僕のヒーローアカデミア プロフェッショナル change the World,change the Hero 作:クリアウォーター
№3 人を救ける者
強くなってきた風が、動き回った体を冷ますのに丁度いい塩梅の中、和親は子供達に囲まれながらゴミ拾いを再開する。
黙々と作業していては飽きが来てしまうので、子供らに好きなヒーローを聞いてみると、チャートのトップクラスにランクインしている名前がほとんどだった。
特に挙がる名前は、やはり“オールマイト”。
この国のトップヒーロー。不動の№1。圧倒的超パワーの持ち主。老若男女問わず、幅広い世代に人気のトップヒーローだ。
同業のヒーローの中にも――どころか彼に憧れてヒーローを志した者も多く、かく言う和親もヒーローを目指した動機でこそないが、彼のファンである。
そんなオールマイトが事務所を一時休業し、今年の四月に彼の母校である“私立
だが、話題は良いニュースだけではない。数日前に学生の実習中、広大な雄英の敷地内にある演習場に、“
勤務する教員が軒並みプロヒーロー資格を取得している場所への襲撃など、おおよそメリットが考えられないのにもかかわらず、敵達が現れたその目的。
それは教職に就いたオールマイトの殺害ではないか。そんな議論が連日テレビやネットで盛り上がっている。
その真偽はともかく、数十人規模での犯罪活動というのは、昨今はそうそう起きる事件ではない。
――主犯格の男は捕まってないってのが問題なんだよな。結局目的がはっきりしないし。それに捕まった敵の一人は脳みそ剝き出しの異形だったとか……。
「メタモー、これはー? なにゴミー?」
「ん? あぁ、ごめんごめん。えっとこれはプラ――」
和親が子供にゴミ袋を出そうとしたその時、かすかな音を耳が拾った。それは曲がりなりにもヒーローとして長年活動をしてきたことで培われた、ある種の経験、職業病に近いものかもしれない。
一般人が振り向く頃には、すでに行動を始めている。それが犯罪の発生から解決までの速度が年々上がっている現代で、プロヒーローとしてやっていくためのスキルでもあった。
――人の悲鳴。車のクラクション。近付いてる!
頭にそれらの箇条書きが浮かび上がりながら、和親は両脚のブーツに手をかけた。
ガシャシャシャン! ガシャシャシャン!
ブーツの足裏が音を立て、ふくらはぎまで一気に移動する。わざわざ靴を脱がずとも個性を発揮できるようにするため、シャッター式に開閉できるギミックだ。ちなみにグローブも手のひら部分が同様の機能で、すぐに変化したい対象に触れられるようにしている。
コスチュームに仕込んだ高反発ゴムに足裏を変化させ、和親は駆け出した。
「子供達を!」
近くにいた区の職員の一人にそれだけ言うと、和親はそれまでいた河原の土手から、ゴムの反発を補助にしたストライド走法で、ものの数秒で隣接する道路に飛び出した。
それと同時に、曲がり角から横滑りのドリフトで一台の車が姿を現す。運転席でハンドルを握る男は、歯を食いしばりながら血走った目を剥いていた。明らかに平常な精神状態には見えない。
車道と歩道を跨いだまま前進してくる暴走車と和親の間には、親子と思しき一組の女性と少年が立っている。
手を繋いだまま硬直している親子は、何が起きたか理解が追い付いていないようだった。ただ歩いているだけなのに、真正面から車が突っ込んでくるという日常からかけ離れたシチュエーション。一般人であれば、動けないのも無理はない。
「間に合え間に合え間に合え間に合え……!」
早口に呟く和親は、ほとんど突進に近い状態で二人を両腕に抱えると、横っ跳びで車との衝突を回避した。
「え!? ちょっ! なになになに!? 」
何者かに抱きつかれたかと思えば、足が地面から離れ空中にいるという事態に、女性が動転した声を上げる。
和親は河原の土手に接触する寸前、今度は衝撃を和らげる緩衝材として低硬度シリコンゴムに全身を変化させた。自身の背中で土手の傾斜を滑り降り、平地になってようやく止まる。
パトカーのサイレン音と、視界の端に捉えた他のヒーロー数名が、暴走車の進行方向へ向かっていった。あれなら向こうは何とかなるだろう。
「すみません、緊急だったもので。どこか痛むところは? 首は抑えていたのでむち打ちにはなっていないはずですが……」
「え、えぇ……」
和親は声をかけながら、抱えていた二人を起き上がらせた。
母親はまだ動揺が収まっていない様子だが、受け応えができている。距離がもう少し自分より車の方が近かったら、間に合わなかったかもしれない。そう思うと肝が冷える。
「お子さんは――」
「う……」
続けて少年の方へ注視した直後、それまで声を出さなかった少年の顔が、呆然とした表情から、くしゃくしゃの泣き顔に変わっていった。
見た所、三歳から四歳ほどか。ようやく事態を呑み込み始めて、驚きが追い付いてきたのだろう。体のどこかを抑えたりしていないので、大きな怪我はなさそうだが、一応見ておくべきかと和親が安堵しかけた直後――
「ウアアアアアアアアアアン!!」
甲高い泣き声と共に、子供の体から白い靄が放出された。
――煙!? いや、霧か!
靄がじわりとコスチュームに水気を含ませ、濡れた感触から和親はそう判断したが、事態はそれだけに収まらなかった。子供の体が、放出する霧に溶けていくように消え始めているのだ。
ウェェアアアアアン! ウアアアアアアアアアアン!!
子供の泣き声が、その母親と和親を包む霧のあちこちに反響して聞こえてきたその時、この日一番の強風が吹いた。
吹き上げる風が霧を巻き上げ、和親の視界が鮮明になっていく。
「……あぁ! ああ!! キリ君!?」
母親が和親に救けられた時の比ではない大きさの金切り声を上げた。見上げた視線の先を追ってみると、そこには風に巻き上げられた霧の塊があった。
――そうか、あの子の個性は体から霧を放出するだけじゃない。体そのものを霧にするのか!
霧に変じた少年は風に乗ってどんどん舞い上がり、建物の陰に消えて見えなくなってしまった。残ったのは少年の履いていた靴と靴下だけ。
「キリ君!!」
「待ったお母さん! 落ち着いてください!!」
追いかけようとするパニックの女性を、和親は叫ぶ声に負けないくらいの声量を出しながら抑える。
「大丈夫、必ず救けます! 俺なら追える! それであの子の個性は、どれくらいの時間まであの状態でいられますか?」
「わ、分からない……。あの子、最近個性が出初めたばかりで……まだ上手くコントロールできないんです! だから、だから……」
個性が発現し始めた時期となると、確かに自身での調整はあまり望めないだろう。唐突に発動が解除されて空高くから落下するという、最悪の事態だけは絶対に避けなくてはならない。
「任せてください。ただ、一つだけ協力してほしいことがあります」
和親の頭に、救助の成功確率を高める案が一つ浮かんだ。
個性の発現は人により、早ければ生まれながらに持ち、遅くとも四歳から五歳の間で発現する。
それ以上の年齢で個性が発現するケースは、超常社会の黎明期を除いてほぼ見られず、その人物は“無個性”と判断され、超常社会では世代を重ねるごとにかえって希少な存在となっていた。
和親が個性を発現したのは三歳の頃。玩具のブロックで遊んでいた時、全身が持っていたブロックと同じ赤色のプラスチックに変化してしまったのだ。自分に起きている事態を理解できず、泣き声を聞きつけた母親が部屋にすっ飛んできたのを今でも憶えている。
もっとも、その時の思い出とはまた別に、個性に戸惑い怖がるあの子供の気持ちが、和親にはよく分かっていた。
高反発ゴムに変化して跳び上がってから、今度は粘着ゲルに変化して建物の壁面に貼り付いて登っていく。街中での活動で和親がよく使う移動手段の一つだ。
ビルの屋上に到着すると、再び足裏をゴムに変えてその場でジャンプ。すると、視界の端に尾を引く白い塊を捉えた。
「よし見つけた」
風が強いせいでその痕跡もすぐに消えてしまったが、そもそも本人に逃走の意志がない分、高速移動系の個性持ちの敵を相手取るよりも、追跡は遥かに容易い。
和親は数件の建物を足場にして、屋上の出入り口の隅に留まる霧の塊に変じた少年の元へ跳んでいく。
ちょうど気流が留まる作りだったのか、放出された霧はほとんど流れずその場に留まり、上下の子供服がゆらゆらと浮かんでいる。体が完全に拡散しないよう、個性の安全装置のような力が働いているのだろうか。
「うっ……うっ……」
「やぁ怖かったろう。もう大丈夫、救けに来たよ」
すすり泣いて嗚咽を漏らす少年に、和親は落ち着かせるように穏やかな口調で近付いていく。幸い、怯えて逃げ出すということはなかったが、少年はおぼろげな人の輪郭をした霧の姿のままだった。
「さっき会ったね。お母さんの所に連れてってあげる」
「ママ……」
「体、元に戻せそう?」
そう訊ねると、少年はしゃくり上げながら頭の辺りを揺らした。首を横に振っているらしい。
――精神的に落ち着けば解除されるだろうが、親もいない不安な状況じゃ、そう簡単にはいかないか。
「これをお母さんから預かってきたんだ。はい」
和親が腰に提げたアイテムポーチから取り出したのは、一枚のタオルだった。紺色の地に、赤と白のストライプ、ポーズを取ったオールマイトの黄色いシルエットが刺繍されてある。
このタオルは、少年が普段から使っているお気に入りのタオルだという。母親である女性から、何かこの子が慣れ親しんだ物を持っていないか、聞いた時に借りたものである。
少年は差し出されたタオルに手を伸ばすが、霧の手は触れてもそよ風のようにタオルを揺らすばかりで、一向に掴めない。これにより少年の呼吸が再び荒くなり始める。
こうなる可能性を考えていた和親は、マスクを残してコスチュームの上半身を脱ぎだした。続けて個性を発動し、持っている紺色のタオル地に変化する。
そして、ふわふわとした肌触りのタオルと化した両腕で、そっと少年の背中を包み込んだ。
「怖いよな。よく分かるよ」
自分の体がいつもの体じゃない。もしかすると、このまま戻れないかもしれない。自分という存在そのものが、このまま掻き消えてしまうかもしれない。そう考えてしまうほどの恐ろしさを、和親は身を以て知っている。
「戻るまで一緒にいるよ。独りじゃない」
和親は少年に穏やかに語りかける。
――多分、霧になったっつっても、ある程度の密度を持っているはず。何でもすり抜けるんだったらとっくに服も脱げてるだろうしな。
しっかりと抱きしめようものなら、体の隙間から抜けていってしまうのだろうが、体で包むことはできる。加えて、和親の個性は触れた物体の性質だけでなく、その物体の温度状態や沁み込んだ匂いまで同様のものに変化するのだ。
つまり和親の考えた案は、普段から使い親しんだタオルに体を包み込むことで、その感触や匂いで少年をリラックスさせようというものだった。
そのまま一分ほど経過したか。やがて、少年の体から霧の放出が完全に止まる。続いて、揺らめき続ける体が安定していき、生身の体へと戻っていく。最後はやや癖のかかった髪を生やした頭部へと戻り、個性は完全に発動を止めた。
「うん。偉いぞ、よく頑張った」
少年が元の姿に戻ったことを確認した和親もまた、個性を解除して元の肉体に戻る。
あとは親元にこの子を返すだけだ。母親にはゴミ拾いに参加している職員に、その場で一緒に待機してもらうように伝えてある。
和親は職員に連絡を取り、少年の無事を伝える。少年の声を聞かせたことで、電話口の向こうにいる母親もようやく安堵したようだった。
「……ヒーローさん。おなまえ、なんていうの?」
「ん? あぁ、メタモルフォースだよ。それか……言いにくいならメタモーでもいいや。ホントはよくないけど。とりあえずここから降りないとだから、はい掴まってー」
涙で少し目が腫れている少年に、和親はコスチュームを着直しながらそう言った。
頷いた少年を片腕で抱えると、少年が和親の腕の中ですんすんと鼻を嗅ぐ。
「メタモー、ちょっとくさい……」
「…………あー、さっきまでゴミ拾いしてたから。すぐ降ろすから、ちょっと我慢してくれな」
子供特有の無邪気さと残酷さを兼ね備えた言葉の剛速球に、和親は一瞬だけ硬直したが、動揺はおくびにも出さずに応じた。
――そうだ、ゴミのせいだなそうに決まってる。それか汗臭かったか。まだ三十そこらでそんな加齢――ははっ、ないない。うん……。
わずかな精神的ダメージを受けつつ、和親は少年を抱えて河原へ戻っていった。
今回の一件で、この街での和親のヒーローとしての認知度は少しだけ上がり、パトロール中には――特に子供達に声をかけられることが増えた。
人を救け、感謝される奉仕活動。ヒーローの原点。
そう考えると案外悪くはない仕事だったと、和親は思うのだった。
人物紹介
四歳の男の子。母親と買い物へ向かう途中、事故に巻き込まれたショックで個性が暴発してしまう。ちなみに母親の個性は、触れた液体を霧散させる個性。
個性:【霧】
体から霧を発生させられ、自身の体も霧状に変化できる。連続の発動時間は数分程度だが、湿度が高い環境ほど持続時間が伸び、霧の発生量も上がる。霧状に変化した体でも、衣服程度の軽い物なら触れていられる。