VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!外伝 玉織紬のゴミ処理日記 作:ちんこ良い肉
三枝美紀が朝いちばんに自席のパソコンで開く画面は、少し前まで、ため息の出るような何桁もの数字が並ぶ『最新型焼却設備の更新見積書』だった。老朽化した自社の焼却設備の次の更新時期が近づくたび、どれだけ莫大な銀行融資を引いて最新設備を入れたところで、その設備自体が玉織紬という化け物の規格外の胃袋によって「完全に不要な鉄くず」になるのではないか。その強迫観念が頭から離れず、見積書の数字を見るほど会社の未来が暗闇に沈んでいくように感じていた。
今の三枝が、コーヒーをすする間も惜しんでデュアルモニターの左画面に表示するのは、前日の夜から持ち越した『特殊処理ルート』の案件一覧スプレッドシートだった。対象条件の法的確認が終わっているもの、排出元からの成分記録の照合待ちのもの、GOサインが出て搬送計画を組めるもの、自社の権限では判断できず専門の研究・行政側へ差し戻すもの。それらが色分けされて同じ画面にびっしりと並び、仕事が消滅するどころか、朝の時点で確認しなければならないタスクの行数が日を追うごとに増殖している。
配車管理を担当する佐伯直人は、三枝がコートを脱いで席に着くのを今か今かと待っていたように、分厚いバインダーとタブレットを抱えてやってきた。前日のうちに施設側の受け入れ条件と完全に一致した案件は、迷わず配車のパズルへ進められる。一方で、佐伯の顔を曇らせているのは、現場から上がってきたイレギュラーな問い合わせ案件だった。
「社長、昨日の夜に入った依頼なんですが。こちらのA社分は必要な成分照合まで終わっているので、今日の昼便の搬送計画へ入れられます。問題はもう一方のB社分でして……見た目も用途もA社のものと酷似しているそうなんですが、確認済みの条件と合致した正式な分析記録がありません。排出元からは、『どうせ玉織さんならこれも食べられるだろうから、トラックが空いてるならついでに一緒に運べないか』と泣きつかれています」
三枝は二つの資料を机に並べ、条件欄のチェック項目と照合記録の有無をペン先でなぞって確認した。以前なら、会社の売上を立てるため、あるいは貴重な処理先とのパイプを失いたくないという焦りから、何とか書類の辻褄を合わせて引き受ける方法を泥臭く探したかもしれない。だが、今は違う。自社で責任を持って「決めてよい範囲」と、専門側へ「突き返す範囲」を冷徹に分けることこそが、会社を守る最大の防御だった。
「A社の方の確認済み案件だけ、配車へ回してください。もう一方のB社分は却下です。うちが素人判断で『似ているから』と積んで運ぶ仕事ではありません。必要な追加検証と受け入れ条件の公式なデータが揃うまで、自社のトラックは1ミリも動かさないでください。排出元には、推測での搬入は違法搬送と同義になるという理由も添えて、記録に残るメールで突っぱねて返しましょう」
佐伯は小さく安堵の息を吐き、そのままタブレット上でB社案件のステータスを『保留・差し戻し』へ更新し、条件を満たしたA社分だけを配車表へ移した。止められた荷物について、今の三枝が罪悪感を抱くことは一切ない。まだ運んではいけないものを「絶対に運ばない」という強固なゲートキーパーの役割もまた、現在の会社が社会から請け負っている仕事の大きな一部になっていた。
放射性廃棄物の正式受け入れが始まったからといって、三枝の運送会社が突然、何でもかんでも無差別に扱えるようになったわけではない。対象条件が明確にリスト化された分、会社が直接配車できる仕事と、研究、測定、専門的な管理を担う側へボールを渡すべき仕事の境界線は、以前よりはっきりと可視化されていた。三枝たちは、その境界のラインまで、荷物と記録を寸分の狂いもなくつなぎ、越えてはいけないレッドラインで確実に『止める』という、高度な情報管理の役割を担い始めている。
朝の仕分け作業を進めていると、業界紙の電子版が更新されたという通知がポップアップした。三枝は以前なら、他社の設備価格や処理単価の暴落を伝えるネガティブな記事から先に目を通していたが、その日は見出しに『処理対象の条件を確認する記録照合業務』と『搬入までを管理する物流管理業務』という自分たちの今の仕事の文字があったため、マウスを止めて記事を開いた。
「設備を持つだけでは終わらない 特殊処理時代に広がる照合・物流・記録管理の価値」
特殊な摂食能力を利用した処理が正式運用へ入ったことで、廃棄物関連事業者の役割にも劇的な変化が生じている。従来は、自社で巨大な処理設備を持っていることや、有力な委託先の確保がそのまま競争力になっていた。しかし現在は、対象条件への適合確認、法的記録の整理、厳密な時間指定の搬送計画、施設との受け渡し、自治体の公開情報との照合までを「情報と物流のセット」として一体で担う事業者への需要が急激に高まっている。
一方、能力者が「摂取可能であるという推測」だけを理由に、未確認の対象を搬送することはシステム上固く禁じられている。業界関係者からは、今後の市場では「何でも自社の設備だけで燃やせる会社」よりも、「誰が、どの条件で、どこまで扱えるかを正確に判断し、データを繋げる会社」の存在価値が上回るとの見方も出ている。
三枝は最後の一文をモニター上で二度読み返し、自分の机に山積みになっているファイルと資料へ目を戻した。ほんの少し前まで、自社の絶対的な存在価値は「数億円の焼却設備を持っていること」と、それを使って「自前で処理できること」にしかないと思い詰めていた。しかし今は違う。処理できる条件まで情報をクリーンに整え、適切な相手へ安全に渡し、終わった後の電子記録までつなぐという『ソフトウェア的』な仕事が、会社の中で急速に膨張している。
午前中の忙しい時間帯に、見知らぬ別の事業者から外線電話が入った。新聞の正式受け入れの記事を見て慌てて相談してきた相手で、現在自社で滞留している対象物を、同じ施設へ相乗りで送れるのではないかという虫のいい打診だった。だが、三枝は手元に何の資料もない電話口の段階で、可否の愛想笑いすら見せなかった。
相手の焦ったような説明を聞き流しながら、三枝はインカム越しに必要な確認事項だけをメモ帳に書き殴った。自社で確認できるのは、正式な受け入れ条件に該当しているという「公的な記録があるかどうか」、そして搬送に必要な事務手続きへ進める状態かという、書類上の事実だけだ。物質そのものが新しい条件に適合するかどうかを、電話口の印象や相手の熱意で判断する権限など、一介の運送会社にはない。
「申し訳ありませんが、こちらでいきなりトラックを向かわせることは不可能です。受け入れ条件への適合が完全に確認されている証明資料を先に揃えてお送りいただき、専門側の確認が必要な部分は、そちらの自治体や研究機関を通してから、初めてうちの搬送計画のテーブルに乗ります。『玉織さんなら多分食べられそうだから』という皆様の個人的な推測は、うちが配車を始める根拠には1ミリもなりません」
冷徹に通話を終えると、三枝は内容をデータベースの履歴へ残し、条件確認の担当チームへ回した。以前のジリ貧の経営状態なら、電話を断ることは仕事を一つ失う恐怖に近かった。だが今は、適切でない案件を適切な機関へ「戻す」ことも自社のコンプライアンスを示す仕事のうちであり、自社の範囲へ無理にリスクを抱え込まない方が、特殊処理という運用全体を守ることに繋がると確信していた。
昼前には、施設側へ渡すマニフェスト記録と、自治体の公開予定データを照合する神経質な作業が始まった。佐伯が搬送予定と数分刻みの到着枠をモニターで確認し、別の事務スタッフが対象条件の記録と現物の識別用バーコード情報を突き合わせる。三枝は両者のデータに一文字の食い違いもないことを最終確認してから、システム上のステータスを『出発可』へ切り替えた。
たった一つの処理を行うために、会社の中で触る資料の厚みは以前より明らかに増している。それでも三枝は、処理設備の更新費用だけを睨みつけて会社の倒産を想像していた頃より、足取りも気持ちもずっと軽かった。今の事務所の戦場のような忙しさは、会社が不要になって沈んでいく前触れではない。仕事を回すために人と仕組みが足りなくなりつつある、「生きた会社」の忙しさだった。
午後の搬入便へ回す前には、バックオフィス側から『確認待ち』の一覧も上がってきた。記録に一つでも空欄がある案件は排出元へ不足項目を容赦なく返し、専門家の判断が必要なグレーな案件は、自社の担当者が勝手に丸をつけず、そのまま確認先へパスを出す。目先の売上を取ることより、「どの時点で自社の判断を止めるか」のルールを社内で徹底することが、この新しい運用システムの中で生き残るための絶対条件になっていた。
X(旧Twitter)を開くと、同じような激変の渦中にいる実務者たちの投稿がタイムラインに流れていた。
処理業の中の人 @shori_genba
・3時間前
あの女の能力が出た時は「能力者が全部食べるなら既存の処理業者は終わり」みたいな話を本気で信じて、借金どうしようかと夜も眠れなかった。
でも実際始まってみたら、対象確認、書類照合、運搬、受け渡し、公開記録との突合で、事務と配車の仕事が爆発的に増えてる。
設備だけ持ってボヤッと燃やしてればいい時代じゃなくなった感じ。
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廃棄物データ担当 @waste_data
・2時間前
現場では「玉織紬本人が食べられるかどうか」より、「正式に扱っていい法的条件に合致しているか」を毎回書類で見る仕事がメインになった。
条件外のグレーなやつを『止める』のも仕事だし、止めた理由をガチガチに記録に残すのも仕事。
派手な処理能力の裏で、地味な確認作業に死ぬほど人数使ってるわ。
♡ 13,800 リポスト 3,400
地方の運送管理 @local_logi
・1時間前
特殊処理で運送の仕事が減ると思ったら真逆だった。
行き先が固定されてルートは読みやすくなったけど、何をいつ運べるかの事前確認がエグいほど細かい。
ただ運転できるドライバーだけじゃなくて、配車しながらデータ読める人間が喉から手が出るほど欲しくなってる会社、めちゃくちゃ多いと思う。
♡ 8,200 リポスト 1,900
三枝は二つ目と三つ目の投稿を読んで、自社の来期の採用計画を思い浮かべた。大型トラックを運転できる人間を増やすだけでは、もはやこのシステムは回らない。複雑な条件表とマニフェスト記録を読み解き、分からない時に勝手な判断で流さず、ブレーキを踏んで止められる人間が必要になっている。巨大な設備投資の借金問題が完全に消え去ったわけではないが、人の育て方と情報の処理能力という、より健全な経営課題が前に出てきていた。
午後、三枝は安全靴に履き替え、自社の車両の動きを現地で確認するため、社用車で施設へ向かった。正式受け入れが始まった後も、自社のトラックが予定通り到着し、受け渡し記録が自治体側の公開情報とバグなくつながっているかを現場で確認する必要がある。机上の画面の照合だけで仕事を完結させるつもりはなかった。
施設の厳重なゲートでは、到着した車両のナンバー情報と事前登録された内容がタブレットで確認され、条件の一致が完全に取れたトラックだけが中へ進んでいた。三枝は自社側の控えの記録と、施設側の受領情報を見比べ、受け渡し後に自治体のサイトで公開される項目へ食い違いがないことを確認し、小さく頷いた。
その日の処理場所のアクリル板の向こうでは、紬がいつも通り不機嫌そうに食べていた。放射性廃棄物が正式な処理対象へ加わったことで、周囲の人間が扱う書類の量とセキュリティの緊迫感は跳ね上がっているのに、本人はただ目の前に運ばれてきたものを咀嚼し、その味が気に入るかどうかだけを文句を言いながら気にしているようだった。
三枝は村山玲とバインダーの記録を突き合わせながら、搬入対象が増えたことで自社側の照合作業もパンク寸前だと話した。条件ごとに担当範囲を細分化し、専門側へ戻す案件と自社で配車まで進める案件をシステム上で整理しなければ、運転手の確保より先に事務方が過労で倒れそうだという実感があった。
「正式運用が広がってから、実際にトラックへ積む前の裏方の仕事がかなり増えました。対象条件の確認、記録照合、配車、受け渡し、公開情報との突合。これらを明確に分業しないと、うちの方が先に処理しきれなくなりそうです」
紬は食べる手を止めず、三枝の方をチラリと一度見ただけだった。
「それ、私には一切関係ない話でしょう?そっちの会社で誰が何の書類を確認してるかまで、私が気を遣って覚える必要はないと思うんだけど」
三枝は思わず、呆れを通り越して笑いそうになった。紬の言っていること自体は、身も蓋もないがまったく間違っていなかった。三枝たちも、紬に配車管理や記録照合の苦労を分かってもらいたいわけではない。その膨大で面倒な裏方の確認を引き受けた結果として、「条件を満たしたものだけを彼女の口の前へ運ぶこと」が、自分たち物流会社の新しいビジネスになっているのだ。
「ええ、あなたにうちの業務フローを覚えてもらう必要はまったくありません。ただ、あなたのところへ予定通りに食事が届く状態を作るために、前より多くの人が裏で走り回るようになったという、ただの世間話です」
紬はそこでようやく三枝の説明を自分に関係するキーワードへ置き換えたらしく、次に用意されたパサパサの対象へ手を伸ばしながら鼻を鳴らした。
「食べるものがちゃんと時間通りに届けばいいのよ。届かなくなるなら大問題で困るけど、ちゃんと届くなら、裏で何人が汗水垂らして働いてるかなんて、私には別にどうでもいいわ」
三枝は、その傲慢な言葉の中に、自分たち物流業の新しい使命がほとんど全部入っていることが、ひどく皮肉でおかしかった。紬の言う「食べるものが予定どおりちゃんと届く状態」を作るために、条件確認、照合、搬送計画、受け渡し、公開記録との一致確認、異常時の連絡、条件外の即時停止という、気の遠くなるようなシステムが必要になる。しかし、中心にいる本人だけは、その仕組みを理解する気が1ミリもない。
村山も同じことを思ったのか、書類からスッと顔を上げて紬の横顔を見た。ただし、これ以上説明を重ねたところで紬が物流ロジスティクスに関心を持つとは微塵も思っていないようで、食べる対象を間違えていないことだけを冷徹に確認して、次のページへ戻った。
施設を出る前、三枝は見学に来ていたスーツ姿の団体とすれ違った。別の地域で廃棄物行政に携わっているらしい職員たちは、自治体が公開している『搬入予定と実績の資料』を印刷して手元に持ち、どの段階で事業者側のマニフェスト記録と突き合わせているのかを、施設の担当者へ熱心に質問していた。別の場所では大学の研究者が「搬入前の条件確認から公開までの運用データを見せてほしい」と交渉し、物流関係者は施設入口のトラックの動線や、バッファを持たせた到着枠の作り方を確認しながら、しきりにメモを取っていた。
三枝には、その光景が数ヶ月前ならまったく想像もつかないものだった。以前この町がニュースで注目された時は、「全国の厄介な廃棄物を押し付けられる、呪われたゴミ捨て場」になるのではないかという恐怖と不安が中心だった。だが今は、これほど難しい対象をどうやって条件付きで受け入れ、安全にシステムとして運用しているのか、その『ノウハウ』を見に来る人間が全国から押し寄せている。
県東新報も、その町の立場の変化を、施設そのものではなく、町へ来る見学者の行動から取り上げていた。
「特殊処理の『運用ノウハウ』学ぶ視察増加 公開データや搬入管理に高い関心」
特殊処理施設の正式運用が軌道に乗る中、施設のある町では、処理能力そのものへの興味ではなく、厳格な運用手順を確認するための視察や問い合わせが目立つようになった。他県の自治体職員が、公開された搬入予定と実績データの運用を参考資料として利用するほか、研究者や物流関係者が記録照合、搬入管理、監視制度などの「システムとしての運用データ」に強い関心を寄せている。
一方、地域住民からは「施設の運用システムを聞くために町へ来るスーツの人が増え、静かな場所だったのに落ち着かない」「何でもかんでも見学コースにされるのは迷惑だ」との声もあり、地域全体がこの新しいモデルケースをどう受け止めるかは、まだ分かれていた。
三枝は記事を読んで、最後の住民の不満の声がしっかり残されていることに少し安心した。町が全国的に注目されたからといって、住民全員が誇らしげに案内役を引き受ける必要などなく、有名になったこと自体を迷惑だと思う人がいて当然だ。それでも、町の名前と一緒に語られる内容が、単なる「押し付け先」ではなく「強固な運用実績のモデル」へ変わり始めたことは、施設で真剣に質問を続ける見学者たちを見れば十分に分かった。
帰社すると、佐伯から5chの『運輸・交通板』で、自分たちと似た仕事の愚痴や議論が伸びていると教えられた。三枝はコーヒーサーバーへ向かう休憩を兼ねてスマホの画面を開き、運転手側の書き込みよりも、配車やデータ管理側の書き込みが増えていることに目を留めた。
仕事なくなると思ってた運送・処理業者いる?
301 名前:国道774号線[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Tsunagu8M
仕事なくなるどころか、むしろ特殊便のデータ管理爆増したわ
運転手にキー渡す前に、法的条件の確認終わってるか見ないと配車表にすら載せられん
302 名前:国道774号線[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Haisha5Q
301
行き先固定でルート組みが楽になった部分と、事前書類がアホみたいに増えた部分が両方あるな
「条件確認前だけど、とりあえず持ってってみるわ」が絶対にできないから、事務側の配車責任が重すぎる
303 名前:国道774号線[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Stop2Kr
条件外のグレーなやつは普通に止めるだけだろ
食えるかもしれんとか、現場のドライバーに判断させる方が後で大事故になるわ
304 名前:国道774号線[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Data7Ls
今のうちの会社、処理会社というより「物流+データ照合会社」になってきた所あるだろ
トラックの設備より、書類とデータ照合できる人間が圧倒的に足りないって話、同業の飲み会でよく聞くわ
305 名前:国道774号線[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Tsunagu8M
怪物一人出たら既存の業界終了って騒いでた頃が懐かしいな
結局、その一人にたどり着くまでに「安全に間違えずに届ける仕事」は、人間がやらなきゃ消えなかったってオチ
『エネルギー板』では、正式受け入れが始まった後の役割分担について、もう少し専門寄りの堅い議論が続いていた。三枝には研究上の内容まで踏み込んで判断はできないが、条件外の対象を物流側が勝手に解釈せず、検証側へ差し戻すべきだという部分は、自社で今朝、佐伯へ指示した仕事とまったく同じだった。
特殊処理の対象拡大と事業者側の線引き
111 名前:名無電力14001[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Scope3Yn
正式対象が増えたからといって、物流会社が適用可否を独自判断していいわけじゃない
確認済み条件との書類の一致を見るところまでが、事業者側の責任分界点だろ
112 名前:名無電力14001[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Check6Vp
条件外のものは研究・行政側へ戻す
条件内のものは記録揃えて搬送のラインに乗せる
この分業体制が崩れない方が、能力そのものより大事
113 名前:名無電力14001[sage] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Record4Hz
処理後の結果だけじゃなく、搬入前の記録が全部残るから、今後の検証にも使える
運用データ自体が、システムとしての資産になり始めてるな
114 名前:名無電力14001[] 投稿日:2026/11/05(木) ID:Scope3Yn
次の条件を決める「研究側」と、今日の条件を守って運ぶ「物流側」は仕事が別次元
そこを一緒にすると「条件が似ているから自己判断で先に運びました」っていう最悪のエラーが起きる
三枝は掲示板を閉じると、自社の『事業計画ファイル』を開いた。そこには以前から検討していたデータ管理やスクリーニング業務の強化に加え、「配車管理と記録照合を分けて担当できる体制構築」「専門側へ戻す案件の差し戻しフロー管理」「異常時の連絡手順の社内統一」という、新しい組織図の項目が増えていた。
以前なら、事業計画を開く時間は「あの数億円の設備更新の資金をどう銀行から引っ張るか」という冷や汗の出る不安とほとんど同じだった。高額な設備へ投資した直後に、紬の能力によって仕事が根こそぎ奪われたらどうするのか。逆に投資しなければ既存の仕事を他社に奪われるのではないか。その二つの恐怖の間で、どちらを選んでも会社が首を吊る未来しか想像できなかった。
今の三枝が頭を抱えて悩んでいるのは、資金繰りではなく「人をどこへ置くか」だった。案件が増えれば記録を確認する人間が足りなくなり、配車担当である佐伯に照合作業まで集中させれば彼らが過労でパンクする。教育を急ぎすぎて、条件外の荷物をザルで通すような人間を現場に置くわけにもいかない。仕事が確実にあるからこそ、慎重に組織の骨格を大きくする必要があった。
動画配信のニュースクリップでも、業界が消滅するという初期のSFめいた予想が外れたことを、シニカルに面白がるコメントが目立ち始めていた。
ユーザーJ
「最初は『怪物一人で全国の処理業者全滅!』みたいに煽られてたのに、今は書類チェックする事務とトラック運ぶ人が足りなくてヒィヒィ言ってるの普通に笑う」
ユーザーK
「本人は食べるだけ、行政は条件決める、研究者は検証する、業者はそこまでひたすら運ぶ。能力一個ポツンとあっても、それで全部代替できるわけじゃないの、社会の構造として分かりやすい」
ユーザーL
「ハード設備中心の会社が、データと物流のIT寄りの会社に変貌していくの、普通に産業構造の変化として面白いドキュメンタリーになりそう」
ユーザーM
「ただ地元は、意識高い系の見学客増えて迷惑そうなのもリアルで分かるわ。世界のためだから静かに暮らす権利なくなります、では地元民は困るよな」
夕方には、海外から届いた実務的な問い合わせの英文メールが、行政経由で三枝のところにも共有された。以前のように「紬本人を貸してほしい」とか「海外の廃棄物をすぐ日本へ船で送れないか」という夢見がちな話ではない。正式運用を成立させるために、物流側が現場でどんな条件確認と記録管理を行っているのかを調査したいという、極めて実務的な内容だった。
We would like to study the operational framework used before materials are accepted for transport, including eligibility checks, documentation matching, scheduling, handover procedures, and communication when a shipment falls outside approved conditions.
(搬送対象として受け入れる前に用いられている運用枠組みについて、適合条件の確認、記録照合、配車、受け渡し手順、承認条件から外れた場合の連絡方法を含めて調査したいと考えています。)
We are also interested in expert-level consultation on how logistics operators coordinate with researchers, local authorities, and treatment-site personnel without independently expanding the scope of approved materials.
(物流事業者が承認対象の範囲を独自に拡大することなく、研究者、自治体、処理施設の担当者とどのように連携しているかについて、専門家レベルでの協議にも関心があります。)
三枝は翻訳された文面を読み、自社に求められているものが、もはや「紬へ物を運ぶためのただのトラック」ではないことを改めて感じた。何を自分たちで判断せず、誰へ差し戻し、どの公的記録を揃えてから次のゲートへ進むのかという、「失敗しないための境界線の引き方」までが、高度な運用ノウハウとして国際的にも見られ始めている。
海外からの相談が増えたからといって、明日から海外の放射性廃棄物を自社が港から運ぶ話にはならない。照会文を外部への体裁のいい説明だけで終わらせず、自社の業務手順書を根本から見直す材料にすればいい。普段は佐伯たち担当者同士の阿吽の呼吸で済ませている作業も、誰が何を根拠に進め、どこで確認先へ戻すのかを言語化できる。三枝は海外対応のためというより、自社の仕事を属人的な勘から切り離し、システム化する好機として使うつもりだった。
佐伯が帰り際に、翌日の案件一覧をタブレットで三枝へ見せた。配車まで進められる緑色のリストと、条件確認待ちで赤く止まっているリストが明確に分けられ、担当者もそれぞれ設定されている。三枝はそこに未処理の仕事が多く残っていることを見て、以前の絶望的なため息とは違う、心地よい疲労を伴う種類のため息をついた。
「このまま順調に案件が増えるなら、配車管理だけに確認作業を寄せるのはやはり限界ですね。佐伯さんたちが電話とデータ照合を両方抱えてショートしないよう、記録を見る担当を完全に分ける前提で、来月のシフトを組み直しましょう」
佐伯は画面を見ながら、急に人を増やすよりマニュアルと手順を先に固めた方がいいと、現場目線で答えた。誰でもできる仕事にしてから人数を増やさなければ、担当者ごとに判断基準がブレる状態になり、条件外の荷物を止める防波堤まで不安定になるという切実な意見だった。
「人が必要なのは間違いありませんが、先に『どこで誰へ確認を戻すか』のルールをカッチリ決めたいです。仕事が増えたからといって、判断の責任まで現場のアルバイトへ丸投げすると、一番危ないところが崩れます」
三枝はその意見を、開いたままの事業計画へすぐにタイピングして書き足した。人手不足、マニュアル教育、業務分担、データ管理システム導入、問い合わせ対応。画面に並ぶ文字はどれも、経営者として頭の痛い問題ではある。それでも、その一覧には「会社そのものが必要なくなるかもしれない」という死の宣告のような言葉は、もうどこにもなかった。
夜、自宅へ戻った三枝は、以前のように設備更新の分厚い見積書をテーブルに広げることはなかった。代わりに、プリントアウトした翌日の案件一覧と社内の業務分担案のフローチャートを見ながら、どこまでを自社で受け、どこからを専門側へ戻すのか、記録確認の担当者をどう育てるのかを、赤ペンを片手に考えた。
次の設備更新で会社が吹き飛ぶかもしれないという恐怖を、完全に忘れたわけではない。けれど今は、仕事がなくなるという絶望の未来より、増えた仕事を雑に回して社会的な信用を失う方を、はっきりと具体的に怖いと思える。会社が存在し続けることを前提にした「健全な悩み」を抱えているというだけで、経営者としての張り合いは以前とはまるで違っていた。
翌朝になれば、また条件確認の終わった案件と、まだ止めておく案件が画面に並ぶ。三枝の会社は、その間を正確なデータとトラックでつなぐために仕事をする。
処分するものをただ抱えて絶望する会社から、処分できる場所まで安全確実につなぐ会社へ。
三枝は翌日の配車と照合担当の欄をもう一度確認し、設備更新の見積書ではなく、その新しい組織図の画面を最後に閉じた。