三日月の気配を辿ったのは、今剣だった。
トーハクから逃げ去ったトラックの行方は、すぐに途絶えた。けれど今剣だけは、夜通し東の空を見上げ、時折ぴょんと屋根から屋根へ跳び移りながら、仲間たちを導いた。
「こっちです! みかづきのけはい、どんどんちかくなってます!」
そうして夜明け前、六振りは郊外の廃工場に行き着いた。錆びたフェンス。割れた窓。けれど、その奥の一室にだけ、灯りがともっている。
「間違いない。ここにいる」
長谷部が低く言った。
「正面から行くか?」鶴丸が、楽しそうに刀の柄を叩く。
「当然だ。三日月を取り戻し、遡行軍の協力者を――」
長谷部の言葉が終わらないうちに、工場の裏手で、エンジンが唸りを上げた。
ばん、とシャッターが吹き飛ぶ。中から、黄色い小さな車が、弾丸のように飛び出してきた。
「あーばよーっ!」
助手席の窓から、赤いジャケットの腕がひらひらと振られる。車はフェンスを突き破り、砂利を跳ね上げて、あっという間に通りの向こうへ消えていった。
「……っ」
長谷部の額に、青筋が浮いた。
「追うぞ」
「追うって、どうやって」加州が辺りを見回す。「車とか、ないよね?」
「乗り物など、待っていられるか」
長谷部は、もう走り出していた。
◇
夜明けの首都高は、まだ空いていた。
ときおりトラックが行き交うだけの高架を、黄色いフィアットが、小さな車体からは想像もつかない速さで駆け抜けていく。
「いやぁ、危なかった危なかった」
助手席のルパンが、後ろを振り返って笑った。後部座席では五ェ門が斬鉄剣を抱えて目を閉じ、その隣に、布にくるまれた太刀が転がっている。
「あのコスプレ一座、しつこいねえ。でもま、車にゃ追いつけないでしょ」
「……おい、ルパン」
ハンドルを握る次元が、バックミラーを見て、低い声を出した。
「なによ」
「後ろ見てみろよ」
「後ろ?」
ルパンが、もう一度振り返った。
来ていた。
高架の上を、六つの人影が、走って追ってきていた。
先頭は、灰がかった髪の男。カソックのような黒い装束の裾をなびかせ、両腕をまっすぐ振り、一直線に走ってくる。その後ろに、腰に短刀を差した少年。さらにその頭上、高架の防音壁の上を、天狗のような身軽さで跳ね渡ってくる小さな影。白い衣、赤い装束、大柄な甲冑の男が、少し遅れて続く。
ルパンは、目をこすった。
速度計を見た。時速百キロを、とうに超えている。
もう一度、後ろを見た。
近づいてきている。
「……走ってるよね、あれ」
「走ってるな」
「車より速いよね、あれ」
「速いな」
「なんで車に追いつくんだよ!?」
ルパンの絶叫が、朝の高架にこだました。
並走するトラックの運転手が、一瞬、怪訝そうに窓の外へ目をやった。けれど首をかしげただけで、すぐに前に向き直る。何かが横を通り過ぎた気はする。けれど、それが何だったのか、彼にはもう思い出せなかった。
認識阻害の札は、ちゃんと効いている。――ルパン一味を、除いて。
最初に追いついたのは、長谷部だった。
フィアットの運転席側に、ぴたりと並ぶ。次元が横を見ると、窓ガラス一枚隔てた向こうに、真顔の男がいた。息ひとつ乱れていない。走っているのに、上半身がまったく揺れていない。
続いて、助手席側に厚が並んだ。キャップの代わりに今は甲冑を着込み、低い姿勢で、車の横をぴったりとついてくる。
ボンネットに、とん、と軽い音がした。
フロントガラスの向こう、ボンネットの上に、今剣がしゃがんでいた。一本歯の高下駄で器用にバランスを取りながら、にっこりと車内をのぞき込んでいる。
「みーつけた!」
「降りろ降りろ!」
次元が、ワイパーのレバーを最速に叩き込んだ。
ワイパーが猛然と動き出す。右へ、左へ、右へ、左へ。今剣は、それをひょいと跳び越えた。もう一度跳び越えた。三度目には、ワイパーの上にちょこんと腰かけて、一緒に右へ左へと揺られていた。
「わーい! これ、たのしいです!」
「遊具じゃねえんだよ!」
後ろには、鶴丸と加州と大包平。気づけば、小さな黄色い車は、走る男たちにすっかり囲まれていた。
「おい、囲まれてるぞ」次元が、煙草をくわえたまま呟いた。「……走ってるやつらに」
長谷部が、運転席の窓を拳で軽く叩いた。
こん、こん。
次元が、無言で窓を少しだけ下ろす。
「主命により」
長谷部の声は、高速道路の風の中でも、驚くほどはっきりと聞こえた。
「その刀を、返してもらう」
「ひぃぃぃっ!」
ルパンが助手席で縮み上がった。
「な、な、なんなのあいつら!? じいさん、あれ何!?」
ルパンは後部座席に手を伸ばし、布の上から太刀の茎をひっつかんだ。
途端に、後部座席に藍色の狩衣が現れる。三日月は窓の外をのぞき、ぱっと顔を輝かせた。
「おお、へし切長谷部ではないか。相変わらず足が速いなあ」
「知り合いなの!?」
「うむ。息災そうで何よりだ」
三日月は窓ガラス越しに、並走する長谷部へ、にこにこと手を振った。
長谷部の目が、かっと見開かれた。走りながら、窓の向こうの淡い人影を凝視する。
「三日月! 呑気に手を振るな!」
「はっはっは。すまんすまん」
「あんたもしかして、向こうの味方!?」
「さて、どうであろうな」
ルパンが頭を抱えている横で、長谷部が、もう一度窓を叩いた。
「それと、そこの運転手」
「……俺か」
「速度超過だ。法定速度を守れ」
「お前が言うな!!」
次元とルパンの声が、完璧に重なった。
◇
「次元、振り切れ!」
「やってる!」
次元がアクセルを踏み込む。けれど、横の長谷部は離れない。速度を上げれば上げただけ、ぴったりとついてくる。
「ちっくしょう、こうなりゃ――」
ルパンがダッシュボードのカバーを跳ね上げた。中には、ずらりと並んだ赤いボタン。
「ルパン様特製、改造フィアットの本領発揮といこうじゃないの!」
ルパンは、真ん中のボタンを景気よく叩いた。
ぱぁん、と。
フィアットの屋根が跳ね上がり、色とりどりの紙吹雪とクラッカーのテープが、朝の空に盛大に噴き上がった。車の後ろから、するすると垂れ幕が伸びる。
――祝・脱出成功。
「…………」
「…………」
「……ルパン」
「……逃げ切ったあとのお祝い用。間違えた」
「はっはっは! いや、これは驚いた!」
後ろで、鶴丸が腹を抱えて笑っていた。走りながら、舞い落ちてくる紙吹雪を一枚つまんで、ひらひらと振っている。
「いいなあ、それ! 本丸でもやりたいぜ!」
「褒められても嬉しくない! 次、次こそ本番!」
ルパンは一番端のボタンを、今度こそ慎重に押した。
フィアットのテールから、もくもくと白い煙が噴き出した。煙幕。あっという間に、高架の上が真っ白に塗りつぶされる。
「げほっ、げほっ! ちょっと、目にしみる! マスカラ落ちるんだけど!」
加州の悲鳴が、煙の中から聞こえた。
「はははっ、何も見えん! こいつは驚きだ!」
鶴丸は、なぜか一番楽しそうだった。
「どこだ盗人! 隠れても無駄だ、この大包平から逃げられると思うな!」
大包平の怒号が、煙の向こうで響く。
「エンジンの音で分かる! このまま、まっすぐ前だ!」
厚の声が飛ぶ。ボンネットの上では、今剣がちょこんと座ったまま、のんびりと手を挙げていた。
「ぼくは、ここにいるので、まいごになりません!」
「降りろって言ってんだろ!」
次元の叫びは、煙に吸い込まれた。
やがて、煙が風に流されて薄れていく。
大包平は、隣の車線で大型トラックと並走していた。運転席の運転手と、窓越しに目が合っている。運転手は、何かが横にいる気はするが、それが何なのか分からないという顔で、ぼんやりと首をかしげていた。
「…………違う」
大包平は、黙って車線を戻った。
そして。
フィアットの運転席の真横に、長谷部がいた。煙が出る前と寸分違わぬ位置に、寸分違わぬ真顔で。
「な、なんで見失わないの!? 何も見えなかったでしょ!?」
「前に進めば、いずれ追いつく」
「理屈になってねえ」
次元が、煙草を噛みつぶした。
「だったら、これでどうだ!」
ルパンは、二つ目のボタンを叩いた。
フィアットのテールから、今度は黒い液体がどばどばと噴き出した。オイル。路面がたちまち、ぬらぬらと黒く光る。
車を取り囲んでいた六振りの足元が、いっせいに滑った。
「ぬおっ……!」
真っ先に体勢を崩したのは、大包平だった。甲冑の重さが災いして、一歩踏み出すたびに足がつるりと横へ流れる。踏ん張る。滑る。踏ん張る。滑る。その場で足踏みしているのと、ほとんど変わらない。
「おのれ、小賢しい真似を……! この大包平、この程度で……っ、くっ、止まらん……!」
車との距離が、じりじりと開いていく。
「ははっ、こいつは驚きだ!」
鶴丸は、心底楽しそうだった。オイルの上を、両腕を広げてすいすいと滑っていく。途中で片足を上げ、くるりと一回転。白い衣が花のように広がる。
「見たか、今の! 我ながら見事だ!」
「見てねえよ!」ルパンが叫ぶ。
「ちょっと、やめてよもう! 服汚れるじゃん! これ主が選んでくれたやつなんだけど!」
加州は文句を言いながら、オイルの上を器用に滑っていた。裾を汚さないよう軽く持ち上げ、爪先で路面を蹴って、するすると前へ進む。文句の量のわりに、滑りはやたらと上手かった。
「わっ、わわっ!」
ボンネットの今剣が、足を滑らせた。車体が揺れ、小さな体がフロントガラスの上を転がり落ちそうになる。
「今剣!」
厚が叫んだ。自分の足元も、オイルでつるつるだった。片足が滑り、体が大きく傾く。それでも厚は、低い姿勢のまま両手を路面について体勢を立て直し、オイルの上を突っ切った。
今剣は、ボンネットの縁に指一本でぶら下がっていた。そこからくるりと宙返りし、防音壁の上へ跳び移る。
「だいじょうぶです! まだまだ、いけますよ!」
長谷部は。
オイルの上を、まったく速度を落とさずに走っていた。
足が滑る。――その前に、もう次の足が出ている。踏み込んだ足がつるりと流れかける、その一瞬より早く、反対の足が路面を蹴っている。滑る暇を、オイルに与えていない。真顔のまま、瞬きひとつせず、足だけがとんでもない速さで回っている。
「長谷部、それどうなってんだ!?」
隣で厚が叫んだ。
「滑る前に、次の足を出せばいい」
「理屈は分かるけど、普通できねえよ!」
「できる」
長谷部は真顔のまま、オイルの上を一度も滑ることなく駆け抜けていった。足の回転が速すぎて、膝から下がほとんど残像になっていた。
「……おい、オイルでも止まんねえぞ」
「お次はこれ!」
ルパンが、三つ目のボタンを叩いた。
がこん、と車の後部で何かが開く音がした。
次の瞬間、フィアットの尻から、黒い粒が滝のように吐き出された。ばらばらと道路一面に散らばったそれは、鋭い棘を四方に突き出した鉄の粒――まきびしだった。
オイルの帯をようやく抜けかけていた後続の三振りの前に、棘の絨毯が広がる。
「うおっ!」
鶴丸は、まきびしの上でも楽しそうだった。棘と棘のわずかな隙間を、跳ねるように渡っていく。
「次から次へと、飽きさせないなあ!」
加州は「最悪!」と叫びながら、爪先立ちでまきびしを縫って走る。ひとつも踏まない。それでも、どうしても速度は落ちた。
そして、その後ろから。
「――卑怯なり、盗人ォォォ!!」
大包平の怒号が、高架を震わせた。
車内まで、びりびりと声が響いてくる。ルパンは思わず耳を押さえ、それから吹き出した。
「後ろの旦那、元気だねぇ」
まきびしの帯を抜けたとき、鶴丸と加州と大包平は、車からすっかり離されていた。
けれど、長谷部と厚と今剣は、そこにいた。前を走る三振りに、まきびしは届かない。
「……おい、あいつまだいるぞ」
「知ってるよ!」
ルパンの額に、汗が浮いていた。
「しょうがない」
ルパンは、一番奥の、ひときわ大きな赤いボタンに指をかけた。カバーには、マジックで「とっておき」と書いてある。
「次元。しっかりハンドル握っとけよ」
「おい、まさかそれ――」
「こいつは、とっておきだぜ!」
ボタンが押された。
次元が、シフトレバーを、ありえない位置まで押し込んだ。
フィアットのエンジンが、獣の咆哮のような音を上げた。車体の下から青白い炎が噴き出し、小さな黄色い車が、まるで背中を蹴り飛ばされたように前へ跳んだ。
座席に、体が押しつけられる。景色が、線になって後ろへ流れていく。
窓の外の長谷部が、少しずつ、少しずつ、後ろへ下がっていった。
「……よっしゃあ!」
ルパンが、拳を突き上げた。
◇
ルパンが拳を突き上げてから、十秒ほどが過ぎた。
「……ルパン」
次元が、バックミラーを見ていた。
「なによ、もう。いい気分なんだから水差さないで」
「まだ来てる」
「は?」
ルパンは、ゆっくりと振り返った。
高架の向こうから、三つの影が、まだ追ってきていた。
防音壁の上を、今剣が跳ねている。一本歯の下駄が壁の天辺を蹴るたび、小さな体が弓なりに宙を舞い、次の壁へ、また次の壁へと渡っていく。
路面すれすれを、厚が走っている。甲冑の重さなどないかのように低く身を沈め、トラックとトラックのわずかな隙間を、すり抜けるようにして抜けてくる。
そして、そのまんなか。
長谷部が、まっすぐ走ってくる。
両腕をまっすぐ振り、背筋をまっすぐ伸ばし、高架の白線の上を、ただまっすぐに。顔は真顔だった。怒ってもいない。笑ってもいない。何の表情もない顔で、ひたすら一直線に、こちらだけを見て走ってくる。
瞬きを、しない。
バックミラーの中の長谷部が、少しずつ、少しずつ、大きくなっていく。
「…………」
「…………」
ルパンと次元は、しばらく黙ってミラーを見つめていた。
「……おい、まだ来てるぞ」
「こええよ!!」
ルパンは頭を抱えて叫んだ。
「なんなのあの人!? ターボ積んでんの!? 顔変わんないのがいっちばん怖いんだけど!?」
「拙者が出よう」
後部座席で、五ェ門が目を開けた。
「次の出口の先、高架下の工場地帯で降ろせ。あの跳ね回る小さいのは、拙者が引き受ける」
「頼むわ、五ェ門!」
フィアットが急ハンドルで出口の坂を駆け下りる。高架の下、錆びた倉庫と煙突が並ぶ一角で、後部座席のドアが開いた。五ェ門が転がるように降り立ち、斬鉄剣を手に、倉庫の屋根へと跳び上がる。フィアットはそのまま側道を抜け、再び本線へと駆け上がっていった。
◇
今剣は、屋根の上で足を止めた。
白み始めた空を背に、着物の男が一人、立っていた。腰を落とし、白鞘の刀の柄に手をかけている。
「……ここから先は、通さん」
五ェ門の声は、静かだった。
今剣は首をかしげ、それから、にこりと笑った。
「あなたが、さっきのくるまのひとですね。みかづきのけはい、あなたからもすこしだけします」
「……?」
「どいてください。ぼくは、みかづきをむかえにきたんです」
次の瞬間、今剣の姿が消えた。
五ェ門の目が、かっと見開かれる。左。いや、上。屋根を蹴った小さな影が、朝日を背に宙から舞い降りてくる。
斬鉄剣が、鞘走った。
金属と金属がぶつかる音が、工場地帯に高く響いた。
今剣の短刀を、五ェ門の刃が受け止めていた。今剣はその反動を使ってくるりと宙返りし、隣の屋根の煙突の上に、ちょこんと着地する。
「わあ! あなた、つよいですね!」
「……天狗か」
五ェ門の頬を、一筋の汗が伝った。
それからしばらく、屋根の上で、二つの影が交差し続けた。今剣が跳び、五ェ門が斬る。五ェ門が踏み込み、今剣がかわす。鋼が鳴り、瓦が砕け、煙突の先が一本、すぱりと斬り落とされて屋根を転がっていった。
どちらも、相手に一太刀も浴びせられなかった。
やがて、今剣が煙突の上で動きを止めた。
「……みかづきのけはいが、とおくなっちゃいました」
五ェ門は、刀を構えたまま動かない。
「あなた、わるいひとじゃないですね」
今剣は、まっすぐに五ェ門を見た。
「けんが、まっすぐです。みかづきも、きっとそういってたとおもいます」
五ェ門の構えが、わずかに揺れた。
その一瞬に、今剣はぴょんと跳び、屋根の向こうへ消えていた。
五ェ門はしばらく、誰もいない煙突の上を見つめていた。それから静かに刀を収め、つぶやいた。
「……拙者の剣を、二度も褒められるとはな」
◇
その頃、長谷部と厚は、高速の分岐の手前まで迫っていた。
フィアットとの差は、あと十メートル。五メートル。手を伸ばせば、テールに指がかかる。
「もらった――」
長谷部が踏み込んだ、そのとき。
フィアットが、分岐の直前で、ありえない角度に急ハンドルを切った。タイヤが悲鳴を上げ、車体が真横を向いたまま滑るようにして、左の車線へ飛び込んでいく。その先に、トンネルの黒い口が開いていた。
長谷部の勢いは、止まらなかった。まっすぐ走ることにかけては右に出るもののない男の体は、まっすぐ、右の車線へと突っ込んでいく。
分岐の向こうで、黄色い車が、トンネルの闇に呑まれた。
「…………」
長谷部は、分岐の先の路肩で、ようやく足を止めた。
ガードレールを、片手でつかむ。ぎしり、と鉄が軋んだ。指の形に、わずかにへこんでいく。
「……長谷部」
追いついてきた厚が、息を切らしながら、そっと声をかけた。
「ガードレール、曲がりかけてる」
「……分かっている」
「あと、顔こわいって」
「……分かっている」
長谷部は、ゆっくりとガードレールから手を放した。
後ろから、ようやく鶴丸たちが追いついてきた。加州は髪を手櫛で直しながら息をつき、鶴丸は「いやあ、楽しかった」と笑い、大包平は「次は逃がさん!」とまだ吠えている。
トンネルの向こうに、テールランプは、もう見えなかった。
◇
そのすべてを、高架の影から、見下ろしているものがいた。
橋脚の暗がりに溶け込むように、黒い靄のような影が、いくつも、いくつも。人の目には映らない。刀剣男士たちも、追跡に夢中で、まだ気づいていない。
影たちは、トンネルの先へ顔を向けていた。
黄色い車が向かった先。三日月宗近の行き着く先を、彼らもまた、確かに掴んでいた。