好きなキャラの短編集 作:チーズと唐揚げ、そしてハンバーグ
麦わらの一味として旅をした転生オリ主とナミが、冒険のあとに結婚した未来IFです。ナミ視点で、夫婦と子どもたちのある午後を描きます。
窓を開けると、みかん畑を抜けてきた風が入った。
葉の擦れる音に、遠くの波音が混じっている。午後の日差しはまだ明るく、庭先の物干しには、大小四人分の服が揺れていた。
ナミは描きかけの海図から顔を上げた。
門の外で、聞き慣れた足音がする。
椅子を引くより先に、居間から子どもたちが飛び出していった。
「パパだ!」
「おかえり!」
玄関の扉が開く。
「おう。ただいま。ほら、ぶつかるぞ」
両腕に買い物袋を提げた夫へ、娘と息子がまとわりついていた。
ナミはその後ろから近づき、片方の袋を受け取る。
「おかえり。重かったでしょ」
「平気だ。この二人抱くより軽い」
「じゃあ、まだ余裕あるわね」
袋を棚へ置き、夫の腕からもう片方も下ろさせる。
両手が空いたところで、ナミはその首へ腕を回した。
「……ただいまの続き」
顔を上げると、夫が少し笑った。
「毎回、待ち構えてんな」
「嫌なの?」
「んなわけねぇだろ」
腰へ腕が回る。
軽く唇が触れると、ナミは満足そうに目を細め、そのまま夫の肩へ頬を寄せた。
外の風に当たっていた服が、少し冷たい。
その下にある温かさを確かめるように、もう少しだけくっつく。
「ママ、またパパにぎゅーしてる」
娘に言われても、離れるつもりはなかった。
「だって、帰ってきたんだもの」
「ちょっとだけだったよ?」
「ちょっとでもよ」
夫が笑うと、その振動が頬に伝わった。
息子が足元から手を伸ばしてくる。ナミは夫と目を合わせ、二人でしゃがんだ。
小さな身体が、腕の間へ飛び込んでくる。
結局、四人とも玄関から動けなくなった。
買ってきたものを片づけたあと、家族で窓辺の長椅子に座った。
低いテーブルには、みかんを盛った籠がある。
娘は自分で皮を剥こうと奮闘し、息子は夫に剥いてもらった房を、小さな手で一つずつ取っていた。
ナミは夫の隣に座り、何となくその腕へ自分の腕を絡めていた。
座る場所なら、ほかにも空いている。
それでもここがよかった。
「仕事、終わったのか」
夫が机の海図へ目をやる。
「一区切り。あとは夕方でいいわ」
「珍しいな。描き始めると止まんねぇのに」
「今は、こっちにいたいの」
そう言って肩へ頭を預けると、夫は何も言わず、座る位置を少し変えてくれた。
寄りかかりやすくなった。
そういう小さなことに、何度でも嬉しくなる。
娘がようやく剥けたみかんを掲げ、夫が大げさなくらい感心してみせた。その横で息子が真似をして、剥きかけの実を持ち上げる。
笑い声が、窓の外へこぼれていく。
みかんの皮の香りが、ふわりと濃くなった。
ナミは夫の腕に触れたまま、遠い日の食卓を思い出した。
ベルメールとノジコと囲んだ食卓にも、この匂いがあった。
お金が足りなくて言い合いになったこともある。欲しいものが買えず、腹を立てたことも。
それでも、帰れば誰かがいた。
叱る声がして、笑う声がした。
家族の温かさを、ナミは知っていた。
だから、それを奪われたあとの時間は、長かった。
アーロンのもとで海図を描いていた頃は、あといくら集めればいいのかを何度も数えた。傷が治る前に次の海へ出て、ようやく戻っても、安心して眠れるわけではなかった。
いつか終わる。
終わらせてみせる。
それだけを握りしめていた。
そこへ、ルフィたちが来た。
自分一人ではどうにもならなくなったとき、手を伸ばせる仲間ができた。
あの日から、ナミの描く海図は、自分たちが進むためのものになった。
次にどんな島があるのか。
どんな風が吹いて、どんな海流が流れているのか。
机に向かっていると、向こうから馬鹿みたいな騒ぎ声が聞こえてきた。放っておけば船が壊れかねないから、途中で怒鳴りに行かなければならない。
面倒で、呆れて、腹が立つ。
それなのに、戻った机で続きを描く手は、昔よりずっと軽かった。
その賑やかな船に、彼もいた。
彼が、別の世界で生きていた記憶を持って、この海に生まれ直したのだと話したときは、さすがのナミも言葉を失った。
妙なことを知っている男だとは思っていた。
けれど、そんな事情までは予想していなかった。
話を聞き終えたあと、ナミは腕を組んだ。
「じゃあ、何でも知ってるわけ?」
「んなわけあるか。知らねぇことのほうが多い」
「海のことも?」
「お前に聞くに決まってんだろ」
即答だった。
ナミはしばらく彼を見て、それから笑った。
「そう。じゃあ、ちゃんと私の言うこと聞きなさいよ」
実際、海が荒れたときの彼は、よく動いた。
ナミが風を読み、進路を叫ぶ。
彼は迷わず走った。帆を絞り、仲間に声をかけ、足を取られた者がいれば引き上げる。
大波を越えたあと、ずぶ濡れの彼が甲板へ座り込んだことがあった。
息を整えながら、それでもナミを見ると笑った。
「抜けたな」
「当たり前でしょ。誰が進路を決めたと思ってんの」
「おう。頼りにしてた」
あまりにも真っすぐ言うから、一瞬、返す言葉に困った。
彼はナミを守ろうとする。
けれど同じくらい、ナミが自分たちを守ることも信じていた。
そのことが、嬉しかった。
好きになっていったのは、そういうときばかりではない。
夜遅くまで海図を描いていると、彼がそっと飲み物を持ってきた。
邪魔にならない場所へ置き、少し離れた椅子へ座る。眠いなら寝ればいいと言っても、もう少しここにいると答える。
「何が面白いのよ。線引いてるだけでしょ」
「さっき何もなかったところに、島ができてんだろ」
「島を作ってるわけじゃないわよ」
「わかってるって」
彼は笑い、描きかけの海岸線を指した。
「ここ、今日見たところか」
「ええ。こっち側からだと崖に隠れてるけど、小さな入り江があったの」
説明すると、彼はちゃんと聞いた。
どこが難しかったのか。
どうして描き直しているのか。
話しているうちに、ナミのほうが止まらなくなることもあった。
完成した海図を最初に見せたい相手が、いつの間にか彼になっていた。
新しい島へ着けば、隣を歩いてほしかった。
宴の途中で姿が見えなくなると、何となく探した。
怪我をして戻ってくれば、ほかの誰より腹が立った。
「無茶しないでって、何回言えばわかるのよ」
そう怒った夜、彼は珍しく、すぐには言い返さなかった。
「……悪かった」
その一言で、抑えていたものが緩んだ。
ナミは彼の服をつかんだ。
「謝るなら、次もちゃんと帰ってきて」
顔を見ると泣きそうだったから、そのまま額を胸へ押しつけた。
彼の手が、ゆっくり背中へ回った。
「おう。帰ってくる」
その腕の中が好きだと、もう認めるしかなかった。
長い冒険に、大きな区切りがついたあと。
彼は、海の見える場所でナミに言った。
「俺と結婚してくれ」
ナミは彼を見た。
いくつもの嵐を越えた顔だった。
馬鹿なことをして怒られた顔で、ひどい怪我をしても笑おうとした顔で、海図の説明を聞いているときには、誰より真剣になる顔だった。
これからも見ていたいと思った。
朝、起きたときにも。
一日の最後に、明かりを消すときにも。
「……うん」
返事をしたら、胸がいっぱいになった。
いつものように、ちょっとからかうつもりだったのに。
もっと上手に、余裕のある顔で笑うつもりだったのに。
ナミは彼へ抱きついた。
「結婚する。私も、あんたと家族になりたい」
彼の腕が、しっかりと背中へ回った。
その日は、離れるのが惜しくて、何度も抱きしめ直してもらった。
式を挙げたのは、みかん畑の見える村だった。
ノジコに髪を整えてもらい、鏡の前で顔を見合わせて笑ったことを覚えている。
宴ではルフィが料理を先に食べ、サンジに怒られていた。サンジは大騒ぎしていたくせに、用意した料理は最後まで見事だった。
仲間たちも、村の人たちも、遠慮なく笑った。
彼の隣に立ちながら、ナミは思った。
ベルメールさんにも、この人を紹介したかった。
そうしたらきっと、彼の背中を強く叩いて、何か気の利いたことを言ったあと、自分より先に酒を飲み始めただろう。
想像できて、少し泣いて、また笑った。
それから二人は、家族になった。
「ナミ?」
呼ばれて、ナミは顔を上げた。
夫がこちらを見ている。
「眠いのか」
「ううん。昔のこと、思い出してたの」
「船にいた頃?」
「それも。もっと前のことも」
夫は急かさず、隣に座っていた。
娘と息子は、テーブルの向こうで玩具の船を動かし始めている。フランキーから届いたもので、丈夫すぎるくらい丈夫に作られていた。
息子が船長になりたがり、娘が「先にどこへ行くか決めなきゃ」と言っている。
ナミは小さく笑った。
それから、夫の腕を引いた。
「ねえ。もうちょっとこっち」
「これ以上か?」
「ええ」
彼が近づくと、ナミはその肩へ両腕を回した。
頬を寄せる。
さっきより近いところで、彼の呼吸が聞こえた。
「……いつも、ありがとう」
夫の手が、背中で少し止まった。
「おう。どうした、急に」
「言いたくなったの」
顔を上げる。
彼がきちんとこちらを向いてくれるまで待ってから、ナミは続けた。
「船にいた頃のことも、今のことも。私、あんたにいっぱい大事にしてもらってるなって」
夫は少し照れたように笑った。
「俺だって、お前に何回助けられたかわかんねぇぞ」
「それはそうよ。私がいなかったら、あんたたち、とっくに遭難してるもの」
「間違いねぇな」
二人で笑った。
けれど、その笑いで終わりにはしたくなかった。
ナミは彼の手を取り、自分の両手で包んだ。
「この間、私が地図に夢中になってた日。子どもたちを連れて出かけてくれたでしょ」
「ああ」
「帰ってきてからも、続きを描いていいって言ってくれた」
「描きたそうな顔してたからな」
ナミはうなずいた。
「嬉しかったの。あんたが、今も私の描くものを楽しみにしてくれてるのが」
机の上には、海図がある。
家族になってから調べた海も、描き加えた島もある。子どもたちがもう少し大きくなったら、一緒に見に行きたい場所もあった。
その話をすると、彼はいつも自然に予定へ加えてくれる。
次に船を出すなら何を準備しようか、と。
誰に会いに行こうか、と。
彼の考えるこれからの暮らしの中に、ナミの好きなことが、初めからちゃんと入っている。
「疲れてるときに休ませてくれることも。この子たちのこと、一緒に考えてくれることも」
ナミは言葉を探し、少し笑った。
「あとね。私がくっつきたくなったとき、嫌な顔しないこと」
夫も笑う。
「そりゃ、嬉しいからな」
「ほんと?」
「嘘ついてどうすんだよ。ほら」
腕を広げられた。
ナミは待たずに、その中へ戻った。
「……こういうところ」
背中を抱かれ、ゆっくり息をつく。
「こういうところが、大好き」
昔の自分が見たら、驚くだろうと思う。
人目も気にせず夫へ抱きついて、もう少し撫でてほしいとか、もう少し隣にいてほしいとか、そんなことを平気で頼んでいる。
ナミ自身、ここまで甘えたがりだったとは知らなかった。
けれど、やめたいとは思わない。
彼の手が髪を撫でてくれる。
止まりかけると、ナミは少し頭を寄せた。
「まだ」
「お前、今日は随分甘えるな」
「今日は、じゃないでしょ」
「……そうだったな」
夫が笑いながら、また撫でてくれた。
その手へ頬を寄せると、親指がそっと頬をなぞる。
ナミは目を閉じた。
潮の匂い。
みかんの香り。
すぐ近くで、娘が息子に何かを教えている声。
「ねえ」
目を開け、夫を見た。
「私ね、今の暮らし、すごく好き」
「ああ」
「朝、あんたがいて。この子たちが起きてきて。何を食べるかで揉めたり、洗濯物を取り込むのを忘れたり」
思い出して、少し笑う。
「夕方になったら、またみんなでご飯を食べるの。そういうのが、本当に嬉しい」
夫は、握っていた手へ力を込めた。
「俺もだよ」
ナミはうなずき、その手を自分の頬へ押し当てた。
「私と家族になってくれて、ありがとう」
今度は、彼が照れ隠しをする番だった。
少し視線を逸らし、けれどすぐに戻ってくる。
「こっちの台詞だろ、それ」
腰を抱く腕が、少し強くなる。
「この海まで来て、お前と会えてよかった」
ナミは彼を見つめた。
初めて別の世界の話を聞いたときより、今のその言葉のほうが、ずっと胸に響いた。
ここにいる。
彼が、自分の夫として、この家にいる。
ナミは自分から顔を近づけ、唇へ短くキスをした。
離れても、腕はほどかなかった。
「私も。あんたに会えて、よかった」
夫の額に自分の額を軽く合わせる。
「愛してる」
彼が息をつくように笑った。
「俺も。愛してるよ、ナミ」
嬉しくて、もう一度抱きついた。
今さら取り繕う気にはならなかった。
「ママ、パパとおはなし終わった?」
娘に呼ばれて、ナミは振り向いた。
玩具の船が、テーブルの端に到着している。
「こっちにも、きて」
「ここ、ママのおうち!」
息子が指さしたのは、積み木で作った小さな家だった。
ナミは夫と顔を見合わせた。
「だって」
「行くか」
「ええ。でも、あんたも一緒」
手を離さずに立ち上がる。
四人で床へ座ると、娘が船の旅について説明を始めた。途中で大きな魚に会って、島で宝物を見つけて、最後にこの家へ帰ってくるらしい。
「何の宝物?」
ナミが聞くと、息子がみかんを一つ持ってきた。
「あった!」
娘が笑った。
夫も笑い、ナミは受け取ったみかんを両手で包んだ。
「いいもの見つけたわね」
皮を剥くと、甘い香りが広がった。
子どもたちへ一房ずつ渡す。
次に夫の口元へ差し出すと、彼は少し驚いてから、そのまま食べた。
「うまい」
「でしょ」
ナミは自分も一房食べ、また彼の肩へ寄りかかった。
娘がそれを見て、得意そうに息子へ教える。
「ママ、パパのことだいすきなんだよ」
ナミは、少しも否定しなかった。
「ええ。大好きよ」
夫がこちらを見る。
その顔にも、隠しようのない嬉しさがあった。
ナミは彼の指を取り、自分の指を絡めた。
窓の外で、みかんの葉が揺れている。
もう少ししたら海図の続きを描こう。
夕飯のあとは、ノジコへ今日の話をしに行ってもいい。子どもたちが眠ったら、今度は二人でゆっくりお茶を飲もう。
そのときも、きっとこの人の隣に座る。
「ねえ、あなた」
「ん?」
「あとでまた、ぎゅってしてね」
夫はナミの肩を抱き、今、そのまま引き寄せた。
「あとでと言わず、今しとくか」
ナミは声を立てて笑った。
「うん。今も、あとでも」
子どもたちが、二人の間へ入り込んでくる。
少し窮屈になった腕の中で、ナミはもう一度、夫を見上げた。
「ありがとう」
今度は声を小さくして、彼だけに届けた。
夫が笑い、ナミのこめかみに唇を寄せる。
ナミは目を細め、安心しきった顔でその肩へ頬を預けた。