好きなキャラの短編集 作:チーズと唐揚げ、そしてハンバーグ
オリ主が加わり、香取隊が五人編成になっているIF短編です。香取葉子の視点で、幼馴染と組んだボーダー時代から、夫婦になって娘と過ごす休日までを描きます。
「……何、この顔」
収納棚の前に座り込んだ葉子が、写真を一枚つまみ上げた。
休日の午後だった。
娘が使わなくなった玩具を片づけていたら、棚の奥から、ボーダー時代の資料を詰めた箱が出てきた。古い戦闘記録のメモや、隊のみんなで出かけたときの半券。その間に、何枚かの写真が挟まっていた。
夫が横から覗き込む。
「お前だろ」
「それはわかる。なんでこんな写真残してんのよ」
「よく撮れてるじゃねぇか。目つき悪いところまで」
「もっとマシなのあったでしょ」
写真の中では、香取隊の五人が並んでいた。
華はいつもどおりの顔で、雄太は控えめに笑っている。麓郎は少し肩に力が入り、幼馴染の彼は、隣の葉子を気にしているようだった。
そして、その葉子は。
カメラを睨みつけていた。
勝利を収めた日の記念写真とは、とても思えない顔だった。
「ママ?」
四歳の娘が寄ってきた。
葉子の膝へ当然のように座り、写真を覗き込む。
「これ、ママなの?」
「そうよ。今よりずっと前」
「おこってる?」
夫が笑った。
「怒ってるなあ」
「ちょっと」
「しかも、勝った後なんだぜ」
娘が不思議そうに首を傾げる。
葉子は写真を伏せようとしたが、夫の指に止められた。
「懐かしいな。この日」
その言い方で、嫌な予感がした。
覚えている。
彼も、覚えているのだ。
試合の内容より、得点より、もっと葉子にとって都合の悪いことを。
「……あんた、余計なこと言わないでよ」
「何のことだ?」
知らないふりをする顔が、昔とまったく変わっていなかった。
ボーダー時代、香取葉子の評判は、決してよくなかった。
機嫌が悪いとすぐに顔へ出る。
不満を言う。
気に入らない助言には噛みつく。
実力はあるが、一緒にやるとなると大変そうだ──そんな言われ方を、本人も何度か耳にしていた。
腹は立った。
大半が、身に覚えのあることだったから、余計に。
けれど彼だけは、昔から、葉子といることを大変そうにはしなかった。
幼い頃から家が近く、学校でも帰り道でも顔を合わせてきた、同い年の幼馴染。
葉子が怒っていれば理由を聞くし、理不尽なことを言えば言い返してくる。
それなのに、気づけば隣にいた。
遊ぶときにも、帰るときにも。
ボーダーへ入って、同じ隊に加わってからも。
『葉子、待って。麓郎の射線がまだ通ってない』
華の声が耳に入った。
市街地の路地。
角の向こうには敵の攻撃手と銃手がいる。前へ出た攻撃手を、後方の銃手が支える配置だった。
葉子は拳銃を握り直した。
今なら入れる。
そう思って足を踏み出しかけたところで、隣の彼が短く言った。
「あと二秒」
「見えてるんだけど」
「なら、俺のほうも見ろ」
視線を向ける。
彼はすでに弧月を構え、路地の幅と敵の位置を確かめていた。
何をする気かは、わかった。
葉子は舌打ちを一つ飲み込んで待った。
次の瞬間、別の角度から若村の射撃が通る。
後方の銃手がシールドを張り、こちらへの射撃が途切れた。
「行くぞ」
「遅れないでよ」
葉子が飛び出す。
前衛へ撃ち込みながら間合いを詰めると、相手はシールドで弾を防ぎ、刀を構えた。
その右側へ、彼が踏み込む。
敵の視線が動いた。
葉子はその瞬間に拳銃をしまい、グラスホッパーを蹴った。
正面から、上へ。
相手の防御を越える高さまで跳び、空中でスコーピオンを伸ばす。
敵が振り返るより先に、刃が背を捉えた。
緊急脱出の光が上がる。
後方の銃手が、着地する葉子へ銃口を向けた。
そこへ、彼のシールドが差し込まれる。
葉子は足を止めなかった。
守られる場所を確かめる必要もなかった。
彼なら、ここへ出す。
そうわかっていたから、着地と同時に横へ抜けた。
彼の弧月が正面から迫り、銃手がそちらへ防御を向ける。その外側から、葉子が撃った。
二人目の緊急脱出が上がった。
『西から来る相手は、雄太が止めてる。二人とも合流して』
華の声に、彼がすぐ動いた。
葉子も隣へ並ぶ。
「今の、アタシのほうが早かったでしょ」
「はいはい。帰ってから聞く」
「ちゃんと見てた?」
「見てなきゃ、お前の着地にシールド出せねぇだろ」
それを聞いて、葉子は少しだけ口元を緩めた。
そんな顔をしていることには、自分では気づかなかった。
二人の連携は、A級隊員との二対二の合同訓練でも引けを取らなかった。
葉子が無理に速度を落とさなくても、彼はそこへ間に合う。彼が攻め込むときには、葉子が相手の逃げ先へ回る。
その二人を軸に、華が全体を見て、若村と三浦が射線と退路を支える。
香取隊は、B級上位の常連になっていた。
もっと上を狙うための課題は、いくらでもあった。
だから反省会では相変わらず言い合いになったし、葉子が不機嫌になる日もあった。
けれど彼が「次、どう勝つか考えようぜ」と隣へ座ると、葉子は結局、記録へ目を戻した。
同じ場面を指さし、ああでもない、こうでもないと言い合う。
そういう時間は、昔から好きだった。
問題は、その幼馴染が、よくモテたことだった。
背が高く、顔もよく、試合では頼りになる。
普段は気軽に話せるくせに、大事なところでは妙にはっきりしている。
学校でも、ボーダーでも、声をかけてくる女子は珍しくなかった。
葉子にとって腹立たしいのは、その理由がわかってしまうことだった。
そんなの、ずっと前から知っている。
彼がどんな顔で笑うのかも、困っている人にどう手を貸すのかも。
今日の試合で格好よかったところなど、誰より近くで見ていた。
それなのに。
「今度、二人で練習に付き合ってもらってもいい?」
作戦室へ戻る途中、そんな声が聞こえてきた。
同年代の女子隊員が、彼を呼び止めている。
葉子は足を止めた。
彼が何か答え、相手が嬉しそうに笑う。
それを見た途端、胸の奥がざらついた。
隣にいた華が、ちらりとこちらを見る。
「葉子、先に戻る?」
「……別に」
「待つ?」
「だから、別にって言ってるでしょ」
華はしばらく黙っていた。
それから、いつもの調子で言った。
「一緒に帰りたいなら、そう言えばいいと思うけど」
葉子は睨んだ。
華は睨み返さなかった。
その向こうで、彼が女子隊員へ軽く手を上げ、話を終えていた。
こちらへ歩いてくる。
葉子の顔を見ると、少しだけ眉を上げた。
「どうした?」
「何でもない」
「何でもなくない顔してるぞ」
「うっさい」
その後に撮った記念写真が、あの一枚だった。
葉子は、カメラに笑う気分ではなかった。
帰り道、葉子は彼の半歩前を歩いていた。
街灯がつき始めた道を、いつもより少し速く進む。
それでも彼は、急ぐ様子もなくついてきた。
しばらく黙ってから、葉子は口を開いた。
「さっきの子」
「ん?」
「練習、付き合うの?」
「日程聞かれたけど、まだ決めてねぇよ」
「昨日、ロビーで話してた子とは違うわよね」
彼がこちらを見た。
「昨日のも見てたのか」
「見えるところで話してたでしょ」
「まあ、そうだけど」
葉子は歩くのをやめた。
彼も少し先で止まり、振り返る。
「その子、最近よく来てるじゃん。あんたがいる時間に」
「……よく見てるな」
「あんたのことだもん」
言ってから、しまったと思った。
けれど、もう引っ込められなかった。
彼が黙ってこちらを見ている。
葉子は、バッグの紐を握りしめた。
「誰にでも愛想よくしてさ。ああやって笑って。向こうがその気になったらどうすんのよ」
「葉子」
「あんた、そういうの鈍いわけじゃないでしょ」
「まず、こっち見ろ」
低い声だった。
怒ってはいなかった。
ただ、いつものように、葉子が話を逸らすところを見逃さなかった。
顔を上げる。
彼が少し近づいた。
「お前は、俺にどうしてほしい?」
答えなど、わかっているくせに。
そう思った。
わかっているなら、何も聞かずにこちらへ来ればいい。
ずっとそうしてきたのだから。
けれど、その「ずっと」が、これからも続くとは限らないのだと、その日、初めてはっきり思った。
幼馴染。
同じ隊。
相性のいい相棒。
そのどれであっても、彼が誰かの恋人になることを止められない。
葉子は唇を噛んだ。
「……嫌なの」
彼は、黙って待っていた。
「あんたが、他の子と付き合うのが嫌」
声に出すと、思っていたよりも苦しかった。
「昔から一緒にいるの、アタシじゃん。学校も、帰り道も、ボーダーも。隣にいるのが当たり前になってたのに……そこだけ、急に他の女に変わるとか、無理」
最後のほうは、少し声が震えた。
悔しかった。
試合なら、こんなところで怯んだりしない。
欲しい場所があれば、自分から取りに行けるのに。
葉子は彼を見た。
「好きなの」
はっきり言った。
「あんたが好き。だから、アタシと付き合って」
彼の目が、わずかに見開かれた。
その反応に、不安が入り込む。
葉子は言葉を足した。
「……他の子のところ、行かないでよ」
静かな声になった。
さっきまでの棘も、不機嫌も、もう役に立たなかった。
彼が、葉子の手へ触れた。
バッグの紐を握りしめていた指を、そっとほどく。
「行かねぇよ」
葉子は息を止めた。
彼が手を握った。
「俺も、お前が好きだから」
「……ほんとに?」
「お前と帰りたくて、練習終わるの待ってた日が何回あると思ってんだ」
そんなこと、知らなかった。
いや、待っていたことは知っている。
自分が遅れても、彼はいつもそこにいた。
ただ、その理由を、ちゃんと考えたことがなかった。
「相性がいいから、一緒にいるだけかと思ってた」
「それだけで、毎回お前の機嫌まで見てられるかよ」
「……何よ、それ」
「好きだって言ってんの」
葉子は俯いた。
顔が熱かった。
彼の手を、強く握り返す。
「じゃあ、ちゃんとアタシの彼氏になりなさいよ」
「おう。よろしくな、葉子」
あまりにも嬉しそうに笑うので、余計に顔を見ていられなくなった。
恋人になったからといって、葉子の独占欲が急に落ち着いたわけではなかった。
むしろ、言ってもいい立場になったぶん、遠慮が減った。
「誰かに告白されたら、教えて」
「わかった」
「二人で出かけようとか誘われたときも」
「わかったって」
「適当に返事してない?」
彼はつないだ手を少し引き、葉子を近づけた。
「彼女がいるって、俺から断る。それでいいだろ」
葉子は、しばらく彼の顔を見ていた。
「……誰が彼女なのかも言って」
「香取葉子って?」
「そう」
「自慢していいんだな」
その言い方は、ずるかった。
真面目に念を押していたはずなのに、口元が緩みそうになる。
葉子は顔を背けた。
「……好きにすれば」
「じゃあ、好きにする」
こういうところだった。
彼は葉子に甘かった。
嫉妬を面倒だと切り捨てることも、重いと笑うこともなかった。
けれど、葉子が勝手に不安を膨らませて刺々しくなり始めると、必ずこちらへ向き直らせた。
「他のやつに怖い顔する前に、俺に言えよ」
「言ったら?」
「聞く。お前に構いたいのは俺も同じだからな」
そんなふうに返されると、もう、怒り続けるのが難しかった。
ある日、彼のスマートフォンを指さしたこともある。
「待ち受け、アタシとの写真にしなさいよ」
「何で」
「誰が見てもわかるように」
彼は一度笑ってから、端末を構えた。
「じゃあ撮るぞ」
「今?」
「今のお前のほうが、さっきの写真よりいい顔してる」
肩を引き寄せられた。
文句を言いかけたところで、撮影の音が鳴る。
画面を見せられると、自分が思っていたよりずっと嬉しそうな顔をしていた。
「……もう一回」
「これでいいだろ」
「アタシにも選ばせて」
「はいはい」
結局、彼は最初の一枚を待ち受けにした。
葉子も、同じ写真にした。
若村に、彼が尋ねられているのを聞いたことがある。
「お前、よくあいつとやれるな」
作戦室の扉を開けようとして、葉子は手を止めた。
中から、彼の声が返ってくる。
「惚れた弱みってやつだろ」
「いや、それにしてもさ……」
「まあ、可愛いしな」
葉子は、そこで扉を開けた。
若村が露骨に目を逸らす。
彼だけが、いつもの顔でこちらを見た。
「帰るぞ、葉子」
「……今、何話してたの」
「お前の話」
「聞こえてたけど」
「じゃあ聞くなよ」
手を差し出される。
葉子はその手を見て、彼の顔を見た。
まだ何か言ってやりたかった。
なのに、指が先に伸びた。
握ると、彼が少し笑った。
その横で華が、何も言わずに端末へ視線を戻す。
葉子は気づいていた。
彼にだけは、機嫌の悪さで押し切れない。
それなのに、そのことが嫌ではない。
自分が何を欲しがっているのか、彼は昔からよく知っていた。
そして、差し出してくれる手を、結局いつも取ってしまう。
それから、何年も一緒にいた。
高校を卒業し、成人して、それぞれの進路や仕事を決めた。
会える時間が減った時期には喧嘩もしたし、「わかるでしょ」と言って伝えずにいたことが、まったく伝わっていなかった日もある。
それでも、離れる話にはならなかった。
帰りが遅くなるなら連絡する。
会いたいなら、忙しいかどうかを一人で決めつけずに聞く。
どちらかが疲れているときには、もう片方が少し多く動く。
当たり前のことを、何度もやり直して覚えた。
葉子が仕事で落ち込んだ日は、彼が話を聞いた。
彼が熱を出した日は、葉子が冷蔵庫を確かめ、飲み物を置き、布団へ押し戻した。
「いいから寝なさい。今日はアタシの言うこと聞いて」
「はいはい」
「返事だけいいんだから」
そう文句を言いながら、眠るまでそばにいた。
二十代になって結婚の話をしたときも、葉子は、結局まっすぐ言った。
「アタシ、あんたと結婚したいんだけど」
彼は少し驚いてから、笑った。
「俺もだよ」
「……即答?」
「何年お前と一緒にいると思ってんだ」
あの日の告白から変わらず、この男は、大事な返事をためらわなかった。
葉子はその肩へ額を寄せた。
「じゃあ、これからも一緒ね」
「ああ」
「ちゃんと、ずっとよ」
「わかってる」
結婚式では、華が写真を撮ってくれた。
「葉子、もう少しこっち向いて」
「向いてるでしょ」
「今、彼のほう見てた」
指摘されて、葉子は言い返せなくなった。
隣で彼が笑ったので、腕を軽くつついてやった。
その顔まで、写真に残った。
やがて娘が生まれた。
初めて腕に抱いたとき、葉子はその小ささに驚き、何度も顔を覗き込んだ。
「……ねえ、すごく小さい」
「ああ」
「指、ちゃんと五本ある」
「そりゃあるだろ」
「わかってるわよ。見たくなっただけ」
小さな手に触れると、指が握られた。
葉子は黙った。
隣で彼も黙った。
しばらくして顔を見合わせると、二人とも同じような顔をしていて、思わず笑った。
「ママ、これなに?」
娘の声で、葉子は写真から顔を上げた。
膝の上の娘が、昔の隊服を指さしている。
「ボーダーにいたときの服よ」
「パパとおそろい?」
「隊のみんなでね」
夫が別の写真をめくっていた。
「お前、この頃ほんと尖ってたよな」
「まだ言う?」
「華に注意されて、麓郎と言い合って、雄太が間に入って」
「はいはい。悪かったわね」
「俺には『遅い』『見てた?』『待ってなさいよ』」
「それは、あんたも悪かったことあるでしょ」
「あるな」
素直に認められると、続けて怒る気がなくなる。
そこも昔と同じだった。
娘が葉子の顔を見上げた。
「ママ、パパにおこってたの?」
夫が口を開きかける。
葉子は先に、その膝を軽く叩いた。
「ちょっと待って」
それから娘へ顔を向け、声を柔らかくした。
「パパともっと一緒にいたかったのよ。上手に言えなかっただけ」
娘は、少し考えていた。
やがて納得したようにうなずく。
「じゃあ、だいすきだったんだね」
夫が、こらえきれずに笑った。
葉子は彼を睨んだ。
けれど娘には、うなずいて答えた。
「……そうよ」
その返事を聞いて、夫の笑い方が少し変わった。
からかう顔から、ただ嬉しそうな顔になる。
葉子は、そちらのほうがずっと困った。
娘がテーブルのコップへ手を伸ばした。
写真を持ったままだったので、指先が横へ引っかかる。
コップが傾いた。
葉子がすぐに受け止める。
少しだけこぼれた飲み物が広がる前に、夫が写真を持ち上げ、近くにあった布巾を差し込んだ。
どちらも、声をかけるより先に動いていた。
娘が手を止める。
「……こぼしちゃった」
葉子はコップを置き直し、小さな指を拭いた。
「うん。大丈夫。次は写真を置いてから持とうね」
「ごめんなさい」
「ちゃんと言えたじゃん。はい、手見せて」
両手を確かめ、濡れていないほうの袖を直してやる。
娘が安心してまた膝へ寄りかかると、葉子はその髪を撫でた。
夫がこちらを見ていた。
「何よ」
「いや。昔の麓郎に見せてやりてぇなと思って」
「アタシを何だと思ってたわけ」
「すぐ怒る隊長」
「……否定はできないけど」
言いながら、葉子も少し笑った。
毎日、穏やかでいられるわけではない。
急いでいる朝には声が強くなるし、片づけたそばから散らかされれば、ため息も出る。
けれど、目の前の子が困っていれば、どうしたのか聞きたくなる。
失敗を見たら、次はどうすればいいか、一緒にやってみたくなる。
そうしているうちに、自分でも驚くほど、待てることが増えていた。
夫が布巾を片づけながら言った。
「さっきの連携、まだいけるな」
「当たり前でしょ。何年組んでると思ってんの」
「俺が写真どかすって、見てたか?」
「見なくてもわかるわよ」
答えると、彼が笑った。
葉子もつられて笑った。
昔は、それで敵を倒していた。
今は、娘と写真を濡らさずに済んだ。
どちらも、自分にとっては十分に大事なことだった。
「……あ」
箱の中からもう一枚取り出した葉子は、そこで手を止めた。
同じ日に撮った写真だった。
さっきの一枚と、ほんの少しだけ構図が違う。
華と雄太と麓郎はカメラを見ている。
葉子は、何か文句を言いかけた顔をしていた。
その隣で、彼だけが、カメラを見ていなかった。
葉子を見ていた。
少し口元を緩めて、目つきの悪い幼馴染を、ずいぶん優しい顔で眺めている。
葉子は写真を夫へ向けた。
「……あんたこそ、何よ。この顔」
彼が覗き込む。
今度は、葉子のほうが笑う番だった。
「みんなカメラ見てるのに。どこ見てんの?」
娘にも写真を見せた。
「パパ、誰見てる?」
「ママ!」
「そうよねえ」
夫が、少しだけ口元を押さえた。
葉子は満足した。
さっきから、散々からかわれたのだ。
一つくらい、やり返したっていい。
「このとき、まだ付き合ってなかったわよね?」
「ああ」
「そんなに好きだったんだ」
言ってみると、夫は写真から顔を上げた。
「好きだったよ」
葉子が止まる。
彼は、そのまま続けた。
「今も好きだけど」
「……今、それ言う?」
「お前が聞いたんだろ」
また、こうなる。
こっちが優位に立ったと思うと、少しも照れずに本当のことを言ってくる。
葉子は写真を膝へ下ろした。
娘を抱いていなければ、彼の肩へ顔を埋めていたと思う。
「ほんと、あんたって……」
「何だよ」
「昔から、アタシの扱いが上手いわよね」
夫が笑った。
「惚れた弱みだって、言ったろ」
葉子は、その手を取った。
「それ、弱みって言うの?」
「言うんじゃねぇの。お前に頼まれると、結局嬉しくなるし」
彼の指へ、自分の指を絡めた。
娘が二人の手を見て、その上へ小さな手を乗せてくる。
三人で顔を見合わせ、笑った。
片づけは、予定よりずっと長引いた。
昔の写真をめくっているうちに、娘が今の写真も撮りたいと言い出したからだ。
夫がスマートフォンを立てかけ、撮影の準備をする。
葉子は娘の髪を直し、自分の前髪につけていたクリップを外した。
「そこまで気にしなくても、可愛いぞ」
「気にするの。昔の写真みたいに、後からずっと言われたくないから」
「今のお前、あの顔できねぇだろ」
「できるわよ」
睨んでみせると、娘が笑った。
「ママ、ぜんぜんこわくない!」
夫も笑う。
葉子は、とうとう自分でも笑ってしまった。
三人で並んで座る。
娘を真ん中に入れ、夫が肩へ腕を回してきた。
画面の数字が減り始める。
その間に葉子は、娘の背中の後ろで、そっと夫の服をつかんだ。
彼がこちらを見る。
葉子は少しだけ顔を寄せた。
「……あんたの隣、やっぱりアタシの場所ね」
「今さら確認すんなよ」
小さく返され、肩を抱く腕に力がこもる。
「ずっと、そうだろ」
撮影の音が鳴った。
確認した写真では、娘がカメラへ満面の笑顔を向けていた。
葉子は、夫を見ていた。
彼も、葉子を見ていた。
昔のように睨んでいる顔は、一つもなかった。
「……もう一回撮る?」
夫が聞いた。
葉子は画面を眺め、それから首を振った。
「いい。これがいい」
そして、彼の肩へ当たり前のように寄りかかった。
「待ち受け、これに変えてよ」
「誰が見てもわかるように?」
昔の言葉を返される。
葉子は少し目を細め、それでも、ごまかさなかった。
「そう」
娘を抱き寄せながら、夫の腕にも自分の腕を絡める。
「アタシの旦那だって、ちゃんとわかるように」
夫は笑って、すぐに画面を操作した。
変わった待ち受けを見せられると、葉子は満足してうなずいた。
その頬へ、夫が短く口づける。
「これでいいか、隊長」
葉子は一瞬だけ昔のように睨みかけて、それから、嬉しそうに笑った。
「……合格」