僕のヒーローアカデミア プロフェッショナル change the World,change the Hero 作:クリアウォーター
№4 敵に勝つ者
人類が個性という超常の力を持つようになった現代では、その力を周囲に振りかざす者達がいる。
そうなるに至ってしまったのは何故か。身に置かれた環境か、その人間の人格か、あるいは生まれ持った個性に起因するものなのか。理由は何であれ、個性を用いて事件や犯罪に手を染める者のことを、超常社会では“
敵犯罪は未然に防ごうにも、人の数だけある個性に対して、法による規制が間に合わず、どうしても後手に回らざるを得ない。迫る危機に対して、今この瞬間に誰かの助けが要る。だからこそ社会は、人々は、ヒーローを求めるのだ。
それが危うい均衡の上に成り立っているものであると、自覚せずに。あるいは自覚をしていようとも。
和親が警察からの応援要請を受けて駆け付けたのは、華不和駅からほど近い、複合商業施設のビルだった。
今回の敵は三名の複数犯。徒党を組んで白昼堂々、客も店も問わず手あたり次第に金品を奪っているという。
和親が現場に到着すると、ビルの五、六階辺りから、球状の輝くエネルギー弾が何発も飛び出て、ガラスを地面に撒き散らしていた。
――雑な攻撃しやがって……。まさかヒーローがやったんじゃねえだろうな。
敵側の個性によるものだと思いたいが、この場で真偽は確認できない。
和親同様に要請された他のヒーローも到着しており、被害の余波から市民を守り、避難誘導を行っている。
警察からの通信によれば、何人かのヒーローが即席チームを組み、すでに敵達と会敵しているという。外の人手は足りていると判断した和親は、ビル内部に入り込んだ。
「ドオオオオオオオ!!」
中央部のエスカレーターを駆け上っていくと、家電売り場のフロアで敵の一人が、雄叫びを上げてヒーロー二人を相手取っている。
敵は身長三メートル近い巨体に真っ赤な肌、腕は四本もある、大まかに“異形型”の個性に分類される男だった。 二本の腕は金品を詰め込んでいるであろう大容量のボストンバッグを引っ掴み、残りのもう二本の腕をヒーローらに振りかざして叩き付けようとしている。
和親はこちらにまだ気付いていない、ヒーローと交戦する敵と距離を取りながら、後ろに回り込む。そして、敵が通路に出たところで駆け出し、合金に変化させた全身で敵の背後から両脚にタックルを決めた。
「――ドゥア!?」
金属の塊と化した和親にいきなり後ろから激突され、声を上げながら敵が倒れ込む。
和親は素早く起き上がると、向こうが何が起きたのか理解するのを待つことなく、敵の後頭部めがけて思いきり踵落としを決めた。合金に変化したことで体重も増加した一撃の威力は、敵の顔面を床にめり込ませる。
四つの腕を投げ出し、動かなくなった敵の寝返りを打たせ、和親はしっかり気絶しているのを確認する。言い換えれば、この敵の体格ではこうまでしないと、気絶まで持っていけないのだ。
「悪い、助かったよ」
「いや、そちらに意識を向けてたから、ここまで不意討ちがうまくいったんで。それよりそいつの確保頼みます。警察が入口で“
それまで敵と交戦していたヒーロー達に、警察が使用する犯罪者用の拘束道具の名前を出し、個性を解除した和親は上階に意識を向けていた。
上からも物音と怒号が聞こえてくる。
報告では敵は三人。少なくとも一人はまだ駆け付けたヒーロー相手に暴れているらしい。
再びエスカレーターへ向かおうとしたその時、フロア隅の階段からドタドタと誰かが駆け降りる音が聞こえてくる。今いる位置がフロアの反対側だったら気付かなかったかもしれない。
和親が踵を返して階段の入口まで行くと、下の階に向かおうとしている男の後ろ姿があった。その背中は倒したばかりの四つ腕敵とはまた違う、大きなリュックを背負っている。
「待て!」
和親の声に男は足を止めずに、半身になって振り返る。服装こそどこにでもいそうなものだが、両目の部分だけ穴を開けた、薄汚れた包帯のようなマスクで顔の上半分を覆っている。どう見ても『暴れる敵から逃げている途中で、ヒーローに会えた一市民』には思えない。
「来るんじゃ――」
和親が近付こうとすると、男の右手が何倍にも巨大化し、階段の手すりを握りしめた。すると、手すりはペーパークラフトのように男に握られた部分が簡単に毟り取られる。
「――ねええええ!!」
バレーボール大の大きさにまで圧縮して丸められた手すりの一部を投げつけられ、和親はとっさに合金に変化させた体でガードする。硬質な物体同士が衝突し、鈍い音が響いた。
――あの手に握られたら、金属でもヤバいか。だったら……。
相手の個性を把握した和親は、怯むことなく階下に進む敵に向かって飛び降りた。
それを見た敵は右手だけでなく、左手も巨大化させ、両手を向かってくる和親へと広げる。
「バカが……俺の【
現場から逃げようとしていたくせに、自らの個性には自信があるのか、勝ち誇ったように声を上げる敵。
小学校低学年のぐらいの子供であれば、全身もすっぽり収まりそうな巨大な両手に、和親の全身が包み込まれていく。全方向から圧力がかけられ、原型の残らない肉塊になるか、二つに引き千切られるか。
今の攻防で、敵は和親の個性が肉体を強化する系統だと判断したのかもしれない。それは間違ってはいないが、硬くなるだけが和親の個性ではなかった。
にゅるんっ。
敵の両手に掴まれた和親は、そんな音がしそうな勢いで巨大な両手からすっぽ抜けていった。
まるで掴み取りから逃れるウナギのように窮地を脱した和親は、着地と同時に回転を始める。
今の和親が変化しているのは、コスチュームに仕込んでいるアイテムの一つである固形の潤滑ゲル。柔らかな体とコスチュームから滲み出た潤滑液により、握り潰そうとする敵の手のひらから滑り出たのだ。そして今はブーツの足裏を露出させ、フィギュアスケート選手ばりに回転している。
「“
触れた物体に変化する体で繰り出す、和親の必殺技の一つが、未だ何が起きたのか理解が追い付いていない敵の横面に裏拳で叩き込まれた。
敵退治の翌晩、一件の居酒屋にて。
「はいカンパーイ」
「乾杯」
ほぼ下戸なので、和親のグラスの中身はソフトドリンクだが、緊急で出動する場合もあるヒーローを職にしていると、案外都合がいいのだ。
そんな和親と店奥の座敷で向かいに座り乾杯する人物は、ぱりっとした背広を後ろのハンガーに掛けた、ネクタイにワイシャツ姿の男性。丸い耳、長く伸びた数本の髭、くりっとした黒目がちの瞳に、ふわふわとした灰色の毛をした頭部だけがネズミ――厳密には齧歯類の一種であるチンチラのものだった。
彼の名前は
ヒーローの台頭から、警察は個性を律する立場として、勤務時の個性使用を禁じている。
事件解決の直接の功労者になる機会の多いヒーローに対し、世間では警察を“敵受取係”と揶揄する声もあるが、犯罪者へ行使できる権限は警察の方が上だ。ましてやヒーローである和親としては、昨日のように敵犯罪に対しての協力要請や、連続で発生する事件への情報提供を始め、警察機関との連携はヒーロー業には欠かせないと考えている。
「昨日はお疲れ様だったね、逸身君」
「いやいや、チラさんこそお疲れ様でしょ。事務処理の量は
互いに労いの言葉をかけ、千良野がくぴくぴとハイボールのグラスを呷る。容姿に動物系の要素が混ざった人間など珍しくもないとは言え、その光景を初めて見た時はかなりシュールな絵面だったが、和親はとうに慣れた。
「そうそう昨日の連中ね、全員身元が分かったよ」
料理をつまみながら他愛のない話をしていると、千良野がそう言って話を切り出した。
「ほー? 仕事が早いこと」
「どいつも軽犯罪をいくつかに、仕事は派遣やアルバイトを転々。どうもひと騒ぎして、箔を付けてから“敵”として名を上げようと結託したそうだね」
「“チンピラ レベル1”ってところか」
和親が串焼きを齧りながら鼻を鳴らす。実際、相対した二人は敵と呼ぶには、行動はかなりお粗末なものだった。
確保直後に警察から聞いた話では、犯人達はあのビルの隣の建物から飛び移って侵入。上から下に向かって順に金品を巻き上げ、最後は地上から逃走しようとしたのではないか、ということだった。ちなみに和親が現場に急行中に見た光弾も、敵の一人が放った個性だったそうだ。
人の多い場所をターゲットにすることで、広範囲の攻撃技を持つヒーローへの牽制、それと犯行から撤収までのスピードを優先したのかもしれないが、ヒーローに踏み込まれて人質の一人も取らずにいたあたり、罪が重くなるのを恐れたのか、正直ぐだぐだで詰めが甘い。
そんな三流通り越して五流の敵だったが、和親は一つだけ懸念事項があった。
「……ただ、俺が相手をした内の一人は、“ヒーロー殺し”みたいなマスクしてやがった」
「うん、こっちでも確認してるね。おかげでソレ売ってた店を調べる仕事まで増えた」
この“ヒーロー殺し”とは、各地に出没する凶悪敵、“ステイン”の異名である。プロヒーロー二十三名を再起不能、十七名を殺害したこの記録は、単独での敵の犯行では、オールマイトの台頭以降で最多の殺人件数になり、世間でも名を知られた敵犯罪者の一人だった。
「まず間違いなく“
千良野が枝豆を片手に嘆息する。
数週間前に東京都の保須市が、敵の襲撃に見舞われた。この街に現れたのはステインだけでなく、数か月前に雄英高校を襲撃した“
ステインと敵連合の繋がりは火を見るよりも明らかで、事件解決数だけならオールマイトをも上回る№2ヒーロー、“フレイムヒーロー エンデヴァー”によって確保されたものの、マスコミが撮影したステイン確保間際の映像はネットで転載が多発、より多くの人の目に留まることとなった。
それは個性を抑制せざるを得ない社会に、息苦しさを感じる日陰者達にも同様に。
「奴の逮捕以降、敵の発生率が明らかに増えた。敵犯罪と呼べないくらいの軽犯罪もね。おかげで忙しいったらないよ」
「そんな時に飯誘うのはまずかったかね」
「それは全然。というか無理にでも休む時間を作らないと休めないんだよね」
「あー、なるほど。まぁ実際、俺がこの街でヒーロー活動を始めてから、敵退治の要請は大体一週間に一度くらいのペースだった。それが最近じゃ、二日に一度はこの手の輩が出てくるからなぁ」
昨日のミーハーな連中程度であれば、単体ならそこまでの脅威はない。問題は、要約すると“対価を求めるヒーローなどヒーローに非ず”という行動理念(和親からすれば、「アホ抜かせ」の一言に尽きるが)で、映像からも伝わったステインの狂気的な偏執が世間に広く知られて、その反響が大きいほど社会が揺れ動くことだ。
「少し前の“雄英体育祭”の時とは、また状況が違うからね」
「あったなー。この辺りからも一人か二人招集されてたっけ」
二人してそれぞれの皿の焼き魚から骨を取りながら、和親は少し前に行われた、国の一大イベントについて思い出した。
雄英高校の体育祭は、かつてのオリンピックに取って代わるポジションを確立し、毎年全国中継されている。未来のヒーローの卵達のアピールの場でもあり、人材を求めるヒーロー業界からの注目度も高い。
そんな体育祭も先の襲撃により開催を危ぶまれたが、雄英側は全国からのプロヒーロー招集を含め、例年の五倍に警備体制を強化するという対策を講じた。
一方で招集されたヒーローの管轄が手薄になったのを見計らった、敵犯罪も全国的には数件見られた。何にでも難癖をつけようとする輩はいるもので、これらの犯罪はそもそも、襲撃した敵の主犯を取り逃がしたことが遠因ではないかと、雄英の体制を非難する声も上がっている。
「何にせよ、敵連合の逮捕は警察でも急務だよ。敵を調子づかせず、波風がまだ小さい内に収める。でないと手に負えなくなるからね」
「まぁ、お互い頑張りましょうや。俺ができるのはこの街の一区画を守るくらいだけども」
「この街を守る、くらい言ってもらいたいんだけどねぇ。君らしいけどさ」
そう言って二人はようやく気を抜いて笑い合った。
「で、真面目な話はここまでにして、話を戻すけど体育祭よ。チラさん見た?」
「見た見た。今年は一年生が凄かったねぇ」
「そうそうベスト3だけじゃなくて、そのトーナメント相手もさ。瓦礫群浮かせたり、指弾くだけで氷の塊ぶっ壊したり――」
それからは体育祭についての感想や、つい最近四人目が生まれたばかりの千良野の家族のことを酒の肴に、夜は更けていく。
この時、和親は口に出しこそしないが、敵退治が稼ぎに直結する身としては、敵の増加はありがたい一面もあった。
何より、この保須市襲撃の余波も一時的なもので、その内に収束していくものだろうと、どこか楽観視していた。だからこそこうして、居酒屋で食事をしながら呑気に世間話に興じていられる。
それは和親に限った話ではなく、国民の大多数が、他のヒーロー達さえもそうだったろう。近い内に引き起こされる“大事件”のことは、まだ誰も想像すらしていなかった。
人物紹介
千良野 房光 年齢:36歳 身長:178㎝(耳を除く) 好きなもの:家族サービス 砂風呂
華不和警察署所属の警部。数年前に警察と連携して解決した事件をきっかけに、和親と親しくなる。
家族構成は妻、長男、双子の次男と長女、次女の六人家族。
個性:【チンチラ】
首から上だけが、そのままチンチラの頭部。消化器官は常人と変わらない。
警察のため勤務時にも個性の行使は禁じられているが、本物のチンチラ同様、聴覚に優れる。また脚の筋力は常人の数倍で、助走もなく自身の身長の三倍近い高さまでジャンプできる。
敵グループ三人組
社会への不満を持つ強盗計画の考案者。ステインの動画に影響を受け、他の二人に声をかけた。
個性:【超握力】
手が巨大化、握力が強化される。金属でも簡単に握り潰せる。皮膚も厚く頑丈になるので、潰す際に尖った物体で傷つく心配はない。
少年院収容の経験あり。巨体故の生活苦も相まって握田の計画に乗る。他の二人を抱え、隣のビルから標的にしたビルへと跳び移った。
個性:【四本腕】
肩甲骨の辺りから腕を二本生やせる。大柄で頑強な体格と赤い肌は、生やせる腕と違い常時そのまま。
将来のビジョンは皆無で、特に深く考えもせず計画に参加。警察やヒーローの目を引く陽動役だったが、実は他の二人には捨て駒にされる予定だった。
個性:【光弾】
両手の指先から野球ボールほどの光の玉を発射できる。一発の威力と速度は野球ボールを人間の腕で投げた程度のものだが、同時に最大十発の発射が可能。