時は平成。
春が巡り、桜の花が散り始めた四月の今日。京都の街を、軽快なステップで駆け抜ける少年が一人いた。
「いやぁ〜、京都を先に回ったのは失敗だったか?」
『いや、呪術師たちの本拠地の一つだ。見て回って悪いことはないだろう。遊真もそれが分かっていたから、こちらを先に回ったのだろう?』
「まぁね。レプリカもよく言ってただろ? 敵を知り、己を知れば百戦危うからず、ってさ」
『それは私ではなく、ユウゴの言葉を借りているに過ぎない』
そう。京都の街を駆け抜けるこの少年こそ、今年から東京都立呪術高等専門学校の一年生となる少年、空閑遊真。
そして、その傍らに浮かぶ黒い機械こそ、遊真のお目付け役であるレプリカだ。
『遊真、そろそろ急がないと新幹線に間に合わないぞ』
「げっ! トリガー使っていい?」
『それを決めるのは私ではない。遊真自身だ』
「オーケー」
「トリガー、
というわけで、改めましてコンニチワ。
おれは空閑遊真……の姿をした、元現代日本人です。
前世では普通の会社員をやっていました。
ある日、『ワールドトリガー』のアニメを一気見して、寝不足のまま会社へ向かったところ、交通事故に遭ってお陀仏。
そして気がつけば、呪術師という人間たちが呪霊と呼ばれる化け物を祓う世界に、空閑遊真として転生していました。
……いや、どうしてこうなった。
しかも、よりによって空閑遊真。
前世でアニメを見ていたから知っているけど、まさか自分がその姿になるとは思わないじゃん?
まぁ、なってしまったものはしょうがない……しょうがない……と思いたい……。
幸いにも、今のところ生活に困っているわけでもないし、せっかく手に入れた第二の人生だ。
楽しまなければ損というもの。
ということで、おれも呪術師として活動を開始。
本日から呪術高専の一年生となります。
新たな世界にレッツゴー!
「お、来たね」
東京駅。
改札を出てすぐの場所で遊真を待っていた人物が、彼の姿を見つけて声を掛けた。
遊真を呪術高専へとスカウトした呪術師、五条悟である。
「いやぁ……お待たせしました」
「いいのいいの、気にしないで」
右手を上げて軽く謝る遊真。
そんな彼を見て、五条は笑みを深めると、親しげにその頭を撫でた。
「それで、ゴジョーさん。このまま高専に向かうの?」
「そうだね。今日は同級生との顔合わせに模擬戦……あとは連携のための術式の共有かな」
「ワカリマシタ」
話を終えると、二人はタクシーに乗り込み、呪術高専へと向かった。
「やぁ〜、恵!」
「遅いですよ……。何分待ったと思ってるんですか……」
五条から軽い調子で声を掛けられ、青年は眉間にしわを寄せた。
静かに怒りを露わにしている彼こそ、空閑遊真と同じく今年度、東京都立呪術高等専門学校に入学する同級生、伏黒恵である。
「いやぁ、ごめんごめん。今日は恵の同級生クンを連れてきたんだ」
「同級生……?」
首を傾げる伏黒。
すると、五条の背後からひょこりと遊真が顔を出した。
「ドーモ、空閑遊真です。背は小さいですが15歳です。ドウゾよろしく」
「あっ、ああ……よろしく。……って、15!?」
遊真の背丈を見て、さらに告げられた年齢に、伏黒は思わず驚きの声を上げた。
「アハハ! 恵、ちょっと失礼じゃなーい?」
「……あっ、すまない」
「いえいえ、どうぞお構いなく」
そんなやり取りを交わしながら、三人は教室へと向かった。
教室に到着すると、五条は持ってきた大きなバッグをガサゴソと漁り始める。
「はい、これ遊真の制服ね」
取り出されたのは、黒を基調とした高専の制服だった。
ただし、一般的な制服とは少々趣が異なる。
黒い服には白いラインが入り、左胸元には『一級 東京』の文字。そして左腕の上部には、黄色い正方形を模したワッペンが付けられていた。
「いやぁ……確かに高専の制服は要望があれば改造OKだけど、ここまでこだわってる人はそうそういないねぇ」
五条は着替え終えた遊真を眺め、感心したように頷く。
「制服の話を聞いたときから考えてたからね。うん、やっぱりしっくりくる」
遊真は手を開いたり閉じたりしながら、鏡に映る自分の姿を改めて確認する。
そして満足したのか、五条と伏黒のもとへ戻ってきた。
「それで……次は何するの?」
「フッフッフ……お待ちかね! 模擬戦のお時間でぇ〜っす!!」
五条はどこからともなくパンパカパーンという音が聞こえてきそうな、妙に大げさなポーズを取って宣言した。
「模擬戦……? 聞いてませんよ、五条先生」
「アレ? 言ってなかったっけ?」
「いい加減すぎる……!」
あまりにも適当な五条の態度に、伏黒は呆れたようにため息をついた。
怒るだけ無駄だと悟ったのか、もはや諦めの境地に達しているようだった。
「まぁまぁ! 細かいことは気にせず! いってみよー!」
「おー!」
その場には、五条と遊真の元気な声だけが響くこととなった。
「それじゃあ、僕の合図で試合開始ねー」
グラウンドの中央に立った五条が、向かい合う二人に声を掛ける。
「分かりました」
「了解」
二人の返事を聞いた五条は、どこか楽しそうに口元を吊り上げた。
そして、腕を振り下ろす。
「試合スタートォ!」
「トリガー、
遊真の声と同時に、その身体が黒い戦闘用スーツに包まれる。
「……! 玉犬!!」
伏黒は即座に影へと手を伸ばし、式神を呼び出す。
しかし、遊真の姿を目にした瞬間、思わず目を見開いた。
(変わった……!? それに、なんて圧力だ……! 特級と遜色ない……!)
「
遊真の背後に『弾』の印が出現する。
次の瞬間、遊真はそれを足場にして一気に加速。
さらに『強』印によって強化された拳を、伏黒へと叩き込もうとする。
「せーーのっ!!」
「鵺ッ!!」
間一髪。
伏黒は鵺に捕まり、そのまま上空へと逃れる。
直後、ドゴォッ!!という轟音がグラウンドに響き渡った。
先ほどまで伏黒が立っていた地面には、大きなクレーターができている。
(コイツ……! 殺す気か……!?)
「ふむ、少々やりすぎましたな」
『遊真、フシグロメグミには
「了解、レプリカ!」
『承知した』
遊真から離れたレプリカは、複数の子機を生成する。
それらは瞬く間に伏黒の周囲を取り囲み、一斉に
「なっ……!」
空中にいた伏黒には逃げ場がない。
放たれた鎖はその身体に絡みつき、伏黒を地面へと引き戻した。
しかし、ただで捕まる伏黒恵ではない。
「玉犬!! 喰らいつけ!!」
伏黒の影から二匹の式神が飛び出し、その牙を遊真へと向けて襲いかかる。
「
遊真の前方に半透明の盾が出現。
飛びかかってきた玉犬は、その盾に阻まれた。
「
玉犬を防いだ一瞬の隙。
遊真はその隙を逃さず、伏黒を拘束するための弾を発射した。
「グゥッ……! ……降参、だ……」
身体に打ち込まれた錘によって地面に押さえつけられた伏黒は、苦しげに息を吐きながら降参を告げた。
「はい、しゅーりょー!」
伏黒の降参を確認した五条は、試合の終了を宣言した。
「うむ、なかなか良い動きができた」
遊真は地面に伏せた伏黒を見下ろしながら、(≡3≡)と、どこか満足げな顔で頷いた。
「空閑……コレ、解いてくれ……」
「あっ、すまんすまん」
遊真がトリガーを解除すると、伏黒の身体を押さえつけていた錘が消失した。
「……突き刺さっていたように見えたが、傷がない。錯覚のようなものか?」
伏黒は身体の調子を確かめながら、不思議そうに呟く。
「二人ともナイスファイト!」
拍手をしながら、五条が悠々と歩いてくる。
遊真は五条と何のためらいもなくハイタッチを交わした。
一方、伏黒は制服についた土を払いながら立ち上がる。
「恵も、空中に逃げたところまでは良かったよ。でも逆に言えば、空中で素早く移動する手段がないと、格好の的になっちゃうってことは分かったかな?」
「はい。軽率でした……。あれじゃ、自分から遠距離攻撃の的になっているようなものだ」
「うん、よろしい」
五条の言葉に、伏黒は素直に頷いた。
そんな二人の反省会を眺めながら、遊真は自身の左手にはめられた指輪をそっと撫でる。
(メグミ……なかなか強かったな。式神の種類が増えたら、対応するのも大変そうだ)
(それにしても、実際に呪術師と戦うとこんな感じなのか。)
『遊真、今回の戦闘で感じたことはあったか?』
「うん。とりあえず、初手から攻撃に『強』印を使うのはやめとく。相手が呪詛師や呪霊でもない限りはね」
『賢明な判断だ。その方針でいこう』
「おう」
こちらでも反省会を繰り広げていた遊真たちに、五条が声を掛ける。
「遊真ー! ごはん食べに行こう〜!」
「是非是非、お供させていただきます」
「恵は何食べたい?」
「……ラーメンとか?」
「ほほう、ラーメンか……。おれもそれで」
「OK! 僕の行きつけに連れてってあげるよ!」
こうして三人は、少し遅めの昼食をとるために街へと繰り出した。
五条行きつけのラーメン屋。
注文を済ませた三人は、料理が運ばれてくるのを待っていた。
そんな中、伏黒が唐突に遊真へと話しかける。
「空閑」
「ん? なんだ、メグミ」
「お前の……その横に浮いている黒いのって何なんだ?」
伏黒は遊真の隣に浮かぶレプリカへと視線を向け、疑問を口にした。
「ああ、コイツは――」
『私から説明しよう』
遊真の言葉を遮り、レプリカが口を開いた。
「……! 喋った!?」
『どうも、初めまして。フシグロメグミ。私の名はレプリカ。遊真のお目付け役だ』
「ど、どうも……」
『私は、遊真が幼い頃に、現在の東京都立呪術高等専門学校の学長である夜蛾正道と、遊真の父・空閑有吾が共同で開発した自立型呪骸だ』
「自立型呪骸……! パンダさんみたいなやつか」
『そのように捉えてもらって構わない』
「そうか。わざわざ答えてくれて感謝する」
「レプリカの説明は相変わらず分かりやすいですな」
「二人とも楽しそうだね」
「五条先生は、空閑に質問とかないんですか?」
「んー……とは言っても、粗方聞いてるしね」
五条は目隠しを弄りながら、うーんと唸る。
「それじゃあ、空閑の術式とかも五条先生は知っているんですか?」
「うん、知ってる……けど」
そう言って、五条は遊真の方へと顔を向ける。
話してもいいのか、と確認するような視線だった。
「ゴジョーさん、おれから説明するよ」
遊真はそう言うと、伏黒へと向き直った。
「おれの術式は無いんだ」
「……!」
あまりにも意外な答えに、伏黒は一瞬言葉を失った。
「いや、待て。さっきの模擬戦で使っていた黒いスーツへの変身や、あの印の力。あれはどう見たって術式だろ?」
「まぁ、そう思うよね」
遊真は頭の後ろで手を組み、天井を見上げながら話を続けた。
「おれの親父さ、三年前に死んでるんだ。特級呪霊からおれを守って」
「……そうなのか」
「親父の術式は、物に術式や呪力を込めるものだった。呪具師として働いてたんだ」
遊真は左手の指輪を撫で、目を細める。
「親父は死に際、最後に……この指輪に自分の全呪力と術式を込めて、おれに託した。だから、おれが使っている力は、この指輪から借りているに過ぎない。全部……親父の力だよ」
「……なるほどな」
伏黒は遊真の左手に視線を落とす。
そこにある指輪が、彼にとってどれほど大切なものなのか。
その表情から、なんとなく察したのだろう。
「そうそう。それで遊真のお父さんが亡くなって、その呪霊を遊真が祓ったところに僕が駆けつけたってわけ。……有吾さんを助けられなかったのは僕のせいだよ」
五条はいつもの軽い口調を少しだけ和らげ、そう告げた。
「ゴジョーさんは悪くないよ」
遊真は迷うことなく答える。
「親父もよく言ってたんだ。『自身に振りかかる不幸を他人のせいにするな。運命を受け入れ、それに抗えなかった自身を恨め』ってさ」
「……強い人だったんだな。空閑の親父さんは」
「うん。今でも尊敬してるよ……親父のことは」
遊真はそう言って、再び指輪を撫でた。
それからしばらく三人で話を続け、運ばれてきたラーメンを食べ終えると、一行は高専へと戻っていった。
おれは現在、高専の寮にある自室のベッドで寝転がっている。
……いやぁ、まさか自分が天与呪縛持ちになるとは思わなかった。
おれは天与呪縛の影響で睡眠を必要としない身体になっている。
こんなところまで原作再現しなくてもいいのに……。
ありがた迷惑すぎる……。
『遊真、時間が余っているのなら、新しい『印』を試してみないか?』
暇を持て余していたおれに、レプリカがそんな提案を持ちかけてきた。
珍しいな。レプリカの方から話しかけてくるなんて。
「新しい『印』?」
『そうだ。今日の模擬戦でフシグロメグミの術式を体感しただろう。私はあの戦闘中、フシグロメグミの術式である「十種影法術」を解析していた』
「おお、いつの間に」
レプリカ、そんなことしてたのか……。
確かに、おれも式神を召喚できるようになれば大助かりだ。
手数が増えるのはもちろん、戦闘以外にも色々と応用できそうだしな。
『そして、私が製作した新しい『印』は――
「おお!」
ここで『門』印か!!
「それで、何が召喚できるの?」
『実際に見せよう』
そう言うと、レプリカは『門』印を展開した。
空間に開いた門の向こう側から現れたのは、メカメカしい外見をした二体の犬だった。
「おお……!」
『ハウンド、と名付けよう。フシグロメグミの玉犬を参考に製作した召喚兵だ』
「いいね!」
これはなかなか良いんじゃないか?
見た目は機械仕掛けの犬といったところか。
コレなら手数も増えるし、救助や強襲にも利用できる。
何より、式神のような存在を自分でも使役できるというのは、純粋に面白い。
「明日が楽しみだな」
新しい力への期待を胸に、夜は更けていく。
トリガー云々の説明とか世界観との整合性とかもとりたい。