『皆さんごきげんよう、今日のお料理の時間です』
テレビから落ち着いた女性の声が聞こえ……聞こえない、というかザッパンザッパンと波しぶきの音が聞こえる。
助手さんの背景には大海原が広がっていた。
「なんだなんだ?今日はロケ回なのか?」
テレビの前で待っていた俺は、思わず持ち上がりかけた腰をもとに戻す。
まぁ料理番組でロケというのも良くある話だ。たまに畑の中でとれたて野菜を料理!とか見るしな。
俺が勝手に納得しかけたところで画面が切り替わる。
画面の下半分は水、そして上半分にはウエットスーツ姿の人影が見えた。
画面下部にはテロップが流れる。
※漁協の許可を得て採集しています。違法な採取は法律により罰せられます※
「……。こんどは何をやってるんだよこの番組」
俺は恐らく視聴者のすべてが思っているであろうことを呟く。
「******!***牡蠣****!」
恐らくウエットスーツを着た人が話しているんだろうが、海の中だしシュノーケルをつけてるしで当たり前のごとく聞き取れない。
そんな中、揺れる画面の中で波消ブロックに張り付いている、ゴツゴツとした物体を指さした。
その妙に見慣れた感じの動きで俺は気づいた。
「もしかして、これ先生か?」
俺の疑問を置き去りに、先生と思われる人はナイフのような器具を取り出すと岩牡蠣をゴツゴツとつつき始める。
すると、ぼろっと大きな塊が剥がれ落ちた。
そして、何も言わずに袋にしまうと次の牡蠣を求めて海の中を移動し始めた。
その様子は料理番組というよりドキュメンタリーのそれである。
二つ目の岩牡蠣を無事にゲットできたウエットスーツは、牡蠣を両手に持ち小躍りを始めた。
「あ、先生だこれ」
俺はまた、恐らく視聴者のすべてが思っているであろうことを呟く。
そこで画面が切り替わった。
『こちらがあらかじめ採っておいた岩牡蠣です』
助手さんの前には大ぶりで見事な岩牡蠣が並んでいる。
素人目から見てもとても良い品なのがわかる。わかるが、それを上回るほどの疑問が浮かぶ。
「いや、ここから始めても良かったんじゃないかな……」
俺はまたまた……(略
「************!」
何やら大声で叫んでいるような声がかすかに聞こえた。
画面をよーく見てみると、助手さんの遥か後方にうっすらと小さな人影が見える。
「大きい******岩牡蠣!******!」
『本日の材料はこちらです』
先生の叫びも空しく、画面は材料のテロップに切り替わった。
材料
・岩牡蠣(新鮮なもの)
・ライム
・ポン酢
・辛味ソース
『材料は以上となります』
「今日は岩牡蠣だよ!」
テロップが外れるとウエットスーツ姿の先生が姿を現した。
現したが、またすぐに画面から消える。
「ちょっと着替えるから待っててね!」
画面の外から先生の声が聞こえる。
俺はその日常になった光景を見ながら、先生の登場を待った。
そして、先生は現れた。
頭にはタオルを巻き、ウエットスーツは上だけ脱ぎ、袖の部分を腰に巻いている。
まぁ休憩中のサーファーみたいなスタイルだな。
俺は思った。
「たいへん眼福ではありますが、これ料理番組だよね」
あと先生は着やせするタイプだ。
「それじゃー牡蠣を剥いていくよー!」
先生はゴム引き軍手を手にはめると岩牡蠣を一つ手に取った。
「牡蠣はね、ここに貝柱があるからこれをナイフで切るよ!見ててね!」
牡蠣にナイフを突き立てると、ギュギュという音がして、そして。
「ほら!こんな感じ!」
あっという間に牡蠣が開いた。
そのあまりに手慣れた手つきに、俺は次の言葉が簡単に予想できた。
「ね!簡単でしょ!」
「いや、簡単じゃねーって」
俺はテレビに突っ込みを入れてしまった。
恐らくこの番組を見ている人の多くがそう思ったはずだ。
データ放送のボタンにツッコミボタンを設定してほしいものである。
「ゴミがついてるから軽く洗ってね!海水で洗ってちゅるっといくのは憧れるけど、きれいな水の方がいいよ!」
先生はいろいろと牡蠣についてのコメントを挟みながらもテーブルにのっていた牡蠣をドンドンと剥いていく。
あっという間にオイスターバーのような光景が広がった。
「あとはお好みの調味料をかけてね!私は最初はポン酢が好きかな!ではいただきまーす!」
先生は剥いたばかりの牡蠣にポン酢をドバっとかけると牡蠣をちゅるっと啜った。
もぐもぐと噛んで、ごくっと飲み込む。
そして、ちょっと溜めて。
「くーっ!やっぱり牡蠣は美味しいね!」
確かに先生の食べっぷりは見事で実においしそうだ。
だからこそ俺はこの言葉をかけなければならない。
「料理とは」
これは素材の力を活かすというよりそのままぶつけに来るスタンスだ。
確かに美味そうではあるので番組としては成り立つのだろうけど、料理?
「次はこっちで食べるね!」
先生は赤い液体の入った瓶を手に取った。
恐らく辛味ソースであろうそれを、岩牡蠣にふりかける。二つ分だ。
すると助手さんが現れてグラスを二つ置く。
トクトクとボトルから注ぐそれは恐らくお酒だろうか。
そして、ソーダを注ぎ入れるとグラスがシュワシュワと泡立った。
「えへへ、今日はテキーラ用意してもらいました」
少し照れている先生が可愛い。
いや、そんなことより真昼間からテキーラかよ。
「みっちゃんもおいでー!一緒に食べよう!」
その言葉に助手さんがすすすっと寄ってきて無言で牡蠣を手に取った。
そして。
「『いただきまーす!』」
姉妹は仲良く岩牡蠣をもぐもぐと噛んでごくっと飲み込んだ。
同時にテキーラに手が伸びて、ショットより少し大きめなそれをキューっと一息で飲み干した。
「『うまい!』」
「だからどっちのだよ」
俺は心の中に新たに実装されたツッコミボタンを連打した。
『お姉ちゃん、岩牡蠣採りに行くの何年ぶり?ちゃんと採れたじゃん』
「大学の夏休みのバイト以来かな?えー!もう十年以上前?やだー」
わいわいと女性二人が岩牡蠣をツマミに一杯やっているようだ。
訂正。いま二杯目が注がれた。
「二杯目はこれ行っちゃおうか!ライム!これを絞ってー」
『なんでライムがあるのか不思議だったんだよねー』
先生は材料に用意されていたライムをテキーラにきゅっと絞った。
そして、牡蠣をもぐもぐ、テキーラを煽ってプハー!と息を吐いた。
「『うまい!』」
二人は二杯目も綺麗に飲み干した。
「やりたい放題だな。スポンサーどうなってんだよ、さすがに怒られるぞ?」
もはや料理番組なのかすら怪しいしい、どこぞの放浪番組よりも酒飲んでる。
どうなんだこれ?と俺が思っていると先生が大きな声で人を呼んだ。
「おじさん!出番だよー!」
おじさん?
俺が疑問に思っていると、胴長に頭にタオルを巻いた、いかにも漁師さんといった風貌のおじさま方が現れた。
「なんだ?何が始まるんだ?」
俺が疑問に思っていると、おじさま方は一斉にあたまをさげると、真ん中のおじさまがマイクを持った。
「この番組をご覧の皆さん、私たちの岩牡蠣はいかがだったでしょうか!」
「私共は皆さんに牡蠣の魅力を知っていただきたく、日々頑張っております!」
「産地直送サイト!『スグチョク』でどうぞこの牡蠣をご賞味ください!」
そう言っておじさま方はまたぺこりと頭を下げた。
「おじさんありがと!牡蠣も美味しかったよ!」
「いやーささ美ちゃん!久しぶりだなぁーえらい美人になって驚いたよぉー」
「おばちゃんも元気?」
「あぁー元気元気、毎日うるさくてかなわんねぇー」
「おばちゃんも変わんないねー!」
テレビからはわっはっはと笑い声が聞こえる。
他のおじ様たちも会話に混ざり、急にローカルトークが始まってしまった。
するとエンディングがながれ大海原をバックに今日のお料理は終わってしまった。
そして。
「日本各地の新鮮な食材なら!スグチョク!」
短いCMが流れ、日本各地の食材が紹介されていく。
俺は次の番組に切り替わったのを確認するとテレビのスイッチを消した。
「まさかのスポンサー案件だった」
俺は薄い座布団に座ったまま、スマホを手に取ると「スグチョク 岩牡蠣」と検索した。
「へー、今なら牡蠣剥きナイフと軍手がついてるのか。この2キロでいいかな?」
決済完了の文字を確認すると俺はスマホと財布をポケットにしまう。
「今日の晩飯はなににするかなぁ」
俺はとりあえずスーパーに向かって自転車をこぎだした。
今年は岩牡蠣を食べ損ねました。無念。
とりあえずここまで。