僕のヒーローアカデミア プロフェッショナル change the World,change the Hero   作:クリアウォーター

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№5

 №5 コスチュームデザイナー

 

 

 メタモルフォースこと逸身和親の一日は、朝のエクササイズから始まる。

 朝から日差しが強い夏だろうが、日が昇るのが遅い冬だろうが、朝の眠気を吹き飛ばすにはこれに限る。

 ちなみにラジオ体操ではない。

 

『はい、ワァン! トゥー! ワァン! トゥー!』

「フッ、フッ、フッ、フッ……」

『ホラホラどうしたぁ!? 膝上げてるのかオイ! 画面越しだからって、手ぇ抜いてんじゃあないよ!?』

 

 自室のテレビ画面には、ごつい猫耳めいたカチューシャとスカートを身に着けた、逞しい体格のヒーロー。エネルギッシュな動きと掛け声と共に、画面の前で動きを合わせる和親を叱咤してくる。

 画面の中で激しく動くヒーローは、山岳救助を主軸に活動をする四人一組のヒーローチーム、“ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ”のメンバーが一人、“虎(とら)”。付け加えておくと元女性である。

 プロヒーローは広義的には公務員に属するが、その成り立ちから一般的な公務員のそれとは大きく異なる。その異なる点の一つが、副業が認められていること。

 和親はせいぜい街のイベントにオファーされる程度だが、書籍や映像媒体の出版、タレントやアイドル、飲食店やレジャー施設のオーナー他、会社の経営者など、今日び純粋にヒーロー業一本で活動している者は少なくなりつつある。

 

『ラストォ、出し切れよ――三、二、一……終了!』

 

 最後に追い込みのパートが終了し、ホイッスルのエフェクトが鳴り響く。

 

『ついて来れた者、よくやった! 途中でへばってしまった者、次は頑張るがいい。この“我(ワレ)ーズブートキャンプ”を続けていけば、我のような逞しく、それでいてしなやかなキャットボディが手に入ることだろう。では、さらばだ!』

 

 ポージングする虎の激励で締めくくられ、短いスタッフロールが流れ出す。

 運動用の防音マットの上に立つ和親は、タオルで汗を拭いながら、映像をリモコンで消した。もうすぐ夏も本番のこの時期では、二十分にも満たないパートでも、汗が止まらなくなる。

 朝一番でやるにしてはそこそこハードな運動ではあるが、そこは体が資本のヒーロー業、肉体を鍛えるには良い動画である。何よりこれから来るであろう、代謝の衰えによる体重増加は極力避けたい。

 ――腹の出たヒーローじゃ、カッコつかないしな。

 “BMIヒーロー ファットガム”のように体重を増やすことが強みになる個性があるならともかく、和親としてはいつまでも引き締まった肉体を維持し続けたい。

 それからはシャワーで汗を洗い流し、一つまみの塩にマーガリンを塗っただけのトースト二枚とインスタントコーヒーで朝食、からの一服。会社通勤の必要がなく、朝は比較的余裕のある和親の朝の習慣である。

 

「さて今日は~っと」

 

 テレビに繋いで動画を流していた型落ちのパソコンの前に座り、スケジューラーを開く。

 人を雇う余裕もない事務所、マネージャーなどいるわけもなく、“ヒーロー公安委員会”への報告業務をはじめ、業務依頼のメール管理、各経理業務(一部は専門業者へ委託)等のデスクワークも一人でやらなければならない。

 コミックから現実に実体化したと言われるヒーローでも、現代社会で生きる以上、金はかかる。敵を倒せばオールオッケーとはいかないのは、当然でもあり世知辛いところだった。

 

「あいつの所行って……そうだ、アレ持ってくの忘れないようにしとかにゃいけね」

 

 今日の予定の中で、一つやることを思い出した和親は鞄に荷物を詰め、時間になるとオフの姿で自宅兼事務所を後にした。

 

 

 

 ヒーローにとって自らのコスチュームとは、切っても切れない代物である。

 己の個性の能力を高める、反対にデメリットを抑える機能。個性自体に攻撃手段がない場合の武器。救助活動がメインでなくとも応急処置用の装備。極論、それらのスーツやアイテムが活動するのに必要なくとも、世間に自身のヒーローとしての姿を周知させるアイコンとして、コスチュームは欠かせない。もちろん、サポートアイテムにおんぶに抱っこでは論外だが。

 そんなコスチュームは、ヒーローそれぞれがデザイン事務所やサポート会社へ依頼をして作られる。

 和親――メタモルフォースのコスチュームは、業界では比較的老舗な“ユア・メイド社”に所属する一人のデザイナーに任せていた。今日はそのデザイナーとの約束があってユア・メイド社を訪れている。

 受付を済ませ、担当デザイナーのいる部屋の前まで来た和親はインターホンを押した。

 

「来たぞー」

 

 チャイム音の後に起動した収音マイク越しに中の人物を呼ぶ。すぐに開錠音と共に自動扉が開かれた。

 勝手知ったる和親は部屋の中に入ると、すっきりと整理された部屋の奥にある頑丈そうな扉の中から、ガチャガチャと作業音が聞こえてくる。すると、その扉に備えられたスピーカーから声がした。

 

『ちょっと手ぇ離せないから二分待っててー』

「ドア開けてくれたのに?」

『うっさいなぁ、入口の前で突っ立ったままがよかった?』

「へいへい」

 

 軽口を叩きながら、和親は応接用の椅子に腰を下ろした。

 ユア・メイド社ではコスチュームデザイナーに個人で扱える工房スペースが与えられ、いま和親がいるのは、依頼者と製作した実物を直接確認しながら打ち合わせができる応接室。

 もちろん初めから個室があてがわれるわけではなく、入社当初は複数人の共有スペースで作業することから始まり、それなりに業績を積み上げた社員が、個別の作業場を用意されるらしい。

 しばらくすると工房の扉が開く。現れたのは、作業用の保護ゴーグルを首にかけ、黒髪に赤と青のメッシュが入った、ウルフカットの女性だった。その手には“MF”と書かれたアタッシュケース。

 彼女は雨田(あまだ)電花(でんか)。和親のコスチュームの担当デザイナーであり、学科は違うものの、同じ高校出身の同学年でもあった。

 

「お待たせ」

「おう、二分じゃなかったぞ。三分は過ぎてた」

「はいはいメンゴ。ほら」

 

 和親の軽口を電花はあっさり流し、持っていたアタッシュケースをテーブルに置いた。

 受け取ったケースを和親が開けると、中には綺麗に畳まれたスーツに、グローブとブーツ、アイテムパックといった、コスチューム一式が収められている。

 和親が今日この場所に訪れたのは、このコスチュームの引き取るためだった。和親はコスチュームが破損した場合に備え、三着所持している。その内の一つが劣化してきていたため、新調を依頼していたのだ。

 

「これ納品書ね」

 

 電花に差し出されたファイルの伝票を受け取ると、記載されている内容に和親は眉根を寄せる。

 

「高えなぁ……」

「最初に見積は出してたでしょ。別にぼったくってないからね」

「そんなん分かってるけどよぉ」

 

 率直に言って、ヒーローの装備はコストが馬鹿にならない。人の命を救う仕事道具として品質の悪いものを使うわけにはいかず、国がいくらか費用を負担してくれてもなお高い。

 和親のコスチュームは特段複雑な機構をしていないが、タイツ一つにしても、ヒーロー活動を円滑に進めるために耐久性、伸縮性、通気性、速乾性と、あらゆる面で市販の服とは性能が格段に違う。その分、コストが高くなるのも致し方ないことであった。

 

「大体さ、こうして直接受け取りに来たのだって、そっちが送料ケチったからでしょ。学生の頃からコスのカラーだってあんまり汚れが目立たないようにって理由でネイビーだし」

「白系のコスチューム着てるヒーローとか真似できねえよ。あんなんカレーとか食えないだろ」

「いや紙ナプキンとか着ければいいだけだし。ほら、こぼさないでよ」

 

 電花が紙コップに入ったコーヒーを差し出してきて、作業着のまま自分用の椅子にどっかりと座った。

 

「アンタのコスって代わり映えしないから、楽だけどつまんないんだよね。学生の頃からほぼそのままじゃん。だからさぁ、その体の髪か皮膚の培養でスーツ作れば、個性使った時に服まで変化して便利でしょ?」

「却下。年単位でも消耗品としちゃ高すぎるし、何より必須じゃない」

 

 一緒に渡されたミルクとガムシロップを混ぜ、和親はコーヒーを啜る。

 和親も今に至るまで、アイテムの補助をもっと加えた装備をオーダーしたこともある。

 例えば過去には、体の各所に飛行用の装備をしたりもした。大型のジェットパックを背負わなくても、密度の小さい綿に変化すれば、より少ない装備で飛行活動ができると考えたのだ。

 結果として、ドローンよろしく空中移動が可能になり、一定のメリットは確かにあったのだが、強風の日には制御が難しくなる、飛行時以外は他の物体に変化させた体の動きにガジェットが干渉する等のデメリットも多かった。

 結局、自分の体が様々な物体に変化する以上、装備自体はシンプルでいいというのが、和親の出した結論である。

 

「はーケチだね、やだやだ」

「倹約家と言ってくれ。それとコレ」

 

 和親はケースを閉めるとテーブルから降ろし、代わりに自分の鞄から取り出したものをテーブルに置いた。

 それを見るなり、コップに口を付けたままの電花が顔をしかめる。

 

「……何コレ?」

「俺のいま使ってるスーツ。ここんとこにほら、シミが付いて取れないんだわ」

 

 和親が広げたスーツの胸元には、五百円玉を三倍にしたサイズの茶色い汚れが染み付いていた。

 

「えー……? これ何のシミよ」

「チョコプリン。前に大容量のやつスプーンで一度に掬いすぎてツルンとこぼれてさぁ。いやだいぶ薄くなったんだよそれでも」

「いい年こいてチョコプリン買ってんなよ! 紙ナプキン着けて食えよ! あっ、だからさっきカレーがどうとか言ってたんか!?」

「そこは別に話の流れで関係ない。いやな、俺だって普段買わないけど、ちょうどその日は甘い物が食べたくてぇ……それにあの“ランチラッシュ”の弟子の“カロリークイーン”が監修したって触れ込みでぇ……」

「うちはクリーニング屋じゃないんですけど!?」

 

 口角泡を飛ばして声を張り上げる電花に、しょうもない理由で汚した自覚はある和親は、もごもごと言い訳を並べ立てる。

 

「だってヒーローのコスチューム、そのへんのクリーニング屋に預けられないし……。一定以上の修復や洗浄は製作会社に依頼するのが決まりだし……」

「私だって忙しいんですけど。今だけでも“ベストヒット”、“コリーダ・ムヘール”、“パイロ・パイロン”、それに“サスカっち”……四件も並行して依頼受けてんですけど? アンタだけが顧客じゃないんですけど?」

「そこをなんとか頼みますよ。よっ、電花様様、売れっ子デザイナー様」

 

 手を合わせて平身低頭で頼み込む和親を、左の人差し指に付けたガジェットでコンコンとテーブルを突く電花は、じとーっとした視線で睨む。やがて溜め息を吐いてから、スーツをつまんで自分のデスクに放り投げた。

 

「ったく……とりあえず洗浄の研究してる部署の子に頼んどくから」

「なんでぇ、他の奴に任すならそんな目くじら立てなくても――」

「あ?」

「何でもないです! 感謝感激雨あられです!」

 

 小声の文句を聞き逃さなかった電花に、ごまかすようにオーバーな動きと声で頭を下げる和親。実際、彼女には世話になってばかりだった。

 同じ高校でもそれぞれ違う学科で関わる機会が少なく、ちょっとした事件を経て友人と呼べる間柄になった時には、まさか卒業後もこうして救けられているとは思わなかったが。

 

「んじゃタバコ一本ね」

「お、おう。じゃ喫煙室行くか」

「ここでいい。ジャジャーン」

 

 立とうとする和親を止めて電花が両手で取り出したのは、バレーボール大ほどの大きさをした白くて丸っこい機械だった。上部のボタンを押すと、これも上部にある吸気口らしき網目の部分から稼働音が聞こえてくる。

 

「私自作の空気清浄機~。コレ使うなら、この部屋でもタバコOKになったの。もちろん工房の方じゃ駄目だけど」

「へぇ、こんな小さいのがね」

 

 感心しながら和親はタバコを取り出し、一本を電花に渡す。

 電花は咥えたタバコの先端に、右の人差し指を当てた。すると、小さな火花が発生し、タバコに火が着く。

 電花の個性は【電池】。ある程度の電気を体内へ吸収、蓄電が可能で、蓄えた電気は両手から放出ができる。戦闘に転用できるほどの威力はないが、ライターの代わりには十分だ。

 和親のタバコにも、電花が同じように火を着けてくれた。二本のタバコの煙が、テーブル中央の空気清浄機に吸い寄せられていく。

 

「毎日暑いね」

「夏だからな。そっちはいつも室内だからいいだろ」

「会社来るだけでも暑いし。ヒーローはパトロールとかで大変そうね」

「パトロールはなぁ、今の時期が一番きついな」

 

 他愛のない会話で時間が過ぎる、このゆっくりとしたひと時が和親は嫌いではない。

 

「もうすぐお盆だね」

「ん? んー……」

「……もう六年になるよ。一度くらい一人でじゃなくて皆と一緒にさ……走起(そうき)君だって本当はアンタと――」

 

 電花が言い終える前に、和親は立ち上がってタバコを灰皿に押し付けた。

 

「そろそろ行くわ。コスありがとう。そっちのもよろしくな」

「和親」

 

 ケースを持って部屋から出ようとする和親を、電花が呼び止める。

 

「今週末、そっち行くから。何か食べたいのある?」

「おぉ、じゃあそうだな……生姜焼きがいい。あとポテトサラダ。潰したゆで卵いっぱい入ったやつ」

「了解。お酒買っといてね」

「はいよ」

 

 そう言って、今度こそ和親は部屋を出ていく。

 ――我ながら情けねえの……。

 未だにこの話題に向き合おうとしない自分自身に嫌気が差す。

 日差しがじりじりとアスファルトを焼く帰り道。夏の暑さは心のわだかまりに気を取られ、和親はほとんど気にならなかった。

 

 

 

メタモルフォース コスチューム

スーツ&マスク:

全身タイツタイプ。シンプルながら耐久性、伸縮性、速乾性とあらゆる面で高性能。グローブとブーツも合わせて素肌を極力出さないようにすることで、敵との戦闘時に何に変化しているか判別しにくくさせる意図がある。

 

シャッターグローブ&ブーツ:

手のひら、足裏部分がスライドする機構がある。これは高反発ゴムや粘着ゲルに変化した際に、反発を利用したジャンプや体を貼り付けるのに露出の必要があるため。

 

エイド&バインドポーチ:

包帯や消毒薬等の簡易的な救急キットや、制圧した犯罪者用の拘束具を収納。

 

チェンジベルト&バンド:

腰に巻いたベルトと両手首に巻いているリストバンド。一つ欠けても支障を来たさないように複数箇所に装備している。数センチほどのプレート状にした物体を素肌に密着した状態で装備。物体それぞれが特注品のため、コスチュームの装備で一番コストがかかるアイテム。種類は以下の五つ。

 

1.合金:

主に戦闘用。チタンをベースに、硬度と金属ながら軽量化を両立。

2.高反発ゴム:

主に移動用。スーパーボールから思いつき、弾力に富む。打撃への防御にも使用。

3.低硬度シリコンゴム:

主に救助用。高所からの落下時や、救助時に対象を受け止めるクッションとして使用。また耐熱性、耐寒性、耐水性、耐薬品性と、あらゆる耐性を持つ。

4.粘着ゲル:

主に移動用。貼り付いて壁をよじ登ったり、足場の悪い場所で体を保持する。犯罪者の確保時に一時的な拘束も行える。

5.潤滑ゲル:

主に回避用。スーツ越しに浸潤して、拘束からの脱出や狭所への侵入時に使用。ゲル二種類は液体にかなり近い半固体なので、極薄の型入れで保持している。速乾性。

 

 

人物紹介

雨田電花 年齢:31歳 身長;164㎝ 好きなもの:湯治

ヒーローコスチュームデザイナー。高校のサポート科卒業後にユア・メイド社へ入社。現在は和親を始め、数々のヒーローのコスチュームを手がけている。

電花に限らず、雨田家は電気系の個性持ちが多い。

左手の人差し指に付けたガジェットは、自身の工房内の装置や電化製品を操作する、自作のリモコン。

月に数度、和親の元へ訪れている。

吸っているタバコの銘柄は【ロビウス】。

 

個性:【電池】

電気を体内に貯め込んでおける。放出も可能だが一度の放出量はあまり多くなく、人に当てて怯ませはできても気絶までさせるのは難しい。

コードレスで電化製品を使えるので、本人は重宝している。

 

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