対象をどうやって一か所へ安全に滞りなく集めているのかという『運用システム』へ関心が移り始めていた。

 

 

Waste Logistics Draws Attention as Centralized Treatment System Expands(集中型処理システムの拡大に伴い、廃棄物物流に注目)

Industry observers are increasingly focused on how verified waste is collected and delivered safely to a single facility, rather than on the extraordinary capability itself.(業界関係者の関心は、検証済み廃棄物をどのように集め、一か所の処理施設へ安全に届けているかにも向かい始めている。新たな方式は特殊な処理能力そのものだけでなく、厳格な配車、記録、管理された輸送によって成り立っている。)

 

 

佐伯は記事を読み終え、施設で「毎回同じところへ運ぶだけ」と吐き捨てた紬の顔を思い出した。能力を持つ本人よりも、海の向こうにいる物流業界の人間の方が、その能力を実際に使うには前後の途方もない仕事が必要なことを、よく理解している。

 

 

「海外まで、あの女の人じゃなくて運び方の方を見るようになったんですね。最初は、あの人を飛行機に乗せて連れていけば全部解決する、みたいな大雑把な話しか出ないのかと思っていました」三枝は記事を受け取り、机の上へ置いた。佐伯たちが海外との協議に直接加わる話ではないが、国内で仕組みが回り始めたからこそ、外からも『能力以外の部分』がようやく見えるようになったのだろうと話した。

 

 

「食べる人が一人いれば終わりなら、こんなに人はいりませんよ。対象を確認する人も、運ぶ人も、佐伯さんのように予定を組む人も必要だから、ようやく毎日の仕事として回ってるんでしょうね」

 

 

その日の最後の便について、佐伯は施設への到着と受け入れ完了を確認した。電話で内容を聞いたあと、システム上の記録欄を更新し、配車表の該当便を緑色の『完了』へ切り替え、担当運転手から戻ってきた報告情報も合わせて記録した。

 

 

次に翌日の配車表を開くと、条件確認が済んだ荷物にはすでに車両が割り当てられ、搬入時間も分単位で確定していた。確認中の対象は最初から予定へ載せていないため、もし夜に結果が出たとしても、確定済みの便を崩す必要はない。

 

 

以前なら、ここから「起きてもいない変更」のパターンまで考えていた。処理先の都合が変わったらどの車両を動かすか、排出元から朝一番に変更を求められたら後ろをどうずらすか、運転手の戻りが遅れたら誰へ振り替えるか。そんな「かもしれない」のシミュレーションを、布団の中で延々と続けていた。

 

 

今も道路事情による遅れや、確認の結果として荷物が予定から外れる可能性はある。だが、条件を満たした荷物の行き先そのものが消え、別の処理先を一から探し直すという絶望的な仕事ではなくなったため、変更が起きた時の対応範囲は、はっきりと限定されるようになっていた。

 

 

「佐伯さん、明日の予定はもうこのままで確定でいいんですか? 追加で返事待ちになっている便はありませんか?」帰り支度をしながら上着を羽織っていた同僚に聞かれ、佐伯は配車表を上から下までスクロールして確認した。未確定の対象は明日の表に一つも入っておらず、現在並んでいる便については、運転手への連絡まで完全に終わっていた。

 

 

「明日の表に載っている分は、これで確定です。確認中の荷物は結果が出てから別日で組むので、今の予定を夜まで開けたままにして待つ必要はありません」口に出してから、佐伯は自分が「これで確定」と言い切れたことに気づいた。以前の配車表は永遠に完成品ではなく、その時点での『最新版』に過ぎず、退勤してから一本の電話で容易に形が変わる砂上の楼閣だと思っていた。

 

 

仕事用端末を手に取ると、いつもの癖で上着の胸ポケットへ入れかけた。移動中でも着信のバイブレーションに気づけるよう、身体から離さないことが当たり前になっていたが、今夜は返事を待っている相手もなく、翌日の予定もすべて確定している。

 

 

三枝が、その佐伯の動作に気づいた。「今日も端末を持ったまま帰るんですか? 明日の分が確定しているなら、家で配車表を睨んでも予定は増えませんよ」佐伯は手元の端末と、床に置いた鞄を見比べた。少し迷ってから鞄のファスナーを開き、仕事用端末を奥底へ滑り込ませた。

 

 

「そうですね、今日は帰ってから配車表を見る理由がありません。明日の予定は、もう決まっていますから」

 

 

帰宅すると、最初のうちは端末が手の届く場所にないことが、ひどく落ち着かなかった。夕食の途中にも一度だけ鞄の置かれた方へ目を向けたが、会社を出る直前に確認した完璧な配車表を思い返し、わざわざ取り出す必要はないと思い直した。

 

 

風呂を済ませた後にも鞄は開けなかった。寝る前に配送表を見て、起きるかもわからないトラブルの代替案を考えることもせず、明日になれば、確定した荷物を確定した施設へ運ぶ仕事から始めればいいと思うだけで済んだ。

 

 

翌朝、佐伯は会社へ着き、パイプ椅子に鞄を置いてから仕事用端末を取り出した。以前なら真っ先に夜間の着信履歴を開いて、自分が寝ている間に昨日の予定が壊れていないか確認していたが、その日は先に確定済みの配車表を開いた。予定は、そのまま崩れることなく残っていた。

 

 

佐伯は最初の車両の出発情報を記録し、次の便についても運転手へ渡す資料を確認した。行き先を探し直す胃の痛くなる電話をかける必要はなく、決められた条件へ一つずつ正確に当てはめれば、その日の仕事が確実におもてへ進む。

 

 

玉織紬という人間が世界をどう変えているのか、佐伯には分からなかった。本人は今日も、自分のところへ食べるものが届けばそれでよく、その裏で誰が配車表を直し、誰が運転手へ連絡しているかなど気にも留めていないだろう。

 

 

それでも、佐伯にとって分かる確かな変化はあった。予定通りに終わった仕事は、夜になって電話を鳴らさない。




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