神時代に現れた戦闘民族 作:SS4のビジュアルが一番好き
酒場を出たターメリクは、都市の中央に聳え立つ白亜の巨塔『バベル』の一階大ホールへと足を踏み入れた。
吹き抜けになった広大なホールの中心には、地下へと続く巨大な縦穴と無骨な大階段が口を開けている。ここが、地下迷宮(ダンジョン)への入り口だ。
周囲を見渡せば、重厚な鎧を身にまとい、剣や槍、大斧を担いだ冒険者たちが続々と地下へ吸い込まれていく。そんな中、武具どころか荷物すら持たず、軽装の腰に茶色い尻尾を巻きつけただけのターメリクの姿は、否応なしに浮いていた。
「おい……あいつ、丸腰で潜る気か?」
「自殺志願者か何かかよ……」
すれ違う冒険者たちの呆れたような視線や囁きを完全に無視し、ターメリクは迷いなく大階段を駆け下りていった。
◇◇◇
『第一階層』。
青白く発光するダンジョンの通路には、無数のゴブリンやコボルトが徘徊していた。駆け出しの冒険者たちが慎重に間合いを測りながら武器を構える中、ターメリクは一切速度を落とさずに突っ込んでいく。
「キギャッ――!?」
威嚇の声を上げる暇すら与えない。
ターメリクは足を止めることなく、すれ違いざまに無造作な裏拳や手刀を叩き込んでいく。直撃を受けたゴブリンたちは、魔石ごと粉砕されて大量の黒い灰となって霧散した。
「……ハッ、手応えもクソもねぇな」
武器も使わず、走り抜けざまの軽い打撃だけでモンスターを粉砕していく異様な光景に、近くの冒険者たちが目を剥いて硬直する。
「な、なんだあいつ……!? 走りながら素手で粉砕してやがる!?」
「どんなバカ力だ!?」
呆然と立ち尽くす冒険者たちを置き去りにし、ターメリクは下層へ続く階段を見つけるやいなや跳ぶように突き進んだ。
第二階層、第五階層、第十階層――。
下へ降りるにつれモンスターの数は増していくが、ターメリクの足取りの障害にすらならない。群がるインプやオークも、走りざまに放つ蹴りや拳の一撃で次々と灰に変えていく。
十三階層からの『中層』に入っても、その歩みは止まらなかった。立ち塞がる巨大なミノタウロスの顔面に正拳突きを叩き込み、迷宮の壁ごと粉砕して藻屑に変える。
普通の冒険者が数年かけてパーティを組み、命がけで目指す道のりを、ターメリクはわずか一時間足らずで踏破していた。
そして、十七階層の最奥。
『嘆きの壁』と呼ばれる巨大な岩壁がそびえる大部屋。そこに鎮座していたのは、身の丈十メドルを超える階層主(迷宮の孤王)『ゴライアス』だった。
「グオオオオオオッ――!」
巨躯を揺らして威嚇の咆哮を上げるゴライアス。だが、ターメリクは立ち止まることすら惜しむように、正面から一直線に空へ跳躍した。すれ違いざま、分厚い胸板の奥にある巨大な魔石へと向け、鋭い飛び膝蹴りを叩き込む。
ドゴォンッ!!
肉体を突き抜け、内部の魔石ごと木端微塵に砕く絶大なる一撃。魔石を粉砕されたゴライアスは、暴れ回る隙すら与えられず、一瞬にして黒い灰となって崩れ落ちた。
「ふん……期待して損したぜ」
宙で旋回して軽やかに着地したターメリクは、舞い散る灰を突っ切り、そのまま下層へと続く階段へ飛び込んで行った。
◇◇◇
十八階層『安全階層(セーフティポイント)』にたどり着いたが、ターメリクは立ち寄ることもなく一気に通り抜けた。
十九階層からの大樹迷宮、二十七階層『水の迷都』をも駆け抜け、二十八階層のセーフティポイントすら素通りし、さらに深い階層へ――。
辿り着いたのは、第三十階層『密林の峡谷』。
視界の先に広がるのは、白亜紀を想起させる恐ろしく巨大な樹木が生い茂る大叢林(ジャングル)だった。入り口の最上段から見下ろせば、上空には有翼の恐竜種『ゲイルプテラ』が旋回し、密林の奥からは他のモンスターすら貪り食う『ブラッドサウルス』の凶暴な咆哮が木霊している。
「相変わらず手応えのない雑魚ばかりだが……ん?」
ターメリクはふと視線を下へと向け、ニヤリと口角を吊り上げた。
「この下のほうから、やけに強そうな気配がいくつか固まってやがるな」
目当てを見つけたターメリクは、襲い来る恐竜どもを裏拳や蹴りで魔石ごと適当に粉砕しながら、その鋭い気配の源へと向けて一直線に巨大な樹根の上を疾走する。
やがて、最上段から中段へと突き出た巨木の根が交差する大広場に辿り着いた時、ターメリクの足が止まった。
そこには、群がっていたブラッドサウルスの群れを片付け、息を整える四人の冒険者がいた。
「んー、今日のブラッドサウルスも手応えなかったねー」
巨大な大双刃『ウルガ』を軽々と肩に担ぎ、欠伸まじりに笑う少女――ティオナ・ヒリュテ。
「油断するんじゃないわよ。レフィーヤ、周囲の警戒を怠らないで」
両手に一対のククリナイフ『ゾルアス』を構えたまま、周囲に気を配る姉――ティオネ・ヒリュテ。
「は、はいっ!ティオネさん!」
魔法杖『フォレスト・ティア』を握り直し、緊張した面持ちで周囲を確認するエルフの少女、レフィーヤ・ヴィリディス。
そして――中心で無言のまま、腰の細身の剣『デスペレート』の血を払い、静かに鞘へ収める金髪金眼の剣士――『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。
【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者たち。この程度の階層のモンスターなど、彼女たちの敵ではない。
「……ッ!」
アイズの眉がわずかに動き、即座に振り返る。
密林の暗がりから歩み出てきたのは、武具すら着けず、腰に茶色い尻尾を巻きつけただけの少年だった。
「な……!? 武器も防具もなしで……三十階層に!?」
レフィーヤの驚愕の声に、ティオネが『ゾルアス』を低く構え直す。常識から外れた存在の登場に、彼女たちは困惑を隠せない。
「……気をつけて。あの人……強い」
アイズの静かな警告。その一言で、第一級冒険者たちが瞬時に臨戦態勢へと入った。
「ハッ……いい気迫だ!」
ターメリクの口角が跳ね上がる。
「おい、お前ら強そうだな。俺と戦え!」
言葉と同時に、足元の巨木が破砕した。
一瞬でアイズの目前に肉薄し、素手の右拳が一直線に放たれる。アイズは一瞬の逡巡もなく『デスペレート』を抜き放ち、迎え撃った。
――ガギィンッ!!
金属同士が激突したような異様な打撃音が峡谷に響き渡る。
剣身から伝わる腕力にアイズの足元の地面が爆ぜ、彼女の身体は十数メドル後方へ吹き飛ばされた。
「――っ!?」
無表情なアイズの瞳に明確な驚愕が走る。
着地と同時に衝撃を殺し、剣を構え直すアイズ。だが、間髪入れずに動いたのはティオナとティオネだった。
「はあぁっ!」
頭上から襲いかかるティオナの『ウルガ』。巨木をも容易く両断する大斬撃に対し、ターメリクは逃げるどころか強烈な掌打を刃の側面に叩きつけ、強引に軌道を逸らしてみせた。
ズドォンッ!
「うわっ、弾かれた!?」
強烈な斬撃が逸れたことで足元の巨大樹が大きく抉れ、ティオナが驚愕に目を見開く。
その隙を逃さず、ティオネが低空から滑り込んだ。ターメリクの完全な死角へ回り込み、『ゾルアス』の鋭い斬撃を見舞う。しかしターメリクは、まるで背後に目でもついているかのように振り向きすらせず、最小限の身ごなしだけでその刃を紙一重でかわしてみせた。
「っ……嘘でしょ、完全な死角からの攻撃を見もしないでかわしたの!?」
空を切る感触とあり得ない反応に、ティオネが驚愕に目を見開く。
間合いを離した二人の前に、体勢を立て直したアイズが再び並び立ち、細身の剣の切っ先を突きつけた。
「レフィーヤ、下がってなさい!」
ティオネが鋭く叫ぶ。
「は、はいっ……! でも、あの人……武器も持たずにアイズさんたちと……!?」
後方へ下げられたレフィーヤは、杖を握りしめたまま息を呑んでいた。手ぶらの少年が、オラリオ最強ファミリアの主力である第一級冒険者を三人も相手にして、素手で渡り合っているのだ。
一度の交錯を経て、アイズたちは眼前の『正体不明の敵』へと警戒を強めていく。
「ハッ、いい顔になってきたじゃねぇか! もっと本気見せてみろよ!」
ターメリクは凶獰な笑みを浮かべ、さらに踏み込む体勢を取った。
「出し惜しみはなしだぜ? 次もこっちから行くからな!」