転生したのでポケモン世界をのんびり旅します 作:AIは許される?許してよ
トキワシティには、ポケモンリーグ公認のジムが存在する。
その名もトキワジム。
カントー地方にある8つのジムの1つであり、ジムリーダーに勝利すればグリーンバッジを獲得できる。
ポケモンリーグへの出場を目指す俺としては、当然ながら挑戦する必要がある場所だ。
ただし、1つ問題がある。
「……サカキなんだよなぁ」
そう。
トキワジムのジムリーダーはサカキ。
前世でポケットモンスターを遊んだことがある人なら、恐らく知っているだろう。
じめんタイプのポケモンを得意とする実力者。
そして、悪の組織ロケット団のボスである。
……いや、なんでそんな人物がジムリーダーをやってるんだよ。
普通に考えておかしいだろう。
ポケモンリーグ公認の施設を、犯罪組織のトップが運営しているのだ。
しかも、堂々と。
カントー地方の治安は大丈夫なのだろうか。
もっとも、サカキがロケット団のボスだという情報は、俺が前世から持っている知識でしかない。
この世界でも同じとは限らないし、仮に同じだったとしても、何の証拠も持たない10歳の子供が騒いだところで信じてもらえるとは思えない。
下手をすれば、逆に目をつけられる可能性すらある。
……うん。
関わらない方がいい。
「ソウブレイズ、どう思う?」
「ソウ?」
隣を歩いていたソウブレイズが首を傾げる。
「トキワジムなんだけどさ。挑戦するの、やめておこうかなって」
「ソウ?」
「いや、別に怖いわけじゃないよ?」
「ソウ……」
「……ちょっと危ない気がするだけ」
ソウブレイズが俺をじっと見つめてくる。
……なんだよ、その目は。
確かに、俺はポケモンバトルが好きだ。
ジムリーダーのような実力者と戦うことにも興味はある。
しかし、それと危険人物に自分から近づくことは別問題だ。
バトルに負けるだけなら構わない。
でも、犯罪組織に目をつけられて面倒事に巻き込まれるのは御免である。
それに、セキエイリーグへの出場に必要なのは8個のバッジ。
必ずしもトキワジムで獲得する必要はない。
カントー地方にはほかにもジムがあるし、公式に認められたジムがゲームに登場した8つだけとも限らない。
つまり、わざわざ危険な場所へ行く理由がないのだ。
「よし。決めた」
「ソウ?」
「トキワジムは後回し。別のジムに挑戦しよう」
「ソウ」
ソウブレイズが頷く。
……うん。
これでよし。
危険を回避するのも立派な判断力である。
別に逃げたわけじゃない。
戦略的撤退というやつだ。
……まだ戦ってすらいないけど。
さて、ジムへの挑戦を見送ることにした俺には、時間ができた。
いや、別に最初から時間に追われていたわけではないんだけど。
せっかくトキワシティまで来たのだから、少しくらい観光してもいいだろう。
ポケモンの世界に転生して10年。
マサラタウンの外へ出たことがないわけではないが、こうして自分の意思で自由に歩き回るのは新鮮だ。
それに、トキワシティはカントー地方でもそれなりに大きな都市である。
商店街には様々な店が並び、ポケモン用品を扱う専門店や飲食店も多い。
……何より、美味しそうな匂いがする。
「ソウブレイズ、ちょっと寄り道しようか」
「ソウ?」
「せっかくだし、何か美味しいものでも食べたいなって」
「ソウ」
ソウブレイズは特に反対しなかった。
むしろ、少し嬉しそうに見える。
……やっぱり食べ物には弱いんだなぁ。
そんなことを考えながら商店街を歩いていると、ある看板が目に入った。
『トキワシティ名物!トキワブレンドときのみのタルト』
…………。
「……ほう」
思わず足が止まった。
トキワブレンド。
名前からして、この町独自のコーヒーなのだろう。
そして、きのみのタルト。
ポケモンの世界では、きのみは人間にとっても身近な食材である。
オレンのみやモモンのみなど、種類によって味も特徴も異なる。
前世でいうところの果物に近い。
もっとも、ポケモン用のきのみと人間用の果物を同じように扱っていいのかは、種類によるらしいけど。
「……美味しそうだねぇ」
「ソウ」
「入ってみようか」
「ソウ!」
決定である。
俺は看板の置かれたカフェへと足を運んだ。
カランカラン。
扉を開けると、小さなベルが鳴った。
店内には落ち着いた音楽が流れており、焙煎されたコーヒーの香りが漂っている。
木製のテーブルと椅子。
壁にはトキワの森を描いた風景画が飾られ、窓際には小さな観葉植物が置かれていた。
……いい雰囲気だ。
こういう店、好きなんだよなぁ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から、白髪混じりの男性が声をかけてきた。
恐らく、この店のマスターだろう。
「こんにちは〜。2人なんですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです。ポケモンもご一緒ですね」
「はい」
「でしたら、奥の席をどうぞ」
どうやらポケモン同伴も問題ないらしい。
まあ、ポケモンの世界なのだから、こういう店も珍しくないのだろう。
俺は案内されたテーブル席に腰を下ろした。
ソウブレイズも隣の椅子に座る。
……うん。
鎧姿のソウブレイズがカフェの椅子に座っている光景は、なかなかシュールだ。
「ご注文はお決まりですか?」
マスターがメニューを持ってきた。
「表の看板にあったトキワブレンドと、きのみのタルトをお願いします」
「かしこまりました。ポケモンのお客様には何かご用意いたしましょうか?」
「あ、ソウブレイズは何がいい?」
「ソウ」
ソウブレイズがメニューの1か所を指差した。
そこにはポケモン向けのきのみジュースと書かれていた。
「じゃあ、きのみジュースもお願いします」
「承知いたしました。少々お待ちください」
マスターがカウンターへ戻っていく。
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
「いやぁ、いい店だねぇ」
「ソウ」
「こういうところでのんびりするのも、旅の醍醐味だよね」
「ソウ」
ソウブレイズが頷く。
……うん。
平和だ。
実に平和である。
危険なトキワジムへの挑戦も回避したし、美味しいコーヒーとタルトも楽しめる。
今日という日は、なかなかいい日になりそうだ。
……このときの俺は、そう思っていた。
しばらくすると、マスターが注文した品を運んできた。
「お待たせいたしました。トキワブレンドと、きのみのタルトでございます」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれたカップから、香ばしい湯気が立ち上っている。
そして、その隣には色鮮やかなタルト。
赤、青、黄色。
様々なきのみが綺麗に並べられていた。
「おお〜」
思わず声が漏れる。
これは美味しそうだ。
「こちらはポケモンのお客様用のきのみジュースです」
「ソウ!」
ソウブレイズも嬉しそうに受け取った。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
マスターが離れていく。
俺はまず、トキワブレンドを1口飲んだ。
「……おお」
美味い。
ほどよい苦味と、後味に残る爽やかな酸味。
コーヒー特有の香りもしっかりしている。
前世ではそれなりにコーヒーを飲んでいたけど、これはなかなか好みの味だ。
……まあ、今の俺は10歳なんだけど。
前世の記憶があるせいか、味覚の好みは少し大人びているらしい。
「次はタルトだね」
フォークを手に取り、タルトを1口。
サクッ。
「……うまっ」
思わず素の声が出た。
生地はサクサク。
中のクリームは甘すぎず、きのみの酸味と絶妙に合っている。
特に、この赤いきのみ。
なんだろう。
クラボのみかな?
「ソウブレイズ、これ美味しいよ」
「ソウ?」
「食べてみる?」
俺はフォークでタルトを少し切り分け、ソウブレイズに差し出した。
「ソウ」
ソウブレイズが受け取って口に運ぶ。
そして、少しだけ目を見開いた。
「ソウ!」
「でしょ?」
……うん。
やっぱり美味しいものを食べる時間は最高だ。
そんなことを考えていると、不意にマスターがこちらへ近づいてきた。
「お客様、少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
「実は、ほかのお客様から相席のお願いがありまして……」
「相席ですか?」
「ええ。本日は少々混み合っておりまして」
周囲を見渡してみる。
確かに、いつの間にか店内の席はほとんど埋まっていた。
……まあ、人気店なんだろうね。
「別にいいですよ〜」
「ありがとうございます。では、ご案内いたします」
マスターが入口の方へ戻っていく。
俺は再びコーヒーを飲んだ。
相席くらい別に構わない。
むしろ、旅先で知らない人と話すのも悪くないだろう。
……まあ、面倒な人じゃなければいいけど。
「こちらのお席になります」
マスターの声が聞こえた。
俺は顔を上げる。
そして――。
…………。
…………え?
そこに立っていたのは、黒いスーツを身に纏った中年男性だった。
短く整えられた黒髪。
鋭い目つき。
堂々とした立ち姿。
そして、腕に抱えられたペルシアン。
……いや。
ちょっと待って。
待ってくれ。
この人、見覚えがあるぞ?
というか、見覚えしかないぞ?
「相席をお願いしたいのだが、構わないかな?」
低く落ち着いた声。
…………。
「……あ、はい。どうぞ」
反射的に答えてしまった。
男性は小さく頷き、向かいの椅子に腰を下ろした。
ペルシアンが優雅に床へ降りる。
「ありがとう。助かったよ」
「い、いえ……」
…………。
…………。
いやいやいやいや。
なんで?
なんでいるの?
俺は思わず目の前の男性を2度見した。
間違いない。
この顔。
この雰囲気。
このペルシアン。
前世で何度も見た人物だ。
ロケット団のボス。
そして、トキワジムのジムリーダー。
サカキ。
…………。
いや、なんでいるんだよ!?
俺、あんたに会いたくないからトキワジムを避けたんだけど!?
なんでカフェにいるんだよ!?
しかも、よりによって俺の向かいの席!?
おかしいだろ!
トキワシティにはカフェなんてほかにもあるだろうに!
というか、ジムリーダーなんだからジムにいろよ!
……いや、ジムリーダーだって休憩くらいするか。
するだろうけど!
なんで今なんだよ!
「……どうかしたかな?」
サカキがこちらを見た。
「い、いえ。なんでもありません」
「そうか」
サカキは特に気にした様子もなく、メニューを開いた。
……落ち着け、俺。
大丈夫だ。
別に何もしていない。
俺はただの10歳の新人トレーナー。
相手からすれば、どこにでもいる子供の1人だ。
正体を知っていることさえ悟られなければ、何も問題はない。
……うん。
そうだ。
普通にしていればいい。
「ソウ?」
隣のソウブレイズが俺を見た。
……頼む。
今は何も聞かないでくれ。
「……ソウブレイズ、タルト美味しいね」
「ソウ?」
……いや、そんな不思議そうな顔をしないで。
俺だって分かってる。
明らかに話題の振り方がおかしいことくらい。
でも仕方ないだろう。
目の前にロケット団のボスが座っているんだから。
そんな俺の内心など知る由もなく、サカキはマスターに注文を告げた。
「いつものブレンドを頼む」
「かしこまりました」
……常連なのかよ。
しかも、いつものって。
ロケット団のボスが、普通にカフェの常連客をやっている。
なんだろう。
ものすごく不思議な光景だ。
いや、悪の組織のボスだって人間だ。
コーヒーくらい飲むだろう。
分かっている。
分かっているんだけど……。
「……ふむ」
サカキがこちらを見た。
「珍しいポケモンを連れているな」
…………。
あ。
まずい。
「……そうですか?」
「ああ。少なくとも、この辺りでは見かけない種類だ」
サカキの視線がソウブレイズへ向けられる。
ソウブレイズは静かにその視線を受け止めていた。
「そのポケモン、名前は?」
「ソウブレイズです。パルデア地方のポケモンで」
「ほう。パルデアか」
サカキが興味深そうに目を細めた。
……やめて。
そんな興味を持たないで。
俺はただ、コーヒーとタルトを楽しみたいだけなんだ。
「なかなか立派なポケモンだ。君の手持ちかね?」
「はい。5歳の頃から一緒にいます」
「なるほど。長い付き合いなのだな」
「そうですねぇ」
……よし。
普通に会話できている。
大丈夫。
何も問題ない。
このまま世間話だけで終わってくれれば、それでいい。
しかし、サカキは次の質問を口にした。
「ところで、君はポケモントレーナーかね?」
「はい。今日から旅を始めました」
「ほう。では、ジム巡りをしているのかな?」
…………。
来た。
嫌な話題が来た。
「……まあ、そんな感じです」
「そうか。ならば、トキワジムにも挑戦する予定なのだろう?」
…………。
…………。
いや。
どう答えればいいんだ、これ。
まさか本人を目の前にして、ロケット団のボスがいるから行きたくありません、なんて言えるわけがない。
かといって、挑戦しますと答えれば、実際に挑戦する流れになりかねない。
……どうする?
考えろ、俺。
ここは慎重に答えるべきだ。
「……えっと」
「うむ?」
「トキワジムは、もう少し強くなってから挑戦しようかなって思ってます」
……よし。
完璧な回答だ。
嘘は言っていない。
実際、挑戦するとしても今すぐではない。
これなら問題ないはず。
「なるほど。慎重なのだな」
「まあ、そんなところです」
サカキが小さく笑った。
「悪くない判断だ。自分の実力を見極めることも、トレーナーには必要だからな」
「ありがとうございます」
……褒められた。
ロケット団のボスに褒められた。
嬉しくないわけではないけど、素直に喜べない。
いや、そもそもなんで俺はこんなところでサカキとトレーナー談義をしているんだ?
おかしい。
絶対におかしい。
俺はただ、トキワブレンドときのみのタルトを楽しみに来ただけなのに。
「……君の名前は?」
「レンヤです」
サカキは再びソウブレイズへ視線を向けた。
「しかし、そのポケモン……なかなか興味深いな」
…………。
やめて。
本当にやめて。
俺の相棒に興味を持たないで。
「……そうですかねぇ」
「ああ。よく鍛えられているようだ」
サカキは穏やかに微笑んだ。
その表情だけを見れば、ただの気さくな中年男性である。
……でも、俺は知っている。
この人が何者なのかを。
そして、何をしている人物なのかを。
だからこそ、思う。
なんでよりによって、あんたが相席してくるんだよ!?
俺は心の中で盛大に叫びながら、すっかり冷めかけたトキワブレンドを口に運んだ。
……ああ。
美味しい。
美味しいんだけど。
全然、味が分からない。
トキワシティでのんびり過ごすはずだった俺の計画は、開始早々に崩壊したのであった。
現在の手持ちポケモン
ソウブレイズ♀ Lv.15